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再会のアリス⑤

「本当にうちにくるわけ?」


「決闘システムの約束で、アリスの奴隷だから」


「同居はまだしもあんたを奴隷にしたつもりなんてないんだけど。離れろ、変態!!」


「10パーセントハイド!」


「死になさいッ。マゾ野郎!」


「20パーセント、ハイド」


「処刑! 処刑! 処刑! 処刑! 処刑!」


「さ、30パーセントハイドッ!」


 死にかねない高電圧を定期的に指から飛ばしてくるので、ハイドを使って右手と左手で交互に”電気を破壊している”。

 まったく。

 暴力的なところも相変わらずか。子供っぽいところも可愛いんだけど、数が多いと疲弊する。

 死ぬくらい強い電圧はハイドの権能である”破壊”で消すしかない。

 もう少し弱めがいいな。

 消すのではなく、ぜひとも電気を浴びたい。

 アリスからの電気はご褒美なのだ。

 消すなんて勿体ない。

 そう調教されているのだから仕方ない。


「……騎士を呼ぶわよ」


「それだけはやめてくれ」


 卑しい心を読まれたらしい。

 奥義の土下座を繰り出した。

 プライドはないのかって?

 ないね。

 幻想騎士(ファントムナイト)を呼ばれて分が悪いのは俺だ。

 アリスの恋人が第一志望の受験生であり、滑り止めはアリスの奴隷だ。ぜひともアリスの椅子になりたい。

 こうやって字面を並べたらただの変態。

 騎士を呼ばれたらお縄につくのは、俺一択。


「ねえ、端っこで寝てよ」


「安心しろ。ソファーで寝るよ」


「ソファーが汚れる。床で寝て」


「ソファーくらいは貸してくれ」


「じゃあ呼吸禁止」


「だったら床のほうがマシだな」


「何言ってるの、呼吸せずに床で寝るのよ」


「呼吸をせず床で寝る……それはなんかの宗教的儀式か?」


「違うわ。処刑台で処刑ごっこよ。女王の薙刀で首を斬ってあげるわ」


「殺す気満々じゃんか」


 初対面だというのに、まるで昔馴染みのようなノリでじゃれ合いながら、騎士も呼ばれることなく、3階建てのマンション(学園寮)に到着した。


「ねえ、あんたのこと入れたくないんだけど」


「アリスの部屋も久しぶりだな」


「ナチュラルに怖いこと言わないで! ねえ、どういう事ッ! アタシの部屋に入ったことあるみたいな言い回し!!」


 アリスの飛ばしてくる3V程度の雷撃を背中で被弾しつつ、「お邪魔しまーす」と俺は303号室に進撃する。

アリスの部屋は相変わらずの汚部屋だった。。

 あちこちにコンビニ弁当のごみが散らかっており、脱ぎ散らかされた私服たち。

 異臭が少々。

 まだ寮に来て3日くらいしかたってないはずなのに、どうしてここまで散らかせるのか。

 俺がアリスのほうを見ると、


「べ、べつに! ここ最近忙しかったから片付けてなかっただけだから!」


「取り敢えず片付けるか」


 アリスが整理整頓できないことくらい既知の事実だ。

 なんならアリスの汚部屋掃除は奴隷として名誉なことだ。

 俺は鼻歌を歌いながら、アリスの部屋に散らかったごみを回収していく


