7,目的
街路の石壁に頭が刺さり、首から下の体をじたばたさせてもがいている殺人鬼。
殺すつもりは全くない。こいつには聞かなきゃいけないことがあるし、そもそもハンターでも警察でもない俺には人を殺していい理由がない。相手が殺人鬼だとしても、当人にどんな罰を与えるか決めるのも俺ではないからだ。が、もし質問に答えないようなら少しは痛い思いをしてもらう。
首根っこを掴み、彼を無理やり壁から引っこ抜いた。二度目の衝撃により壁がボロボロと崩れていく。眩しさに目を細めながらもこちらを睨む彼。欠けた極小の石がいくつも顔面に刺さり、血を垂れ流している。
「実力差は理解したか」
「…は…はっ、キミごときがボk」
ボキ…
空いている手で彼の右腕を折る。
「ヴっ!?あぁ゛あア…あぁぁあア゛!!!!!!」
「実力差は理解したか」
返事がないので左腕も折る。
「ア゛あぁぁあア゛あぁああア!!!!」
「実力差は理解したか」
またしても返事がないので今度は脚を折ろうと思い手を伸ばす。そうして脚に触れた瞬間、彼がやっと言葉を放つ。
「ぁ、ア゛、ず、ずびば、ぜ…」
激しい痛みに悶えながらよだれを垂らし、がらがら声で謝罪する殺人鬼。俺は手を離した後もう一度問う。
「実力差は理解したか」
「ばぃ、は、ば、はぃ」
上手く声を出せなくて不安なのか、俺に伝わるようにと何度も頷きながらはいと繰り返す。
「それならいい。反抗する素振りがあれば次は脚を折る、いいな?」
「ば、ア゛、はぃ」
「…いくつか質問がある。まずは1つ目、共犯はいるか?いるならあと何人いる?」
「ひ、1人、です…。ボクと…合わせて2人…です」
山にいる魔人とこいつの2人だけか。
「わかった。じゃあ2つ目、お前は人を殺した?」
「は、はい…」
「何人殺した?」
「ず、すみません、わかり…ません、ご、ごめんなざい…っ」
葉桜さんの想像通り、人も大勢殺されているようだ。
「…3つ目、お前たちの目的は?」
「あ、そ、れは…えっと」
「…」
「ぁ、あ!ま、待ってくださいっ!言います!言います!」
「…」
「あの、えっと…そ、の」
ボキ。
右脚を折る。
「あぁア゛ア゛アぁあぁあア゛ぁ!!!!!ぁ、あア゛ぁ………ぁ、い、いだい…いだぁい…ひっく、も、もうや、やめで…ぐらはい…」
「目的は?」
「ぁあ、っく、はぁ、はぁ…」
「お前たちの、目的は?」
数秒の沈黙、ついに諦めたような顔をして、彼は目的を語る。
「…ぼ、ボクたちの目的は…とある人物を探すこと、です」
「とある人物…?」
「そのっ!その人物のことは、本当に、し、知らないんです!ボクも依頼を受けただけでっ!」
「誰から…」
…言いかけた時であった。彼の体が末端から灰になって消えていく。軽い質量しか持たないそれは風に乗り、空高くへと舞い散っていく。
(何だ?)
「あの、本当に…い、嫌だ…やめて…やめてくれ…、まだボクは何も…!」
「おい、どうし…」
「あ、ぁあぁあああ、ふざけるなよぉぉぉおおお!?肝心なことは何も言ってないだろうがぁあぁあ!!??このクソやろ…」
ーーーーー消えた。
体がすべてが灰に変わり、その場には彼の衣服と持ち物だけが残った。コートのポケットからコロコロと水晶のようなものが転がってくる。
(…魔道具)
彼が使っていたものだろう。これを使うことによって彼は「能力者、非能力者の双方を知覚でき、かつ誰からも知覚されない『その他の者』になる」状態を作っていた。
俺たち人間には、死ぬと保有している魔力が薄れていく性質があるり二度目の異変で突如として消えてしまった人々はおそらく殺されてしまったのだろう。死んだことにより魔力を失い、「非能力者」として分類されてしまったと考えられる。とすると、最初に消えた葉桜さんの友達はまだ生きてるかもしれない。
彼は最期誰かに向かって文句を言っていた。
…裏に何者かがいる。依頼されたと言っていたか。彼が消えたのも、その依頼人とやらに何かされたと考えるのが妥当だろう。残る疑問はその依頼人の目的。目的は人探しと言っていたが、ではなぜ人を殺した?目的とそれに対する行動が噛み合わない。
…謎は多いな。
「…葉桜さん、終わったよ」
「…っ、ひっ」
俺は後ろを振り返ると葉桜さんへと声をかける。
「もう殺人鬼はいない」
「…で、なぃで…。」
「…」
「こ、来ないでっ!!!!」
「…」
「…っ、ぁ、いやちが…、っ、ご…ごめん、なさい!」
タッタッタッ…
葉桜さんが俺に背を向け全力で走り去っていく。息も絶え絶えに、その様はまるで殺人鬼から逃げ出すみたいだ。
(殺人鬼、か)
ふと空を見上げる。時刻はまだ3時頃。太陽の日差しがギラギラと眩しく、乱反射したアスファルトが宝石のように光っている。
俺を嘲笑うように。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
…白の球体が眼前に迫る。大きな力をまとわせ触れたものを破壊するそれは、ひしひしと私の死を感じさせた。
私は今、自身の考えや推測の甘さに失望している。相手は大規模な魔法が使えるほど魔力量があり、近接戦闘においても優れている…戦いの初期段階でわかっていたことだ。
それなのに油断してしまった。
原因となったものはある。それは私の癖…目の前の出来事や問題に対して解決を急いでしまうというものだ。ここで最もいけないのが「目の前のことだけに囚われてしまう」点。相手の真の狙いなどを見抜けず策にはまり、返り討ちに遭うことが今までにもあった。
(私は何も学習していないな…)
大失態。完全に殺したと思ったその瞬間に『カウンター』を貰ってしまった。
『カウンター』…協会の中にもこの異能を持っている人はいた。この能力は発動すると決めた段階から一切の異能が使えなくなるが、その間に受けた身体へのダメージを倍にして返すことができるものだ。
私は魔人の全身に致命傷を与えたうえで心臓を刺した。その倍の威力が返ってきた場合…確実に死ぬ。
わずか目先数cmにあるこの球は『カウンター』により溜め込まれ、倍増したダメージの融合体。
これに触れた瞬間、私の命は終わる。
ここまでの近距離で放たれると避ける術ももうない。
(ああ、私はここで終わるのか)
世界がスローになる。
実にあっけない最期だ。今朝の起床時、今日が自分の命日になるなんて想像もしていなかった。それくらい私にとって死とは遠い存在。強いと思っていた。努力して実績を積み重ね、A級になった。強敵にさえ挑まなければ負けないと思った。…今にして思えば、そういった愚かで浅はかな考えこそが油断を生み、負ける原因となったのかもしれない。
白が、近づく。
死の音が、聴こえる。
あ、死ーーーー
ドッゴオォオオオォォオオオ!!!
「もう、なっさけないわねー」