モデウィネとミコ
ウィネ視点で閑話として用意していた話ですがキャラの関係性から本編にしました。
ヒーロが森を出てから帰ってくるまでの間にあった話です。
我は100層もある大ダンジョンのダンジョンマスター、モデウィネである。
5年ほど前にこのダンジョンが誕生し、我も同時に生まれた。
我の種族はサキュバス。
生まれたときからサキュバスでは有り得ないほど力があふれ、自分が特別な魔族だということはわかっていた。
我の前ではみなが跪き、この美貌で見るものを惑わすだろう。
もちろんこの世界のすべてを従え管理をする存在であることも理解している。
だから手始めに手近なこのダンジョンを管理してやった。
うん、管理した……3日ぐらいだけ。そして、すぐに世界なんてどうでもいいと思いました。
そして、現在の我はというと。
「うぎゃぁぁぁ! ちょっと待って、待ってくださいぃ!」
白い虎の魔物から逃げている。それはもう必死のパッチで逃げている。
そう、特別な魔族と思っていた我が魔物から逃げている。
いやあれ魔物の域、超えてるでしょ。
事の始まりは、我がダンジョンでゆっくりしているとミコが訪ねてきて、ヒーロが仕事のためしばらく不在になることを伝えてきた。
『ということで、今日は私と鬼ごっこをしましょう』
「どういうこと?」
我は混乱した。普段からヒーロやミコから鍛えられているため生まれたころに比べたら格段に強くなっている。
だが、ヒーロらと比べると格が違う。もう説明ができないくらい格が違うのだ。
『1層からスタートして10分後に私が追いかけます』
「あの……我の意思は……」
『とりあえず、24時間逃げ切れればウィネの勝ちにしましょう』
「え? 丸1日?」
『私はウィネを見つけ次第攻撃しますので逃げてください』
「それって鬼ごっこではないのでは? というより、我はそれをやるとは言ってないのだが」
『初めてマスターと私の修行の場にきたとき、あなたは腰を抜かし、ましてや、おもら「やります! もちろん、やらさせていただきます!」――』
ミコめ! 我の恥ずかしい過去を持ち出して強制的に参加させるとは。
そして、鬼ごっこがスタートして11分後、つまり、ミコが追いかけ始めて1分後。
「うぎゃぁぁぁ! ちょっと待って、待ってくださいぃ!」
無理なんですけど! 速さだけならヒーロと同等のミコと鬼ごっことか無理なんですけど!
現在、我は懸命にミコの前足の爪から放たれる斬撃を避けている。
当然ミコも訓練になるように手加減はしているのだろうが、我からすると死に物狂いである。
「いま、当たったー! 当たりましたよ! ちょ、右足千切れそうなんですけどぉ!」
『その程度のケガなら、逃げながら瞬時に回復しなさい』
「鬼ぃ! 悪魔ぁぁ!」
『私は鬼でも悪魔でもなく虎です』
「そんなことわかっとるぅわ!!!」
そう言いながら回復しつつ逃げる。ひたすら逃げる。
そして、スタートしてから1時間後。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
『1時間ももちませんか?』
「いや普通もたないからな」
息を切らしながら答えるとミコが何か考えているような表情をしていた。
『では、ハンデとして人化して鬼ごっこしましょう』
「え? まだやるの?」
『人化すれば私も多少は速さが落ちますし24時間いけるでしょう』
「え? 人化しても到底及ばないけど?」
我の言葉を気にせずミコが人化し準備を整えていた。
それを見て以前から気になっていたことを思い出した。
「そういえば、ミコってヒーロと交わっているのよね?」
「えぇ、マスターの寵愛を受けています」
「我はサキュバスなのに人族の男であるヒーロが一切我に興味をもたないんですけど」
普通、人族の男からするとサキュバスが目の前にいて誘惑でもしていると否が応でも興味をもってしまうものである。
「それは私のほうが魅力的だからです」
くっ! サキュバスの我の前で堂々と言い切ってくれるわ!
「以前サキュバスの能力を使っても一切無視されたんですけど」
「それはウィネが弱すぎるからです」
うっ! 正論過ぎる! あと、なぜかミコが我を睨み続けてるんですけど、怖いんですけど。
「それよりも能力を使ってマスターを誘惑しようとしたんですね?」
「だっ、だって、我はサキュバスよ。強い生物の精を欲するのは自然でしょ?」
我は自分の種族の特性を主張したが、ミコは我を睨み続けている。
「マスターを誘惑しようとしたんですね?」
「……はい」
もう迫力満点で怖すぎます……。
「では、1分後に鬼ごっこをスタートしましょう。私はその5分後に追いかけます。」
「え? いやいやいや、せめてもう少し休ませて――」
さっき10分後だったのになぜ5分後に縮んでるんですかぁ!
「では、スタートです!」
「1分後って言っただろ! 鬼ぃ! 悪魔ぁぁ!」
「マスターを誘惑した罪、身をもって教えてあげます!」
その後、途中に休憩を挟みながら我は逃げ続けた。そして、4時間後。
虎の状態に戻ったミコが地面に倒れている我を見て言う。
『マスターが戻られたようなのでいったん私も帰ります』
た、助かった……。
『それはそうと、あなたはアホですか?』
「な、何が……」
『マスターは能力なんか使わずにストレートに誘えば答えてくれますよ』
「我もそれぐらいわかっておるわ!」
我もわかっていた。ヒーロが我のことを信頼してくれてること、必要としてくれること、いつも待ってくれていることは。
わかっていてもなぜかいざとなったら体が怖気づいてしまう。
『あなたそれでもサキュバスですか?』
「えぇ、そうよ!」
『サキュバスがなぜそんな奥手なんですか?』
「くっ……」
我もなんとか……
『――ウィネ、私が鍛えてあげます。覚悟しておいてください』
「…………」
ミコが帰ったあと疲れ切った我はそのまま眠りについた。