第9話
第九話
「なんだ?」
異常なまでに膨れ上がったグラムの力の変化に冷静さを保つことができない。
人間とは思えない声で叫ぶその姿に理性の欠片を感じさせなかった。
飛び掛りざまに振り下ろした一撃は容易く地面を深くえぐり取り。
大木を次々となぎ倒していく。
圧倒的な力の前にらあくは唾を飲み込む。
(これは・・・呪物の力によるものだな。しかも、かなり達の悪い。)
森の木がかなり倒され太陽の光が霧と暗闇を取り去っていった。
そこから見えたグラムの姿はダメージを受けなくとも、無数の傷が刻まれている。
(人間の体のまま精霊の力を無理やり取り込んで攻撃するのだから
体が絶えられるわけがないのだが・・・・というか、普通やるか?)
さらに急加速していく攻撃はらあくでも手に負えぬ状況に発展していく。
森の外からでもその激しい音は聞こえてくる。
鳴り止まぬ大砲のような音が森の中から、幾度も。
「何がおきてるんだ?答えろ!!」
モトはストーンの首元を掴んだ。
「グラム殿は、呪物の力により通常時の何十倍もの力を得ているのです。」
「呪物だと?」
「今、グラム殿は命の危険を伴い、その力を得ています。」
「何!?」
「人間の肉体では背負いきれないほどの力で相手を圧倒しているでしょう。
しかし、そんな攻撃を続けていれば自分の肉は切れ、骨は砕け、最後には・・・。」
居ても立ってもいられなくなったモトは森の中へ入ろうとするが止められる。
「はなせ!!許さんぞ。そんな勝手なこと!!」
「覚悟を決めたのはグラム殿です!!軍師は軍師の務めを果たしてください。」
体は小刻みに震える。
「なんで・・・そんな勝手なこと。」
「今のうちに周りに指示を。」
冷静に話しているが彼の目は赤く充血している。
(一度、敗北をした相手には二度と負けない・・・それがグラム殿がきめた制約。
我らが精霊の力と対抗するには、このような手段しか。)
モトが合図を送ると全員がマーラルに向かって後退していった。
森の中ではいまだ、けたたましい音が鳴り響いている。
振りかぶったグラムの一撃にカウンターを合わせて剣を振り下ろすが
らあくの剣は触れずとも簡単に折れてしまった。
「ふむ。並みの剣では話にならんか。」
鉄棍に纏われた異様な精霊の力が触れずともらあくの剣をへし折る。。
(素質だけでもかなりのものだけあって、精霊の力があると将軍クラスでも
手を焼く実力だな。)
らあくはおもしろそうに笑うとタバコを口にくわえる。
「何年ぶりかな?姿を変えるのは。」
本能が彼の足を止めた。
らあくの体は黒い塊に覆われ、その黒い塊は大きく膨らんでいった。
マーラルに向かう最後の一本道の最後尾でモトとストーンが敵を攻撃して引きつけていた。
何か異変に気づいたストーンはその場に立ち止まる。
「どうした?」
「・・・・はやく、みなとN将軍のところに。」
次の言葉を口にしようとするところだった。
大きな黒い塊が後ろからすごい勢いで迫ってくる。
「ストーン!!はやく・・・!!?」
ストーンを見ると肌の部分は赤くかわり、血管が太く浮かび出ている。
目は獣のように鋭く、異様な雰囲気を撒き散らす。
「はやく・・・いけ。」
その言葉を最後にストーンは吼え始めた。
そして、モトの目から大剣が一瞬にして消えた瞬間だった。
響き渡る金属音が聞こえたと同時にモトの目の前に大きな黒い塊が突如、急停止する。
牙が届く手前で大剣と鉄棍が止めたのだ。
「先程の女か・・・しかも、この大剣の男もこいつと同じく呪物を。」
「!?」
「姿を変えたから覚えてないのも仕方ないか。
先程、お前の剣を口でくわえた男といえば、わかるかな?」
