ある少女との出会い
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ここはレトナークから出てどのあたりでしょうか。
レトナークよりグーモンスの森のほうが近いでしょうから人はもう誰もいないでしょうね。
体や髪は汚れ、服もボロボロのワンピース1枚、体には黒い痣。
わたくしはもうすぐ死ぬんですね……。なのに、どうして歩き続けているのでしょうか……。
いまから数時間前でした。馬車が走った時間からしてグーモンス寄りに止まったと思われます。
「きゃぁぁ」
「くそっ、せっかく娼館に連れて行って稼がそうとしたのに、病気を発症しやがって!」
そう言いながら小太りの男はわたくしを馬車から突き落とし、そして、さっさと御者席に座り馬車を出発させました。
取り残されたわたくしはうつむき涙を流していました。
「うぅ……どうして……」
わたくしはヘルミー・ハウラプトという名前で、もともとはグラストル王国の王都グラストルに住んでいた貴族ハウラプト家の1人娘でした。
ただハウラプト家は貴族としては小さく、貴族としてやっていくにはギリギリのところだったと思います。
そして、わたくしの父が一世一代の勝負にでたところ失敗しました。両親が一家心中をしようとしてわたくしも死ぬ予定でしたが生き残ってしまい借金奴隷になってしまいました。
そしてその後、奴隷としてレトナークの娼館の主に買われたところで病気を発症しました。
わたくしは頭が回らない状態でただただグーモンスの森のほうへ歩いていました。すると、前方から人っぽい何かが歩いてきました。
目もぼやけてよく見えず、なおかつグーモンスの森から人が来るなんてありえない……最後は魔物に食べられて死にますのね。
わたくしは諦めて下を向いているとしばらくしてわたくしの耳に男性の声が聞こえました。
「なんでこんなところ歩いてるの?」
「えっ?」
食べられることを覚悟していたわたくしはその声を聞いて顔をあげました。
「大丈夫か? ボロボロみたいだけど」
男性が立っているのだけ確認できましたが、それを最後にわたくしは気を失いました。
オレが森を出ると決めた次の日の朝、さっさと家を出発しすぐにグーモンスの森を抜けていた。
「ここからまっすぐ北に行けばいいよな。まぁ、軽く走って行けば昼過ぎには着くか」
そしてそこから2時間ぐらい何もないだだっ広い平原をひたすら走っていたところ、結構離れたところでボロボロの少女が歩いているのが見えた。
さすがに無視できないのでオレは少女の前まで行くことにした。
「なんでこんなところ歩いてるの?」
「えっ?」
「大丈夫か? ボロボロみたいだけど」
そう言うと少女が膝から崩れ前に倒れそうだったのでとっさに体を支えると少女は気を失っていた。
「こういうのって本当にあるんだな……。それにしてもタイミング良過ぎだろ」
オレが1日でも早く出発していたら、オレが1年でも早くトレーニングを切り上げていたら、もしかしたらこの子は誰にも会わずここで倒れていた可能性が高い。
さっそくオレはそのボロボロの少女を1畳ぐらいの大きさにしたカードの上に寝かし、生活魔術で傷の治療をし、服や体をキレイにした。
この少女は人族で茶髪のセミロングの髪型をし肌が白かったが、その肌には黒い痣だけが消えずに残っている。その痣については心当たりがあったが、とりあえず少女が目を覚ますのをしばらくの間待つことにした。
「ん、ん?」
「お! 気がついたか?」
「え? ここは?」
「平原のど真ん中かな」
「え?」
少女は意味が分からないという表情で辺りを見渡している。まぁ、あの状態で倒れたってことはほとんど意識なく歩いていたんだろうな。
「とりあえずケガは治して、体と服は生活魔術でキレイにしておいたけど」
