第四十九話 満ち足りた日々8 言いたいことははっきり言えよと思うのに、はっきり言われると立場がない
ネリーネ嬢の案内で応接室に通される。以前ハロルドに招き入れられた応接室とはまた別の部屋だ。この屋敷にはいくつ応接室があるのだろう。異国情緒あふれる極彩色の調度品に溢れた部屋は、最近立派な部屋に通される機会が多かった俺でも圧倒される。
目に痛い色彩の中で光沢感のある緑のドレスを着て目の前に座るネリーネ嬢は、周りに馴染んでいて違和感がない。
見たこともないガラスのコップに入った熱い紅茶をすするネリーネ嬢を眺める。目が合うと睨まれ……じゃない、見つめ返された。
「お父様と、こないだお会いしたのでしょう? また会いたがっておりましたけど、今日は生憎お仕事でお忙しくていらっしゃらないの。わたくししか話相手はおりませんけど、よろしいかしら」
「あぁ。そうだ。ハロルドは? まだバカンスから戻っていないのか?」
「えぇ。お兄様夫婦は休暇中はずっと海の別荘に行かれているわ」
「そうか……母君は?」
「……お母様は私をお産みになった時に亡くなられたわ」
ネリーネ嬢は唇をギュッと噛み締め顔を皺くちゃにする。えっとこれは……悲しんでいるのか?
こういう場合は同情しておけば良いのだろうか。
「あ……それはえっと、寂しい思いをしているだろうに、知らなかったとはいえ失礼した」
俺のお詫びにネリーネ嬢は馬鹿にしたようなため息をつく。
「……お母様の分までお父様もお兄様も私のことを愛して下さっていますから、寂しくなんてありませんわ。それにわたくしが寂しがっていたら命を賭してまでしてわたくしを産んでくださったお母様に顔向けできませんもの。勝手な同情はやめていただきたいわ」
そう言ってネリーネ嬢が明らかに睨みつけてくる。悲しんで泣きそうなのかと思えば違うらしい。
じゃあなんで皺くちゃになってんだよ……
モテない俺には女心なんて理解できないんだよ。
言いたいことは、はっきり言えよ。
「貴女が寂しそうな顔をしたから触れてはいけない話題なのかと思ってこちらは気を使ったというのに。同情されたくないのであればそちらもそれ相当の態度を取られたらどうですかね」
可愛いと思ったり好意がないわけではないが、面倒臭いのはごめんだ。
俺も言い返して睨みつける。
「寂しそうな顔をして貴方の同情を買おうだなんてしておりません。……貴方に初めてお会いしたときにお祖母様が説明していたのにご記憶ないなんて『わたくしに興味がないんだわ』と思っただけですわ」
低い声ではっきりと言われた言葉が、グサッと胸に突き刺さる。
そりゃそうだ……。家族構成も理解していないなんて興味がないと言っているようなものだ。
そんなことないと言いたいのに、初めて会った時はこの見合いに乗り気でなかったため、ロザリンド夫人の説明なんてこれっぽっちも聞いていなかったのは事実だ。
否定の言葉を口にしても嘘っぽくしかならない
俺はどうしてついカッとなって言い返してしまったんだろう。
涙を堪えているからか俺を睨みつける視線が一層厳しくなり、俺は下を向いた。
「これから、少しづつ貴女のことを知りたいと思っている」
嫌な顔をされているのではないかと怖くなって、顔を上げることができない。
「たとえば何に貴女が喜ぶかとか」
俺はそう言って恐る恐る、ネリーネ嬢の前にブローチが入った小箱を置いた。