「そ、その姿・・・・。」
モトが見ているらあくの姿は黒くて、大きな狼だ。
鋼をも簡単に噛み砕いてしまいそうな牙、燃えるような赤い目。
爪は牙より巨大で、二尾あるしっぽは黒い炎で包まれている。
「何をしている。早く走れ。」
真紅の顔をしているグラムがモトに話しかけると、ストーンと同時に得物を振り切り
らあくを無理矢理後退させた。
「絶対、戻ってくるから!!だから・・・死ぬな!!。」
モトがいなくなり、グラムはため息をついた。
「死ぬなっつったってなぁ~。お前、説明しちゃったのか?」
「虚実をとりまぜて。」
「どのあたりを?」
「命の危険を伴うと・・・・。」
「お~い。それ違うだろう。命の危険じゃなくて、命を捧げたんだぜ。」
「そんな馬鹿が二人もいるとは思わなかったぞ。」
らあくが二人の会話に割り込んだ。
「犬に言われたくないぜ。」
「あまり、長く疑獣できないからおしゃべりはこのくらいだ。」
「サクっといきますか。」
らあくの目の前にいる二人の体から湯気が出始める。
グラムの周囲の土が轟音とともに巻き上がる。
視界を遮られたがらあくは炎を360度にはき続ける。
しかし、炎を無視するように飛び込み鉄棍で前足を薙ぎ払われると
土が落ちてくる空中からストーンごと落下してきた。
逃げ遅れたらあくの背中に大剣を突き立てられるが、金属音が聞こえるとはじき返された。
「私の毛は鋼以上の硬度を誇っているぞ。」
らあくが地に足を潜らせると毛が逆立ち始めた。
「だから?」
双方による休まない乱れうちが激しくらあくの体を襲う。
(私の最大防御にここまでダメージを蓄積させるとは・・・。)
硬質化した毛の先端が少しずつだが欠片に変わっていく。
「自慢の毛がなくなるのも時間の問題ですな。」
らあくの口元がニヤリと上がると、毛が先ほどより伸びだした。
(無駄撃ちか・・・・。)
無造作に振ったらあくの爪が大剣にあたり
そのたった一撃が強化された大剣にひびを与えた。
それからの3者の動きは大地揺らし、風が巻き上がるほど激しいものとなった。
一方、マーラルに敵とともに到着したモトたちは乱戦を予想していたのだが
すでに戦いは終わったかのような不気味で静かな戦場にいた。
兵士たちはなにもしゃべることができずその風景に目を奪われている。
無論、敵軍も。
「何が起きたのだ?」
モトがつぶやくと敵兵の1人が叫び始めた。
見ると敵兵は足元から透明なものに包まれ身動きが取れなくなり
やがて全身をそれが包み込んだ。
そして周りの敵兵も全員、先程の兵のように固まってしまった。
「いや~モト軍師。時間がかかって申し訳なかった。
もう少し早く援護に向かうはずだったのだが、さすがのびた兵力。
私の能力をもってしても時間が大いにかかってしまって。」
N^3の右手には刀身のない柄だけがある。
「やれやれ。クリスタルがほとんどなくなってしまった。」
悲しそうに柄を覗き込むN^3にモトの疑問は高まるが、今はそれどころではなかった。
「将軍!!グラムたちが大変なのです。早く!!」
腕をひっぱると馬に跨り来た道をN^3と共に戻っていった。
残されたモトの部隊は状況がわからずその場に立ち尽くしていた。
「おーい。お前たちも手伝ってくれ。」
城の正面のほうから馬に跨った兵士がやってくる。
言われるがままに先ほどまでN^3の部隊が戦っていた戦場に向かう。
そして、その光景に全員が尻餅をついた。
「こいつらをサッサとのびたの領土近くに送り返さねばならんのだ。早くしろよ。」
マーラルの大地に何千ものクリスタルの造形が存在していた。




