第五話 意外と面倒見がいい
「ご、ゴギョーさん?」
「知ってるの?私のこと。」
「あ...隣、隣のクラスの七草です。」
御形愛がクールな顔、無感情な目で俺に話しかけてきた。
俺が彼女を知っていることに驚いているようだ。この人、自分の人気っぷりを分かっていないのか。
始めて声を聞いたが、想像よりも声が可愛い。
と言うのも俺が御形愛と親しくないのも要因だが、そもそも彼女は他人とコミュニケーションを一切取ろうとしないのだ。
校内で誰かと喋っているところも見たことがないし、学食でもいつも一人でご飯を食べている。
そしてその圧倒的な美貌でより周囲から孤立していた。
本人は特に気にしていないようだが。
でもその周囲を寄せつけない、スクールカースト最上位(俺調べ)の御形さんと喋ることができるなんてちょっと嬉しい。
そしてやはりと言うべきか。御形愛さんは俺のことを知らなかった。俺って学内でも影薄いしな...。
「ごめん。知らなかった。」
「い、いえ気にしてないです。それで、あの。御形さんが...依頼者ですよね?」
「そう。ここは目立つから場所を移動する。」
「わ、分かりました。」
あの美女と喋ってる野郎は誰だ?と、ヒソヒソと周囲が噂話をしている。確かに目立っている。他人に無頓着な御形愛もさすがに喋りづらいと思ったのだろうか、場所の移動を提案してくる。
居心地が悪いのは俺も同じだったので素直に従った。
駅内のロータリーをスタスタ歩き、先導してくれている御形愛について考える。
御形愛が超能力者だった。一体どんな巡り合わせだ。そしてどういった超能力を持っているんだろうか。何で依頼なんか受けてるのか。
いくつも頭に質問が思い浮かんでは消える。聞いたら教えてくれるかな?
「ついた。」
「ここは...」
御形愛に連れてこられた場所は駅から少し離れた所にある喫茶店だった。
駅近くにこんなオシャレな喫茶店があったのか。確かにここなら落ち着いて話せそう。
先に彼女が店に入り俺も後に続いた。
店に入ると店員が近寄って、人数を聞かれる。
御形さんが2人と答えると、好きな席に座っていいと言われた。
他人に話を聞かれたくないので1番奥まったボックス席に座ることにする。
御形さんの対面に腰掛ける。
彼女に目を向けると、席に備え付けられていたメニューをとって頼む商品を選び始めた。そうだよな、普通喫茶店に入ったら商品を頼むよな。 俺? ...I don’t have money.
御形さんが注文する商品を選んでメニューに意識がいっていることをいいことに、普段は直視することもできない顔をチラ見しておこう。
まつ毛長っ。顔小さっ。髪の輝き凄っ。サラッサラのストレートヘア。容姿に非の打ち所がない。
こんな美人と同席することなんて今後ないだろうし、ここが俺の青春の頂点に違いない。さもこの超絶美人の彼氏ですけど?みたいな雰囲気を醸し出しておこう。
「七草君。」
「はい!?」
彼氏ヅラをするために、無駄に不敵な笑みを浮かべていたところに急に話かけられた。めっちゃビックリした。
「な、なんでしょうか。」
「注文、とらないの?」
「いや〜俺、水が1番好きな飲み物でして!お構いなく。」
「そう?じゃあ私は決まったから頼むね。」
「どうぞどうぞ!」
お金を節約してるから頼めないとは言えんわな。相手も頼むの遠慮しちゃいそうだし。
御形さんはカフェラテを店員に注文したようだ。カフェラテかあ。飲んでみたいなあ俺も。今回の依頼が成功したら飲んでみようかな。
「依頼の話にうつるわ。ここからは声を小さくして。」
「分かりました。」
注文を受けた店員が離れてから、御形さんが俺に向き直って話を進める。ついに依頼の話になるのか。気を引き締めていこう。
「でもその前にひとつ聞きたいことがあるの。」
「なんでしょうか。」
「もしかしてだけど、七草君は超能力者になって日が浅い?」
「...やっぱり分かりますか?」
「ちょっと周囲への警戒心が薄い。
それと自分が出した依頼の受注者はランクが表示されるの。ちょうど初期ランクの9000番だったから。」
警戒心が薄い、かぁ...。それはしょうがない気もするけどなあ。まだ命のやり取りとかしたことないし、これからもする気はないし。
でもこんな俺でも一応保険はかけてきている。
知らない超能力者との顔合わせが怖かったから、待ち合わせ場所へ来る前に大学の教室でクラスメイトに告ってきた。クラスメイトがまだいっぱいいる前で。死ぬほど恥ずかしかったが、死ぬよりマシだ。今の俺は超能力が使える状態だ。いざとなったら自分に加速をかけて超スピードで逃げてやるぜ!
