鳥海愛奈は――ド悪人?・後編
という訳で、後編です。
実は、奴(主人公)は、突然変異的に生まれたキャラなので、深い構想などはまるでありませんでした。
だというのに、何故か奴はこの先の話にもちょくちょく出てきます。
その時は、どうかよろしくお願いいたします。
追伸。本当は初期設定だと悪人の臓器を売買するという話でしたが、どこかで聞いた事がある事に気づき、今のような形になりました。
メイズ姉妹がそう訝しむ中、愛奈は後退を止める。
彼女は息を吐き出したあと腰を落し、地面に指をつけスプリンターの様な構えを取る。
(さて、果たして私の体がどこまでもつか? 試してみようか――!)
「まさか!」
が、エスメラルダがそう察した時――既に鳥海愛奈は動いていた。
彼女は先ず全力で駆け出し、ラインメデスに接近する。それを阻むべくラインメデスは戦車の主砲を発射する。それは正に――必殺必中のタイミング。この位置関係で攻撃されてはもう鳥海愛奈は死ぬしかない。その筈だったが、息を呑んだのは彼女の方だった。
(――速い!)
ただ頭を下げただけで愛奈はその一撃を躱し――逆にラインメデスは前進を止められない。あの一撃で愛奈を仕留めるつもりだった彼女は、今も戦車を前進させるのみ。
それは正に――完全なるクロスカウンター状態と言えた。
(まさか! 敢えて接近し、近接戦闘に勤しんで見せたのに、此方の弱点を見破られたっ?)
(ええ――そのまさかだよ! でなければソレだけの能力は発揮し得ない!)
故に愛奈は、ラインメデスさえも捉えきれない速度で跳躍する。ラインメデスの体を通り越す途中、彼女の肩に触れ、その条件を満たす。
確かにラインメデスは、触れた対象を確実に葬れる銃器を具現できる。が、逆に彼女はその状態で敵に触れられると、己自身を打破できる銃器を具現してしまうのだ。
その銃器を空中で受け止めた愛奈は振り向く事さえせず、銃口を後ろに向け引き金を引く。
(つっ! くっ?)
と、ラインメデスが振り向いた時には、その弾丸は彼女の髪を掠める。
たったそれだけで――彼女の意識は断絶されていた。
「ラインメデスぅぅぅ―――っ!」
そこで、エスメラルダが初めて焦燥の表情を見せる。
だが、彼女は瞬時にして愛奈の異変を看破していた。
(恐らく――彼女は今私達二人分の能力処理速度を自分の体に付加した。通常時は一人分がやっとの所だろうが――彼女はこの劣勢を覆す為に限界を超えている!)
そう。それが鳥海愛奈の策。彼女はメイズ姉妹の超絶な能力処理速度を自身の体に投影し、爆発的な身体能力を得たのだ。だが、それは同時に愛奈の弱体化も意味していた。
(ええ。ラインメデスが倒された事で、彼女の力は半減した筈。ならば、私はこのまま直進してくるであろう彼女を、罠にはめるだけでいい)
それは、並はずれた洞察力に裏付けられた先読みだった。エスメラルダは瞬時にして、自分の弱点も愛奈に見抜かれたと悟ったのだ。
エスメラルダの弱点。それは彼女自身を罠にはめる事。彼女を落とし穴に落し、リヤゴに攻撃させる。言わば、自分自身に自分自身を攻撃させるのだ。
その時点で彼女の〝ルール〟に矛盾が起き、彼女の能力は消滅する事になる。だがその為には、彼女の周囲にある罠を全て躱さなければならない。確かに罠を張り終えた時点でエスメラルダはその場から一歩も動けない。だとしても、それを可能にする手段は、愛奈には無い。
(だから――これで終わり。私と私の家族の為に――君にはやはり死んでもらう)
いや、違う。初めから鳥海愛奈は――そんな事など考えていなかった。
彼女は自ら進んで――罠に飛び込む。
よってリヤゴと対峙した愛奈は、その怪物の拳を繰り出される事になる。だが愛奈は大剣を地面に刺し、縦に構え、その刃にリヤゴの拳を着弾させる。それと同時に剣を超速回転させ、回転ドアの要領でリヤゴの拳を逸らす。愛奈自身はそれと入れ替わりに前進して、彼女は巨拳を具現し、リヤゴの腹部に叩きつけていた。
この超絶的な戦闘技術により、愛奈はリヤゴの、いや、エスメラルダの内臓を損傷させる。事実、その痛痒を伝達されたエスメラルダは吐血し、ただ一言口にしてその場に倒れ伏す。
「……バカ、な……っ!」
確かにそれは――バカげた現実だ。だが、これこそ愛奈が考えた最速でメイズ姉妹を打破する方法である。現にラインメデスに続き、エスメラルダの意識が途絶えた時点で愛奈達は現実世界に帰還する。二人の姉妹が倒れ伏す様を見届けた愛奈は、最後に彼女達に告げた。
「そうだね。確かに私の行いはバカげてるけど――私にそうさせるほど君達は尊く、そして強すぎた」
メイズ姉妹を心底から称えながら――鳥海愛奈は微笑んだのだ。
◇
彼女達を倒した後、脳が過熱した私は、眩暈を覚える。だが、私にそんな暇は無かった。レストアが来る前に、今は一刻も早くこの場を離れなくてはならない。
けど、そう思っていた私の視界に、ありえない物が飛び込んでくる。
「――良かった! 無事だったのね、あなた!」
「……芹亜! 何でここにっ?」
訊かなくてもわかりそうな事を、思わず訊いてしまう。彼女の答えは、予想通りの物。
「だって急に通信が途絶えたから! あなたがやられたんじゃないかって、気が気じゃなかったのよ、私は!」
確かに芹亜の気持ちもわかるが、それ以上に私の事情も察して欲しかった。
が、全てはそこで途切れる事になる。
「つっ? あなた、後ろ!」
「くっ?」
芹亜がそう言い切る前に、私の後頭部には、衝撃がはしる。
後ろから誰かに殴られたんだなと気付いた時には――私の意識は完全に失われた。
11
そして、私が到着した時には、全ての決着はついていた。
「――ラインメデス! ――エスメラルダ!」
私は、地面に倒れ伏す二人にかけよる。脈があるか確認し、二人の生存を確かめ、私は大きく息を吐いていた。
「あの鳥海愛奈が、この二人を殺さなかった? ……そうか。愛奈の目的は私を今日の標的にする事。その為、彼女はいま誰も殺せない。誰か一人でも殺せば、私以上に人を殺して私を標的にできないから」
皮肉な事にそのお蔭で、私はまた家族を失わずにすんだ。
そうは思いつつも、私は地面に拳を叩きつける。
「甘かった。初めから私が出向くべきだった。エスメラルダ達を傷付けたのは、紛れも無くこの私の甘さ……!」
なら、その挽回をする為にも、鳥海愛奈は必ず倒さなければならない。
その反面、標的である彼女の姿はここには無かった。
「一体どこに? メイズ姉妹を相手にして、無傷とは思えない。必ずどこかに潜伏して、体力の回復を図っている筈」
けど、何にしても人手が足りなすぎる。
私は速やかにミラウドに連絡を入れ――至急応援をよこすよう要請した。
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「つッ?」
鼻に刺激臭がする物を押し付けられ、私は目を覚ます。
瞼を開けてみれば、そこには見覚えがある女性が居た。
「……おはようと言うべきかしら……鳥海愛奈?」
自分の名前を呼ばれた事で、私の意識はより鮮明になる。一見した限りだと、ここは何処かの廃屋の様だ。というか、どうも私はいま万歳をした状態で腕に枷をはめられ、鎖で吊るされているらしい。隣を見れば、あろう事か、芹亜も同じ状態にあった。
「……え? 嘘でしょう? まさか君まで捕まったの? 一体どれだけ弱いのよ、芹亜は?」
「だ、だって、言っておいた筈でしょ! 私は全くの非戦闘員だって!」
「………」
なら戦場に来るなと言う話だが、どうやら今はそれどころではないらしい。
私達の会話に、件の女性も割って入ってくる。私に両足を折られた筈の監視者は、普通に仁王立ちし、こう問い掛けた。
「そんな事はどうでも良いのよ。私にとって重要なのは、あなたから情報を搾り取る事なんだから。と言う訳で、吐いてもらおうかな? あなたに情報を流しているのは、何者? やはりナリエスタの軍人なの?」
「成る程。これは全て君の独断だね? 私にやられた汚名を返上する為に、君はレストアにさえ内緒にしてこんな事をしている。私を殺す前に私が知る情報を全て掴めば、それは君にとっての大手柄だから」
「本当に頭が良く回ること。そうよ。普通に帰還してもレストアは私を咎めないでしょうけど手ぶらで帰る訳にもいかないの。いえ、ナリエスタに関する情報を手にし、エスメラルダ達を倒したあなたを殺したらどうなる? 彼女の私に対する扱いはワンランク上にあがるでしょうね。フフ、ハハハハ! そう思うと笑いが止まらない! これでレストアの側近になれるかもしれないと思うと、今にも気が狂いそう! あなた達にこの気持ちがわかって……?」
「………」
これは一寸まずいかもしれない。頭の打ち所が悪かったのか、思った以上にサイコな感じになっている。いや、彼女の後頭部を殴りつけたのは、紛れも無く私なのだが。
加えて私には、彼女が言いそうな事も予想がついていた。
「で、私が何も喋らなければ、そこの彼女を拷問すると言う訳だね?」
「ええ、そういう事よ。というか、既にその準備はさせてもらった。私がこのボタンを押せば彼女の首に巻かれた小型爆弾が爆発する。一瞬でも抵抗してみなさい。彼女の首が吹き飛ぶ事になるから」
「………」
さて、どうした物か? 例え芹亜を殺され様とも、彼女は生き返れるので問題は無い。だが芹亜は一度死ぬと、六時間経たなければ『蘇生』が使えない。更に言うと、私は芹亜が拷問される所など見たくは無かった。
なら、少しだけ試してみよう。彼女が私の予想通りの人間かどうか、見届けるのだ。
「わかったよ。じゃあ、全て正直に話す。その代り芹亜を殺す前に私を殺してもらえるかな? どうせ君、私が情報を喋ったら二人とも殺す気なんでしょ?」
「あら、流石よくわかっているわね? 良いわ。あなたの答え次第では一考して上げる」
「じゃあ、耳を貸してもらえる? 一寸、大きな声では言えない事だから」
「………」
と、彼女は明らかに私を警戒するが、やがて耳を近づける。私はというと、本当に洗いざらい全てを打ち明けていた。それを聴いて、彼女は唖然とする。
「……まさか、嘘でしょ? そんな事、が?」
「いえ、全て事実だよ。後は、レストアがこの情報をどう使うか。それこそ、君が関知する話じゃないかもしれないけど」
私が苦笑いすると、彼女は酷薄な笑みを浮かべる。
「……さっき、この子より先に死にたいって言っていたわね? 安心なさい。私としても、そのつもりだったから。だってこの子を先に殺したら、あなた、私に抵抗しちゃうでしょ?」
言いつつ、彼女は電動ドリルを取り出してくる。ああ、やっぱりこう言う人かと思いながら私はもう一度苦笑いした。それに反し、芹亜は貌を青ざめさせながら、必死に懇願する。
「――待って! 待ちなさい! 殺すなら先に私を殺して! そ、そんな真似をするなんて、あなた、人として恥しくないの……ッ?」
「何とでも言いなさい。これは、この子に両足を折られたお礼なんだから」
「そういえば、よくこの短時間でその両足、回復したね。それが君の能力?」
「あなたには関係ない話だわ」
「だから止めてっ! 止めてっ! 止めてっ! お願いだから止めなさいぃぃぃ―――っ!」
が、芹亜の絶叫も虚しく、彼女は電源を入れた電気ドリルを私の腹部に当てる。私の腹部はそれで肉が抉れ、血が舞い散り、この体に激痛を与えてきた。一定以上穴が開いた後彼女は別の場所にドリルを押し当て、同じ事を繰り返す。私は、ただ思った事を口にした。
「ああ、止めて。止して。こんなの人間がする事じゃない。神様、お願い、お願いだからこんな苦しい思いをするなら、私の事を一思いに殺して。――なんて普通は言うんだろうね」
「……なっ? なん、ですってッ?」
「うん、そう。芹亜の言う通りだよ。君は今、人としての一線を越えてしまった。私と同類になってしまった。その時点で君に同情する気持ちとか、一切なくなったみたいな?」
「――だから、なんなのよ、おまえはッ? まさか痛みを感じていないっ? 無痛覚者ッ?」
腹部から流れる血液をそのままにして、私は首を横に振る。
「いえ、痛みなら感じているよ。ただ、普通に我慢しているだけ。そう言えば、言っていなかったっけ? 私は――何故か痛みには途轍もない耐性があるって。そう言う訳だから、私の心配はしなくて良いよ――芹亜にレッドミラー」
「レッド……何?」
が、彼女が気付くよりはやく、彼女の背後にある扉から一人の少女が現れる。そのまま黒ずくめの少女は、一息で彼女から爆破ボタンを取り上げる。更に少女が私と彼女に触れると――あろう事か私の傷は彼女に移っていた。
「――ひぎぃっ? ああああああああぁぁぁぁッッッッ―――!」
故に、彼女は床をのたうちまわって、血反吐を吐く。
お腹から血液を撒き散らし、涙しながら訴えた。
「―――なにぃっ、なにぃっ、なにぃいぃっ、一体これはなにぃいぃ―――っ?」
私は自分の両腕を縛っている枷を、具現した剣で破壊しながら微笑んだ。
「と、紹介が遅れたね。彼女は私の協力者で――通称レッドミラー。今君が体験した通り人の傷を他人に移す能力を持っている。因みにエスメラルダ達と戦った時、彼女の手を借りなかったのは、レベルが違うから。犬死しそうだったから、彼女達には待機してもらっていたんだ」
芹亜の手枷や爆弾を外しながら、やはり笑顔で説明する。ついでに私は芹亜に質問した。
「で、私が今まで殺してきた人達は彼女みたいな人なんだけど、それでも納得いかない?」
「………」
芹亜の答えは、決まっていた。彼女は一度だけ俯いた後――真っ直ぐ私を見て断言する。
「ええ。それでも――こんな風に誰かを殺すのは絶対に間違っているのよ」
「……そっか。良かったね、君。芹亜がそう言い切るなら、私もこれ以上君に手出しはできない。そのまま――悶え苦しみながら死ぬといいよ」
「いやぁああぁぁッッッ~~~~! そんなのぉいやぁあああぁぁッッッ~~~~!」
「あ、あなたっ!」
「いや、冗談だから。わかっている、わかっている。レッドミラー――彼女の治療をお願い。ついでに知空に協力してもらって、尋問の方も宜しく。レストア達について聞き出して、それが済んだら連絡してもらえる? さっきみたいにテレパシーでも、普通に電話でも良いから」
「わかったけど、あなた、本当に化物なんですね? 私ならやめって泣き叫んで懇願していましたよ? 私、ヒトを痛めつけるのも、自分が痛い目に合うのも厭ですから」
「……そうなんだ? でも――それ絶対ウソだよね?」
が、レッドミラーはその質問には答えず――ただ私と芹亜を見送った。
◇
では、ここで私のカードを晒してしまおう。
私こと鳥海愛奈の固有能力は――三つある。
一つ目は――二十四時間の間に、自分より多くの人間を殺害した人間を殺し続ける能力。
二つ目は――【オーラ】を変化させ、武器等に変える能力。
三つ目は――周囲の存在エネルギーを自分の物に転換する能力である。
簡単に言ってしまうと私は自分の力に加え、敵が放つエネルギーも己の物に転化できる。
敵が放った拳が速ければ速い程、私の動きもそれだけ速くなる。敵の攻撃が重ければ重いほど、私の防御力もそれだけ増す。そう説明すると、やはり芹亜は顔をしかめた。
「……え? ちょっと待って? それってつまり……無敵って事じゃ?」
「そうだね。今の所、この能力のお蔭で誰かに負けた事は無い。ま、私が負けたらこの国は終わりだから、負ける訳にはいかないんだけど」
だがその反面、ほんらい私の力は女子高生に毛が生えた程度の物なのだ。それに敵の力がプラスされる訳だが、その為、私と敵の総合力は実に僅差と言って良い。戦闘技術が高い敵に遭遇したら、アッサリこのアドバンテージは崩れ去ると言い切れる程に。
その為、私は少しでも地力を上げるべく近所に住んでいる武術の達人に教えを乞うた。更に戦闘技術を身に着けるべく、李Ω(リ、オメガ)師範に教えを乞うたのだ。具体的に何をしたかと言えば、一日に七十兆回ほど正拳突きをしただけなのだが。その事を玉子ちゃんに話したら〝もうどこからツッコんで良いかわからないから黙って?〟と笑顔で言われてしまった。なぜだ?
