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アンダーワールド  作者: 水瀬ウカ
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茶屋と少女

人は死んだら天国に逝くのは定説で、あの世は死者が安らぐために在る世界だと思ってる。

だれから教わったわけでもないのに、十八年間生きてきて自然と思考回路に組み込まれていたのだから不思議だ。

家族が信仰宗教にハマっていたわけでもなく、学校の道徳で習ったわけでもない。

気付いたら、そう思ってた。

魂だって存在するでしょう。

じゃなきゃ誰も慰霊碑なんて建てて、死者を弔ったりしないもの。


陽の光に照らされて輝く黒耀石の慰霊碑は、150年前に山津波で命を落とした人々を供養する為に建てられた。

外街地にひっそりと建っている。

白花が数本供えられてある傍らで私は地面を注意深く探す。

職業柄、荒れ地を見るとついつい石を探してしまう癖があるのだ。

石は石でも天然石と呼ばれるジャンルの石のことで、鉱山では鉱脈に沿って原石が見付かる可能性が高いけれど、こうした荒野や山海にも極稀に原石が転がってたりする。

だから発見した時は感動を呼ぶ感動。

無くした宝物を見付けた時に似てる。

無心にもなれて時間経過を忘れて没頭できるのが良いところで、暇潰しには、もってこいだろうか。


無心になって探すこと45分、それは体半分を土に埋めた状態で見つかった。


「わっ!」


周囲の茶色に映える紫色はアメジストだ。


「ラッキ〜」


見た感じ結構大きい。

軽く掘り出して土をはらってみると、幅3センチ、長さ7センチ程の縦長のアメジスト原石。


「落ちてるもんだねー」


アメジストは水晶の一種で、比較的万人受けするポピュラーな石だ。

うちでも扱っているけれど、値段もさほど高くなく天然石入門者向けに分類されるかもしれない。

もちろん不純物が少ないものは値段も高価で宝石として認知されるが、世の中に出回っているアメジストは【希少価値が低い石】だから故に、庶民にも手が出しやすい。

私は好きだけどね、アメジスト。


混ざり物が有るか否かを確認したくて、太陽光にかざしてみたら、荒れ地に埋もれてたアメジストには珍しく、純度が高そうな良質なアメジストだった。


(自分運良過ぎるでしょ)


アメジスト特有の紫色は高貴さを感じさせる。

石言葉は、高貴、誠実、心の平和。

その昔は神聖な人だけが身に着けることを許されていた石で、王族と貴族だけが身に付けることを許されていた。

絆を深め、愛を守り抜く強さを育む石でもあるので『愛の守護石』とも呼ばれてる。

石言葉はこの世に存在する天然石総てに付けられている。

天然石を扱う茶葉屋店主である私の頭中に記憶されてあると言ったら、驚いてもらえるだろうか。

やはり石のアクセサリーを作りたいと来店してきた客に、石の持つ意味を答えられないと駄目なような気がして、店を父から引き継ぐ時に必死に頭の中に叩き込んだ覚えが100パーセントある。 

フラッと立ち寄った土地でまさかの良質なアメジスト確保。

心躍るとはこうゆう事をいうのだな。


「さて!ユーリが帰る前に家戻ろうっと」


人の気が無いとはいえ、家以外で躍るのは止めるべきか。

小躍りしたい気分を我慢しつつ来た路を戻った。










私が住む世界フロンティアは空に太陽が二つ昇る。因みに国名はオズといって大きな首都は王都アレクサンドリアを含めて三つ存在する。

古都ブリノス、ダージリア、私が住む王都だ。

オズ程自然と民度に恵まれている国は無いのでなかろうか。西の国は土地の砂漠化が止まらないし、海を隔てた南の国は土地の所有権を巡った内紛で国家転覆しそうな危うさだったり。

平穏の言葉が似合う我が国オズ、良さは数え切れない程有る。

国の一部は海に面していて海産物が捕れるし、土地も豊かで作物が良く育つ。

でもまぁ、たまに未開の森からモンスターが弱って人里近くに現れることもあるし、多少の犯罪も起きるけれども、基本的には平和という言葉が当てはまる国だ。

そんな国には四季がある。


季節は春。


渡り鳥は北へと飛び立ち、草木は芽吹き花を咲かす頃、朝晩はまだ少し肌寒さが残るのがこの季節。

晴れ日はそれなりに暖かいのに、曇天日は肌冷えする時期というなんとも歯痒い季節だ。

午前は晴天だったというのに、たった数時間で曇り空とは裏切りにも程がある。

雨は降らないだろうけれど、干してきた洗濯物の動向が気になって些か早歩きになっていた。

上にもう一枚着てくるんだったと後悔しながら店兼自宅へ向っていたその途中に見てしまった。店街道の一角に群がる十数の人だかりを。


通れないんですけど。


家はもうすぐそこだが、こんなにも人が塊になってザワザワしていたら、気になってしまうじゃないか。

思わず立ち止まった。


(大道芸?)


