意識
2日後ーー
桜子は溜め息をつきながら、医院に入った。
(一昨日なかなか寝れなかった。昨日も寝付き悪かったし……。誰かさんのせいだ!)
「おはよ〜」
「おはようございます」
「おはよう」
桜子は階段を上がった。
「おはよう」
「おはようございまーー」
声がした方を見ると、溝田が立っていた。
バチッと目が合い、慌てて桜子は目を逸らした。
「?」
溝田は不思議そうな顔をした。
桜子は階段を上がろうとしたとたん、足を踏み外した。
「!」
溝田は慌てて手をつかみ、引っ張る。
引っ張られた衝撃で、顔が彼の胸板に当たった。
(ぎゃ!また顔が胸板に……!)
離れようとすると、背中に手を回されていて、身動きが取れない。
「小葉って普段からそんなに危なっかしいのか?」
「えっ、あっ、まぁ、ドジではあるかも」
「気をつけろ」
そっと彼女の体を離すと、階段から遠ざけた。
「階段、本当に気をつけろよ」
溝田はスタッフルームに入っていく。
(うわぁ、もうムリじゃん!意識するなってムリがある!)
溝田は顔を手で仰いだ。
***
「ライト微妙に当たってない」
桜子はライトの位置を直す。
(仕事中は変わらず恐い〜)
「バキュームは?」
「あっ、はい!」
(うぅ……。もう少し優しく言ってくれてもいいじゃん)
桜子は冷たい溝田をちらっと見て、頬を膨らませた。
『小葉はコツをつかめばできる人だと思ってて』
(あの言葉はなんだったの?)
桜子は必死にアシストをした。
***
溝田は壁にもたれて桜子を見た。
桜子は溜まった洗い物をしていた。
「……」
丁寧に器具を洗っていて感心する。
なぜなら他のスタッフが洗うと、汚れが残っていたりするときがあるからだ。
桜子は時間に余裕があるときは、器具に付いたサビを落とそうとしている。
綺麗な器具でドクターに仕事してもらいたい、という気持ちが伝わってくる。
(器具が綺麗になってると、気持ちいいんだよな。それを小葉はわかってくれてる。逆に汚いとイラッとする)
桜子は洗い物を済ませると、小さくうなずいた。
彼女は器具を洗うのが好きなようだ。
アシストしているときと表情が違う。
溝田は溜め息をついた。
(俺があんな顔させてんだよな。もっと優しく言わないと、本当に恐がられてアシストも付いてくれなくなる)
また溜め息をつき、視線を落とした。
仕事のことになると、ついあんな態度を取ってしまう。
彼女には嫌われたくないくせに。
そんな自分が嫌になる。
「……先生……溝田先生」
いきなり視界に桜子の顔が映った。
驚きで意識が戻ってくる。
「何?」
「時間なので、患者様をご案内します」
「あぁ……うん」
桜子はカルテを持って待合室のドアを開けた。
(びっくりした……。っていうか……可愛かったな。のぞき込んできたの)
彼女は背が低いので、こちらを見る姿は可愛らしい。
1週間くらいだろうか。
この数日は特に彼女を意識してしまい、平静を装っている。
「先生、お願いします!」
桜子が案内した席に歩み寄る。
「変わったご様子はないそうです」
「ん」
溝田はカルテを見る。
「あっ、小葉、そのままアシストついて」
「えっ、あっ、はい」
彼女の体がこわばったのがわかった。
「虫歯ちょっと治すだけだから」
「はい……」
桜子は唾を飲み込んだ。