第五十話 満ち足りた日々9 俺の婚約者は恥ずかしがり屋で可愛いようだ
小箱を受け取ったネリーネ嬢が蓋を開ける。
ネリーネ嬢は機嫌を取り直してくれるだろうか?
ちらりとネリーネ嬢を盗み見る。
さっきまでブローチを渡して喜ぶネリーネ嬢を想像していたのに、まるで機嫌取りの道具のようになってしまった……
ブローチを手に取ったネリーネ嬢の眼差しが一層険しくなる。
「茶色い石をはめるなんて聞いていませんわ! どういうおつもり?」
機嫌が良くなるどころか不機嫌そうだ。
クソ。何が喜ぶはずだよ。店員に騙された。
「店員に流行っているからと勧められたから依頼したが、貴女のように上質なものを見慣れている高位貴族のご令嬢にとっては金剛石や紅玉のような高値で取引される希少な貴石以外は宝石ではないのでしょうね」
「別に貴石か屑石かどうかなんて構いませんわ。労働者の貴方から貴石のプレゼントなんて求めておりませんもの」
「労働者からの屑石が贈り物で悪かったな」
「悪いだなんて言っておりません」
「じゃあなんだっていうんだ」
ネリーネ嬢はブローチをゆっくりとテーブルに置き、扇子を広げてフンと鼻を鳴らす。
「毎日身につけると約束したのですから、毎日つけるにふさわしいデザインにしようとは思いませんでしたの? 貴方が今までおモテにならなかったのは仕方ないにしても、少し考えれば分かりますでしょうに」
「はぁ?」
「説明をされないと分かりませんの?」
「あぁ、わからないね」
毎日つけるにふさわしいデザイン? 季節感とかそういうことか? それとも花みたいに石にもそれぞれ意味があるのか? なんにしたって高位貴族の嗜みなんて俺の知ったことか。
「つまり……その……わたくしを象徴する花をステファン様を象徴する石のついたリボンで抱きしめているようなデザインにされるだなんて……」
えっ……?
おっ……俺が……ネリーネ嬢を抱きしめているデザイン?
つい、ドレスから窮屈そうに盛り上がる胸元に目がいき、ごくりと喉がなる。
「それを、いつもわたくしの胸元に飾るだなんて……恥ずかしくて……耐えられませんわ……」
目の前の少女の声が徐々に小さくなり、顔を隠そうとしているのか持っていた扇子を自分の顔に押しつけて身悶えている。羞恥で真っ赤になった小さな形の良い耳が扇子からちらりと見えた。
どうしよう! そんな可愛い振る舞いをされて耐えられる気がしない。ネリーネ嬢が身悶えているのを見ながら俺も身悶えたい。
あぁ! 可愛い! 可愛い! 可愛い!
こんなに可愛いくていいのだろうか。
身悶えていたネリーネ嬢は急に扇子を閉じて姿勢を正す。真剣な顔で見つめられて胸がキュンと高鳴るのを感じた。
「でも、作っていただくときに、毎日つけると約束いたしましたものね。貴方も約束を守ってくださいましたし、わたくしも約束を守らなくてはいけませんわ」
ふんすっ! と鼻息が聞こえ、両手の拳を胸の前に寄せる。
「今からつけてきますわね」
ブローチをそっと小箱に戻し、大切そうに両手で抱えて席を立つ。
「ミア。ついてこないで大丈夫よ。これはわたくしが自らつけますわ。はっ恥ずかしいので自分の部屋でつけきますのでお待ちいただいてよろしいかしら」
「あっ……あぁ」
ネリーネ嬢はついてこようとした侍女に待機するように伝えると俺に向かって一礼してドアの外に出ていった。
「可愛い……」
ネリーネ嬢を見送りながら俺はそっと呟いた。




