第10話:14浪生転生記
サナと出会って半年以上が経過した。
エミリアのお腹の子も元気だ。
「いたっ!もう、この子ったら私のお腹蹴りすぎよ。」
とかなりの頻度で言っている。
「いたっ!また蹴って.....」
それにしても蹴る回数が多い。さぞ元気な子が生まれてくるだろう。
あと、蹴られるのを楽しんでるだろ.....
もしかしてMなのか?
それとも母親になるとみんなこうなるのか?
妊娠したことない俺には分からんなあ。
「こんにちはー!」
「お、やっほー!サナ。」
最近、サナが家に来るようになった。これもエミリアの妊娠が影響しているだろう。
モルガンによると、
「いいか、ラーフ。お前はもうすぐお兄ちゃんになる。しっかり大人びた対応をして、俺と共に母さんをしっかり守ることのできる存在となるんだぞ。」
ということだ。
後半部分はおいておくとして、モルガンから大人がどうこうなどと言われたくはない。
自分は案外子供っぽいくせに!
それは置いておくとして、剣の修行も順調だ。
まだまだモルガンには遠く及ばないが、咄嗟の反応で使えるほどの実力になった。
剣で嫌なことがあるとすれば.....
「ふっ!ラーフまだまだガキンコだな。」
と言われることぐらいか.....
モルガンめ!調子にのりやがって!
14浪しただけの人生だけど俺の方が年齢は上なんだからな!
全く自慢じゃないぞ!というより自慢なんてできないぞ!
だけどこの世界では年上なんだからなぁ!
と、まぁこのくらいにしておこう。
「母様。庭で魔術の練習をしてきてもよろしいですか?」
「ええ、もちろんよ。せっかくサナちゃんも来ているのだし何かお菓子でも作ろうかしら。」
「奥様。無理は禁物ですよ。作るのなら私が。」
俺たちの会話を横で聞いていたミアが口を挟んだ。
「それぐらい無理しなくたってできるわよ。」
ミアについて分かったことはこの年になっても少ない。
唯一分かったこといえば、彼女が元冒険者だったということだ。
パーティーの仲間が亡くなり身寄りのなくなった彼女をモルガンがメイドとして雇ったらしい。
普通に考えれば死に際の女性を救った紳士。
モルガンをよく知っているものから見れば裏がありそうな出会いだ。
「ですが、奥様に何かあっては......」
「だから、そんなことないか....いった!もう、何回蹴るのよ。」
本当にそうだよ。何回蹴るんだよ.....
だけど、喜んでるんだよなぁ。顔が。
「母様、庭行きますね。いこうサナ。」
サナがなんとなく気まずそうだ。可哀想なことをしてしまった。
「え、あ、うん。」
俺が手を引くと素直についてきてくれた。
「サナはさ、兄弟欲しいとか思うの?」
「うーん。あんまりかな。今の私にはラーフがいるし。」
「.....!!!??あ、ありがとう。」
「フフフ、どういたしまして!」
全く、なんてことを言ってくれる.....前世の俺なら押し倒していたかもしれない。
最もそんな経験は一切ないのだが。
か、悲しい.....!!
「それじゃあ、今日も魔術の特訓始めようか!」
「うんっ!よろしく!」
サナの魔術はだんだんと洗練されてきている。一部の初級魔術の正確性は俺より高いかもしれない。
悔しいなぁ。
現在、サナの使用可能魔術は「治癒」を中級の他、「火」「水」「土」「風」の魔術を上級、水魔術については「初段」まで使用可能だ。
驚異的な成長スピードだ。魔力量も順調に増えている。無詠唱魔術は使えないが、それは普通のことである。将来有望だ。
こういう天才的な部分のサナを見ていると時々、彼女も転生者なのではないかと思う時がある。
彼女も俺のように、異世界で死に、この世界にやってきたのではないかと感じる。
しかし、
「いてっ!うえーん。痛いよおー。」
「大丈夫か?今、治癒魔術かけてやるから。」
「自分でかけれるもん。うえーん。」
なんで泣くんだよ......というようなシーンが多々あるおかげでそれはないと確信できる。
まぁ、俺が守ってやらないとなぁ。
「大地の神よ。その土を我に与え、目の前の敵を砕きたまえ!」
《マッドスロウ!》
「はあ。疲れてきた。」
「もう疲れたのか。まだまだだなあ。頑張ろうな!」
「むぅ!!!」
そうやって怒る姿が可愛いですよ。サナさん。
などと思いながら俺は詠唱なしで《マッドスロウ》を放ち続けている。
「はあ。ラーフは凄いなあ。」
サナが急に話し始めた。
「どうしてまた、そんなお世辞を。」
「お世辞じゃないよ。凄いのは事実だもん。そういえば、ラーフって学校に行かないの?」
「うーん。俺は読み書き、算術、魔術、剣術を使えるからね。新しい魔術を知ることができるなら行くかもしれないけれど今は行かなくていいかな。」
そうか、学校か、サナは学校へいく予定でもあるのだろうか。
「あ、私が、学校へ行くわけじゃないんだよ。じゃないとこんな田舎.....じゃなくてこんな辺境に来ないからね。」
田舎も辺境も同じ様なものな気がするが、まあいいだろう。
そもそも事実だしなぁ.....