「……いえ、そうじゃない。そうじゃなくて、あなた、本当に大丈夫なの?」
「んん? お腹の傷なら、見ての通り塞がっているけど? いえ、傷だけでなく、服の穴や出血さえ被術者に移るんだから便利だよね」
私が肩の関節をゴキゴキ鳴らす中、芹亜は何故か眉根を歪める。
「……違うわよ。私が言いたいのは、あなたの心の事。あんな目に合されて、何でそんな風に笑っていられるの? 私が居るから、無理して気丈に振る舞っているんじゃ? ……いえ、そうじゃない。そうじゃないわ。だって、全ての原因は、私だもの。私がのこのこあなたに会いに行かなければ、こんな事にはならなかった。あなたを追い詰めたのは紛れも無くこの私で、私は本当にバカだった。私はその償いをしなくちゃならない……」
そこまで聴いて、私は芹亜の頭に軽くチョップを入れる。
本気で呆れ、それでもこの思い違いを正すべく、普通に口を開く。
「確かにバカだね、芹亜は。私がああいう目にあったのは、全て自業自得なんだから。そう。私はこの国を守る為に殺人を犯すと決めた時から、その位の覚悟はしていた。殺される前に、想像を絶する責め苦を受けると思って今を生きている。今日偶々そうなりかけたというだけの話なんだから、芹亜が気にする話じゃない。君が思っている通り、私は何時か何らかの形で罰を受けなければならない人間なんだ」
が、芹亜は私の目を見つめながら、首を横に振る。
「……ちが、違うわ! 私はただあなたの事がよくわからないだけ! 私は今回の件で、ますますあなたという人間がわからなくなった! なんであの彼女にはアレほど残酷なのに、私にはそんなに優しいのか、それがわからない! 本当のあなたは一体どっちなの……? あなたはなんでそんなに人間を憎んでいるのに、それほど人を愛する事ができるのよ――?」
「……私が、人を愛している?」
思ってもいなかった事を、口にされる。けど、或いはそうなのかもしれない。それは自分でも言っていた事だ。私は人が善良である程、その善意を汚す悪意が許せない。人が美しければ美しい程、僅かな汚れも見逃せない。
それは裏を返せば、人を愛するが故の憎しみなのでは? 誰かを好いているからこそ、その誰かを傷付ける物を私は許容できないのだ。
私はそんな自分を受け入れてしまった。どこかで修正するべきだったのに、今の自分を肯定している。その所為で、この歪なあり方を芹亜は認められず、混乱さえしている。
こういう時、改めて思う。私は結局、独りなのだと。私の行いはどこまで行っても、誰も受け入れない。善を為す為に悪を為す私の行いはただの二律背反で、私だけが肯定できる物だ。
けど、それも覚悟の上の事。例え誰が認めなくとも、私が罪を犯し続けるだけで誰かを守れるなら、それも悪くない。私がどんな最期を迎えようと、その過程でいいユメが見られるなら多分それは正しい事だ。ずっと、私はそう思ってきた筈じゃないか。
でも、何時の間にその意味はすげ替えられてしまった。芹亜・テアブルという少女が私の覚悟を台無しにしたから。悪を切り捨て、善を守る私の目論みを彼女は見事に打ち破ったのだ。
つまりはそういう事で、芹亜が私を理解できない様に、私も彼女を理解できない。動機はわかっているのに、それに従事する彼女の決意は私にとって不可解だ。
そういった意味でも、私と芹亜はどこまで行っても独りなのだ。私は嘗て芹亜を相棒と呼んだが、彼女ほど私からかけ離れたニンゲンは居ないだろう。私と彼女は致命的なまでに真逆の人間である。
私は善を生かす為に悪を切り捨て――彼女は悪を救う為に善を為すのだから。
だからこそ芹亜・テアブルと鳥海愛奈は、きっと永遠に理解しあう日が来ない。芹亜の問いには永遠に答えはもたらされず、私の傍にいる限り彼女は困惑するだけだろう。
意外だったのは、それを悲しい思ってしまう自分が居た事。
私は、最も理解してほしいヒトにさえ永遠に理解されない。彼女は私を理解したがっているのに、私と論じれば論じるほどその距離は遠ざかっていく。
或いは、それこそ人間社会の縮図とも言えた。
「だね。残念ながらその答えは返せそうにない。私が何を言おうとも、芹亜は納得しないだろうから。私達はきっと心の何処かが壊れているんだよ。でも互に壊れている部分が違うから、その痛みを私達は共感し合えない。もしかしたら、私達は出会うべきじゃなかったのかも」
けれど、芹亜はもう一度首を横に振る。
「……出会うべきじゃなかった? いえ、私はそうは思わない。『神様』はきっと正しかった。私達は会うべくして会ったのよ。だって私はそのお蔭で、また意味と言う物を与えられたのだから。生まれて初めて誰かの為になれるんだから――それはきっと正しい事でしょう?」
誰かの為になれる? 彼女の口からそう聴いた時、私の胸裏に過ぎる物があった。ただその意味を問い掛ける前に、私の携帯が振動する。電話に出てみれば、それはレッドミラーだ。
『いま鴨鹿町から連絡がありました。どうも捕えられた〝ジェノサイドブレイカー〟達はみな意識を失った様です。何らかの能力で冬眠状態になり、お蔭で何の情報も得られないとか。そういう意味では、この彼女を捕えられたのは運が良いですね。この彼女だけはその能力外にあって、こうして尋問出来る訳ですから。その彼女が言うには、レストアの目的は二つ。あなたの暗殺と――この国でテロを起こす事らしいです』
「この国でテロを起こす? けど、レストアは一般人に手を出さないという噂だけど?」
『ええ。なので、レストアの目的は国会議事堂の爆破にあるとか。それを阻む為にも、レストアの打倒は必須ですね』
そこまで話した所で、私は電話を切る。レッドミラーや知空が尋問したなら、あの彼女から得た情報は正しいだろう。
そう思う一方で私は何かが引っかかっていた。それは先の攻防でも感じた予感じみた物で、だから明確な答えは未だに出ない。或いは芹亜ならいい助言をしてくれるのではと思い、私は口を開きかける。
しかし、その時――気が付けば私達の周囲の景色はまるで一変していたのだ。
「はっ?」
「んん?」
私達は唖然とするが、それが何者かによる攻撃である事は――余りに明白だった。
13
結論から言うと、援軍を要請した筈の私はミラウドに帰還するよう指示を受けていた。それを聴いた時、私は思わず顔をしかめた物だが、ここは仕方がない。きっと予想通りの展開が待っているのだろうが、私は素直にミラウドの要請に従う。今も気絶するメイズ姉妹を連れて、ホテルに帰ってみれば、ミラウドが私達を待っていた。
そう。私だけでなく、彼女は恐らくエスメラルダ達の事も待っていた。それを証明するように彼女はエスメラルダとラインメデスの携帯を取り出す。やがて音声データを再生させ、私達はそこに鳥海愛奈との会話がある事を知った。
「やはり、流石はメイズ姉妹ですね。万が一の時の為の保険をかけていた。これで鳥海愛奈の件は何とかなりそうです」
が、私はつい口を挟む。
「待ちなさい。確かにこれで、名前と姿と声を得て貴女の条件は満たした。でも、アレを使えば貴女も命を懸ける事になる。――そうまでして本当にやる気?」
しかしミラウドの態度は、しれっとした物だ。
「はい。鳥海愛奈は、そうするに値する敵ですから。私は正直、貴女が援軍に赴く前にメイズ姉妹を打破した鳥海愛奈が恐ろしい。――彼女は今ここで確実に倒しておくべき相手です」
「……本当に、一言一句違わず私の予想通りの答えね」
「それは何の面白味も無いという意味? ですがビジネスという物はそういう物です。つまらないからこそやりがいがある。そうでも思わなければとてもやっていられない。違いますか、レストア・テアブル? それともメイズ姉妹を打破されて尚、駄々をこねるつもり?」
「………」
冷笑を浮かべながら、ミラウドが嘯く。私は肩をすくめて、息を大きく吐き出す。
「オーケー。確かにエスメラルダ達は、後三日は目を覚まさないでしょう。彼女達の穴を埋めるには、ミラウドの能力に頼るほかない。でも、確実に勝てると言える? 相手はメイズ姉妹さえ短時間で打倒した怪物なのよ?」
「それは、自分の身を案じての発言? それとも、私の事を思いやって言っている?」
「………」
「いえ、意地悪な質問でしたね。ですが、どちらにせよ杞憂です。それは今日までの実績が物語っている。私に敗北はありません――多分」
「……多分ね。相変わらず貴女は、自信家なのか謙虚なのか良くわからない」
私が眉を曇らせると、ミラウドは最後に告げた。
「ではこう言い換えましょうか? 貴女の命が懸っている以上、私は絶対に負けないと。だから貴女は――黙って私に力を貸しなさい」
髪を縛っていたヒモを解き、髪を下ろしながらミラウドは椅子に腰かける。灰色の長髪が彼女の背中に流れ、ミラウド・エッジは臨戦態勢をとった。――座して頬杖をつく。それこそが彼女の戦闘の構えだから。
「……わかった。わかったわよ。なら、お手並み拝見といこうじゃない。この命、貴女に預けるわ――ミラウド・エッジ」
それで話は決まり――彼女の能力は遂に発動したのだ。
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それは奇妙な光景だったと思う。何せ私の眼下には広大な平地があり、その十キロ先は闇に包まれているのだから。加えてその平地には中世期の騎士と歩兵が居て、整然と陣を構えている。この意味不明な状況を見て私が首を傾げていると――それは唐突に告げた。
『こんにちわ、鳥海愛奈様。この愉快なデスゲームにようこそ。これは全てミラウド・エッジの能力による物です。あなたは姿に名前に声を彼女に知られた時点で、この能力の発動条件を満たしました。こうなった以上、あなたにこのゲームから降りる権利はありません。では、早速このゲームのルールをご説明しましょう』
「……姿に名前に、声?」
姿や名前はともかく、声? ああ、そういう事か。ラインメデス達はミラウドの能力を知っていた。その為自分達が敗北した時の事を考え、私の声を携帯にでも録音していた訳か? その所為で私はミラウド・エッジの能力にハマった?
