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再会のアリス②

 決闘の原因は至って単純で、入学式の前日に制服を買おうとしたのが始まりだった。名誉ある幻想学園への入学となれば制服の採寸が必須なるわけで、入学式前日に慌てて学園と提携を結んでいる服屋に足を運んだ。

 店員がゴリ押しするベーシックタイプの緑を基調とした制服を流れのまま選ばされて(制服の色地は選択制)、採寸のためにと【空き】と書かれていた更衣室に案内されたわけだったんだが、なんの因果だろうな。

 そのカーテンを一気に空けたのが最大のミスであり、運命の始まりだった。


『あ、あわわわわわ!』


 そこで出会った女の子こそアリスだ。

 見知らぬ金髪ツインの少女は、カトゥーンに登場するスポンジ男のように顎をがくがくとさせていた。目を見開き、動揺を隠そうともせずに羞恥に悶えていた。


 俺はというと、


(なんて、奇麗なんだ)


 そんな慌ててばかりの金髪ツインの傍ら、瞬き一つせずに目を背けることなく直視していた。

 女の子の裸体を見たのは、それが人生で初めてだったし、なによりも幼いのに妖艶な肢体に見惚れてしまっていた。

 薄ピンク色の下着、ブラとパンツ。

 深海のような藍色の瞳とリンゴのように赤くなった顔。

 胸はペタンコであるものの、太ももは少々むっちりしている。恥ずかしがって、崩れている姿もグラビアが胸を隠して腰を引いたようなお色気ポーズで、幼児体系なのに脳にガツンときた。大は小を兼ねるというけれども、小には小の慎ましさがあるのだと叩きつけられた。

煎餅を食べたいのに肉まんを食うバカはいないだろう。つまりそういうことだ。

 今だから言える。

 あのときの俺は興奮していた。

 見惚れて呆けて、突如バチリという痛みが腹部に走って、ようやく現実に引き戻されたのだ。


 アリスがビリビリと指から電気を放ったんだ。


『しょ、処刑えええええッ!!!!!!!』


 たとえ悪意がなくとも、卑しい気持ちがあった俺は、つま先を服屋の玄関口へ向けた。青い電気の線を避けながら一目散に外へと駆け出したのだ。

 金髪ツインテールの絶叫を背中越しに聞きながら。

 幻想騎士(ファントムナイト)を呼ばれなかったのは、【空き】にしていたのが彼女の過失だったからか、それとも情けをかけてくれたのか。

 理由は今でも不明だが、数分後には撒いた。

 全力疾走で逃走に成功したわけだ。

 その数時間後に何食わぬ顔で店を訪れて、制服を買ったら店員二苦笑いはされたものの、通報されるなんてこともなかった。

 だから、2度と会うこともないと思っていたし、油断していたのもある。

 翌日。

 油断が生じて、入学式の終わりに最悪の再開を果たしてしまうわけだ。

 こちらと目が合った瞬間、金髪少女は頬を真っ赤にして、いの一番に喧嘩を吹っ掛けてきた。


 『あんた! あたしと決闘しなさい!』


 * * *


「懐かしいな」


「なにが懐かしいわけ! ぜええええったいに許さない! あんただけは処刑! 絶対に処刑よ!!」


「……アリス」


 彼女は顔を真っ赤にして『処刑』『処刑』と口癖を言うが、いつものことなので慣れたもんだ。

 絶望にさいなまれていたここ最近は聞いてなかったから哀愁も交じりで、感極まりそうになる。


「聞いてるの!? 人の話は聞けって習わなかった!」


「習ったよ。オマエに何度も教えられた」


「教えてないんだけど!!」


「体から叩き込まれた」


「あたしを妄想で変態にするな!!」


 妄想、と断じられて、少々メンタルがやられそうになる。

 結構きついな。

 そう。

 今のアリスはなにも知らない。

 俺との出会いも、絶望の数々も。

 寂しくないといえば、嘘になる。アリスとの距離は少しずつ近づいていった。3年間、喧嘩も多かったが、そう感じるほど一緒にいる時間も長かった。くだらないことで喧嘩をして、くだらないことで笑いあって。辛いこともたくさんあった。俺が失うたびに彼女は俺に寄り添って、彼女が失うたびに俺は彼女を励ました。

