第四十一話 生まれてはじめてのデート12 酒場通いをして女に慣れていたら、可愛さに惑わされなかったのだろうか
「夕立にやられたのか?」
宿舎の玄関ホールにある待合所で、ケインとニールスが俺の帰りを待ち構えていた。びしょ濡れで宿舎に戻ってきた俺にニールスが驚きの声をあげた。
「街の方はかなり降ったのか? こっちは快晴だったってのにな」
ケインは窓の外を眺めてそういうと、信じられないと言った顔をする。そりゃそうだ。雨なんて降ってない。
俺は寮母から渡されたタオルで頭を拭った。
「ところでステファン。上々そうな顔しちゃって。今日は夜会の時と違って、結果を残せたんだな」
「……何の話だ」
結果? ニールスは何を言っているんだ?
今日は……ネリーネ嬢と芝居を観に行ったはずが膝枕で眠りこけて拗ねさせてしまったお詫びにまた芝居を観に行く約束をして、婚約の話が進んでいるんだからと恋人ぶってブローチを送る約束をして、会えなくて寂しがるのを慰めるために少しでも時間があれば会う約束をした。
確かに結果は残したのかもしれない。
「性格の悪い毒花令嬢にギャフンと言わせてやるって意気揚々と出ていったじゃないか」
俺はハッとする。そうだ。出かける前はネリーネ嬢に休みの日に会わなくてはいけないことが、憂鬱で鼻を明かして溜飲を下げようとしていた。
「……結果を残した顔をしてるか?」
「ニヤニヤしていて喜びが隠しきれてないぜ。ほらステファンの武勇伝を聞かせろよ。何があったんだ」
ニヤニヤしながら俺の脇腹を小突くニールスとケインに虚勢をはろうとしたが考え直す。
「まずは着替えないといけない。俺の部屋に来いよ」
俺は二人を誘い、自室に戻った。
***
今日の顛末を聞いたニールスとケインの大笑いが収まるのを待つ。狭い部屋は大人の男が三人もいれば外よりも暑苦しい。
「俺はモテたことがないから、社交界の嫌われ者なはずのネリーネ嬢ですら好意を向けられただけで可愛く思えてしまう」
「ははっ。まぁ、好意を持ってくれた女の子は三割り増しで可愛いくみえるもんさ」
ニールスもケインも笑いを堪えながら俺の肩を叩く。
「そんなもんなのか? 嫌われ者の毒花令嬢ですら可愛らしく愛おしく思ってしまうんだ。普通の女性から好意を向けられたら身が持たないな」
「ステファンは酒場にあまり顔を出さないからな。街の酒場なんかじゃ役人は給金が安定しているし、俺たちだってモテるんだぜ。昔は貴族の息子だったなんて言えば『育ちがいいと思ったわ』なんて言われてしなだれかかられたりしてさ。モテ慣れてればよかったのにな」
「ステファンもたまには行ってみるか? 遊ぶなら結婚前に遊んどけよ」
今まで馬鹿にしていた酒場通いも、していればこんな易々と心を動かされることもなかったのだろうか。
今からでも遅くないのか?
そう考えていると、ネリーネ嬢の顔がよぎる。
俺が縁談を断ると思って泣きそうな皺くちゃな顔、睨みつけるような真剣な眼差し、嬉しいと俺の手をとって指を絡める仕草も、気合いを入れるときに、ふんす! と鼻を鳴らす癖も、気取らずに笑う満面の笑顔も、恥ずかしがって小さな愛らしい手で顔を隠して真っ赤になる姿も、可愛いらしい声でこぼす独り言も、俺の姿が見えなくなるまで馬車にも乗らずにずっと小さく手を振る健気さも……
酒場通いをしていたらなんとも思わなかったのか?
「……いや、やめておく。俺が酒場で女を物色してたなんてネリーネ嬢が知ったら、泣いてしまうに違いない」
俺の発言にニールスとケインは「重症だ」と苦笑いした。
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第五章はステファンがネリーネにズキュンされまくる話です。
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