「……って、ちょっと待って。私はともかく、それならなんで芹亜まで居るのよ? 今の説明だと、彼女が巻き込まれる筈は無いのに」
『それも今、説明します。端的に言えば、このゲームを行うには、一組のペアが必要だからです。そこの彼女は愛奈様が最も信頼されているヒトだからこそあなたの相棒に選ばれました。何しろ命が懸っていますからね。信頼でもしていなければ、とてもやっていられないという訳です』
「………」
どうでも良いけど、本当に他人事だな、このアナウンス。後、これは一寸した矛盾である。仮に私が芹亜を信頼していたとしても、芹亜が私を信頼している筈がないのだから。
私としてはそう思うほかないのだが、例のアナウンスは尚も続く。
『では、そろそろ本題に入らせてもらいましょう。今から始まるゲームは中世期の戦争シミュレーションです。あなた方のどちらかに、このゲームをプレイしていただきます。それはミラウド、レストア組も変わりありませんのでご安心を』
「……レストアも? ミラウドだけじゃなく、レストアもこのゲームに参加している?」
芹亜が怪訝な声を上げると――アナウンスは堂々とそれを無視した。
『で、このゲームのクリヤー条件ですが、それは一時間以内に敵軍を降伏させる事です。その時点で、ゲームを見学している方の能力が使える様になります。逆を言えば、今の状態では芹亜様も愛奈様も能力が使えない状態にある訳です。それを是正する方法は二つ。一つは、敵陣営に表示される二万の数値を零にする事。もう一つは、一時間後、敵陣営より多くの数値を確保している場合です。但しこの数字は味方の体力も意味しているので、歩かせるだけで数値が減っていきます。戦闘に勤しめば、更に勢いを増して低下していくでしょう。そしてこの二万に及ぶ数値が零になった時――あなた方は敗北します。敵の見学者が能力を使用可能となり、あなた方の命を奪う事でしょう。それを避ける為にも、全身全霊を以てこのゲームをプレイする事をおすすめします』
「………」
私と芹亜が、思わず沈黙する。それもお構いなしで、件のアナウンスは尚も継続する。
『尚、この数値を百減らせば、敵の数値を見る事が可能です。敵のフィールドに進軍すればその箇所だけ敵の陣地を見る事が叶います。加えて、見学者はプレイしている方に助言する事は一切出来ません。また、ミラウド・エッジもこのゲームはした事がありません。では、お二人のご健闘をお祈りします』
と、漸くアナウンスが途切れる。私と芹亜は顔を見合わせながら、互いに意見を言い合う。
「……つまり、ゲームをプレイできるのは私とあなたのどちらか一人という事よね? で、仮に私達が勝った場合、ゲームをプレイしていない方の人が能力を使える様になる。逆を言えばプレイしている人間は例え勝っても、能力を使えないって事じゃ?」
「だね。加えて言うとこのゲームはミラウド・エッジの能力だから、当然レストアが見学者になる。つまり――このゲームは芹亜がやるしかないって事だよ」
「――はっ? ……あ、いえ、確かにそうなるか。私が見学者では、例えこちらが勝ってもレストアを倒す事なんて出来ないんだから。だって私には……戦闘力なんて殆ど無いんだし」
「うん。知っていてやっているのかはわからないけど、それがこのゲームの悪辣な所だね。私は、こういうのは大得意だけど芹亜はまず苦手だろうから。それとも、ここは防御重視でいくべきかな? 私がプレイして私が勝ちさえすれば、レストアも動きがとれない。そうなれば、少なくとも私達が殺される事は無い筈」
私がそう計算していると、例の声が再び響いた。
『ああ、言い忘れていましたが、決着がついた後、見学者は必ず殺し合ってもらいます。加えて見学者の死は、プレイヤーの死も意味します』
「………」
つまり芹亜が見学者の場合、私が勝っても芹亜はレストアと戦う訳か。間違いなく芹亜は負けるだろうが、彼女はまだ良い。芹亜は蘇生できるので問題ないから。でも私はどうだろう? 見学者の死がプレイヤーの死なら、芹亜が生き返れば私も生き返る?
普通に考えるとそうだが、絶対とは言い切れない。そして私が死ねば、この国は終わりかねないのだ。なら、とてもじゃないが、危ない橋など渡れる筈も無かった。
かといって芹亜がプレイヤーでも、死の危険はつきまとう。要するに私がプレイしようが、芹亜がプレイしようが、状況はほぼ同じだ。いや、このばあい芹亜がプレイヤーになって勝ってもらわなければ、不味い。私が勝っても全滅するなら、芹亜に勝ってもらって私がレストアを倒すほか手段は無いのだから。
そうは思いつつも、これは容易な事では無いだろう。ミラウドがこの能力を使ったのは一度や二度では無い筈。彼女は能力を使う度に命を懸けながら――それでも生き残ってきた。
ならば彼女は相当のゲーマーという事。彼女はこの能力以外でも現実世界で様々なゲームを経験し、クリヤーしてきた。いや、それ以前にこの能力を選択した時点で、彼女は自分のゲームセンスを熟知している。この絶対的な自信に裏打ちされた彼女の実力は、本物だろう。
そう考えると、私でも彼女に勝てるかは疑問だ。だとすると、或いはミラウド・エッジこそがエスメラルダ達以上の強敵なのではあるまいか?
そんな強者と、芹亜が戦う? 戦いの素人である芹亜が、ゲームの達人であるミラウドと?
それこそ――ただの自殺行為なのでは? 私がそう確信していると、芹亜は普通に告げた。
「いいわ――私がやる」
「は? って、本気で言っている? これは――君も死ぬかもしれないゲームなんだよ?」
そう。私が死んでこの国が亡びた場合、この国の人間は死に続ける呪いにかけられる可能性が高い。そうなれば芹亜の蘇生術もこの呪いに上書きされ、彼女も死に続けるかも。
けれど彼女はそう理解した上で、プレイヤー用と思しき席についてしまう。
「あなた、一つ勘違いしているわ。私がいつ――ゲームが苦手だと言った?」
「は、い? じゃあ、芹亜はテレビゲームとかするの?」
「ええ。嗜む程度には。いえ、今となってはあなた以上にやっているかもしれないわ。だからここは私に任せないさい。……というか一度プレイヤー席につくともう変更は不可能みたい。だって私――この椅子から立ち上がれないもの」
「………」
胸を張って芹亜は言い切る。
私は一抹の不安を覚えながらも、こうなった以上、芹亜に全てを託すほかなかった。
「わかった。正直アレだけど、ここはアレしよう。芹亜にとってはアレかもしれないけどなんとかアレして」
「――意味が全くわからない! そういう励ましはハッキリ言って!」
「じゃあ、僭越ながら一つだけ。確かに君が負ければ、この国は亡びかねない。でも、それはそれだけの事なんだ。その時は、私が全ての咎を受けるから芹亜は気にしなくて良い。私が地獄に堕ちるだけだから、気楽にやって。そう思えば、少しは気持ちが楽になるでしょう?」
私が断言すると、何故か芹亜はぼそぼそと呟く。
「……逆よ。余計プレッシャーがかかるじゃない。この女は、本当にヒトの気も知らずにヌケヌケと」
「んん? 何か言った?」
「別に、何でもないわ。それより用意も整った事だし、そろそろ始めましょう。芹亜・テアブルにとっての――ひさしぶりともいえる見せ場を」
不敵に笑って――芹亜・テアブルは遥か彼方の敵陣を見た。
◇
周囲に響くのは、戦闘開始の合図を意味する鐘の音。
そして――ミラウド・エッジと芹亜・テアブルの命を懸けたゲームは幕を開けた。
芹亜がまずした事は、説明に無かったこのゲームの細部を知る事。どのていど動かせば兵の体力が減るのか、正確に知る事だった。
(成る程。兵の総数は一万で、大体一キロ歩くだけで一ほど減る訳ね。なら、敵陣まではおよそ二十キロほどだから二十体力を減らすだけで突入できる。更に一秒で一キロ進む事が可能。問題は実際に交戦した場合、どれほど数値が減るか。一人の兵が死ぬとどれほど消費するか、私は知らなければならない)
そう計算する中、ミラウドは依然頬杖をつきながら、ひとりごちる。
「ええ。勝者の理想とは味方の被害を最小限に抑え、敵に対する被害を可能な限り最大限与えると言う事。なら、勝ち戦とは正しくただの虐殺にほかならない。指揮官にとって最良の戦とは如何にして敵を一方的に虐殺するか。それこそが――戦争の真実。なら、私は効率よく敵を虐殺できるよう努めるだけで良い」
それを実行する為、ミラウドが早くも動く。彼女は微速ながら一個小隊を前進させ、芹亜の陣地へと進行させる。この動きを察した芹亜は、反射的に考えを巡らせた。
(一万の大軍に対し、百の兵をぶつける? 先ずは小手調べと言う事? けど、果たして命を懸けたこの場面でイキナリ百もの兵を無駄にする? ――何か策があるのでは?)
だが敵が攻め込んできた以上、芹亜も迎撃しない訳にはいかない。彼女は千の兵を以てミラウド軍を迎え撃つ。が、十倍もの兵を前にしながらミラウド軍はそれでも進軍した。
この時、芹亜は自分が普段より緊張している事に気付く。それは自分の双肩にこの国の運命がかかっているから? いや、違う。それでも、この胸の動悸は異常だ。まるで自分が戦場に紛れ込んでいるとさえ思える。いや、もしかして――本当にその通りなのでは?
(……まさか、私とゲーム内の兵達の心境はシンクロしている? 兵達の緊張がそのまま私にも投影されている、と?)
「ええ。良い趣向でしょう? 因みに緊張感だけでなく、怒りや憎しみや不安や恐怖まで私達は感じる事になります。あなたは――彼等の感情に押しつぶされること無くこのゲームを進める事ができて?」
故に、芹亜はミラウドの正気を疑う。
(なんて真似をするのよ……ミラウドって人はっ? こんなの、真っ当な人間がする事じゃない!)
芹亜がその意味を実感する前に、状況は進展する。ついに両軍が衝突したのだ。よって芹亜とミラウドは、兵達の興奮や殺意や恐怖を伝染される事になる。そういった他人の感情に蝕まれながらも、ミラウドは冷静に兵達へ指令を送る。
「密集体形のまま、前進。兵の二割が損耗したら、徐々に後退して下さい」
かたや芹亜は心を殺意や恐怖で汚染されながらも、何とか頭を働かせる。
(つっ? ……これが、戦場で戦っている兵達の気持ち? このやりきれなくて、殺意に満ちた感情がっ? こんなの、まともな人間が感じたらとてもじゃないけど冷静じゃいられない! でも、混乱すればするほど向こうの思うつぼ。条件は同じなのだから、なんとか正気を保たないと!)
ならばとばかりに、芹亜は叫び出しそうな心境を押し殺して戦局を読み解こうとする。
(……やはり、敵陣に此方を誘き寄せるのが目的? 敵軍は既に国境付近に陣取っていて、千の兵を万の兵で迎撃するのがあちらの狙い?)
そう読む芹亜に対し、愛奈は眉をひそめる。仮に彼女が芹亜に助言できたなら、こう言っていただろう。例え自軍の数値を百減らしても――敵の数値を見るべきだと。
だが、僅かに平常心を欠く芹亜はそうはせず、飽くまで全てを己の判断に委ねる。
(なら、深追いはせず一度撤退して様子を見るべきかしら? いえ、それより斥候を放って敵陣の様子を見るのが先決か。これなら敵の動き察知できるし、例え一人兵を失っても此方の損害は向こうより少ない)
よって、芹亜は現在も徐々に後退するミラウド軍を追い抜く程の速さで斥候を送る。
結果――彼女は敵の陣地に伏兵は居ない事を知った。
(むこうの狙いは、此方を敵陣に誘い込む事じゃない? だとしたら、この用兵は何? ミラウド・エッジは一体何を考えている?)
が、芹亜がそう思い悩む中、彼女の軍は何時の間にか敵陣へと足を踏み入れていた。そこで敵軍の動きは、巧みな変化を見せる。兵を二つに分け、東と西に散開させたのだ。
が、密集体形である芹亜軍はその動きについていけず、そのまま前進してしまう。途端――芹亜軍はその場から消失した。それを見て、芹亜は唖然とする。
(なっ! まさか――落とし穴っ? 待って! と言う事は――?)
芹亜が己の数値を百使い、ミラウド軍の数値を見る。見ればミラウド軍の数値は、二百七十ほど減っていた。
(……やられた! 敵は兵の体力を二百減らして落とし穴を掘っていたんだわ! 私がもう少し注意深く敵の数値に気を配っていれば、この策は見破れた!)
よって、ここに両軍の優劣は分かれた。落とし穴に落ちた芹亜の兵を、ミラウドの兵は生き埋めにする。お蔭で千の兵を失った芹亜軍は、約二千もの数値を失う。
対して落とし穴を掘り二十の兵を失ったミラウド軍は、約二百七十もの数値を失う。芹亜軍は序盤から敵の十倍近い損害を受ける事になっていた。
いや、事はそれだけではすまない。芹亜は生き埋めにされる兵達の恐怖を伝達され、その凄まじい魂の炸裂をその身に受ける。
思わず悲鳴を上げそうになるが、彼女は何とかそれを堪えていた。いま恐慌すればミラウドの計算通りに事は進み、なにより愛奈が心を痛める。芹亜の身を案じ、彼女は自分を責めるかも。芹亜は――それだけはごめんだった。
(……そう。私は一度、大きなミスを犯している。これ以上失態を重ねれば、彼女に合わせる顔が無いわ……!)
その一方で、芹亜はこのゲームの肝を学習する。
(……成る程。このゲームで重要なのは、数値の変化に気を配る事。それを怠れば、今みたいに手痛い損害を受ける!)