因みに告白は当然フラれた。
でも超能力を使えるからって油断は禁物。これを忠告と思って普段から気をつけておこう。いつ超能力者との戦闘になるかわからないし。
「なるほど、気をつけます。」
「別にいい。
あともう一つ質問したいのだけれど。他の超能力者と戦ったとか戦いを見たことは?」
「...すみません。ないです。
というか超能力者になってこれが始めての依頼でして...」
「そう。」
あー...これは残念がっていらっしゃる。誰だってこんなペーペーのお守りなんてしたくないよなぁ。
「あの。戦力になりそうにもないと思うので依頼をキャンセルしてもらっても大丈夫ですよ。」
「構わない。今回の依頼は戦闘になる可能性は低い。
...ただどの程度できるか確認したかっただけ。」
「そ、そうですか。」
ならいいけど。でも本当に役に立たない可能性ありますよ俺。
本人が大丈夫って言いってるからいいか。
そろそろ依頼内容の詳細を聞いておこう。
「あの〜それで依頼内容を教えてもらっても?」
「ええ。教える。日時と場所はーー」
御形さんが受けた依頼内容はこうだ。
ーーー
・9806:××市内の調査任務
先日××市内の◇◇公園でWSO非加入の超能力者同士の戦闘が発生しました。深夜に戦闘が行われ、また付近に防犯カメラがないため当事者の特定が困難です。詳しく現場検証をして報告をしてください。
1、相手の能力の大まかな予測 2、超能力者の行方 など、わかる範囲で報告をしてください。
付近は警察が封鎖しています。調査許可証を発行しますので、公園内の駐車場に停車している、パトカー内にいる若草刑事に見せて現場に入ってください。
日時◯/● 21時〜23時予定
基本報酬金額:1,000,000円
+500,000円(1を達成時)+800,000円(2を達成時)
ーーー
まず目に映るのは、とんでもない報酬金額。バイト1年ぐらいやって稼げるくらいの金額だ。
条件1、2も達成したら230万だよこの任務。
受けるだけで報酬100万とかこっちの依頼受けとけばよかったー!
そしてこの調査場所に入るために警察に許可証見せろって...。
WSOって警察とも仲がいいのか。
ああでも防衛省の直轄だからギリギリ納得できる、のか?
でも警察と防衛省って全く組織系統違ったような。...まあ考えてもしょうがない。
ここで重要なのは、警察も超能力の存在を認めてるってことだ。
超能力があったら犯罪者がやりたい放題するだろ、と思ったけど警察が認知してるってことは好き勝手しにくいことに繋がる。
もしかしたら警察にも対超能力者用の特殊部隊とかいたりして。
俺も調子に乗らないようにしないと。いやまあ超能力に目覚めても犯罪とかは毛頭する気はないけどね。
俺が御形さんが受けた依頼の内容を確認し終えたところを見計らって彼女が話しかけてきた。
「あなたへの依頼の報酬は私が受けた依頼から支払われる。基本報酬額のおよそ3割の100万円。1、2の条件はほぼ達成不可能だから気にしなくていい。
こんな感じの内容だけど。大丈夫?できる?」
「ええ、大丈夫です。」
へー。依頼の助っ人に入る人は元の依頼報酬からお金もらえるのか。
それに、心配...してくれているのだろうか。御形さんに聞かれる。もしかして、意外と面倒見がいい?
