4,消えた人々
…人が少ない。否、少なすぎると言った方が適切か。目的の山へ走りながら辺りを見渡す。
(…なるほど)
私はすれ違う一般人を観察し、ある1つの仮説を立てる。
(多分これは…この地域全体に何かしらの異能が使われているな)
この周辺ですれ違う一般人にはある共通点がある。それは「異能を持っている」こと。私にそれが分かるのももちろん異能のおかげだ。
私…A級ハンター、勇崎 颯の異能の1つ。
『魔力感知』のおかげである。
基本人間は生きている限り魔力を保有している。だがその中でも異能を扱う者は、そうでない者と比べて保有する魔力量が多い傾向にある。先程から確認できる一般人は皆、異能を扱えるだろうと推測できる魔力量であった。だがそれだけわかってもどうしようもない。
(速度を上げよう)
『身体強化』の出力を上げる。
(何か…嫌な予感がする)
ーーー少しして山の麓に到着した。
辺りを確認するも怪しいものは見つからない。マップピンの位置をもう一度確認すると、山の頂上に位置が更新されていた。この現象を引き起こしているやつは頂上にいる。何が目的でこんなことをしているのか見当もつかないが…
犠牲者が出ていないことを祈ろう。
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「うわああああん!!!もう終わりなんです!!ここで私も死んじゃうんです!!!!」
「…」
「うっ…ひっく、うぅ…、皆…」
「…なあ」
「うぅ…っえ?あ、あぁあああぁぁあ!や、やめて!あなた、私を殺しに来たんでしょう!?」
「いや、ちが…」
「ひぃいいぃ!ち、近づかないで!それ以上近づいたら…た、ただじゃおかないわよ!」
「…」
山に向かっている途中に泣き声…いや、叫び声が聞こえたのでそこへ行くと、座り込んで泣きわめいている女の子がいた。
年齢は17くらいで華奢な体型。長めの黒髪を後ろで束ねている、オドオドした様子のタレ眉の女の子だ。学校の制服らしきものを着ている。
「俺は何もしないよ」
「そっ、そうやって騙すつもりでしょう!私は騙されませんから!」
「…」
そう言って彼女は身震いをして、じっと俺のことを睨みつける。今この周辺で起きている異常事態において、彼女の身にも何かが起こったのだろう。
「…なあ、何があったのか教えてくれないか?その怯え方は少し異常だ」
「…っ」
俺がそう問いかけると彼女の顔は一気に青ざめた。今にも失神してしまいそうな勢いである。
「あ、あなたはハンターですか?」
「いや、違う」
「…なら、話すことは…ありません。今すぐどこかに行ってください」
「…」
「…ハンターじゃない人に話しても、意味ないですから…、っ!?」
突如として耳を塞ぐ彼女。
「…どうした?」
「…っえ?き、聴こえないんですか…?悲鳴が…」
「俺には何も聴こえないが」
「うそ…なんで…」
「…少しだけでもいいから、何があったか教えてくれないか」
「っく…うぅ…」
しばしの沈黙。頭の中で出来事を整理して、諦めたように彼女はぽつりぽつりと話し始めた。
「は、話しても無駄だと思います…けど、一応。わ、私…さっきまで友達数人と一緒に帰ってたんです…。そ、それで、楽しく雑談をしていたんですけど…」
「…」
「…目の前で突然、私以外が消えました」
「…」
「そ、それであの…私、パニックになっちゃって、ただひたすら消えた友達の名前を叫んでいたんです。そしたら何故か、姿は見えないのに声だけは聴こえてきて…」
「…」
「丁度その時でした。友達が叫んだんです」
「…なんて?」
「『逃げて』って、ただ一言…。その後、友達の声は聴こえなくなりました…。ただ…」
「…」
「その後から…度々、至る所から悲鳴が聴こえるんです。断末魔のような…。それに加えて段々血液の匂いが充満し始めて…」
「血液の匂い…」
「に、逃げたんです!とにかく走ってその場所から離れました…!でもどこまで行っても悲鳴や匂いは消えなくて…。ついには疲れて歩けなくなって…わ、私…ここできっと死んじゃうんです!」
…今の話を聞いてわかったこと。まず第一に、俺と彼女では認識している…いや、認識できる知覚情報が違うという点。そしてそのことから、消えたように見える人達は実際に消えてるわけではなく、恐らく感じられないだけだと思われる。
ーーー彼女だけは感じられるようだが。
「…そうか」
「もう駄目なんです…。き、きっと魔人の仕業に違いありません!私も…あなたも!死んじゃうんです…」
「1ついいか」
「…な、なんですか?」
「自己紹介しないか?」
「………へ?」
「…」
「い、いや、まあいいですけど…。えっと、葉桜 理子、17歳です…」
「葉桜さんね。俺は八嶋 透、26歳だ。」
「あの、名前なんて知って何の意味が…?」
「死にたくないんだろ」
「?」
元勇者としての善性が働いたのか、はたまた何か思うところがあったのかは分からないが、俺は彼女を助けることに決めた。
「今から俺と一緒に行動するんだ。友達、助けよう」
「…ぁ」
「よろしく、葉桜さん」