額に汗をにじませながら、芹亜はそう痛感する。
加えてこれは芹亜にとって、致命的とも言える損失と言えた。
「ええ、そう。ここまで数値に差が出た以上、私はもう何もする必要はない。防御を固めて時間が過ぎるのを待つだけで勝ってしまう。果たしてこの劣勢を挽回する策があなたにあって、鳥海愛奈側のプレイヤーさん?」
(……と思っている頃でしょうね、向こうは。確かにこれは不味い。敵にこのまま防御を固められたら、私に勝機は無い。……何とか、ミラウドの防御陣形を崩さなければ)
だが、一体どうやって? 芹亜がそう自問している間に、五分が過ぎる。ゲーム開始から十五分が経過し、そのとき戦局に動きがあった。
あろう事か、芹亜軍が敵陣へと突撃をかけたのだ。
「まさか――特攻? 破れかぶれの賭けに出たとでも?」
そう言った可能性も頭の隅に置きながら、ミラウドは敵軍の数値を見る。が、敵の数値は二千七十ほど減っているだけで、落とし穴を掘った形跡はない。
「では、此方の軍を敵陣に誘い込むのが目的では無い? その反面、敵の数値の減り方が若干多い気がする。だとしたら、やはり何らかの策を用いたと見るのが妥当?」
今度は、ミラウドが自問する。その間にも、芹亜はただ軍を進行させながら、固唾を呑む。
(……さて、果たしてどうなる? いえ、今は自分を信じなさい――芹亜・テアブル!)
それは、一か八かの賭けでもあった。加えて、タイミングの問題もある。様々な懸念が芹亜の脳裏をよぎる中、それは起こった。
あろう事か――ミラウド軍の横腹をつく物が出現したのだ。
「これは、伏兵ではない? まさか――馬の大群ですか?」
然り。芹亜軍にせよミラウド軍にせよ、フィールドの端の部分は敵のフィールドまでのびている。ミラウド軍は西の端のフィールドが芹亜のフィールドに伸び、芹亜軍はその逆である。
芹亜軍はミラウドの陣地までのびる己がフィールドで捕えた馬を集結させ、それを鞭で叩いて暴走させたのだ。結果、その千に及ぶ馬は密集体形をとっているミラウド軍を蹴散らす形で横切る事になる。
この敵軍の混乱に乗じて正面から芹亜軍が突撃する。彼女の軍は千以上の敵兵を討ち取り、その時点で一気に後退した。ミラウドの目から見ても――それは巧みな用兵と言える。
だが、殺された兵達の感情を受け止めているというのに、ミラウドは尚も冷静だった。
「成る程。敵千名を屠る為の落とし穴より、馬千頭を捕えて誘導する方が体力の減りが少ない訳ですか。やられましたね。中々やるものです」
初めて喜々としながら、ミラウドが謳う。その反面、これで数値は芹亜側が二千百五十ほど減り、ミラウド側は二千六百ほど減った。微々たる差である物の、これで芹亜側が逆転した事になる。この状況を踏まえた上で、それでもミラウドは笑ったのだ。
「面白くなってきましたね。ではそろそろ私も――その気になりましょうか?」
やはり喜悦しながら――ミラウド・エッジは遥か彼方の敵陣を見た。
◇
あの攻防から、凡そ十分が経過する。その間、芹亜軍は防御を固め、ミラウド軍も動きを見せない。ただ芹亜が斥候を放った限りでは、やはり国境付近に敵軍は集結している。僅かでも隙を見せれば、今度は芹亜軍がミラウド軍に攻め込まれるのは自明の理だ。
だからこそ、芹亜軍は防御に徹する。十五分おきにミラウド軍の数値を見るが、今の所さしたる変化は無かった。
(でも、だからこそ不気味だわ。敵は間違いなく何らかの策を用意している筈。今はその準備期間だと思って良い。問題はその策が何かと言う事。ただの防御だけで防げる類の物なの?)
いや、それとも自分も何らかの策を用いて、更にミラウド軍の数を減らすべきか?
芹亜がそう思い悩んでいる間に、戦場に変化が起こる。
残り時間十分を残し――ミラウド軍の数値が急速に減り始めたのだ。
(な、に? これは現在進行形で三百近く減っている? そこまでして、彼女は一体何をしている?)
そして、芹亜は反射的に自分のミスに気付く。兵達の緊張や敵ばかり気にするあまり、彼女はこの一帯の地形を把握していなかったのだ。
(……まさか。私の想像通りだと――これは不味いっ!)
けれど、それは芹亜が防ぎに入る前に起きた。西の方角より、襲来する物があったのだ。それは川の流れより遥かに速い、水の濁流だった。ミラウド軍は芹亜のフィード内にある西の堤防を決壊させ、川の流れを芹亜軍に向けたのだ。それにのみ込まれて、芹亜軍は分断される事になる。
その隙をついて、ミラウド軍が襲来。濁流の勢いで分断された芹亜軍を各個撃破する為、侵攻してくる。この絶体絶命の状況を前に、芹亜軍はただ態勢を整えるだけで精一杯だった。
パニックに陥る兵達の感情を必死に押さえつけながら、芹亜は兵達の集結を急ぐ。
「と、思いのほかソレが速い。一気に全滅させるつもりでしたが、どうやら千五百ほど兵を討ち取るのが精々の様ですね」
ミラウドが、冷静にそう判断する。彼女は、深追いはせず芹亜軍の数値が五千三百まで減った所で退却。国境付近で防御を固め、芹亜軍の奇襲に備える。
それを見て――芹亜は自身の敗北を受け入れかけた。
(……そうだった。仕掛けるなら、残り時間ギリギリになってから仕掛けるべきだった。だと言うのに、私はその事に気付けなかった。こうなった以上、王手をうたれた此方は逆転する前にタイムリミットを迎えてしまう。敵の狙いは――正にソレ! ……残り五分で一体私に何が出来るって言うのっ?)
兵達同様、芹亜はそう絶望しかける。この勝負は自分の負けだと、彼女は確信しかけた。
だがその時――芹亜は泰然と自分を見つめる鳥海愛奈と目が合う。
芹亜はこの時――自分が背負っている物の重さを痛感した。
(そう、だ。私は今、私の為だけに戦っているんじゃない。この国とこの国の為に悪に身を落した彼女の為に戦っている。その私がなんでこの程度の逆境でへこたれなければならない? このぐらい私にとっては丁度いいハンデでしょうが―――!)
それはただの強がりだったけど――この上ない戦意の表れでもあった。
故に、芹亜は絶え間なく思考を走らせる。この状況で何をどうすれば勝てるか、必死に考えを巡らせる。
(ミラウドと同じ手は使えない。仮に使おうとしても直ぐに察知されるし、なにより時間が足りない。なら、どうする? どうすれば――彼女の虚をつける?)
そして彼女が選択した行動は、ミラウドの眉をひそませるに値する物だった。
「……何の動きも見せない? まさか本当に諦めた?」
そう。芹亜が選んだのは――何もしない事。彼女はただ、時間が過ぎるのを待つのみ。
この芹亜の自殺行為を見て、愛奈さえも息を呑む。
この絶対的な緊張感の中、事態は最終局面を迎える。
ついに――芹亜軍が総突撃を始めたのだ。
だがそれこそただの自殺行為だ。防御陣形を形成しているミラウド軍の守りは突破できず、間違いなく返り討ちに合うだろう。ミラウドがそう計算する中、それは起きた。
「な! ――此方の兵達が動けずにいる? まさか――これはそういう事?」
(正にその通りよ――ミラウド・エッジ!)
芹亜がした事。それは決壊した川の水がミラウドの陣地にまで届くのを待つ事。だが所詮はそれだけの事。膝より下ほどの水が溜まった所で、ミラウド軍の機動力を殺ぐ事は出来まい。ならば、なぜミラウド軍は動きを封じられた?
(ええ。ミラウドのミスは――あの落とし穴があった場所に自軍を置いた事。あの落とし穴を掘った所為で土が柔らかくなり、少し水気を含んだだけでぬかるみと化した。それに足をとられて、あなたの軍は移動する事さえ困難なのよ……!)
「まさか。いえ、それ以前にあなたはなぜこの状況で冷静でいられる? 兵達の恐怖や怒りに心を支配され、なぜこれほど頭が回るの? 鳥海愛奈のパートナーとは――一体何者?」
(いえ、悪いけどこの手の恐怖は慣れっこなのよ。何せ私はこの一月だけで七回は死んでいるんだから。まだ一回も死んだ事が無いであろうあなたが――私に勝てる筈が無い! 今こそあの生き埋めにされた兵達の無念を知るといいわ―――!)
その勢いのまま芹亜軍は左右にわかれ、動きがとれないミラウド軍を挟撃する。結果、制限時間まで戦い抜いた芹亜軍は軽微な損害を受けながら、それ以上の被害を与えた。ゲームが終了した時――芹亜の数値は一万まで減少し、ミラウドもまた一万まで減少する。
ここに両者の戦いは終結し――痛み分けという形で勝敗は決したのだ。
「上等。それだけで十分過ぎるわ――ミラウド」
「ええ。後は私に任せなさい――芹亜」
故に――レストア・テアブルと鳥海愛奈の二人が能力使用可能となる。
両者は臨戦態勢に移行した後――速やかに己が敵目がけて地を蹴ったのだ。
◇
枷を解かれたレストアと愛奈が――空をはしりながら衝突する。
能力は使用せず、体術のみで両者は激突。空に浮かぶ二人は、蹴りや拳の応酬に専心する。
この時レストアは――メイズ姉妹が敗北した理由を知った。
(成る程。こちらのパワーやスピードを自身に上乗せできる能力、か。どうりで此方が押される一方な訳だわ。つまり、肉弾戦では圧倒的に此方が不利。加えて仮に愛奈の相棒が〝盾〟だとしたら、私がその人物を殺した時点で敗北は決定的。それを避ける手段は、これ以上彼女に接近しない事? 私本来のスタイルで、戦いを進めるしかない?)
愛奈の拳を何とか防御しながら、そのパワーによって吹き飛び、レストアは後退する。が、それを許すほど鳥海愛奈は甘くない。彼女は。瞬時にしてレストアの思惑を看破する。
(肉弾戦で差を見せつけられながら余裕が崩れないのは、よほど能力に自信があるから。距離を取りたがっている点から見て、彼女の能力は放出するタイプと見て良い。なら、彼女から離れるのは危険。ここは特攻する覚悟で、レストアに食らいつく)
なにせ、愛奈は今例の能力を使えない。何故なら、プレイヤーである芹亜は未だに能力を封じられているから。今〝盾〟である芹亜をレストアに殺させたら、能力が使えない芹亜は本当に死ぬかも。
或いはミラウドが能力を解除すれば蘇生するかもしれないが、それも絶対とは言えない。そういった懸念が、愛奈に能力の使用を躊躇させる。
今は正面からレストアと対峙するほかないと、愛奈は覚悟を決めていた。
(けど、接近戦に持ち込めば此方に分がある。彼女が能力を使用する前に、一気に押し切る)
故に愛奈は腕を突き出し、【オーラ】を巨剣に変えて撃ち出す。この零距離から放たれた業は、容赦なくレストアの心臓目がけて放たれる。いや――その筈だった。
(な、に?)
だが、実際にダメージを受けたのは愛奈の方だ。彼女の突き出した腕には、何かが貫通したような傷が刻まれる。それを見て、愛奈は咄嗟に後退した。
(まさか――こちらの攻撃を反射した? それが彼女の能力? レストアを見た時、私が怖気を覚えた正体だとでも言うの――?)
だとしたら、迂闊に攻撃さえできない。体術で絶対的な優勢を誇っている愛奈は、その実、攻撃する術を失った事になる。いや、そのカラクリを見切る為にも、今はレストアに手持ちのカードを晒させるしかない。
(ま、そう思っているでしょうね。けど果たしてあなたにこれが見切れて――鳥海愛奈?)
(つっ? ……くっ?)
途端、愛奈の体に無数の衝撃が殺到する。この不可視の攻撃を受け、愛奈の意識は僅かのあいだ揺らぐ。けれど、愛奈は瞬時にして自分が何をされたのかを看破した。
(……合わせて。五十九発もの殴打。これは先程、私がレストア目がけて放った拳の数に相当する。彼女は今威力こそ若干落ちる物の、私の攻撃をはね返してきた。やはり彼女は、此方の攻撃を反射する事が出来る。つまり――彼女を倒すには一撃で仕留めるしかない?)
愛奈はそう計算するが、何か腑に落ちない物があった。攻撃を反射できるなら確かにエスメラルダ達にとっても脅威と言えるだろう。レストアが彼女達を従えている訳も、わかると言う物だ。
(けど、それだけとは思えない。彼女はもっと、別のナニカをしている気がする。更に致命的なナニカを――彼女は秘めているのでは?)
しかし鳥海愛奈の洞察力を以てしても、それが何なのか具体的にはわからない。いや、それを知った時が自分の最期? 愛奈の脳裏に、そんな予感が過る。
事実、それは当りかけた。
今――レストア・テアブルはその能力を展開したから。
(な、に?)
それは、レストアを囲む形で具現した。
彼女の周囲には、今――数百に及ぶ巨人達が群れを成している。
それを見て、芹亜は耐え難い悪寒を覚え、愛奈は眉を曇らせる。
「ではこれで終わりと行きましょうか――鳥海愛奈」
この死刑執行宣告と共にレストアは愛奈を指さし、それに応じて巨人達が動き始める。秒速一グーゴルプレックスキロで巨人達は愛奈目がけて突撃した。
実際にはあり得ない、光よりも遥かに速い速度。ソレはレストア達の圧倒的なパワーが空間を歪め、物理法則さえ狂わせた事による歪な現象だ。
(速い! というより、まさか、これは――?)
愛奈が――その悪辣過ぎる構造に気付く。だが、その一方で彼女にレストアの攻撃を全て躱す余裕は無い。愛奈は可能な限り巨人の攻撃を避けつつも、巨剣を以て巨人達を撃ち落とす。
しかし、それは先の攻防の再現を生む結果となる。愛奈が攻撃すればするほど、その攻撃は彼女自身に返って来るのだ。威力こそ五分の一程だが、刃で体を串刺しにされるそのダメージは無視できた物では無い。
(……なるほど。レストアの狙いは――自分の攻撃を私に迎撃させる事。そうすればするほど私の攻撃は反射され、時間の経過と共にダメージを負っていく。この悪辣過ぎるコンボが――レストアの戦術!)
