第八話 調査依頼③
強い衝撃。
鳥兜の攻撃で吹き飛ばされた際に、ほんの一瞬気を失って過去を思い返す夢を見た。
ーーー
私の名前は御形愛。
今から19年前に、御形家の三女としてこの世に生を受けた。
御形家は戦国時代から続く名家、七草家の分家の一つで、今なお財閥としてその力を他に示している。
御形の他にも分家は7つある。
冬の七草にあやかって、芹家、薺家、繁縷家、仏の座家、菘家、蘿蔔家がある。
そして更にそれぞれの家に分家が派生する。詳しくは知らないが丁度大きな武家が七つ集まっていたので、当時の七草家の当主がそう名付けたそうだ。
七草家本家と分家を合わせると、恐らく日本で最も巨大な一族だろう。
七草家がこれほど巨大になったのには訳があった。七草家の血が濃いものは十中八九、強力な超能力の才能があったのだ。
超能力はまず才能があるのが極めて珍しい。そしてそれが遺伝している一族があるとすれば、権力を持つのは当然だった。
古くから続く家柄のためか、小学校へ入学する前から私は厳しく育てられた。
書道、茶道、剣道、舞踊、和楽器、語学などを高いレベルで教え込まれ、それを宗家の七草家に披露する。
今覚えばあの見せ物は、宗家の嫁選びも兼ねていたのだろう。
そしてその古臭い風習は、遺伝する超能力の才能を外に出さない狙いもあったように思う。
今は亡き母から聞いた話。
その小さい頃の私は、よく笑ってよく泣く感情表現が豊かな女の子だったそうだ。
誰にでも分け隔てなく接し、どんな気難しい人でも直ぐに友達になった。
宗家に気になる子もいた。和楽器の披露の場に来ていた、いつも親の影に隠れていた恥ずかしがり屋な男の子。少し雰囲気が兄に似ていたのを覚えている。後から教えてもらったが、あのお方こそが、いずれ私達を全て束ねる次期当主様らしかった。
時は進み、私は小学校へ入学した。
日本でも有数の、名家の氏族だけが集められる冬草小学校。
私はそこでも優秀だった。テストは学年上位、体力テストもトップ付近。それにクラスの皆んなと友達だった。告白も何度かされた。
恋愛に興味がないので全て断ったが。
全てが順風満帆。優秀なことを褒めてもらえるのが嬉しくて更に努力した。頑張った分だけ結果が残った。
そしてそれは中学生になっても変わらなかった。
あの時までは。
名門中学に進学した私は、そこでも才能を遺憾無く発揮し全ての分野で高い成果を残した。
その頃からだろうか、御形家の次期の当主の名に挙げられるようになったのは。
順当に行けば次の当主は長男の正兄様だ。
正兄様は理性的いて優しく、優秀でありながらも公平性を重んじた人で、私も兄弟の中で一番好きだ。
そんな優秀な兄を差し置いて私が当主へ担ぎ上げられたのは、やはり超能力が理由だった。
当時私は超能力に目覚めていなかったが、兄様は既に超能力が使えた。
兄の能力は、重さ10g以下の小石を1個動かすという牧歌的なもの。なんの戦術的な価値も無く、後方支援にも役に立たない能力だった。
代々七草の分家は、宗家である七草家を守るために超能力の強さが重んじられる。その為、兄様の使い所が分からない超能力が発覚した途端に、同じく優秀だった私を当主へと担ごうとする一派の動きが活発化。弱い超能力の正兄様よりも、将来性が見込める私に期待が集まるのも無理はなかった。そして御形家は正兄様派と私の派閥に分かれてしまう。
そしてこの時から兄とは疎遠になり、会話をする機会が減ってしまった。
......だが、そこまではまだ良かった。超能力が弱いとはいえ兄は優秀だったし、当主の器がある。そして私は当主になるには幼過ぎた。まだ兄様が当主になる流れは揺るがなかった。
そしてしばらく経ったある日、決定的なことが起こる。
正兄様の超能力がセカンドへ進化したのだ。
セカンドとは超能力者の段階を現す言葉だ。
超能力に目覚めたばかりの場合はファーストと呼ばれ、そこから経験やきっかけによって超能力が進化する。進化した超能力はより強力になり、超能力が発動可能状態になると、目が金色に光るのが特徴だ。この進化した能力を持つ超能力者がセカンドと呼ばれる。
兄の目が金色に光った時、御形家の誰もが驚いた。
セカンドになるには相当な修行や経験を積まねばならず、例え修練を続けてもセカンドには至れなく生涯を終える者もいる。
兄は物凄く頑張ったのだ。次代の当主へと認めてもらう為に。
だが。
だが...そう甘くはなかった。
元々の兄様の超能力は、10g以下の石を1個動かす能力。
そしてそれがセカンドに至って、10g以下の石を2個動かす能力になった。
絶望。
絶望が兄を襲っただろう。血の滲むような努力をして、たった1個動かせる石が増えただけ。
そしてそれを自覚した正兄様は...
