心配
数日後ーー
桜子は大きな溜め息をついた。
今日もライトが上手く当てられなかった。
他のスタッフには「さっさと動いて!」と怒られてしまった。
(わたし、歯科助手向いてんのかな……)
涙がこぼれてきた。
「どうしたの?」
ベテラン衛生士が声をかけてきた。
「わたし、役たたずだなって……」
「そう思うなら頑張ればいいじゃない。職場で泣いちゃダメ」
「……グスッ……」
溝田は桜子を見た。
「役たたずって言われないように頑張ればいい話でしょ?職場では泣かない。わかった?」
「……はい……」
「……」
溝田は視線を落とし、そっとその場を去った。
***
(短大では3年勤めなさいって言われたし、頑張るしかないか)
桜子はタイムカードを打刻し、昼休みに入る。
お弁当を持ち、スタッフルームに入った。
「……」
溝田はチラッと彼女を見る。
「……小葉さん」
「はい……」
「ん」
溝田はナッツを差し出す。
「……ありがとうございます」
ナッツを口に入れると、目を丸くした。
溝田がもうひとつナッツを差し出したのだ。
「え……?」
「ちょっと、陽ちゃん、何強制してんの」
ベテランの助手が溝田の左肩を叩く。
「いや、美味いからおすそ分けしてるんすよ」
「嫌だったら全然断っていいからね」
「あっ、いえ、大丈夫です。いただきます」
桜子はもうひとつナッツを食べる。
「ありがとうございます」
桜子は会釈すると、座敷の隅に座りお弁当を食べ始めた。
***
午後の診療が始まり、少しして溝田は壁にもたれた。
視線の先には一生懸命奮闘する桜子がいる。
「……」
しばらくして治療が終わったのか、桜子がアシストから解放された。
「関水さん、小葉さん大丈夫?」
「セメント何とか練れてました。たぶん大丈夫」
「ふぅん」
桜子を気にかけている衛生士、関水はニヤけた。
「そんなに気になります?」
「……別に」
「ふ〜ん」
「大丈夫かなって」
溝田は桜子を目で追いかける。
「心配なんですね」
「……別に」
溝田は階段を上がった。
***
桜子は治療の準備をして、チラッとチェアーに座る溝田を見た。
「……器具合ってますか……?」
「……ん」
少しして桜子は治療をのぞくと、目を丸くした。
トレーの上に抜いた歯が置かれていた。
(えっ、もう抜いたの!?10分しかたってないよ!?)
「すご……」
「ガーゼは15分噛んどいてください」
溝田はカルテに書き込む。
「終わって」
「あっ、はい」
桜子はエプロンを外した。
「お疲れ様でした」
溝田は去っていく。
「溝田先生、抜歯の腕すごいのよ。秒で抜いちゃう」
「すごいですね」
「うん。患者さん全員に挨拶してるし、患者さんのことここのドクターで1番考えてるし、いいドクターだと思うよ」
(そんな一面あるんだ。でも、無愛想なんだよなぁ。)
桜子は小さく溜め息をついた。
***
『ねぇ、今度いつ会える?』
『シフト教えて』
『会いたい』
桜子は小さく溜め息をついて、メッセージアプリを閉じた。
(面倒くさい……)
もう一度メッセージアプリを開いた。
『しばらく予定わかんない』
少ししてメッセージが来た。
『なんで?』
(あぁ、面倒くさい……!)
桜子は大きな溜め息をついた。
『なんで予定わかんないの?』
『今のスケジュール教えて』
桜子は既読を付けて、メッセージアプリを閉じた。