 辛くも苦くも、積み重ねてきた思い出は失くしてしまったもので、なかったことにしてしまった。

 でも大丈夫。

 ここからやり直せばいい。

 失ったものも、失うものも、アリスとならすべてを取り戻せる。

 アリスとならどこまでだって行ける。

 最高の相棒だから。

 だから、相棒に答えなくちゃいけない。

 まずは同じレールに足を踏み入れる。

 同じ道を辿ることで、悲劇のタイミングを合わせるのだ。


「ふん、裸を見られたくらいでなんだってんだ」


 彼女の小さな胸をじっと見て、


「大したもんも持ってないくせに」


 鼻を鳴らし、わざとらしく嘲笑する。

 ぴきりとアリスのこめかみに十字キーが浮かんだ。

 アリスの鬼の形相に吹き出しそうになりながらも、あの頃と同じように無の表情で。


「いいだろ。減るもんじゃあるまいし」


 心にもないことを言う。

 恋人なのに、そういうことを致せなかった。

 そういうことをしようとするたびに、いつもいつも邪魔が入って最後まで恋人らしいことはなに一つできなかった。

 だからきっと、いまにでも彼女の無防備な姿を見せられたら、溜まったものを吐き出すかのように押し倒してしまうかもしれない。

 いや、できないな。理性が働いて押し倒せない。

 アリスとの絆はすでに失われたものという自覚がある。

 恋人という関係性も。

 あの頃のような甘いやり取りも。

 何もできない。

 ならば取り戻す。

 俺たちらしい距離感で。


「へ、へえええ。いい度胸ね! よ、よよよ、欲情までして。ぺ、ぺぺぺペタンコとか! 変態のくせに!! ペタンコだなんて!」


「悪いな。人を選ぶ真正の変態なんだ」


「あたしの裸を覗いた変態のくせに!」


「ああ、まな板のことか」


 鼻で笑ってやる。

 どうだ。アリス。

 この挑発はなかなか効くだろう?

 彼女は想定通り鼻を鳴らす。


「きいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。絶対に許さない。絶許! ぜっきょよ!」


 地面を叩き割る勢いで地団駄を踏み、ツインテールが逆立った。

 何度見ても原理がわからない。

 逆立ちのツインテールは彼女の十八番で、怒りゲージが振り切ったときに観測できる珍妙な現象だった。

 ツインテールをさわさわしたい気持ちを落ち着けるために深呼吸。すう、と、はあ、を繰り返し。

 同じ道を辿るという意志を強く持ち、ポーカーフェイスを貫いてみせる。


「じゃあ、力で証明するか? オマエが実力もペタンコだってことを」


 煽るように口角を上げてみせる。

 さすがはアリス。

 弱いという煽りに対しては明確にスイッチが切り替わり、獰猛さが顔をのぞかせる。


「実力がペタンコ。へえ、それはあたしが誰か知ったうえでの挑戦ってわけ?」


 まるで獲物を狩る狩人のような笑み。

 ずっと眺めていたいいたずらっ子のような笑み。

 そういえば、出会った当時は誰にでも喧嘩を吹っ掛ける戦闘狂いって感じだったな。

 学園生活を送るうちに少しずつ丸くなっていったんだっけか。

 ほんと三年前のアリスもかわいいな。

 愛でたいんだけど、それは脇に置いておかなくては。

 そういう関係になったときのためにチャージしておく。

 我慢も大切だ。

 今のアリスは触れることすら許されない。

 お触り厳禁のアイドル状態で、対する俺は厄介ファンみたいなもの。

 それでも手くらいは繋ぎたいというのは強欲なのか。

 前世ですら数回程度しかデートできなかったしデートもたくさんしたい。

 アリスに抱く欲望も、したいことは山のようにあるが、今考えることじゃないな。

 とにかくアリスに向き合わなくては。

 あくまでもあの頃と同じように、かぶりを振って粋がってみせる。


「”不思議の国のアリス”有名な物語の能力だ。さぞかし優秀な幻想使い(ファンタズマ)なんだろうな」


「優秀な幻想使い(ファンタズマ)? 違うわ」


「……優秀ではないとでも」


「そんなレベルじゃないってことよ」


 アリスは堂々と宣言する。


「アタシは世界一の幻想使い(ファンタズマ)。そして世界を守る最強の幻想騎士(ファントムナイト)になる女よ」


 俺は涙をこらえる。

 まぶしすぎた。

 このころのアリスは、俺にとっての光だった。

 真っ直ぐな瞳で未来を見つめている。

 迷いのない子供のような無邪気さも残している。

 幻想使い(ファンタズマ)としての能力を信じ、世界を守る幻想騎士ファントムナイトを目指していたころのアリスだ。

 夢を追いかけ続けていたアリスに涙が零れそうになるが、上を向いて誤魔化す。

 このままのアリスのままでいてほしい。

 このまま夢を追い続けてほしい。

 いつか世界で最強の幻想騎士(ファントムナイト)として皆に賞賛され、栄光の座に君臨してほしい。

 その願いは間違っているのだろうか。

 すべてを諦めて、壊れてしまったアリスがいた。

 片目を失い、片腕を失い、最後には命すら絶たれたアリスがいた。

 負けて、負けて、負けて、プライドがズタズタになって、弱り切ったアリスがいた。

 あんな理不尽さえなければ、アリスは最強に至れたはずだ。

 世界最強になる女の子だ。


 二度と、絶望に心がおれる未来は歩ませない。


「世界一の幻想使い(ファンタズマ)か。面白い女の子だな」


 俺はわざとらしく不敵に笑う。

 証明しよう。


「俺が最初の壁になってやるよ」


 俺こそが、世界最強の相棒に相応しいと。

 さあ、アリス、手始めに決闘を始めようか。


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