何も変わらなかった。
相変わらず優しく、誰にでも公平で、そして平和主義者だった。
もし別の人が同じ立場であれば、誰でも狂ってしまうだろう。だから家の廊下ですれ違った時、めっきり口を聞いていなかった兄に思わず尋ねた。
「大丈夫ですか?ご無理はなさっていませんか?」、と。
そしたら兄様は微笑み、こう答えた。
「愛こそ大丈夫かい?本当は次期当主になるのは嫌なんだろう?」
思わず涙が出た。
兄は私の心情を察していたのだ。
時期当主に名前が上がった時、私は柄にもなく激しく緊張した。
親にはこれまで以上に厳しく稽古をつけられ、家以外の場でも次期当主候補にふさわしい立ち振る舞いをしなくてはならなかった。自分を褒め称える派閥の期待もプレッシャーにしかならない。
元々私は当主の座に興味などなかった。当主になるのが苦痛だった。嫌だった。
だが誰にも打ち明ける事ができず、唯一腹を割って話せる相手であった兄様とは当事者同士。言えるはずもない。
なりたいとも思わない当主を目指す様に振る舞うのはとても辛いものだった。
そのことを聡い正兄様は分かっていたのだ。だから自分が当主になろうと超能力を鍛えた。
兄の努力は全て私の為だった。私を救う為に。血の滲むような努力をしてくれていた。私を次期当主から遠ざける為に。
そのことを理解した私はその場で兄様に抱きつき、泣いた。
ありがとう。ごめんなさい。これまで言えなかった色々なことを兄に伝えた。
正兄様は微笑みながら私の頭を撫でて、優しく宥めて私が泣き止むまで待ってくれた。
この一件から私は兄様が『好き』から『大好き』になった。
だが兄と和解した一方で、派閥争いはどんどん激化していく。
もはや私達が何をしたところで止まらないところまで来ていた。
その時に兄様は「僕の超能力が強ければなあ。」と悔いていた。兄様のせいじゃないのに...。
兄の能力がこれ以上伸びる余地がないと知るやいなや、私を擁する派閥が勢いを増す。
最初は派閥同士の口喧嘩で済んでいたものが徐々に悪化し、殴り合いまで家の敷地内で起こるようになってしまっていた。
このままでは、いつ超能力による大規模な争い起こってもおかしくない。内部分裂は家の力が大きく落ちる。それだけは避けねばならない。そしてそれを危惧した現当主が第三者に仲裁を頼んだ。
それが長女、御形鈴蘭の派閥だ。
鈴蘭姉様は、芸術方面に特化した才能を持ち、高校生の頃から画廊が付くほどの絵の才能があった。性格は温厚で人当たりがいい。聞き上手でもあったため、話をまとめるのが上手かった。
私や正兄様とも仲が良く、派閥争いにも終始中立を貫いていた為に当主に仲裁を請われたのだろう。私や兄様が当主争いにこだわっていないことに気付いていた姉様は、仲裁役を買って出た。
そして見事な手腕でこれを話し合いにまで持って行き、私が皆んなの前で当主争いから降りることを宣言したことで事態は呆気なく終結した。
「私が知り合いからもらったチケットをあげる。これで気分転換にでも行ってきなさいな。もちろん2人でね!」
そう言った姉が、私に2枚のチケットをくれた。
姉様は美術館の学芸員にもツテがある。それでだろうか、受け取ったチケットは美術館のものだった。最近テレビでも話題の美術館のものだ。なんでも有名な絵が海外から数多く集まっている為、入手困難になっているらしかった。
姉がわざわざ私と兄様のために手に入れてきてくれたチケット。
正兄様と久しぶりにデー...もとい、一緒にお出かけしたかったので素直に礼を言って受け取った。
お互いに良いリフレッシュになるだろう。直ぐに兄様を誘い、了承をもらった。
この時は楽しみで仕方がなかった。
だがこの時の私はあんな事件が起こるとは思いもしなかった。
ーーー
運命の日。
手を繋いで仲良く家を出た私達は、美術館へと向かった。
目的地に到着し、受付を済ませて展示場に入る。
テレビで紹介されていたこともあり人が多い。100人以上いるのではないだろうか。
これら全ての人は入手困難なチケットを手に入れた人達だ。
何らかのコネクションがあるか、美術館の関係者なのだろう。
そんなことを考えながら正兄様に手を引かれて展示場を回った。
この絵、学校の教科書で見たな。そんな感想しかわいてこない私と違って、美術知識にも明るい兄様は関心したように絵を眺めていた。
そんな兄様の横顔を見ているとちょっとドキドキする。あの日、兄に悩みを打ち明けた時から何か変だ。
そんな内心を押し殺し、絵を見ることに集中した。
後で兄様と話す時に絵の話題が喋れないと困るからだ。
...うーん。この絵の何が凄いか分からない。現代アートって素人じゃ理解できないのよね。
美術館に入って大体30分ぐらい経った頃だろうか。
大きな広間で展示されている絵を見ていた私達に、少し焦げ臭い香りが鼻をつく。
......なにか焼いているのだろうか?この美術館は大きいが、フードコートなどなかったはずだ。なので料理による焦げ臭さではないだろう。
にわかに展示広間がざわつき始める。来場している人達も不審に思ったようだった。
そして非常ベルが鳴り響く。
「火事です!火事です!現在美術館周りが激しく炎に覆われています!落ち着いて避難指示に従ってください!これは訓練ではありません!繰り返しますーー」
館内放送で従業員が危険が迫っていることを伝える。
火事。
だが明らかにおかしい。
この美術館は木造建築ではなく鉄筋コンクリート製の石造りだ。
外周もレンガで補装されている。そこには小さな花壇があるだけで燃え広がる様なものは何も置かれていなかった。それなのに美術館周りが炎に覆われている...?
