返事
桜子は診察室のタオルを交換した。
重そうに洗濯カゴを持つ。
「洗濯行ってきまーす」
桜子はアコーディオンカーテンを開けた。
「よいしょ」
階段をゆっくり上がっていく。
(返事どうしよう……。まぁ、最近優しいしな〜。関水さんもオススメはしてるよな)
前に関水に溝田について言われたことがある。
『あんなに真面目な医師なかなかいないよ。患者さん全員に挨拶してるし、いつも患者さんのことを思って行動してる』
それを聞くと、いい人なのかなと思う。
「う〜ん……」
タオルを洗濯機に入れると、洗剤と柔軟剤を入れて回した。
洗濯機の上の乾燥機から制服を出す。
チェストの上に制服を置き、たたみ始めた。
「……ん?」
制服からボールペンが出てきた。
「誰のだろ……」
制服を見ると、溝田と書いてあった。
「もう」
ボールペンを持って、スタッフルームに入った。
「あれ?いない」
スタッフルームの奥にある喫煙室のドアを開けた。
すると、溝田が座っていた。
溝田は箱から1本出ているタバコをくわえる。
「何?」
「あっ、えっと……」
溝田は青い金属製のライターケースを出した。
フタを開け、タバコに火を付ける。
「ボールペン、ポケットの中に……」
カチン
ライターケースのフタを閉めると、タバコを人差し指と中指に挟んで持ち、口から離す。
「あぁ。ありがとう」
桜子はボールペンを溝田に渡した。
(うぅ……不覚にも見とれてしまった。ドキドキしてる)
「顔赤いけど」
「あっ、いや、違う!これは、その……」
「あんまそういう反応男の前でしない方がいい。しかも自分を好いてる男の前で」
桜子は目を見開いた。
「2人きりだし、シチュエーションがあれだから。早く行きなよ」
「あっ、はい!お邪魔しました!」
桜子は喫煙室を出た。
心臓が飛び出そうになっている。
(手が震えてる。今のはヤバい!何今の。ヤバいって!)
なぜか涙が出てきた。
(ヤバい……。どうしよう……。ホントにヤバい)
桜子は涙を堪えてスタッフルームを出た。
***
翌日ー
(おかげでなかなか寝付けなかった……)
桜子は眠たそうに職場へ入る。
階段下のパソコンで溝田がレントゲンを見ていた。
(……でも、どうしたいかは決まった)
「あの……」
「ん」
「……お試し、なら……その……」
溝田は桜子を見た。
「……ホントか?」
「えっ」
「返事ありがとう」
桜子は恥ずかしそうにうなずいた。
「着替えてこい。早くしないと怒られるんだろ?」
「あ、そうですね……」
桜子は苦笑いすると、階段を上がった。
(パワハラ、何とかしないとな……。どうしたものか)
ベテランの衛生士2人が桜子にキツく当たっているのを見たことは何回かあった。
それも些細なことでだ。
そんなこと自分たちでフォローすればいいものを。
「……はぁ……」
例の衛生士が近づいているのが足音でわかり、大きな溜め息をついた。
衛生士がこちらを見たので、軽くにらむ。
「何ですか?」
「……別に。ただ……弱者をいびっていると天罰が下るぞ」
「わたしにはなんの事かわかりません」
衛生士は首を傾げて去っていく。
「ちっ」
溝田は舌打ちした。
(しらばっくれやがって。あの厚化粧女)
溝田は深く息を吐いた。