ならば、いっそ巨人の攻撃を受けてみる? その方が、ダメージが少ない?
いや、まさか。そんな暴挙に出られる、愛奈では無かった。
(……やはり、私の勘は当っていた。これは――芹亜の協力なしでは勝てない相手! いま彼女と正面から戦えば――負けるのはきっと私! なら……此方がとるべき手段は一つだよね)
とるべき手段は一つ? 見学者はどちらかが死ぬまで戦わなければならないというのに? いや、それはレストア側が有する唯一の弱点と言えた。愛奈は間髪入れず、それを看破する。
故に、愛奈はダメージ覚悟でそれをレストア目がけて発射する。愛奈が具現した拳は一直線にレストアへと伸びる。そして、レストアにそれを受け止めるだけのパワーは無い。
(やはり、そう来たか。できればここで死んでもらいたかったけど――どうやらここまでね)
彼女は可能な限り件の拳を受け止めるが、遂には弾き飛ばされ、その一撃は彼方に向かう。
あの――ミラウド・エッジが座する位置へと。
「つ、くっ!」
今もその場から動けないミラウドは、だからその一撃を受けるしかない。
この時点で彼女は気絶し、その瞬間――ミラウド・エッジの能力は解除されていた。
これが――誰も殺される事なくミラウドの能力を解除する唯一の方法。
〝ルール〟上、彼女のパートナーであるレストアはミラウドを気絶させる事は出来ない。能力が使えない芹亜も、それは同じだろう。だが、愛奈だけは別だった。
愛奈はミラウドの意識を断つ事で――芹亜と共に現実世界への帰還を果たしたのだ。
その事実を噛み締める様に愛奈は嘆息し、芹亜は歯を食いしばる。
「ふぅー。今のはかなり不味かった。やはり――レストア・テアブルは途轍もなく強い」
「……確かに彼女の能力は言い知れぬ威圧感があった。それこそ絶望的とも言える位の。あれが……私達の敵!」
愛奈の感想に、芹亜が深刻な面持ちでこたえる。
こうしてレストア側は愛奈を限りなく追いつめながら――またも彼女の逃亡を許したのだ。
15
ミラウドの能力が解け――私達は根城にしているホテルに帰還する。
私は口に手を添えながら、目を細めた。
「押していたのはこっち。あのまま戦っていれば勝っていたのは恐らく私。でも結果的には、私達はまたも愛奈を討ちもらしている。加えて、あの能力は正に脅威と言って良い。解せないのは彼女が〝盾〟を使ってこなかった点。愛奈の相棒は〝盾〟では無かった? それともほかに何か理由がある?」
鳥海愛奈は、七日前まで標的に〝盾〟を殺させたあと標的を殺している。この事から愛奈の能力は、自分より多くの人間を殺した人物を殺せる能力だと読み取れる。
けれど、その彼女は六日前から行動が様変わりした。今は〝盾〟も標的も殺す事が無い。標的であるナリエスタの工作員は、交番につき出すだけ。〝盾〟に至っては、その死体が発見された形跡が無い。
大筋の〝ルール〟が変更される筈が無いから、愛奈の〝ルール〟に変化は無い筈。にもかかわらず彼女は標的も〝盾〟も殺していないのだ。仮に彼女が一日に二人の人間を殺さないといけないとすれば、これは明らかにおかしい。
そこで私は――少し考え方を変えてみた。
「仮にこの〝ルール〟が継続中だとすれば、やはり彼女は一日に二人の人間を殺している。殺している筈なのに、その標的は生き返っている? 〝盾〟を殺す事で標的が死ぬとしたら、まさか今彼女が使っている〝盾〟は蘇生できる――? 〝盾〟が生き返るから標的も生き返り、だから愛奈は六日前から誰も殺していないと?」
そう考えると、辻褄は合う。愛奈がミラウドの世界で〝盾〟を使ってこなかった理由もわかるというものだ。愛奈は恐らく能力が封じられた状態で〝盾〟を使うのを躊躇ったのだろう。もし使えば〝盾〟は蘇生できず、完全に絶命する可能性があったから。
要するにその〝盾〟は――愛奈にとって大切な人物と言う事。
その反面、私を倒すにはその〝盾〟を常に帯同させる必要がある。
その期に乗じて〝盾〟の身柄さえ押さえれば、今度こそ愛奈の動きを封じられるかも。私はそう計算し、具体的な計画をたてる為ミラウドを起こす。
だが――目を覚ました彼女は私の予想を超えた事を言い出した。
「な、に? 鳥海愛奈は一先ず放置する? 今はもう片方の仕事を片付けるべきですって? それは本気で言っている?」
私が思わずミラウドの提案をオウム返しすると、彼女は微笑みながら頷く。
「はい。鳥海愛奈の実力は大体わかりました。恐らく彼女の相棒の能力も貴女の推察通りでしょう。なら、彼女達を見つけ出しさえすれば、幾らでも手の打ちようはある。違いますか?」
「………」
確かに、ミラウドの意見は一理ある。愛奈と実際に戦ってみてわかったが〝盾〟さえ注意すれば勝機は私にあるだろう。問題があるとすれば、如何にして彼女を発見するか。あの危険人物を野放しにして、私達は本当に別の仕事に従事するべきなのか?
「ええ。今だからこそ好機と言えますから。なぜなら、愛奈や鴨鹿町の注意は、いま愛奈に向いている。彼女達は今も私達が、自分達を追っていると思い込んでいるでしょう。なら此方はその思い込みを逆手に取るのみ。この隙に――もう一つの仕事を果たしてしまうべきです」
……成る程。私の脅威を直に感じた以上、愛奈達の危機感は募りに募っている。ほかの事に意識を向ける余裕はない。鴨鹿町側もそんな愛奈達をフォローするだけで手一杯という事か。
彼女等の意識がほかに向いているなら――確かにこれはチャンスと言えた。
「いえ。もしくは、これはまとめて鳥海愛奈等を暗殺する機会かも。彼女を自分から私の能力に飛び込むようしむければ、一挙に二つの仕事を果たせます」
「――待ちなさい。貴女の能力は一度引き込んだ相手は、二十四時間経たないとまた引き込めないのでしょう? しかも一日たった後、ちょくせつ被術者に会う必要がある。だというのに今日また鳥海愛奈をゲーム内に引き込めば、その能力は生涯使えなくなるわよ」
しかし、ミラウドの態度はしれっとした物だ。
「でしょうね。ですが、それならまた別の能力を得るだけの事。それほど深刻な話ではないでしょう。それに――これは私達にとって最後の仕事なのでは?」
髪を三つ編みにしながら、表情も変えずにミラウドは指摘する。
私は、ぐうの音もでなかった。
「……そう。やっぱり、わかる?」
「ええ。前々から考えていた事で、決定的な引き金はエスメラルダ達が重傷を負った事。これ以上この仕事を続けていたら、今度こそ誰かが死にかねない。そうなる前に、自分達は足を洗うべきだと感じた。仮にそう思っていたとしたら――貴女は本当にわかりやすいですね」
「ほっときなさい。ま、いいわ。何れ機を見て話すつもりだったし、寧ろ手間が省けた。もつべき物は出来た相棒って事ね」
私は溜息交じりに、テーブルに地図を置く。標的を指さしながら、私はミラウドを見た。
「では――計画通りに行きましょうか。これが成功すればナリエスタが期待している通り――この国の趨勢は変わるわ」
ミラウドの手回しの良さに半ば辟易しながらも――私は最後の仕事に着手したのだ。
16
「で、見ての通り私はほかの髪と比べ一際伸びている部分があるのね。けど、この前そのチャームポイントを美容院で切られちゃてさ。あの時は私もキレてこの星を消そうかと思ったよ。〝あ、そっかー、髪って伸びるんだっけー〟と言う事を思い出さなかったら、多分実行していたと思う」
「………」
私がそんな世間話をすると、何故か芹亜は一瞬口をつぐんだ。
「……え? それ、今の状況と関係ある? 私達にとって重要な事?」
「え? もちろん全く関係ないけど? 寧ろこの思い出話がこの物語の伏線だとすると、私の方がビックリだよ」
正直な感想を、告げる。なのに、芹亜はやはり何故かムスッとした。
「……あなた、私達がおかれている現実をちゃんと認識している? 今さっき殺されかけたばかりなのよ……あなたは」
「もちろんわかっているとも。わかっているからこそ、緊張感を緩和するべく、こじゃれたトークを繰り広げているんだよ」
因みに、いま私達が居るのはマンホールの下の下水道である。懐中電灯を手に、ソコに身を潜めながら、今後どう動くべきか思案している所だった。その最中、爆笑必至の思い出話を披露したのだが、どうやら芹亜には不発に終わったらしい。
「いえ、それ以前に、あなた体の方は大丈夫なの? 痛い所はない?」
「んん? 私、今日は生理じゃないけど?」
「――この大バカっ! 私が何時そんな事を訊いたっ? 私が言っているのはレストアにやられた傷の事よ――この変態白髪野郎っ!」
「……変態白髪野郎は酷いな。大丈夫、大丈夫。ちゃんと芹亜が言いたい事はわかっているから。平気だよ。どうもあの傷は、術者であるレストアから離れると消滅するみたいだから。問題視する事があるとすれば――これから私達はどうするべきかという事だね」
私が手を後ろで組みながら真顔で告げると、芹亜の貌も引き締まった。
彼女は尤もだと言った感じで、首肯する。
「そうね。やっとまともな会話が出来そうだわ。これから私達はどうするべきか? このまま逃げ回り続ける訳にもいかないし、かといってレストアの能力は不明なまま。今戦っても勝敗はわかり切っているかも」
確かに、延々と逃げ続ければ私は社会的に抹殺されてしまう。不登校が原因になって、最悪退学処分という事もありえるかも。母や父や玉子ちゃん一家も、何時までも鴨鹿町に置いておく訳にはいかない。
こういった問題を解決する為にも、私は早々にレストアと決着をつける必要があった。
「それに、私のお腹に穴を空けたあの女性が言うには、レストア達の目的は私だけじゃない。どうも国会議事堂を破壊するというテロを行うつもりらしいんだよ、彼女達は」
「……は、い? 国会議事堂を破壊っ? それってこの国の為政者を、皆殺しにするって事っ?」
「額面通り受け取れば、そういう事だろうね。仮にこれが成功すればナリエスタの利になる。国内は混乱し、平和に慣れきったこの国の人達の意識も様変わりするでしょう。確かにこの国は今、虐待やパワハラやセクハラや汚職の蔓延とか様々な問題がある。でも、それが暴動の引き金になる様な事には至っていない。けど、今の首相や与野党を含めた国会議員全員が暗殺されたらどうなるか? 或いは平和にこだわるこの国の人々の意識も変わってしまうかも。やはり軍事力と言う傘がなければ、ほかの国に良い様にされると認識してしまうかもしれない。有事が起きなければ攻撃もできないという、この国の憲法に疑問を持つ可能性が大だね。結果――この国の自衛隊は軍隊と公称を変え軍事大国に逆戻りする。その時点で周辺各国から批判をあび、この国は戦前の様に孤立する。そこをナリエスタに攻め込まれたら、或いは危ういかもしれない。それを阻止する為にもレストアの打倒は必須なんだけど、やっぱり少し引っかかるんだよ」
「ん? 引っかかるって、何が?」
芹亜が首を傾げると、私は前髪を掻き上げる。
「具体的には何とも言えないんだけど、何だか全て上手くいきすぎている、みたいな?」
「……上手くいきすぎている? 具体的には、どういう事よ?」
芹亜が不思議そうに訊ねてくる。その時――私の中で何かが繋がる。稲妻めいた閃きと共に私は顔を上げた。
「と――そういう事か。成る程……やってくれるね。だとしたらこの違和感にも説明がつく」
「だ、だから、何の話? 私にはちっとも見当がつかないんだけど?」
「いえ、芹亜が改めて問題提起してくれたお蔭で、この可能性に辿り着けた。やっぱり君は私にとって有能な相棒だよ」
そう告げながら――私は地上に通じる梯子を上り始めたのだ。
◇
「私が少し妙だと思ったのは、敵の〝ジェノサイドブレイカー〟と戦った時なんだ。幾らなんでも――彼等は弱すぎた」
「……そうなの? 私は実際にその戦いを見ていないから、良くわからないのだけど」
私と共に地上に出た、芹亜。と、私は彼女の了解も無く、芹亜をお姫様抱っこする。
「……って、何っ? 一体、今度は何をする気よ、あなたっ?」
「いえ、訳は道々話すよ。今は可能な限りレストアの目につかない様にしながら、急がないといけないから」
有言通り私は目立たない様、この周辺の車の存在エネルギーを搾取しながら走り出す。
芹亜は尚も眉をひそめて、問い掛けてきた。
「……それってどういう意味? というか……国会議事堂とは逆方向に進んでいる気がするのだけど?」
「うん。よくよく考えてみれば、話は実に単純だったんだ。なぜ敵側の〝ジェノサイドブレイカー〟はああも簡単に私にやられたか? それはレストア達が既に私と鴨鹿町の関係を察していたから。私が『異端者』を殺しまわっている事を知っていたレストアは、私がどう動くかも看破した。即ち私が鴨鹿町の町長と面会して、話をつけ、彼等の協力をとりつけたという事実を彼女は知っていた。レストアはこの構図を逆手にとったんだよ。私がレストアの部下を倒せば、その身柄を押える為、鴨鹿町の力を借りる。彼等を拘束するには、どうしたって組織的な力を頼るほかない。けど、その彼等は今、冬眠状態で何の情報も引き出せないんだ。いえ、それどころか――仮に彼等の存在自体がレストアの罠だとしたら? あの監視者の彼女は――レストアのブラフだったらどうなる?」