「……妙に慣れた手つきね」


「まあな。慣れたもんだな」


「妹でもいるわけ?」


「妹はいるけど、まあ、うん、そういうことにしておくか」


「?」


 アリスは不思議そうに首を傾げた。

 慣れたというのは、アリスと同居生活で、部屋掃除は俺の担当だったからだ。

 家事は担当制だった。

 とはいっても。

 暮らし初めのころは、料理、洗濯、買い出し、すべて不知火陰斗さんのワンマン体制だったな。




『掃除、洗濯、ごはん、ぜんぶよろしく』


『はあ、なんだって俺が! 俺は召使いじゃねえぞ!!』


『は? 決闘の契約とはいえ、あんたは間借りしてる立場。逆らわないで』


『う、うぐ』


 あの頃の俺はぶつくさと文句を垂れつつも、住まわせてもらう立場だったため逆らえなかった。

 アリスに対する心象は最悪だった。

 部屋を間借りさせてもらう手前、悪態なんてつけなかったが、心の底からアリスを嫌な女と評していた。


『ぬるい。ご飯作りなおして』


『もったいないだろ。全部食え』


『じゃあピーマンはいらない』


『好き嫌いするな』


『っていうかイタリア人に普通ライスを出す? パンにしなさいよ』


『わがままをいうな。俺はオマエの母親じゃねえ』


 などという言い争いがあったり。


『ねえ、洗濯はちゃんとあんたの奴とアタシの奴、分けて洗いなさいよ』


『なんだってそんなこと。二度手間じゃねえか』


『いやよ。アンタの匂いとかぜええええったい移したくないし』


『お前はアレか。反抗期の娘か』


『と・に・か・く、洗濯物はわけること!』


『はいはい』


『それとアタシの下着は目隠しして洗ってね。干すときも』


『それはてめえが布袋にいれろ! そのまま洗っとくから!! あと干すくらいはやれ!』


 などと理不尽を言われたり。

 いい思い出だ。

 今であれば、そんなアリスの行動原理も、そんなことを言ってしまう原因も、おおよそ理解できているから、甘々で接してあげられる自信がある。

 アリスとの思い出は俺の奥底にしまうべきもの。

 今のアリスは持っていない記憶なのだから。



――――









「お腹すいた」


「わかってる。今作ってるだろ」


「お腹すいた!!」


「だから、わかってるっつーの!! 今作ってんだろうが!」


 甘々で接してあげようと思ったが、結論から申し上げますと無理でした。

アリスの我儘は中々に腹が立つのだ。

 飯を作れ、と命じられたもんだから、俺も奮発して少しばかり手によりをかけて、アリスが一番好きな食べ物を調理しようとしているのに、当たり前のように催促をかけている。

 バンバンっと両手でテーブルを叩いて、


「食べられればなんでもいいって言ってるでしょ!」


「どうせ、オマエはあれだろ! 適当なもんを出したら、『もうちょっとマシなのつくれないワケ?』とかキレるだろ。こちとら知ってるんだ!」


 今でも覚えている。

 初対面のとき、腹が減ったと催促するもんだから、適当に豚肉を焼き肉のたれで炒めて出したら、『もうちょっとマシなの作れないわけ?』と口をへの字にしていいやがったのだ。