「ただ、もしラーフと離れたら悲しいなって。」
「ああ、確かにそれは俺も寂しいな。」
「でしょおー!!!さみしいの嫌だよ!」
そういって明るく振舞おうとしているサナだったが、彼女の表情は少し暗く、自分がおいていかれるのを怖がっているように見えた。
「サナ。」
「どうしたの?」
「俺はね、サナをおいて行ったりなんかしないよ。行く意味のない場所にはいかないし、もし、行くと決意したとしても、必ず戻ってくるから。だから、笑って、怖がらないで。俺はいつだってサナのこと考えてるから。」
すると、サナは、嬉しそうな表情を浮かべた。弾ける様な笑顔を浮かべたのだ。
「うん。分かった。私もルーフのこといつだって考えてるから。」
俺の顔はもちろん赤くなった。
それから約2ヵ月後、エミリアの陣痛がきた。
ミアが中心となって出産の準備、手伝いを行う。事前に決めていたことだ。
そして、
「エミリアを守るものは、誰だとしても冷静でいなくてはいけない。」
とモルガンは陣痛が始まったときに俺に言ってきたが、今、一番オロオロしていて落ち着きがないのはモルガンである。
まあ、親というのはそんなものなんだろう。
前世の俺の親でもそうだったのだろうか。でも、あいつらは医者だからな。親戚に産婦人科医がいるんだ。そんな不安は持っていなかったに違いない。
というより、いざとなれば自分でもなんとかなるのだから.....
かなりてんぱっているモルガンの代わりに俺は忙しく動き回る必要があった。大変だ。
これが、助産師という仕事なのか......尊敬しよう。
だが、この仕事、6歳にさせることではないだろう.....
「ううっ!うううあんあ!!」
「奥様、今です!力んでください!!!」
「ん!ん~~~~!!!!」
「おんぎゃあ!!!!おぎゃあ!おぎゃあ!」
股間にあれがついている。男の子だ。弟ができた。さぞ、騒々しい家になるだろう。喧嘩はできるだけしないように気を付けたい。
「奥様、生まれましたよ。」
「え?いや、でも、まだ!」
ん?エミリアの様子がおかしい。
「........!!??奥様!もう一つ頭が見えます!おそらく双子です!」
「え!っ双子!え!うんなんん!!!」
「二人目が出てきます!奥様3秒後に力んで、3、2、1」
「んん!んん!ん!ん~~~~!!」
「おんぎゃあ!!!おんぎゃあ!!!」
先ほども聞いたような泣き声が聞こえる。
しかし、股間にあれがついていない。女の子だ。弟だけでなく、妹もできてしまった!近所迷惑になるかもしれないくらい騒々しい家になるだろう。これでは喧嘩なんてしている余裕はない。
「奥様、お疲れさ......!!!奥様!?」
「はあ!はあ!、あの、まだ....!!」
流石のミアも衝撃を受けたようだ。
「まだ一つ頭が見えます!これは三つ子ですね!!」
「えっと、うん、そうね!ん!あ!」
「また、きますよ、深呼吸して.....3、2、1」
「ん!あん!んあ!んんん~~~~!あん!ん~!!!!」
「おんぎゃあ、おんぎゃあ!おんぎゃああ!!!」
本日三回目の声な気がする。
今回も股間にあれはついていない。女の子だ。もう一人妹が出来てしまった。これは近所迷惑どころじゃないな。
うるさい家でイメージが定着しないようにしたい。喧嘩なんてしてる暇はないな。お世話の手伝いをしないといけない。
「エミリア。お疲れ。」
「奥様、お疲れさまでした。」
「母様、お疲れさまでした。」
「うふふ。ありがとう。」
これからは、両親、弟一人、妹二人、メイドのミア、そして俺で暮らすのだ。家族が一員どころか三員増えた。これからもこの家族で支えあうのだ。
ああ!蹴る回数が多かったのは三つ子だったからなのか.....!!
【記録:人魔暦6年】ラーファルトに、弟1人、妹2人の三つ子が生まれた。
弟の名前には「リール」、妹の名前には、それぞれ「ラゼ」「リゼ」と名づけられた。
これからもっと幸せな日々が待っている。そう信じて疑わなかった。
ーーー
「だけど、唐突に、あの日はやってきたんだ。」
「じゃあ、ラーじいに準備する時間なんてないー。」
「そうだね、何も準備していなかったんだ。だから選択を間違えたのかもしれない。」
「う、ん。う、ん。」
「ちょっと難しいかもしれないね。でもこれだけは忘れないで。一度選んだ道は変わらないし、変えられない。違う選択をしていたっていい結果になるとは限らない。今を生きなさい。」
「ふーん。ラーじい。それ何?」
「これか?これは本だよ。」
”本”か。俺の人生を本にまとめたとするとあの日以前の日々は序章の序章だろう。
14回浪人した男の人生。
その本、タイトルは、そうだな、
【14浪生転生記】
その本編が本格的に始まるのは間違いなくあの日からだ。
真夏の暑い日差しを分厚い雲が遮っていたあの日。
いつものような日々が流れていくと思っていた。
ーーー
「はーい!リール!リゼ!ラゼ!パパでちゅよ!」
「あ、あなたずるいわよ。はいー!リール!リゼ!ラゼ!ママでちゅよ!」
直前まではそのようなことをしていたのだから。
だから、俺たちはその後の突然の出来事に騒然とした。
コンコン。
ドアがノックされた音がした。
いつものようにサナが来たのだと思いドアを開ける。
そこには”ルインド王国宮廷軍特別部隊”が立っていた。