「な! つまりあの女性は偽の情報をレストアに伝えられていたっ? レストアの本当の目的は――鴨鹿町っ?」
芹亜が唖然とする中、私は目を細める。
「そういう事になるね。『異端者』を多く擁するナリエスタは、だから鴨鹿町の脅威も良く知っている。仮に彼等が本気で日本を攻め落とす気なら、鴨鹿町はどうしたって邪魔な存在でしかない。その鴨鹿町を今叩いておくというのは、実に理に適っているかも。現に鴨鹿町はいま見世派の町長を楔島の『異端者』に殺され、弱体化しているから」
「な、なら、早くその事を鴨鹿町に連絡しないと! 事態は一刻を争うかもしれないんだから! ……あ、いえ、そうでもない? レストア達はいまあなたを殺す事に躍起になっていて鴨鹿町の件は後回しにしている?」
芹亜が、自問自答する。私は笑みを浮かべながら、首を横に振った。
「そう。それこそがレストアの狙い。まだ私をつけ狙っていると見せかけて、鴨鹿町の油断を誘う。鴨鹿町の気が緩んでいる所でテロを起こして、あわよくば町長の一人を暗殺する気なのかも。いえ、レストアの目的は初めからそうなのかもしれない。幾ら彼女でも一度にあの三人の町長を暗殺するのは無理がある。でも、上手く虚をつけば、一人ぐらいは何とかなるかもしれない。問題は――彼女の標的が誰かと言う事。それを見切れなければ、レストアの企みは、私達だけでは阻止しきれないかも」
「だ、だからその事を、鴨鹿町に電話で連絡するべきだって言っているのよ、私は!」
が、私はもう一度首を横に振る。
「恐らく、それはもう無理だろうね。本気で今から町長を暗殺する気なら、テレパシーや電話回線の遮断位はしている筈。なら、私達に出来る事があるとすれば、鴨鹿町につく前に誰が標的か推理し切る事だけだよ」
けれど、情報が少なすぎる。私の鴨鹿町の知識は、余りに薄っぺらい。精々、町長達の化物じみた力位しか知らないのだ。そう思い悩む中、芹亜がブツブツ言い始めた。
「……待って。私が母から聞いた話だと、言予皇と詠吏皇は元々ライバルだったとか。その二人の緩衝剤の様な役割を、帝寧皇がしていると聞いた事があるわ。仮に帝寧皇が亡くなれば、言予皇と詠吏皇は諍いを始めるかもしれない。もしナリエスタが鴨鹿町の内紛を期待しているなら――暗殺対象は帝寧皇かも!」
「ナイス、芹亜。私もそんな気がしてきた。じゃあ急ごうか。ここから先が――私達の正念場だよ」
故に私は芹亜をお姫様抱っこしたまま――鴨鹿町へと急行したのだ。
17
そして――彼女は鴨鹿町を訪れた。
町の中を悠然と進み、鹿摩派の区役所を目指す。その時点で、彼女は全ての準備を整えたと言えた。彼女が鴨鹿町に足を踏み入れた瞬間、彼等は冬眠から覚める様に設定してあるから。とすれば、後は彼等が件の能力を使用するのを待つだけである。
故に、身分を偽り鹿摩帝寧にアポをとっている彼女は、そのまま区役所の中に入る。受付で番号札を貰い、自分の番号が呼ばれるのを待つ。二十分程で呼ばれた彼女は、町長室に向かった。扉を開け、彼と目が合った途端――彼女が感じたのは恐れだ。
(成る程。メイズ姉妹は勿論レストアでさえ勝てるか怪しい使い手。これが――鴨鹿町の皇)
対して、彼――鹿摩帝寧は、バカげた事に彼女を見ただけで全てを悟る。
「――刺客か。殺気を押さえている様だが、目を見ればわかる。あの〝ジェノサイドブレイカー〟達の親玉と言った所だな?」
同時に、鴨鹿町の方々で爆発が起きる。瞬時にそれが陽動だと詠吏達は見抜くが、帝寧の異変にはまだ気付かない。その頃には部下の〝ジェノサイドブレイカー〟達だけでなく、彼女の姿も消えつつあった。その前に帝寧は笑みを浮かべながら、彼女に問う。
「鳥海愛奈と芹亜・テアブルは、面白い女達だ。それでもなお、彼女達と戦うと?」
「……せりあ・テアブル? それが愛奈の相棒の名? ただの偶然? それともまさか? いえ、何にしても良い土産話を聴かせてもらいました、帝寧皇。返礼と言ってはなんですが――その御命必ず奪ってみせます」
彼女――ミラウド・エッジはこうして鴨鹿町を後にしたのだ。
18
鴨鹿町に急ぐ、私達。
けれど、周囲が別空間に包まれた時――私と芹亜は全てが手遅れだったと悟った。
「これは……ミラウドの能力? ……私達はまた彼女のゲーム空間に引き込まれた?」
芹亜が、躰を強張らせる。と、彼女を地面に下ろした所で例のアナウンスが始まった。
『またお会いしましたね、愛奈様、芹亜様。ですが、今回はこのゲームを無理に行う必要はありません。ゲームを拒否するなら、それで現実世界に帰れます。ただこれは鹿摩帝寧様の命が懸ったゲームです。その事を熟慮の上、参加するか否か判断して下さい』
ここまで聴いて、私は概ねの事情を悟る。
「成る程。どうやらミラウドは帝寧皇と接触して、能力の発動条件を満たしたらしい。けどそれだけでは無い筈。帝寧皇の力を押さえ込んでいると言う事は、ミラウドは寿命を相当減らしている。それだけの覚悟がある以上、彼女達は何としても帝寧皇の暗殺を実行する。それを阻止できるのは、今のところ私達だけ。なら――答えは決まっているね」
けどそうは言いつつも、私は芹亜を顧みる。ソコには、貌を曇らせている彼女が居た。
「でも芹亜が厭なら、君はここでおりていい。この先は、私も全く予想できない未知の世界だから」
けれど、芹亜の答えも決まっていた。彼女は、事もなく言い切る。
「冗談。私抜きでどうやってレストアに勝つ気よ。いいからさっさとゲームを始めましょう。今は――一秒でも時間が惜しい」
芹亜の宣言を受け、アナウンスはこう通達する。
『了解いたしました。ではこのゲームの内容を説明させてもらいます。これは仮死状態の帝寧様を救う事を趣旨としたゲームです。その為には、帝寧様の間に通じる鍵を探し出さなければなりません。制限時間は三十分。それを過ぎた時、帝寧様は力を取り戻し、この空間から抜け出るでしょう。また愛奈様達が帝寧様に触れても帝寧様の呪縛は解かれます。但しミラウド、レストア組も別空間で同じゲームに勤しむ事になります。彼女達が制限時間内にゲームをクリヤーした場合、彼女達は帝寧様の命を奪うでしょう。それを阻止するには、あなた方がミラウド組より早くゲームをクリヤーする必要があります。いえ、勿論ミラウド組が制限時間内にゲームをクリヤー出来ず、帝寧様が復活する可能性もあります。それらの可能性を踏まえた上でこのゲームをお楽しみください。舞台は、過去の鴨鹿村。その地で帝寧様の間に通じる鍵を持つ人物を探し当てるのがこのゲームの目的です。しかし、そのチャンスは一度きりなのでご注意を。では――ゲームスタートです』
「鴨鹿村で……帝寧皇の間に続くカギを探す? 要するに犯人あてゲームみたいなものね?」
芹亜が、独り言の様に告げる。その頃には、私と芹亜はタイムスリップしたかのような感覚を味わっていた。見れば私達の周囲に広がるのは――確かに割と昔の村だったから。
ここに私達愛奈組対ミラウド組の戦いは――再び幕を開けたのだ。
◇
周囲を行きかうのは、和服に身を包んだ老若男女。その数は軽く五百名以上。この中から三十分以内に鍵を持つ人物を探す? 一見する限りそれは不可能と思えたが、ミラウド組はどう感じただろう?
仮に彼女達がこのゲームをクリヤーできなければ私達はそれだけ優位にたてる。その反面、ミラウド組がこのゲームをクリヤーできたら、帝寧皇の暗殺は成功してしまう。
ならここはミラウド組が制限時間内にゲームをクリヤーする事を前提に事を進めるべきだ。私達も全力を以て、このゲームをクリヤーする。
そう意気込んだ物の、果たしてどうしたものか? 前述通り、道を行くヒトだけで五百人は居る。という事は、家の中に居るヒトも合わせると千名以上村人は居るだろう。
その中からたった一人を見つけ出し、帝寧皇の間に続く鍵を手にしなければならない。更に言えば制限時間は三十分で、チャンスは一度きり。この難易度の高さは、帝寧皇の暗殺が如何に困難か物語っていた。
が、私が途方に暮れそうになった時、芹亜が眉をひそめる。
「……というか、なんで過去の鴨鹿村が舞台なのかしら? それってつまり帝寧皇にとって最も居心地がいい時代だから? 要は、この鴨鹿村は帝寧皇の心証が最もいい時代って事?」
「成る程。筋は通るね。とすると――或いはこういう事かもしれない」
「って、どういう事よ?」
芹亜が首を傾げながら、長い黒髪を揺らす。私はただ、思った事を口にした。
「この村には、何らかの矛盾点があるじゃないかな? この時代ではありえないナニカがあるんじゃないかと思うんだ。でなきゃ、三十分以内に鍵を見つけるとか不可能だもの」
「……そっか。そのありえる筈のないナニカを見つけるのが、このゲームをクリヤーする第一条件って事ね。なら、手っ取り早く一番目立つ事から聴き出していきましょう」
すると芹亜は、傍らを通り過ぎようとする村人に話かける。
RPGのモブキャラの様に、彼は素直に芹亜の質問に応対した。
「この村の村長? 村長は三人居るけど、それが何か?」
「……三人? その三人って誰です?」
「それはもちろん、見世往呼様とバルゲリン・クレアブル様と山村バソリー様だけど? というより、あんたらよそ者だな? そんな事さえ知らないなんて」
「………」
いや、確かに私はよそ者だが、〝そんな事〟という表現は無いと思う。現実世界の人は見世往呼やバルゲリン・クレアブルや山村バソリーなんて知らない筈だから。これが史実通りなのか判別不能な私は、だから彼女を頼るほかない。
「って、それって間違いない? その三人が、鴨鹿村の村長なの?」
彼女――芹亜・テアブルは眉間に皺を寄せながら首を振る。
「ええ。大間違いもいい所だわ。その名前の頃、かの二人はまだ村長職に就いていない筈だから。バルゲリン・クレアブルに山本バソリーは――この当時鴨鹿村の村長じゃなかった」
芹亜は、腕を組んで物思いに耽る。その体のまま彼女は、青い空を見上げた。
「そう。見世往呼は帝寧皇と同世代のヒトだけど、村長にはなった事が無い。バルゲリンとバソリーは繰り返しになるけど、その名前の時は村長じゃなかった。恐らくこの世界では帝寧皇が存在しないから、その代役として彼女達が村長になっている。となると――その三人が容疑者と言う事で間違いないと思う。少なくとも私に鴨鹿町の歴史を語ってくれた母が聴いたら、そう感じる筈だわ」
「……んん? 芹亜のお母さんって、歴史研究家か何か? やけに鴨鹿町に詳しい気がするんだけど?」
が、彼女の答えは実に素っ気ない物だ。
「ま、似た様な物ね。それより、さっそく容疑者達に話を訊きに行きましょう。制限時間が限られている以上、待たされる事なくすんなり会ってくれる筈だから」
芹亜はこういったゲームになると、冴えわたってくる。
そんな彼女を頼もしく感じながら――私は駆け足で移動を開始した。
◇
で、先ずはバルゲリン・クレアブルの屋敷に赴く。村人に彼女の家の場所を訊き、その通りに歩を進めれば彼女の屋敷は確かに其処にあった。
芹亜は先ずその屋敷を眺めてから、中に入る。私もそれに続き、もう一度思った事を口にした。
「つまり彼女達から話を聴いて、そこに矛盾点があればより容疑は濃くなるって事だね? その三人の中で最も怪しい事を言っているヒトが、犯人って事でいいのかな?」
「そうね。問題は、私達がその矛盾点に気付けるか否か。ここは鴨鹿町の歴史や、彼女達のキャラクターを知っている私に全てがかかっている気が……」
実際、プレッシャーを感じ始めているらしい芹亜の額には、汗が滲み始める。今の所その重責を和らげる方法は、私には無い。私ではせいぜい、無責任な励ましの言葉位しかかけられないから。
ならば私は無言でサンダルを脱ぎ、バルゲリンの屋敷内に歩を進めるしかない。
村長の部屋に辿り着いてみれば、ソコには見覚えがある少女が居た。
「……って、なに、この詠吏皇を小っちゃくしたような子は? メッチャ可愛いんだけど?」
「……この一大事を前にした第一声が、それ? 確かに可愛いとは思うけど、今はそれどころじゃないでしょうが」
芹亜が、呆れ貌で窘めてくる。加えて彼女は、速やかにバルゲリンに話かけ様としていた。
「いえ、待って。それ以前に鍵の事は訊いたらダメだよ。チャンスは一度きりなんだから、それ以外の事を訊いて矛盾点を見つけないと」
「わかっているわよ。じゃあ、軽くバルゲリン・クレアブルについて説明しておくわ。彼女はぶっちゃけ――鹿摩詠吏皇よ。幕末の少し前、彼女は日本に向かう途中、弟達とはぐれて鴨鹿村に流れ着く事になるの。その時、同じ様に同村に漂着したのが山村バソリー、シトラウゼ・ルーベン、ガアラ・ネブラ、ティナシュ・オルグよ。その直後、彼女達は敵のグループと交戦する事になる訳。それがネスタン・ゲッシュ、ヌエヌ・アムト、レンク・ノボソ、丹来兆卯、ザンジム・ペソ、リクズライ・カマンね。因みにこのとき帝寧皇の一族は、海外旅行をしていて村には居なかった。それをいい事にネスタン達は村を占拠して、バルゲリン達と村を二分していたとか。この均衡をやぶったのが、鴨鹿村の創設者である橋間遠麒というヒト。後に橋間言予と名乗る事になる山村バソリーの夫になるヒトね。彼失くして、今の言予皇は無かったと言われているわ。まずは――その辺りの事から聴取してみようかしら」