見物人を掻き分けてチラリと覗いてみる。と、人が地面に対して横になっていた。

要は倒れていたのである。


(事件かなんか?)


倒れている人はおそらく男性。私に背中を向けて横たわっているので、表情まではわからないが、背格好で男性だと判断できた。

ただ、少しも動こうとしないのが気になって注意深く観察してから気付く。

地面に出血死でもしそうなくらいの夥しい量の血が流れ出ていだのだ。

そこまで考えたら答えは一つ。


(あの人はもう息をしてないのか)


そんな言葉が頭の隅に浮かんだ。

軍人も介護する様子は見られないから、そうなのだろう。

横たわる男性より検死を担当してる医師との会話を優先してる。

どんな話しをしてるんだろうか。


(ボソボソっとしか聞こえないんだけど)


周囲の喧騒で話し声は掻き消されてる。


「……フム」


野次馬の【ちょっとした好奇心】は、自宅から数十メートルのところで【抑えられない好奇心】へと変化してしまった。

してしまったのは良いのだが、途中参加の自分に状況を説明してくれる者はいなかった。

じゃあどうするのか。答えは簡単。聞けばいい。

隣に髭を蓄えた六十半ばの同じ野次馬がいるんだし。


「すみません。何があったんですか?」


私の唐突な質問に対し、老人は少し驚いていたが嫌な顔もせず、顎髭を撫でながら返してくれた。


「いやぁ、詳しくはワシも知らないんだがなぁ……あの人刺殺されたんだと」


「刺殺……」


「かわいそうになぁ」


「殺人事件ですね」


ほぼほぼ想像していた通りの返答が返ってきて、やっぱりなといった感想を持った。

会話をしていた間に被害者には布が被せられ、担架で運ばれて行った。

ワグナー先生の診療所にでも行くのだろうか。

それとも軍事施設?

運ばれて行く様子を、ぽやんと眼で追っていたら、老人がポソリと呟いた。


「刺した犯人は逃走したらしいから軍が各地区に憲兵を配置したみたいだよ、お嬢さん」


傾いた帽子を目深にかぶり直してから教えてくれた。

なるほど。

平和ボケした王都に突如として起きた殺人事件は民に衝撃を与えただろう。

強盗も年二くらいでしか発生しなかった商業地区で、物騒極まりない殺人は意外すぎて、軍用犬まで登場した。


「手掛かりあれば良いけど」


こんな雑踏の中で刺されたら、犯人の区別もつきにくい。

でも、そこを狙っての犯行かもしれなくて。

顔見知りの犯行なのか、通り魔の犯行なのか解らないが、犯人は逃走中だ。

どのような凶器で犯行に及んだんだろうと思案しつつ、殺害現場をただ眺めていた。

ポツポツと人の足が離れ始めた頃に、軍兵が野次馬を追い払い出したので、人集りは散り散りになりだした。足早に路頭へと消えて行く人もいれば、それをしない人もいる。

歳の頃は11歳くらいだろうか。黄金色した長い髪を三つ編み込んで、独り殺害現場から動こうとしない少女がいた。

しかも自身が立っている足元を指差して、私を見つめてくる。


(あたしを見てるよね?)


なんで?分からない。

ただ、私の視線を地面に誘導しようとするから、それとなく彼女の指先を追った。

意図通りに目線を下げた先に、酒樽と木椅子がある。その間に何か落ちている。

私の眼には青色の布切れのように見えていた。

彼女と私の距離は10メートルも無い、ハッキリさせるにはもっと近付く必要があるけれど、でもその布切れがなんなの?

私が確認したのを感じとったからだろうか、彼女はゆっくりと唇を動かして囁いた。


『犯人の』


現場から一歩も動いていない彼女の声が、直ぐ耳元で聞こえた。


この世界には不可思議な現象があって。

この世の理に当て嵌まらない出来事に遭遇するのは馴れたからいいのだけれど、そうか、彼女は死人なんだ。

彼女の身体を素通りしていく軍兵の様子を見て、確信し納得する。

彼女は裏側の世界の住人なんだ、と。

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