まあ多分危険度は低いでしょ。俺は問題ないと答えた。
警察官が監視してる場所に入るのはちょっと怖いが、逆に警察官が護衛している中調査することができるということだ。
危険がなさそうな仕事で素晴らしい。
ちょっと公園を覗いて30万ゲット。最高じゃないですか。
「この公園の場所はわかる?」
「え?◇◇公園ですか?」
「そう。ネットで調べても出てこないの。」
俺の家の近所の公園だ。
具体的にはいつもお世話になってる寂れたスーパーの近くにある。
......ああ!そういえば最近公園の名前が変わったんだった。なんか自治体が強引に変えたんだっけか。
それでまだネットの検索では調べられないのかもしれない。
「その公園なら知ってます。案内できますよ。」
「そう。ならよかった。依頼当日に、また駅の銅像で待ち合わせをして公園まで連れて行ってくれる?」
「はい。大丈夫です。」
「ありがとう。じゃあまた当日に連絡するわ。」
そう言って御形さんが席を立つ。
カフェラテ飲むの早いな。いつの間にのんだんだ。
あーもうちょっと彼氏気分を味わいたかった。伝えたいこと伝えたら終わり!ってまあそりゃそうか。親しいわけじゃないからな。所詮仕事だけの関係かぁ。
俺も席を立ち、御形さんと一緒にカフェを出て別れる。
別の方向に歩いて行った御形さんを、ちょっと歩いたあと振り返って見てみると、御形さんがモーセの様に人の波を割り、歩いて去って行くのが見えた。そのあまりの美貌に人々が道を譲ってしまうのだ。
いやあ我ながら凄い人と会話してたもんだと独りごちて帰路についた。
ーーー
あれから少し日が流れて、今日は俺と御形さんの依頼の日だ。
依頼の時間は21時だったから、20時に家を出た。猫の銅像前で待ち合わせ、御形さんと合流した後に俺が現地の公園へ案内する流れだ。うーん、なんかちょっとデートっぽい気がする。
少し待つと遠くの人がざわめき始めた。来たな。御形愛さんだ。
あの人は凄く目立つから周りの人が喋り始めるんだ。
あ、あれか。やっぱり案の定御形さんだった。数十人のギャラリーを引き連れて猫の銅像から少し離れた駅の西口からこちらへ向かって来るのが見えた。
皆さん。見えてますか?この女性、俺と待ち合わせしてるんですよ。謎の優越感に浸りながら御形さんを遠くから眺めていると、あちらもこっちに気づいたようだ。少し早足になって近づいてきた。
「お待たせ。来るの早いね。」
「今日(の依頼)が楽しみすぎて早く来てしまいました。じゃあ楽しい場所(公園)に案内しますよ。」
「...?ええ、お願い。」
フハハ!さも彼氏と彼女のやり取りに聞こえる様に会話してやったぜ!優越感やべー!周りの男どもが血涙を流してるのが見えるわ!
いっときの快感を味わった俺は、力無く泣き崩れる御形さんのファンをその場へ放置して公園へと向かった。
俺御用達の老夫婦が経営するスーパーの近くにその公園はある。
結構広い公園で、滑り台やブランコなどはもちろん、テニスコートもあり、おじいちゃんおばあちゃんがゆっくり休めるベンチもそこかしこに設置されている。老若男女が使えるいい公園なのだ。
俺も子供の頃にかなりお世話になった。最近はバイトなどリアルが忙しくて行っていないが。
御形さんを案内する形で公園に近づくと、警察がよく使っている立ち入り禁止の文字が書かれた黄色いテープが周囲に貼られ、公園自体に入れなくなっていた。誰かが無断で入らない様に見張りの警察官を等間隔で何人も立たせている念の入りようだ。
たまにこの公園を通り過ぎるのだが、こんなに物々しくなっていたとは。でもニュースとかにもなっていないから情報規制されているのかな?
「これじゃあ入れないわね。」
「あ、ここから反対側に駐車場があります。そこで件の刑事さんに会いましょう。」
「そうね。」
どう公園に入ろうか決めあぐねていた御形さんに助け舟を出した。
見張りの警察官にジロジロ見られながら公園の外周を回って駐車場へ向かう。
ああ〜緊張してきた。今から刑事に会うのか。ドラマでしか見たことないよ。でも御形さんは全然緊張してなさそうだな。そのクールさが羨ましい。
少し歩くと駐車場が見え、パトカーが何台か停まっているのがみえた。あのどれかに若草って刑事がいるのかな。複数のパトカーを前に緊張と尻込みして立ち止まってしまった俺を放置して御形さんがパトカーに近づく。凄い度胸だ。
そして人影が見えたのであろう1台にコンコンとノックをした。
ウイーンと車のパワーウィンドウが開くとドスの効いた男性の声が聞こえる。
「なんだ。悪戯か?」
こっ怖え!なんちゅう迫力のある声!
その声に全く物怖じせずに御形さんが自分のスマホの画面を見せる。依頼の調査許可証を見せているのだろう。
「ああ?お前がそうなのか?随分若えな。」
パトカー内の男が扉から出てきた。
で、でけぇ。年齢は40代だろうか。身長190cmぐらい。
目と口に大きな傷のある大男が車からぬっと出てきた。
「俺が若草ってもんだ。お前らがお上が言ってた調査人か?」
若草刑事が流れるような動作でホルスターから拳銃を抜き、俺に突きつけた。