第四十七話 満ち足りた日々6 毒花令嬢には似合わなくても俺の可愛い婚約者にはピッタリのブローチ
「交渉の山場だからと仕事を詰めすぎてしまったな」
ご婚約者様がまた書類を抱えて出ていくのを見送った王太子殿下は、急ぎの書類をめくる。
「私もこの書類の署名で今日の執務は終わりにする。皆も今日は早く帰って明日以降の英気を養ってきてくれ」
ささやかな歓声をあげた同僚たちは、キリの良いところまで仕事をこなし順次上がっていく。
俺も慌てて仕事を終わらせて、宿舎の部屋に戻る。
部屋に入ると同時に制服を脱ぎ捨て、私服に着替えようとして手を止めた。
毎度会うたびに同じジャケットを着るのは気が引ける。しかもまだ日が高く暑い。俺は持っているシャツの中で一番マシなシャツを引っ張り出す。長袖だがジャケットよりはマシだ。
まずは完成したブローチを取りに行かなくては。
俺は袖を捲り上げると、意気揚々と炎天下の街に繰り出した。
***
高級感あふれる店内は一人でいると気後れする。ネリーネ嬢と二人の時はネリーネ嬢の豪華さで周りを圧倒していたが、俺一人だと場違いも甚だしい。
肩身を狭くして座っていると、先日対応した担当者が店の裏から出来上がったブローチを持って戻ってきた。
「本日はご婚約者様とご一緒ではないのですね」
「あぁ、この後渡しに行こうと思っている」
俺の返事に愛想よく笑った店員は「ご確認くださいませ」とブローチの入った小箱を開けた。
ピンクがかかった金色のブローチはまさに金剛石の百合の名に相応しくキラキラとした輝きを放つ。ネリネの花束をリボンで結んだデザインは豪華さと可愛らしさが共存していた。
毒花令嬢には似合わないだろうが、可愛らしいネリーネ嬢にはピッタリのデザインだ。
そうだ。確かにデスティモナ伯爵は人柄の良い人物だったが、貴族院控室の装飾や着用していた服なども上質なことはわかるが豪華すぎて趣味がいいとは言い難かった。
センスが悪いのには慣れているから俺の贈り物ならなんでもいいとネリーネ嬢は言っていたが、このブローチならきっとデザインにも満足して喜ぶに違いない。
「リボンのデザイン部分に石をはめることも可能ですよ」
出来に満足していた俺に向かい、店員は笑顔でそう言った。示された部分を見ると丸いへこみが並んでいる。
そのままでもデザインとしてはおかしくないが、なるほど石が入った方がデザインとしては座りがいい。
「いま、贈り物として贈り主の髪や瞳の色の石を入れて贈るのが流行っております。いかがですか? 若いお嬢様は喜ばれると思いますが」
俺の髪や瞳の色……?
巷の流行りに疎い俺はピンとこない。珍しい髪色や瞳の色をしていれば別だが、多くの人間は濃淡はあれ金色か茶色だ。瞳の色だってそんなにバリエーションはない。黄色や茶色の石を入れてもパッとしないとしか思えない。
「せっかく可愛らしいブローチなのだ。茶色の石を入れるよりも、綺麗な色の石を入れた方がいいのではないか?」
「ご自身の髪や瞳の色の石をご自身の象徴としてはめ込み、いつも貴女のそばにいると誓うのです」
いつもネリーネ嬢のそばに……
浮かれ切っている俺は店員の口車にまんまと乗り、追加代金を支払いブローチに薄茶色の石をはめてもらった。




