第五十九話 満ち足りた日々18 毒花令嬢と呼ばないのは家族だけ
ドン!
花瓶を持ってきたダニーがテーブルに置く。玄関で使用人に渡した花束が生けられていた。
「こんなやっすい花束に合う花瓶を探すのが大変だ。もう少しネリーネお嬢様に相応しい贈り物を持ってきたらどうだ」
「ダニー。ステファン様は今までろくに女性へプレゼントを贈ったことがないはずよ。花束を贈ろうと考えついただけでも及第点だわ。それ以上を求めるのは酷というものよ?」
ダニーの愚痴にネリーネは嫌みたらしく意見する。
「若い女性に流行っていると聞いたからわざわざ街で求めてきましたが、ご迷惑だったようですね」
「迷惑? 花を贈ってくださるのは嬉しいわ。でもこの花束が流行っているのは、街の若い女性たちが海向かいの隣国のお姫様が我が国で若き貴公子と恋に落ちてご婚約されたことにあやかって恋の成就を願う花束でしょう? わたくしは流行り物よりも貴方がわたくしのためを思って選んだ花束の方が嬉しいわ」
反射的に言い返した俺をネリーネは睨むように見つめて反論する。
そうだ。嫌味ではない。素直な意見だ。
ブローチを選んだ時だって俺が選ぶことに喜んでいた少女に対して、短絡的に若い女性に流行っているという噂だけで飛びついて買ってしまったことを反省し、俺は俯く。
「……それに、わたくしはいまから恋の成就をお願いする必要はありませんもの」
ブローチに触れながらこぼす、ネリーネの可愛いらしい独り言を俺は聞き逃さない。
癖で言葉の裏を読んで『見合い結婚には恋なんていらないもんな』なんて言いそうになるのをぐっと我慢する。
そんなことを言ったら俺に恋をしているとしか思えないネリーネは顔をぐしゃぐしゃにして泣くのを堪えて……
だめだ。俺のために泣くのを堪えるネリーネを想像しただけで可愛いくてわざと言ってしまいたくなる。
自分のおぞましい嗜虐心を慌てて否定し、顔を上げてネリーネの様子を見る。
俺が贈ったブローチに触れながら、うっとりした表情で向日葵を見つめている。
向日葵越しに目が合うとネリーネは恥ずかしそうに笑った。
「でも、羨ましいわ。イスファーンのお姫様は『ひまわり姫』なのにわたくしは『毒花令嬢』だわ。家族ぐらいよ毒花だって言われているわたしのことを嫌わないでいてくれるのは」
「ダニー達使用人も貴女を嫌っていないし……俺もいるだろう」
ネリーネ嬢が目を丸くして俺を見る。
待てよ。そこはすぐ肯定してくれ。
冷や汗が背中を伝う。
「何をおっしゃっているの? 使用人達だってこの屋敷の中では家族の一員よ? それに結婚するのだから、ステファン様は家族でしょう?」
俺が家族だと……?
さっき夫人だなんて言葉に照れて恥ずかしがっていたくせに。
さも当たり前のように俺のことをもう家族の一員と考えている、こんなにも素直で愛らしい少女がロザリンド夫人のような女傑になれるのだろうか。
「……違いますの? ……結婚するのでしょう?」
俺の返事が遅いからか、不安で顔を皺くちゃにしたネリーネが鼻をすんとすする。
可愛いかっただけの想像と違い、涙を堪える姿に胸をぎゅうっと鷲掴みにされて苦しい。俺は必死になって首を縦に振った。
ネリーネの顔に安堵が広がる。
「よかったわ! それに貴方はわたくしのことを、ネリネの花だって言ってくださるものね」
ネリーネが鼻をふんす! と鳴らして胸の前で拳を握りしめた。
「今度は本物のネリネの花束を贈ろう」
「ネリネの花なんてどこにも売っていませんわよ。前も説明した通り、ネリネの花はリコリスと一緒に忌み嫌われていますのよ?」
ネリーネは馬鹿にしたような顔で俺を見つめる。それすら可愛い。
「王都の侯爵家別邸の庭にネリネが咲くと庭師がいっていただろう。咲いたら花束にして贈ろう」
「侯爵家の庭で育てているものを贈るなんて、無理な約束よ」
「今後はあの屋敷は俺が管理するんだから大丈夫だ。約束する」
「そうなの? 王宮のお仕事は?」
「別邸から通うさ」
「貴方は官吏の仕事は続けられるのね」
「もちろん。王太子殿下付きになるんだ。できる限りお支えしようと思っている」
「わかったわ。じゃあ、わたくしができる限りのことをするわ」
ネリーネは力強くそう言った。
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第六章は婚約者として過ごす二人の甘々?話です。