私は直ぐに窓に近寄って外を見た。
ほ、本当に火の壁で美術館が囲まれている。余りにも非現実的な光景。
間違いない。これはーー
「お兄様。」
「ああ、間違いない。超能力者の攻撃だ。」
兄様も外をみて眉間に皺を寄せる。
タイミングが悪い。
いつもなら当主候補筆頭の正兄様には護衛が何人かついているのだが、先の派閥争いの後始末で人手が割けなかった。
今兄様におつきの護衛は2人しかいない。1人は超能力者だが、もう1人は超能力を持たないので戦力的に不安だ。相手が大した事がない超能力者なのを期待したいが、美術館を広範囲に覆う炎を使っている時点でかなり強力な力の持ち主なのは間違いない。
「愛、まずは逃げ道の確保と状況確認ーー
正兄様が続く言葉を言い終える前に広間の入り口が炎で包まれ爆発した。
近くで一般人のフリをしていた護衛が兄のそばに駆け寄る。
この護衛の男性...確か御形家分家の母子草家の当主候補の1人。分家の中でも手練れだ。確か超能力者ランク1000代の実力者...。人数が少なくなる代わりに良い人材を手配してくれていたようだ。
直後、爆発した入り口から1人の男が煙を割って現れた。
背は180cmほど。年齢は20代前半だろうか。肌が浅黒く、体型は痩せ型で髪は金髪。軽薄そうな身なりの男。
状況的に見てこの男が一連の原因なのだろうか。もしかして他にも協力者がいるかも知れない。
辺りが金髪の乱入者によって鎮まりかえる中、その男が口を開いた。
「あー、この部屋にいる奴。
今からお前らは人質だ。騒いだら殺す。動いたら殺す。逆らっても殺す。...あ、警察には通報してもいいぜ。」
なんだこの男。
私達を人質?
警察に通報してもいい?
......かなり危険だ。殺人に躊躇いがない愉快犯の可能性がある。
今すぐに対処しないと死人が出る。だが今すぐにはダメだ。複数犯の可能性がある状態で反抗すると、より被害が出るかも知れない。
誰も一歩も動けず、声も出せない状況がしばらく続いた。
まずい。この状況が続くと、極限状態でストレスを感じた他の来場客が何を仕出かすかわからない。どうすれば...
そう思った矢先、窓の外からパトカーのサイレンが響きわたる。
金髪の男が登場してから全員一言も発さなかったが、誰か通報してくれていた様だ。助かった。これで多少は来場者の緊張も和らぐ。
サイレンが聞こえてから少し時間が経った後、誰かの携帯が鳴り響く。どうやら襲撃者の男の物のようだ。男は直ぐにポケットから取り出し、電話に出た。
「あーもしもし?警察?ああそうそう。おう。鳥兜修斗の携帯で間違いねーよ。」
どうやら警察の様だ。仕事が早くて助かる。
そしてこの男、鳥兜修斗と言う名前...どこかで聞いた気が。確か超能力関係だったような。
そう考えている内に、金髪の男、鳥兜と警察の対話が進む。
「おう。おう。そうだ。
人質?100人ぐらいはいるんじゃねーか?この部屋に。
あー全員生きてるよ。要求?...えーと、なんだっけな...。
ああ、思い出したわ。身代金、1人頭1億な。そう。だから...えーと...そう!100億だよ。」
警察が人質の人数を確認して、鳥兜が身代金の要求をしている様子だ。しかし1人につき1億円はふっかけ過ぎだ。払えるわけがない。
そして次の言葉でこの部屋にいる全員が絶望する。
「あ?無理?
じゃあ1時間に1人殺すわ。とりあえず今すぐに1人目いっとくか〜。」
恐れていた事が現実となった。