と、今度こそ本当にバルゲリンに話かける芹亜。
バルゲリンという幼女は、それに真顔で応じた。
「ん? 私の仲間? それは勿論、エルカリス・クレアブルにロウトライ・ジュベイルだけどそれが何か?」
「……いきなり矛盾点が出てきたわね。じゃあ、その二人をあなたはどう思っている?」
「どう思っている? わかり切った事を訊くのね、あなたは。最愛の弟であり、最愛の恋人に決まっているじゃない」
「………」
「……んん? 芹亜のその表情を見る限り、これもやっぱり矛盾点なのかな?」
私が問うと、芹亜は渋い貌で頷く。
「ええ。バルゲリンは弟を嫌っていて、ロウトライの事もある事が切っ掛けで敬遠している。彼女が言っている事は――正にウソだらけだわ」
「という事は、彼女が第一容疑者?」
「それは、現時点では何とも言えないわね。やっぱり山本バソリー達にも話を聴かないと、最終的な判断はとても下せないもの」
この正論に基づき――私達はさっそく某所へと移動した。
19
「というか、私、未だに蟹とカニカマの味の違いがわからないのよね」
「……え? この状況で何言っているんですか、貴女? というか、蟹とカニカマの違いがわからないとか、どんなレベルの味音痴なんです?」
私のボケを、眉一つ動かさず処理するミラウド。
その体のまま、灰色の髪を下ろした彼女はフムと物思いに耽る。
「何にしても、こんな事もあろうかと鴨鹿町の歴史について研究しておいた甲斐がありました。その知識がなければ、確実に私達はこのゲームをクリヤー出来ず、仕事を果たせなかった」
が、そんな彼女に私は些か鋭い声を投げかけた。
「ええ、そうね。たかだか仕事の為だけにこんな無茶をしている貴女に、私は改めて敬意を表するわ。寿命を十数年も減らして帝寧皇の力を封じている貴女に対しては、尊敬の念を覚えるほかない。いえ、正直――それ以上に怒りを感じているのだけど」
「あら、やっぱり気付いていて? 先ほどのボケは、そんな自分を自制する為の物という事ですか?」
山村バソリーの屋敷に向かう途中、私とミラウドはそんな会話を交わす。
本当に、彼女は頭にくるくらい冷静だった。
「帝寧皇の力が私の想像以上だったのは、貴女達がホテルに戻ってきた時点でわかった。その穴埋めをする為に、貴女は自分の寿命を減らしてまで帝寧皇の力を封じた。一番腹立たしいのは、そんな事態を想定さえしていなかった私自身よ。これではメイズ姉妹の時と同じだわ。私は自分の浅はかさに気付かず、また仲間を、家族を、傷付けた」
独白する様に、告げる。けれど、確かに答える声はあった。
「愚痴は、それで終わりですか? 過ぎた事を悔やむのは、もうお終い? 本当に貴女らしい非建設的な感情の吐露ですね。なら、今度は私の昔話につきあって下さい」
そうして、彼女は語り始める。あの遠い日々と、誓いの日の事を。
彼女と私は幼馴染だ。父がおらず母の手だけで育てられた私は、それでも満足な日々を送っていたと思う。彼女も人並みに家族が居て、きっと幸福な日々を過ごしていた。
一つ年下の妹とじゃれ合い母に叱られ、父に庇われる。ヘタな絵を描いては喜々とし、泥でぬかるんだ道を走りまわって、服をドロドロに汚す。鬼ごっこをした後は自分達でオリジナルのゲームを作って大いに楽しんだ。意味も無く空を眺めてから、草むらに寝転び惰眠を貪る。
そんな、何気ない毎日。
でも、あの頃の小さな彼女や私達にとっては――本当に黄金の日々だった。
それに亀裂が走ったのは、何時の事だったか?
ある時、彼女は大風邪をひいた。熱は三十九度ほども出て、とても外に出られる体調じゃない。
不運だったのは、ソレが、彼女の家族が旅行に出かける日と重なった事。
彼女の両親は、病床の彼女をおいて旅行に行く気にはとてもなれない。その一方で彼女の妹はその旅行を本当に楽しみにしていて、早く行きたいとせがむ事になる。
彼女はそんな自分の家族を――快く送り出した。自分の事は私と私の母が面倒をみてくれるからと言って、安心させる。妹に笑いかけ、彼女は家族に旅行へ行くよう促した。
事実、私の母は彼女の家族に約束する。彼女は、私に面倒を見させるから大丈夫だと。何なら一生面倒を見させるから平気だと、微笑する。
今になって思えば、本当に酷い裏切りだ。あの日まで、お隣だった家族に対する仕打ちとはとても思えない。
でも――それは起きてしまった。
〝……え? ……え?〟
その十時間後、彼女は家族が乗った旅客機が墜落した事を知る。
地面に落ちたその飛行機は、二度と目的地に辿り着く事は無かった。
そして彼女の家族もまた、二度と彼女のもとに帰る事は無かったのだ。
本当に、それは悪夢の様な奇跡だった。何せその事故で命を失ったのは、彼女の家族だけだったのだから。ほかの二百数十名に及ぶ乗客はみな無事で、彼女の両親と妹だけが犠牲となった。
この不可解さを前にして、私は瞬時に気付いてしまう。私はその事を察していながら、ずっと目を背けていたから。
でも、それもここまでだ。私は奥歯を噛み締めてから、母を問い詰めるほかない。
母は――平然と言ってのける。
〝ええ、そう。アレは私の仕業。あの飛行機を落して――私は彼女の家族に死んでもらった〟
〝――なぜっ? なぜっ? なぜっ? なぜ――っ?〟
〝それがより強く彼女の力を引き出す事に繋がるから。貴女も気付いているのでしょう? 彼女だけが貴女の本当の家族だと。貴女と同じ力を持った彼女だけが、貴女の傍にいる資格をもった人。なら、それ以外の紛い物には消えてもらうのが最良じゃない。この苦しさが、この怨嗟が、この悲しさが、彼女をもっと強くする。それはきっと貴女にとっても、プラスになる事だわ〟
たったそれだけの為に、母は彼女の家族を殺した。
そんな自分勝手な理屈を通す為に、母は彼女の家族を彼女から一生取り上げた。
ああ。
これも、今と同じだ。
私は自分の浅慮が原因で、大切な人の大切な物を守れなかったのだから。
私は本当に、何度も何度も、同じ間違いを犯し続ける。
〝そうね。そんな貴女だからこそ彼女みたいな人が必要なの。じゃあ、バイバイ、レストア。私は今日から、貴女の家族である事をやめる。貴女は貴女の家族を、自分で見つけなさい。願わくは、彼女がその一人であらん事を祈っている〟
母が、指をさす。其処には、呆然とした彼女の姿があった。彼女は涙しながら、この場を離れようとする母に対して吼える。
〝――許さないっ! 私は絶対におまえを許さないっ! 例えおまえの娘を――レストアを利用してでも私はおまえを見つけ出して殺してやるっ! 今度は私がおまえの家族を利用して復讐する番よぉおおお―――っ!〟
それが、私が最後に聴いた彼女の感情的な声。心底から謳った、彼女の本心だった。
当然の様に、彼女はそれから私に心を閉ざす様になった。口調も変わり、私を見る目も変わり、彼女の私に対する認識は友達から〝道具〟に変わった。
〝でも、それでも……私は貴女の友達でい続けたかった〟
けれど、それに反して私達の生き方も変わっていく。私達は、あの母を殺せるようになる為に、自分を磨き上げる日々を送る事になる。
戦場に身を置き、私は母の狙い通り、其処で自分の家族を見つける事になった。私は新愛を込め、その人々を家族と呼んだ。
彼女はそんな偽善的な私を蔑視し、それは今も変わらない。
私にとって初めて出来た本当の家族は――私を憎むべき対象としか思っていないから。
それが辛い事だと思う暇も無い程に、私達はあの日から今日まで走り抜けてきたのだ。
「ええ、そう。貴女は私を家族だと呼びたかったのでしょうが、そんな資格が無い事は痛感していた。私の殺意をその身に受けながら、それでも貴女は私を家族として扱おうとした。だから――貴女はアホだと言うのです。本当に――貴女は小さな頃からそうでした」
小さく微笑みながら彼女は――ミラウド・エッジは告げる。
その癖私を見もしないのだから、タチが悪い。
「……そうね。だから貴女は許せないのでしょう。私が、この仕事を最後にしようとしている事が。あの母を追いかける事を諦めようとしているんじゃないかと思って、憤っている。でもそれは誤解よ。私はあの母だけはこの手で殺す。その為に、私は更なる犠牲を生んだ。どうしようもなく、取り返しがつかない事をしてしまった。だから、貴女は安心して――ミラウド」
けれど、返事は無い。彼女はただ遠くだけを見つめながら、走り続ける。
それはまるで――生き急ぐ競走馬の様に私には思えた。
20
山村バソリーの家に、行き着く私達。其処で私は、実にどうでもいい感想を口にする。
「そう言えば、山田や山本って名字の人は結構いるけど、山村って割といないんだよね。少なくとも私は聞いたことが無ければ、見たことも無いよ」
「……本当にどうでもいい事を言い出したわね、この女は。いいから行くわよ。時間が限られているんだから、さっさと動かないと」
依然として士気が高い芹亜は山村宅に入り込み、山村バソリーを探す。山村バソリーは直ぐに見つかって、芹亜はここでも件の作業に従事した。現在の姿と全く変わらない山村バソリーに、芹亜は質問をぶつける。
「ん? 橋間遠麒にネスタン・ゲッシュ達について? 悪いけど、一言では言い表せないわ。それでも強いて言うなら、遠麒さんは私がこの世で一番バカだと思っているヒトね。で、ネスタン達については、昨日の敵は今日の友って感じかしら?」
が、その当人は抽象的な事を並べるばかりだ。ならばとばかりに、芹亜は問い続ける。
「じゃあ、エルカリス・クレアブルについてはどう? あなたは彼をどう思っていますか?」
「……エルカリス? ああ、彼はダメね。ニンゲンとして終わっているし、だから彼の言葉は私には全く響かない。いつも偉そうな事を言っているけど、私にはただの戯言にしか聞こえないわ。だいたいヒトに説教をする前に、自分の行いを改めろっていうのよ。というか、彼の名前は出さないでもらえる? 気分が悪くなるから」
「えっと、これは正しい反応なのかな? なんだか罵詈雑言の嵐なんだけど?」
私が芹亜に訊ねると、彼女は首を縦に振る。
「ええ。概ね正しい筈よ。山村バソリーも、バルゲリンの弟であるエルカリスの事は嫌っていたと言うから。そう考えると彼女はバルゲリンとは、逆? バソリーが言っている事は、全て本当って事?」
だとすると、彼女は容疑から外れると見るべきか? それとも、裏をかいて彼女こそが本星という事だろうか? ……正直、鴨鹿村の知識が無い私は、混乱するばかりだ。
いや、それは鴨鹿村の知識がある芹亜も同じらしく、彼女は眉を曇らせる。
「……とにかく、バソリーが言っている事に矛盾は無い。なら、今度は見世往呼ね。私はかのヒトに会った事が無いから、その分その供述が事実か嘘か見極めるのは大変な筈。つまり――問題はここからという事。残り時間もあと二十分を切ったし――急がないと」
実際、芹亜と私は強行軍さながらの様子で見世邸に向かう。事前にその場所を聞き出しておいた私達は、事もなく見世往呼の屋敷に到着した。やはり無断で屋敷に入った私達は、往呼らしき人物を探しまわる。その作業は直ぐにすんで、私は思わず眉をひそめた。
「って、このヒト男性? それとも女性? 後、私と若干キャラが被っている」
何しろ白髪な上、目の形がソックリなのだ。実は遠い親戚ではないかと思える程、見世往呼は私に似た怪人だった。その謎の人物は和服を着崩しながら、気怠い目で私達を見ている。
「いえ。悪いのだけどそれは私も知らないの。ただ母の話では見世往呼は性別不詳の傑物で、帝寧皇と互角に戦える数少ない人物とか。ただ、さっきも言った通り往呼は村長職には就いた事が無いのよ。そう言った意味では、このヒトの存在自体矛盾を孕んでいると言えるわ」
「そうなんだ? と言う事は、もしかしてアレなのかな?」
「……ええ。もしかしなくても、アレなのかもしれないわね」
珍しく、私と芹亜の意見が一致する。芹亜はソレを確認する為、疑問を口にした。
「では、あなたは帝寧皇の事をどう思っています? 後、同じ村長であるバソリーとバルゲリンの事は、どう感じていますか?」
と、白髪の怪人は一考する素振りを見せた後、表情が変わる。
快活な感じに変化して、かのヒトは女性口調で返答した。
「そうですね。帝寧の事はここでは言えません。私と彼の関係は割と複雑で、口外できない事も多いですから。ですがミス・バルゲリンとミス・バソリーについては、正直疎ましく思っています。この村は、私だけの物にしたいですからね。彼女達をいつ暗殺しようかと虎視眈眈な感じで日々をおくっていますよ、私は」
