驚き
2日が経ちーー
桜子は階段を上がる。
タイムカードを押していると
カサ
紙の音がして、制服の左ポケットを見た。
となりに溝田が立っていた。
「おはよう」
「お、おはようございます……」
桜子は首を傾げながらロッカールームに入った。
トートバッグを自分のロッカーに入れ、左ポケットに手を入れる。
4つ折りの紙を見ると、目を丸くした。
(え?えっ?目おかしくなった!?)
驚いておもわずたたんでしまった紙をもう一度広げる。
『好きだ』
その一言だけ書いてあった。
(は?どいうこと?え?)
体が熱い。
自分のことを言っているのだろうか。
まさか物のことを言うわけはない。
ということは告白されているのか……?
(どうしよう。人を間違ってる?……感じじゃなかったけど……。え?)
頭が混乱していて、その場から動けない。
紙をたたんで、目をこすり、もう一度広げたが、やはり『好きだ』と書いてある。
(ど、どうしよう!)
とりあえず紙を左ポケットに直した。
手で顔を仰ぎながらロッカールームを出た。
***
桜子は他のスタッフと朝の準備をし終え、ゆっくり息を吐いた。
コツ
後ろから足音が聴こえた。
「見た?」
溝田の低い声が鼓膜を震わせた。
ビクッと体を震わせ振り返った。
「あ、あの、あれ……」
「うん」
「人違いじゃないかなって……」
「は?」
桜子はチラッと溝田を見た。
「だって、わたしなんかに……」
「なんかって言うな」
「できの悪いわたしなんかを……」
大きな溜め息が上から聞こえてきた。
「自分のこと何もわかってないな。そこがダメなんだよ」
「っ……」
目が潤む。
仕事中に泣いちゃダメなのに。
「あ……いや、泣かせたかったわけじゃ……」
「あ!溝田先生が小葉さん泣かした!」
「ちょっと来い」
溝田は桜子の手を引っ張り歩く。
他のスタッフから離れたところで手を離した。
「もっと自信を持った方がいいって話だ」
「え?」
「合ってるのに間違ってないか不安がってるシーンを最近良く見かける。間違ってたら教えてやるから、もっと堂々としろ」
出そうだった涙は引っ込んでいった。
「コホン、話がそれてしまった。……その、返事……というか気持ち聞かせて欲しい。すぐじゃなくていいから」
溝田はボソボソとつぶやく。
「ホントにわたしに……?」
「あぁ」
「なんで?」
「……メッセージで教えてやる」
(気になるんで、今教えてもらっても!?)
桜子はうつむく。
「とにかく、考えといてくれ。……あぁ、あと……今日は俺に付けよ」
「はぇ?」
変な声を出してしまった。
「アシスト。……スパルタ指導控えるから、付いて欲しい。……小葉に」
「は、い……」
桜子は小さくうなずいた。
***
「バキューム、ここで大丈夫ですか?」
すると、溝田と目が合う。
思わず体が強ばった。
「いや、右でいい。左の歯を削るからバキューム入らないと思う」
「わかりました」
(あれ?溝田先生、確かに優しいかも……?)
「指でほっぺ引っ張っといて」
「はい」
桜子は患者さんの口に人差し指を入れ、左の頬を引っ張った。
(アシストやりやすい……!)
マスクの下で顔がほころぶ。
「ライト、大丈夫ですか?」
「ん。その位置でいい」
チラッと溝田を見る。
彼が目を細めたのがわかった。
(アシストしてるときに初めて柔らかい表情になった)
桜子も目を細めた。
その目は潤んでいるようにも見える。
溝田はふっと笑い、治療を続けたーー