第三十七話 生まれてはじめてのデート8 毒花令嬢はセンスなんて気にしない
「好きでその格好をしているんじゃないのか? こないだの夜会で自慢してただろ?」
困った顔に違和感を感じて問いかける。
「自慢? 彼女には事実を伝えただけですわ。好みかは別として一流の服飾店に依頼した、最高級の生地に多くの針子達の手が入ったドレスよ。見る人が見ればわかるのに趣味が悪いってだけで一流品を見極められないのは上質なものに触れてこなかったと言っているようなものよ。いつか恥をかいてしまうわ」
昨日までの俺なら自分のことを正当化している嫌な女に見えただろう。今の俺には学友を案じている少女にしか見えない。
「じゃあその髪型と化粧は……?」
「お父様がとにかく目立つようにってメイド達に指示してらっしゃるのよ。デスティモナ家の娘たるもの誰よりも目立てとおっしゃっているの」
「……自分の趣味じゃないのに、親からそんなの押し付けられて嫌じゃないのか? 自分だって毒花令嬢なんて周りに言われてるの知ってるんだろ」
「そんな私のことを好き勝手言っている他人なんてどうでもいいわ。お父様はわたくしのことを大切に思ってくださっていますし、誰よりも愛してくださっていますから、その気持ちに応えて差し上げたいって思うのは当然でしょう?」
そう迷いなく言い切る目の前の少女は、噂のように親の金を湯水の如く好き勝手使ってる苛烈で奇矯な毒花令嬢なのだろうか。いや違う。真っ直ぐで愛情深い可愛らしい少女だ。
「でっですから、貴方が私のために選んでくださった物ならセンスなんて気になりませんわっ!」
ふすっ! と鼻を鳴らして胸の前で拳を握り締め、頬を染める少女は俺の目をじっと見つめた。
ぎゅうぅぅぅぅっ。
むっ胸が苦しい……
そっそうだ……今はブローチのデザインを選ばなくては。すっかり忘れていた。店員は何事もなかったように張り付いた笑顔で俺たちを見つめていた。
「えっと……贈り物に選ばれるのはどんなデザインのものが多いのだろうか」
「そうですね。薔薇や百合などの花の意匠が人気ですね」
「花か……」
薔薇も百合も何か違う。センスは気にしないと言われても、普段自分の好みじゃないものを無理して着ていると聞いてしまえば、もっとネリーネ嬢らしいセンスの良いものを送りたい。
ネリーネ嬢らしい物……そうだ!
「それであれば、ネリネの花を模したブローチを贈りたいのだが」
「ステファン様! 何おっしゃってるの? ネリネはリコリスに似てるから売っているわけないわ。物知らずだと思われますわよ?」
「ネリネはネリネ、リコリスはリコリスで別の花だろ」
「そうかもしれませんけれど、でもみんな一緒くたに嫌っていますわ」
「俺は一緒くたに嫌ったりなんてしない!」
俺の叫び声が静かな店内にこだまする。
他の店員や客からの視線が集まる中、店員は咳払いをして仕切り直す。
「ご用意はございませんが一点物としてお作りすることは可能でございますよ。いかがなさいますか?」
「お願いします」
俺は力一杯言い切った。




