自覚
午後ーー
「ふぅ……」
桜子は洗い場に右手を付き、左手でお腹をさすった。
薬があまり効いてないのか、深呼吸していないと痛みに耐えられなさそうだ。
痛みで泣きそうになるが、ぐっとこらえる。
「やっぱり大丈夫じゃないだろ」
誰かが体を支えてくれた。
声でわかる。
溝田だ。
「大丈夫、ですって」
「どこがだよ」
我慢してた涙が込み上げてきた。
「お腹、痛い……っ」
溝田は辺りを見る。
「小葉、腹痛いから上で休むって」
「えっ、大丈夫?わかった」
「歩けるか?」
「大丈夫です」
桜子はお腹をさすりながらゆっくり歩き始めた。
溝田は後ろをついていく。
階段を上がり、スタッフルームに入ると、桜子は座敷に座った。
「薬、効かないのか」
「多少は効いてると思うのですが……」
「全然効いてなさそうだけど」
「はぁ〜、もう、やだ」
桜子は机に顔を伏せた。
「……」
溝田は手を伸ばすが、頭に触れる寸前で止まった。
手を握り、引っ込める。
溝田は彼女の傍で腰を下ろし、スマホを見始めた。
「……いつもスマホで何見てるんですか?」
「株の勉強」
「株?」
「株で儲けようと思って」
桜子は瞬きした。
「株って儲かるの……?」
「だから、勉強してる」
(え、歯科医師って給料良いんじゃ……。なんで……?)
「お金はあって損はないだろ」
「そうですけど……」
「人生何があるかわからないし、これからお金いるかもしれないし」
チラッと桜子を見た。
桜子は不思議そうな顔をしている。
「株って大丈夫なの?」と顔に書いてある。
小さく溜め息をつく。
(俺って小葉のこと好きなんだな。次のアポまで傍にいてやりたい、というか離れたくない)
チラッ
桜子は大きな溜め息をつく。
(腹さすったり、抱きしめてやりたいけど、俺恐がられてるしな……。何もしてやれない)
もう1回桜子を見ると、目を閉じ寝息を立てていた。
「……」
そっと彼女の髪をなでる。
「墨みたいに黒い髪だな」
ぼそっとつぶやく。
日本人の黒髪は綺麗だと海外では絶賛されているらしい。
その気持ちがわかる気がする。
溝田は目を細めたーー
***
「小葉さーん」
関水はスタッフルームに入った。
「小葉なら寝てる」
「今日人足りてるからもう帰りなって言いに来たんですけど……」
「……小葉」
溝田は優しく彼女の肩を叩く。
「んっ……ん……?」
桜子は顔を上げると、あくびをしながら伸びをした。
「帰っていいって」
「ん……」
寝ぼけていて良くわかってないようだ。
「俺のアポ入ってたっけ?」
「30分後に入ってます」
(さっきの人、治療すぐ終わって全然仕事してないな、俺)
「小葉、送ってくから準備して」
「いいんですか……?」
「腹痛いんだろ」
関水はなぜかニヤついている。
「じゃ、ちゃんと送ってくださいね〜」
関水はスタッフルームを出ていく。
「送ってもらうの申し訳ないです」
「いいから準備しろって」
チャリ
溝田はポケットから鍵を出した。
「……すみません。じゃ、お願いしようかな」
「ん」
桜子はスタッフルームを出ていく。
少しして桜子は上着を着て、カバンを持ち入ってきた。
「すみません。お願いします」
「わかった」
ふたりはスタッフルームを出て、階段を下りた。
「すみません、お腹痛いのでお先に失礼します」
「お疲れ、お大事に」
「小葉送ってきます」
「はーい」
ふたりは医院を出る。
ピピッ
溝田は助手席のドアを開けた。
「ありがとうございます」
桜子が乗ると、溝田は運転席に乗る。
スイッチを入れると、車を走らせた。