第三十八話 生まれてはじめてのデート9 ネリネの花の蔑称は毒花ではなく、別称はダイヤモンドリリー
俺の返事を聞いた店員は一度店の奥に下がる。見本にと花図鑑を持って戻ってきた。
「お二人ともネリネの花の現物はご覧になったことはございますか?」
俺たちは首を横に振る。
リコリスは図鑑で調べて見たことがあるが、ネリネの花は現物も図鑑の絵でも見たことがない。細密な挿絵がふんだんに載った図鑑の頁を捲っていた店員は手を止めた。
「こちらの挿絵がわかりやすいでしょうか。どうぞご覧ください」
花に興味のない俺には、ネリネの花はリコリスに似ているというよりもピンクの百合のように見える。そう口に出すと店員は頷く。
「ネリネの花を金剛石の百合と呼ぶ国もあるようですよ。ただネリネの花ですと百合と違い雄しべが花弁から飛び出しているのが特徴ですので、ブローチで表現するには繊細な加工が必要になります。金は純度が高くなるほど変形しやすいため、熟練の細工職人でも難しい仕事になります」
チラッと店員が俺の身なりを確認する。払えるか値踏みをしているのだろう。
「……そうか。金は扱いが難しいんだな」
「えぇ。ですので繊細なデザインの場合は、職人の技が申し分なく発揮でき、出来上がった作品の変形を防ぐためにも銀や銅などの混ぜ物を増やすことをお薦めしていますがよろしいでしょうか」
店員の確認に俺は腕を組む。混ぜ物が増えればそれだけ安くなる。俺にとっては渡りに船だが、伯爵家のご令嬢は混ぜ物の多いブローチなんてつけないだろう。
俺が買うと見栄を張っていってしまった手前、引くに引けない。ここは、高くなっても構わないので純金でと言わなくては。
クソジジイに代金の請求をしたら払ってくれるだろうか……
無理だな。
「もちろん純金でお作りすることも可能ですが、繊細な金細工は加工だけでなく保管も難しくなります。私どもといたしましては、愛する人からの贈り物は大切に仕舞い込むのではなく、いつでも身につけ愛を感じて欲しいと考えております。装飾具は身につけてこそ輝くのです」
「確かに。贈る側としては仕舞い込まれるよりも身につけていてもらいたいと思うだろうな」
回答を先延ばしにし俺が店員と雑談を続けていると、隣から小さなつぶやきが聞こえ視線を向ける。真っ赤になったネリーネ嬢が拳を顔の前で握り締め小刻みに震えていた。
「……わたくしに……いっ……いつも身につけて欲し……」
ちょっと待ってくれ!
今の俺の発言はネリーネ嬢に毎日ブローチをつけて欲しいなんて意味ではないんだ。ただの雑談だ。店員の話に感想を返しただけだ。一般的にはせっかくの贈り物なら使ってもらえたら嬉しいだろうと思っただけだ。
それなのに……
勝手に勘違いして、勝手に可愛い反応するなよ!
こっちは心の準備ができてないんだよ!
俺は叫び出したい気持ちを堪えた。