「ありがとうございます……」
少女は自分の体を確認していたがどこか諦めたようなつらそうな表情に見えた。
「あの、わたくしどの程度寝ていましたか?」
「30分ぐらいかな」
「そうですの……」
「とりあえず水でも飲むか?」
「は、はい……ありがとうございます」
インベントリから食器を出し生活魔術で水を入れ少女に渡す。
「食べ物もあるけど食えるか?」
「ありがとうございます、いただきます」
おそらくお腹が空いているだろうから果実ぐらいがいいだろう。食べやすくした果実を別の食器に入れて少女に渡した。
「いっぱいあるからゆっくり食べ」
「あ、はい……」
少女は果実や食器がどこから出てきているのか不思議そうな表情で見ていたが、それよりもお腹が空いていたのか目の前に出された果実を口に入れていった。
「オレはヒーロっていうけど、名前は?」
「あ、申し訳ございません。わたくしヘルミー・ハウラプトと申します」
「奴隷紋が首にあるけど?」
「あっ……はい。奴隷でした……」
「過去形ということは?」
「何時間か前に捨てられましたわ……」
「捨てられた?」
「はい、見ての通り【魔女の呪い】を発症してしまったためですわ」
ヘルミーは少し苦笑いを浮かべ自分の体の黒い痣を見ながら答えた。
やっぱりその病気だったか。創造神様にもらった知識にもこの病気のことはあったからおそらくそうだろうとは思ってたけど。
「もう少しで痣が体の半分くらいになると思いますので……」
「もうじき死ぬということか?」
「はい……あの、ありがとうございました。最後に食事ができて幸せでしたわ」
う―ん、どうしようかな。治す方法ならあるにはあるけどこの子に使って死んだらオレが申し訳なくなるし……。でもやるしかないよな。
「もしかしたらその痣治せるかもしれないけど賭けてみるか?」
「え!? 本当ですの?」
「あぁ」
「――はい、どうせ死ぬ身ですわ! お願いいたします!」
「そっか、じゃ準備するよ」
オレは立ち上がり力が外に漏れないように空間を6畳ぐらいで張り下にカード敷いた。
「ヘルミー、こっちに来て仰向けで寝てくれるか?」
「はい……」
ヘルミーが横になるのを待って、オレはヘルミーの意識を失わせることにした。
「どうせ気を失うと思うから先に眠ってもらうよ」
「え……」
ヘルミーの首を軽く触れ意識を失わせる。そして、インベントリから短剣を1本取り出しアースターの力を引き出していく。
7、8年前、オレは森の中で毒に侵されほとんど動けなくなっていた。
「やらかした―! くっそ、こんな強力な毒持ってるやつ今までいなかったよな……」
くっ、どうしようかな……。ミコを呼んだところで毒はどうすることもできないからな。
四の五の言ってられないな、アレをやるしかない。
オレはアースターの消滅の力が対象を指定すればなんでも消せることを利用して毒を消す方法を考えていたが、素の状態で体の中の毒だけを消すことはオレには厳しかった。
そこで使用するのが以前アースターからもらった短剣である。
毒に苦しみながらアースターからもらった短剣を1本インベントリから取り出しアースターの力を引き出す。するとくすんだ色をしていた短剣が闇のように黒くなる。
実はこの短剣、これを介してアースターの力を引き出そうとすると短剣全体の色が変わり、1本は赤く、もう1本は黒くなる。
それぞれ特色があり、赤い短剣を使うと対象を燃やすように消滅させ、そして黒い短剣を使うと対象を飲み込むように消滅させることができる。
これらはアースターの力をより効率よく、そしてより性能を特化させたいときに使用するらしい。
オレの手にあるのは黒い短剣、それを自分の太ももに刺した。
いけるはず! 体の中にある毒だけ消滅できるはず!
