第三十六話 生まれてはじめてのデート7 たゆたう少女のおっぱいとたゆたう俺の胸のうち
「本当に? 後から本当は買いたくなかったなんて仰らない? 私のために買ってくださるの?」
戸惑いながら首肯する俺の手を取ったかと思うと、細くてしなやかな指が絡まる。目の前の少女は目を潤ませて、嬉しそうに笑っていた。
鏡を見なくても自分の顔が赤く染まっていくのがわかり、顔を下げて誤魔化す。
たゆん。たゆん。
前のめりになったネリーネ嬢の胸が目の前でたわわに揺れていた。ゴクリと喉を鳴らしてしまい慌てて顔を背けると、死んだような目で俺たちを見ている店員と目が合った。
店員は接客中である事を思い出したのか、先ほどまでのそつがない微笑みにもどる。お互いに咳払いをし、ブローチの説明が再開された。
「恋人やご婚約者様にお贈りになるのであれば、贈り主の男性がお相手の女性のことを考えてデザインを選ばれることが多いですよ」
使用人ではなく客である事を理解した店員は俺にも営業するあたり抜け目がない。
「……選んでいただけるかしら?」
期待のこもった潤んだ眼差しに狼狽える。
「えっと……多いと言うだけで必ずしも贈り主が選ぶ必要はないのではなかろうか。ブローチのような形が残る贈り物というのは受け取る者の立場になって考えれば、趣味に合わない贈り物も使わなくてはいけないという圧力を感じるものになりかねない。私が選ぶよりも自分で選んだほうが貴女の趣味に合い、身につけたいと思うものになるのではないか? 別に自分のセンスに自信がないから選びたくないというわけではなく……」
「女性とまともに付き合ったこともない貴方のセンスになんて期待していないわ」
潤んだ眼差しから反転、今度は半目で睨まれる。
「わたくしは、わたくしのために貴方が選んでくれたものを身につけたいの。センスの良し悪しや値段なんかよりも、わたくしのために貴方が考えてくださったことの方がよっぽど大切なのよ?」
うわぁぁぁ!
伯爵家のお嬢様が、いままで誰からも見向きされなかった俺が選んだものを身につけたいなんて言ってる!
不満を言ったネリーネ嬢は視線が絡むと握りこぶしを膝に置き鼻をふんす! と鳴らした。
はぁ? なんだその可愛い不満の示し方……っていうか可愛いすぎないか……?
えっ? もしかして本気で俺のこと好きなのか?
興奮して広がる小鼻を必死になって手で隠す。
「やっやだわ。わたくしったら……忙しい貴方に、わたくしのこと考えて欲しいなんて我儘言って。でも、お兄様の話を伺う限り、貴方は仕事のしすぎなのよ。ご自身で優秀だとおっしゃるけれど、本当に優秀な方は息抜きもして時間を上手く使われるわ。そんな働き方して身体を壊さないか心配だわ」
心配に駆られたネリーネ嬢は涙を堪えて顔を皺くちゃにする。そんな姿を見ているだけで俺も胸が張り裂けそうだ。胸が苦しくて息がままならない。
あぁ。
……感情の起伏に自分でもついていけない。
「それに、貴方のセンスが壊滅的でも問題ございませんわ。わたくしはお父様の悪趣味に慣れていますもの。お父様の中でわたくしは幼い頃の可愛いネリーネから成長していないみたいで、お父様ったらこんな子供みたいなピンクの派手なドレスも似合うと信じて疑っていないのよ」
そう言ってネリーネ嬢は困ったように笑った。