 だから今回こそはと本気でうまいもんを作っていたらこれだ。

 なんて我儘な女なんだ。

 残念。

 無念。

 こいつは元恋人であり、未来の恋人。

 アリス以外と付き合うなんて選択肢はない。

 この高慢さと死ぬまで付き合う覚悟だ。

 なぜなら、デレが出てこれば可愛いのだ。デレたアリスは世界一。

 それまでの辛抱だ。

 それに、だ。

 このやり取りがそこまで嫌ではない。我儘なところに歯を軋ませつつも、そんな子供っぽさが愛らしいと感じてしまっている。

 もう性癖が歪まされている自覚あり。

 この症状をアリス病と名付ける。


「というか、あんたが全部やってよ。洗濯、掃除、家事全部」


 アリスの好物をフライパンで焼きながらにやり嗤う。

 既にそれは予習済みだ。


「わかったよ。最初からそのつもりだ」


 抵抗せずに受け入れる。

 誰が家事をするかで前回は無駄に大喧嘩したからな。

 今度は仲円満で、幸せの同居生活が、


「張り合いなさすぎ。ばっかじゃないの。どうしようもないやつね」


 ほーん。

 なるほどね。

 そうきますか。


「オマエさ。俺が嫌だって言ったら理由並べて強引に押し付けてたろ」


「当たり前じゃない。ここのオーナーはあたしよ」


 だったらなにが正解なんだよ。

 ああ、前言撤回だ。

 甘々で接していたら、ただでさえ面倒くさい女なのに、冗長してクソほど面倒くさい女になりそうだ。

 ……

 ダメだ。

 ダメダメ。

 言いわけするな、俺。

 シンプルにムカついてきただけだろ。

 許せ。

 許してやれ、不知火陰斗。

 好きな女の我儘くらい寛容な気持ちで、許してやれって秋田に住んでる爺ちゃんも言ってたじゃねえか。


「アンタって根性ないわよね。なんか女々しい」


 ぷつん。

 何の音だったか。

 俺の堪忍袋の緒が切れる音だ。


「はは、胸が薄いと優しさも薄いんだな」


「ッ、なんですってえええ」


「おうおう、そういうところだ。逆ギレですーぐに電撃をぶっぱしやがる!」


「処刑! あんたは絶対に処刑よ!!」


「されてたまるかってんだ。この貧乳!」


「きいいいいいいいいいいいいいいいいいい」


 黒板をひっかいたような金切り声を上げて、アリスは威力Maxで電撃を放つ。

 フライパンでアリスの好物をひっくり返しながら、電撃の後方射撃を避ける。

 料理をしながらアリスの相手をするのは慣れたもんだ。

 たいてい待ちぼうけたアリスが口論を仕掛けてきて、殴り合いの喧嘩になる。

 俺たちの日常はこんなもんだったと今更ながらに思い出してしまった。

 なんなら付き合い始めても対して変わらなかったように思える。

 甘い時間とはなんだったのか。

 そんなもんは物語でいうところの間章くらいのもの。

 ただの思い出補正で、そこだけが強調されていた。


「おらおらおら、どうした一発も当たってねえぞお!」


「ムカつくうううう!! ぜえったい処刑!」


 顔に飛んできた雷撃を、炒め物をアクロバットさせてフライパンの底で受け止めたり(料理はキャッチ)、足に飛んできた雷撃をバレリーナのように右足を上げて回避したり、アスレチックのような三分間を過ごしきったことで。


「あ、アリス! 料理ができたからストップ! ストッップ!!」


 俺がそういうとアリスはふんと鼻を鳴らした。

 何事もなかったかのようにテーブルの前に座る。

 じろりとこっちを見てきて、


「早くしなさいよ」


 膨れっ面でお行儀よくご飯を待つ。

 こういう催促は可愛いんだよな。

 膨れっ面とジト目も相まっているのかもしれないが、そこまで理不尽さを感じないのもポイントか。

 約30秒で盛り付けを完了して、アリスの前にお皿の底でテーブルを叩いてわざと音を立てながら出す。


「お待ちどう。俺特性のハンバーグ!」


 そう。

 アリスの好物はケチャップをかけたハンバーグだった。

 ハンバーグを食べるときだけ幸せそうな顔を見せてくれるのだ。

 アリスの笑顔は世界一可愛いのだから、世界一素晴らしい笑顔を見るために好物を用意したわけだが、どういうことか。

 彼女は舌を打って、


「馬鹿にしてるの?」


「はい?」


 アリスとの付き合いも長い俺だが、この唐突にキレる現象、ヒステリックはまるで理解が及ばない。

 なぜだ。

 ハンバーグはアリスの好物だったはず。

 しかも、アリスのためだけに味付けを変えたアリス専用のハンバーグである。

 だというのに。

 アリスはテーブルをひっくり返す勢いで叩いて、


「ねえ、アンタ! あたしのこと子供扱いしてるんでしょ!」


「その発想はなかった!!」


 俺も今思い出す。

 付き合いが長くなったら、ハンバーグを出せば当たり前のように喜んでくれていたけれども、彼女にとってハンバーグやエビフライを食べるということは羞恥心を搔き立てることだった。

 なぜかと言えば、いや、俺が考える必要もない。

 どうせアリスが全部言う。


「ば、馬鹿にしてえ。アタシは子供じゃない! お子様じゃない! ちゃんと高校生よ!」


 ただでさえ子供っぽいことにコンプレックスを持っているアリスだ。

 ハンバーグを出されてコンプレックスを刺激されてしまったらしい。

 彼女にとってハンバーグは子供の食べ物である、という先入観がある。

 どうしよう。

 超絶面倒くさい。


「わかった。じゃあ、食べなくてもいいよ」


「ふ、ふーん! べつにいらないし! そんな子供っぽいモノ食べないし! そんな子供っぽいもの食べるくらいなら食べないほうがマシよ!」


 ちら、ちら、と気になる好きな子を見るようにハンバーグをチラ見する。

 ぐうというお腹の虫が鳴る。

 そんなに食いたいなら食えばいいのに。

 でもなんでだろうな。

 こういう無駄に意地を張っているアリスを前にすると、少しだけ意地悪したくなってしまう。

 ふふ、決めたぞ。

 良いこと思いついた。

 食べたいというまでもう食べさせない。

 ハンバーグもラップにかけて冷蔵庫の奥にいれよう。

 意地でも食べたいと言わせてやんよ。


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