「くっ……」
そして、集中して毒だけが短剣に飲み込まれるようにイメージした。すると、しばらくして徐々に体が正常な色に戻っていき、オレ自身も落ち着いてきた。
「よっしゃ! いけた……」
そして、太ももに刺していた短剣を抜きケガを回復させていく。
「これ使いこなせればものすごく便利だな」
オレは寝ているヘルミーを前にして、自身に試したことを思い出しつつ黒い短剣を見ていた。
あれからかなりアースターの力を使いこなせてるから、自分以外に対して使ってもいけるはず。
オレは黒い痣があるヘルミーの太ももに短剣を軽く刺す。短剣を介しヘルミーの体全体を見ていき、ヘルミーの体の中の違和感を探していく。
おそらくこれかな…………悩んでいても仕方ない、とりあえず消滅させるか。
すると、ヘルミーの痣が少し消えオレは確信を持ちその作業を続けた。しばらくして、体に別の何かがあることに気づいた。
これ何かな? どう考えても体に悪そうな何かがあるけど、この部分でヘルミーの体にあるのは……奴隷紋か。ついでにこれも消しておくか。
その後無事に処置が終わり刺した箇所を治して、ヘルミーが目を覚ますのを待っていた。
「ん、ん」
「気付いたか?」
「ん? ヒーロさん?」
体を起こそうとしたのでオレはヘルミーの体を支えて起きるのを手伝った。
「ありがとうございます。――わたくしはどうなったのでしょうか?」
「体見てみ」
「え? うそ? 痣が消えてますわ……」
ヘルミーは驚いた様子で自身の体のあちこちを見ている。
「たぶんそれで大丈夫だと思うけど、体の調子はどう?」
「――以前より体が軽く調子がいいです」
「そっか、大丈夫そうかな」
「…………」
しばらくしてヘルミーは自身に起きたことを実感してきたのか、胸あたりで手を合わせうつむきながら涙を流し始めた。
「うぅ……あぁ…………わたくしはまだ生きられるのですね……」
それにしても本当に成功して良かった。これでヘルミーが目を開けないとかだったら寝覚めが悪すぎるからな。
「そういえば、奴隷紋も消したけど?」
「えっ!?」
ヘルミーが首にあった奴隷紋のあたりを触って確認する。
奴隷になったことがないのでどういう感覚なのかわからないが何かしら違和感はあるんだろうな。
「あぁ……何から何までありがとうございます、本当にありがとうございます!」
オレのほうを向き、さきほどよりも涙を流しながらくしゃくしゃな顔で礼を言ってきた。
ヘルミーが落ち着くのを待ってオレは改めて食事を勧めることにした。
「おなか空いてるか? 今度はしっかり食事が味わえるでしょ?」
「はい! いただきますわ!」
今度は果実以外の食べ物を渡しヘルミーはそれをゆっくり味わっていた。
「ところで、ヘルミーって何歳?」
「わたくしは16ですわ、ヒーロ様」
「オレに様はなしでいいよ」
「でも……いえ、わかりましたわヒーロさん」
「16か。で、ヘルミーはこれからどうするよ? 自由の身になったわけだけど」
ヘルミーが食事の手を止めしばらくの間考えていた。そして何かを決意したような表情でオレに告げた。
「わたくし、ハウラプト家を貴族に返り咲かせたいですわ!」
ヘルミーが奴隷になった経緯を話始め、オレはハウラプト家にヘルミー以外いないことを知った。
「なるほどね。それじゃ、ハウラプト家が貴族になるにはどうすればいい?」
「そうですわね……何かしらで国に貢献して貴族に値すると認めさせるしかないですわね」
「それじゃ、何で貢献できる?」
「いまのわたくしにできることは魔術しかありません。ですから、冒険者になるしか……」
「冒険者から貴族になることはできるの?」
「はい、過去に冒険者が男爵を与えられた例はありましたわ」
「となると、いまできることは?」
「能力者として強くなり、冒険者の級を上げること!」
オレはヘルミーの抽象的な目的をより具体的になるように話をしていた。
ただ、オレも冒険者をやったことないから級を上げるって何なのかわからないけどな。
「ヒーロさん! いまのわたくしにはヒーロさんしかおりません、厚かましいお願いとは存じますがご一緒に行動してもよろしいでしょうか」
「それって、街まで行って冒険者登録したいってこと? それとも強くしてほしいってこと?」
「訓練していただきたいですが……もし、もし無理でしたらレトナークの街までご一緒させていただくだけでも!」
「それならいいよ」
「そうですわよね……でも、街まででも感謝いたします」
「いや、強くなるまで面倒見るよ」
「え……よろしいんですの? 本当によろしいんですの?」
「構わないよ、その代わり覚悟するようにな」
「はい! もちろんですわ!」
さすがにこんな若い女の子を街まで連れて行って、あとは好きにどうぞというわけにもいかない。何かの縁だし独り立ちするまで面倒を見よう。
「よしっ、それじゃ、森に帰るか」
「はい! …………えっ!? 森に?」
とはいえ、オレ魔術使えないけど……どうしようかな。