「……だそうだけど、これは一体どう解釈した物かな?」
私が訊ねると、芹亜は暫く考えてからこう答える。
「……多分だけど、帝寧皇に対する感情は事実だと思う。かのヒトと帝寧皇の関係は、本当に複雑な物があったから。対してバルゲリン達に対する答えは、ちょっと疑問だわ。かのヒトは権力には全く興味が無くて、その上他人に興味を示す事も余り無かったから。そんなヒトが殺意という強い感情を彼女達に向けるとは、ちょっと思えないわね」
だとすると、私達の読み通りらしい。バルゲリンは嘘しか言わず、バソリーは本当の事しか言わず、往呼は本当と嘘を混ぜて話してくる。つまり、私としては今の所――このゲームをクリヤーする糸口は無いという事だ。
普通に考えれば嘘しか言わないバルゲリンが一番怪しいが、それも状況証拠に過ぎない。本当の事しか言わないバソリーに鍵のありかを訊けば、或いは答えてくれるかもしれない。だがそれが不発に終われば、その時点でゲームオーバーである。帝寧皇は、ほぼ確実に暗殺されるとみて良いだろう。
いや、そもそも彼女達が本当の事を言っているかわからない私が考えても、無意味なのだ。不本意ながらここは、彼女達が事実を述べているか理解できる芹亜に頼るほかない。
その芹亜はというと、眉間に皺を寄せブツブツ呟いている。
「……私達が核心となる質問をぶつけていないから、ヒントになる様な情報を掴めない? そう考えれば辻褄は合う? なら、また一から情報収集するしかないわね。往呼と話した後、またバルゲリン達とも、もっとしっかり話し合わないと」
これは、だいぶ行き詰っている感じだ。制限時間も後十五分と言った所だし、芹亜は相当の重圧を感じている。私はそんな彼女を見て、ついただの思いつきを口にしてしまう。
「んー。確かに芹亜の方法が、遠回りな様で一番の近道だと思う。でもこういう時は、発想を逆転してみるのも良いじゃない?」
「………」
が、私には何をどう逆転させれば、答えに辿り着けるかわからない。というより、発想を逆転させれば答えに辿り着けるかさえ、定かではないのだ。
これこそ本当に、無責任な助言といえるだろう。現に芹亜も呆れたように口を開け、眉根を歪めている。
「……発想を、逆転させる? ああ――そうか。もしかして、そういう事……? 私達は最も大事な事を……確認していなかった?」
よくわからない反応を見せる、芹亜。だが、彼女は弾けた様にその場から駆け出し、近くの村人に話かける。芹亜・テアブルは――確かに彼に対してこう問うたのだ。
「すみません。今――異端歴何年ですか?」
ソレを聴いた瞬間――私の中でもナニカが繋がった。
◇
そうして――私達は其処に辿り着いた。
その人物の屋敷に無断で入り、その人物らしきヒトを探し出す。この作業は直ぐに済んで、芹亜はかのヒトに事の真相を語り始めた。
「そう。私達は本当に、根本的な勘違いをしていました。帝寧皇が不在だからこそあの三人が町長になっているのだと思っていた。嘘しか言わないバルゲリン。本当の事を話すバソリー。虚実混ぜ合わせて喋る往呼。彼女達の話の内容に、このゲームをクリヤーする鍵が隠されると疑わなかった」
正座をして、その人物と向き合う芹亜。彼女は一度唾をのみ込んでから、話を続ける。
「でも、私達は初めからわかっていた筈なんです。彼女達の存在自体が矛盾を孕んでいると。バソリーもバルゲリンも、その名の時は村長ではなかった。往呼も村長職に就いた事は無い。つまりあの三人は、本来この時代の鴨鹿村には存在しないヒト達なんです。私達を間違った推理に誘うブラフで、彼女達こそ私達の最大の障害だった。あなたが言っていた通り全ての発想は逆で、私達が探るべき事は真逆の事だったのよ」
芹亜が、私に目を向ける。その場に棒立ちする私は、嘆息する様に息を吐く。
「そう。仮にあの三人の村長が矛盾した存在なら、一体何が正しいのか? 本来、この時代の村長は一体誰なのか? その人物が村長でない時点で、これは大きな矛盾と言える。だから私はその事を確かめる為にも、こう訊いたんです。――〝今は異端歴何年なのか〟と。返事はこうでした。今は――異端歴百二十年だと。その答えが返って来た時、私は確信しました。だってその頃はまだ――帝寧皇もバソリーも往呼も生まれていないのだから。その時代の村長はあなただった筈なんです。鹿摩帝寧のお父様――鹿摩印南さん」
「………」
芹亜の推理を聴き――鹿摩印南という人物は黙然とする。
この静寂を埋める様に、芹亜は最後の矛盾を追及した。
「でも、おかしいですよね? 確かにあなたは帝寧皇の父君ですが、かの皇とあなたは血の繋がりは無いのだから。それなのに、あなたには帝寧皇の面影がある。血縁関係が無い筈のあなたは、帝寧皇に瓜二つです。それこそ――この物語の最大の矛盾点なのでは? 帝寧皇の間につづく鍵を持っているのはあなたなんじゃないですか――印南さん?」
最後のカードを切る芹亜。彼女の推理を最後まで聴いた後、鹿摩印南は苦笑いした。
いや、彼の姿は一瞬で代り、別人と化す。これが本来の彼の姿だと私は瞬時に悟っていた。
「いや、お見事。正にグウの音も出ない解答だ。その通りだよ。村長になった事がないあの三人が村長になっているという時点で、明確な矛盾と言える。そして本来村長である人物が村長でないというのも、また明確な矛盾だ。君が言う通りだよ、芹亜・テアブル。帝寧の間につづく鍵は私が持っている。いや、こんな説明は君達にとってはただの時間の無駄だな。ではこの鍵を使ってこの部屋の後ろにある扉を開き、愚息が待つ空間に急ぐがいい。そして願わくは、あの愚息の助けになってもえるとありがたい」
これはただのゲームキャラの、説明台詞にすぎない。そうとわかっている筈なのに、芹亜は頭を下げる様に頷いた後、鹿摩印南から鍵を受け取る。
そのまま私達はサンダルと靴を持って駆け出し、印南が言っていた扉に辿り着く。鍵穴に鍵を差し込んで回転させ、錠を開けた。
扉を開いてみれば、其処は広大な荒野だ。
私がサンダルを履いていると、芹亜は靴を履きながら呟く様に告げる。
「もしかすると、これはある意味、帝寧皇にとって理想の世界なのかも。自分は気ままに暮らして、村長職は内心では一番信頼しているヒト達に任せる。それが彼の本当の望みなのかもしれないわ」
「そっか。もしかしたら、そうなのかもしれないね」
仮に帝寧皇の心象を具現しているなら、そうなるだろう。これが、彼の望みだと考えられなくも無い。
だが――私達は直ぐにそれが大きな間違いだと思い知る事になる。
「いや、何にしても、芹亜は本当に頑張ってくれた。君が居なかったら、帝寧皇は確実に殺されていたと思う。君は――正に鴨鹿町の英雄を救った救世主だよ」
「……救世主? 私、が? ……フン。おだてたって別に何も出ないわよ。それより急ぎましょう。ミラウド達が来る前に帝寧皇を見つけ出して――復活してもらわないと」
そう。今のところ、ミラウド組はこの世界に居ない。先の戦いこそ引き分けだったが、どうやらこの勝負は私達の勝ちらしく、ここに全ては決した。
百メートル先には、明らかに人工物と思しきカプセルが置かれている。私達は駆け足で、帝寧皇が入っていると思われるカプセルに赴く。行き着いた後カプセルのボタンを押して、そのカプセルの蓋を開ける。
私と芹亜が息を呑んだのは、その時だ。何故なら其処に帝寧皇の姿は――無かったから。
居る筈の人物が、其処に居ない。それは正に、恐慌に値する状況だ。
「……帝寧皇が居ない? まさか……私は間違えた? 答えを間違えた所為で、偽の空間に行かされたっていうの……?」
だが、それを否定する声が、彼方から届く。彼女は、平然とこう謳った。
「いえ、間違ってはいませんよ。あなたは、いえ、私もちゃんと正解に辿り着きました。ただその賞品が違っていたというだけの話です」
「な、に?」
いや、驚愕したのは私と芹亜だけじゃない。
彼女、ミラウド・エッジの隣にいるレストア・テアブルもまた――驚きの声を上げたのだ。
◇
「賞品が、違っていた? それはまさか、貴女は初めから帝寧皇をこの世界に括りつける気は無かったという事?」
金色の長髪を揺らしながら、レストア・テアブルが相棒に問う。
灰色の髪をした少女は、事もなく頷いた。
「ええ。今の私が帝寧皇の力を封じたら、それだけで即死しかねない。だから、私は別の事をしたんです。この空間に愛奈達を誘導し、閉じ込める事にした」
「別の事? ……確かに貴女の寿命は、減っている感じがする。でも、それが正確にどれほどなのかはわからなかった。まさか、貴女は寿命を縮め、このゲームのルールに干渉した?」
鬼気とした表情で、レストアが尚も疑問をぶつける。
彼女の味方である筈のミラウドは、冷笑を以てこれに答えた。
「はい。寿命を一月ばかり消費して、帝寧皇が関わっているとルールを偽りました。現に見ての通り彼はこのゲームには関わっていない。私の目的は帝寧皇の命では無く、他にあるから。いえ。帝寧皇の口からあの事が出た事で、変更せざるを得なかったといった所でしょうか」
「……何を言っている? 貴女は一体、何がしたいの――ミラウド・エッジ?」
ミラウドから、数歩間合いを離すレストア。
状況がつかめない私達は、ただ黙って彼女達のやり取りを見守るしかない。
「別に。その辺は、今までの計画と変更がありません。貴女はただ予定通り鳥海愛奈と戦い、彼女を殺せばいいだけ。その邪魔が出来ない様、私の周囲には空間が凝固されたシールドが張られています。簡潔に言えば、レストアを倒さない限り、あなたはこの空間から抜け出せないという事です。――鳥海愛奈」
つまり、ここで決着をつけろとミラウドは言っている?
……いや、違う。彼女はもっと別の、大それた事を企んでいる。そう直感したのは私だけでなく、レストア・テアブルも同じだった。
「……さっき、帝寧皇を封じたら自分は死ぬと言っていたわね? 十数年寿命が減っただけで自分は即死すると。まさか、貴女、は――っ?」
ついで、彼女は微笑みながら告げたのだ。
「ええ。このまえ病院に行って確認しました。私の内臓は悪性の腫瘍だらけだそうです。お蔭で私の余命は、後半年ほどだとか。私の命はもう残り僅かで、助かる見込みがない。その短い時間では、貴女の母親を見つけ出し、抹殺するなんて真似は出来ないでしょう。だから――私は計画を変えたんです。あの人の――貴女の母親の罪は貴女に贖ってもらう事にした」
「……なん、ですって? 貴女の、余命は、後、半年しか、ない……?」
レストアが呆然を通り越して、愕然とする。ショックの余り、彼女はそれ以上何も言えないらしい。
けれどそこで、私の脳裏にはある可能性が過る。私はソレを、思わず言語化していた。
「そう。そうか。あなたの目的は――家族にこだわるレストアに芹亜を殺させる事だね? 彼女の本当の家族である芹亜を殺せば、それはレストアにとってこの上ない苦しみになる。動機こそわからないけど――それこそがミラウド・エッジの目的」
「……ほう? よくレストアが、家族にこだわっている事がわかりましたね。何故それを知っているのです? メイズ姉妹が、口を滑らせましたか?」
今度はミラウドが、目を見開く。私はただ、頷くしかない。
「ええ。彼女達の〝オーラ〟に触れた時、あなた達の過去の断片が伝わってきた。それで大体の事がわかったんだ。余命が僅かなあなたでは、レストアの母親を倒せる所までいけるかわからない。故に――レストアの本当の肉親かもしれない芹亜を彼女に殺させる。家族にこだわるレストアに家族を殺させる事こそが――あなたが今できる唯一の復讐。――違う?」
傍らで芹亜が呼吸を止める最中、私はミラウドを見つめる。
彼女は芹亜に目を向けてから、嘯く。
「ええ、その通りです。私にはもう、あの彼女をこの手で殺す事はきっと出来ない。そう聴かされた時、私の唯一の目的は失われたんです。だから帝寧皇の口から芹亜さんの名前が出た時運命を感じました。いえ、これはもう一種の奇跡でしょう。私は今日まで、この場に立ち会う為だけに生きてきたと思える程の奇跡。芹亜・テアブルさん。だから、答える気は無いとわかっていますが、一応訊いておきましょう。あなたの父親の名前は? イクス・テアブルというのが、あなたの父親の名前ではなくて?」
けど、私は芹亜の肩を掴んで制止する。
「答えなくていい、芹亜。彼女はもう正気じゃない。いくらレストアの姉妹だったとしても、君がミラウドに恨まれる筋合いは無いんだから。それでも彼女は例え君が誰であろうと、レストアに殺させる気だよ。そんな人に、君は一片の情も覚えてはいけないんだ」
けれど、芹亜は首を横に振る。彼女はただ、悲痛な顔でこう答えた。
「……かもしれないわ。でも、この人はこの瞬間の為に、全てを投げ出そうとしている。今日まで自分が生きてきた意味を、其処に見出そうとしている。それはきっと、私と同じなのよ。だから、私は彼女の想いに応えなくてはならない。いえ、それ以上に、私は信じているわ。あなたなら――私を守り抜いてくれると」
そう言って、芹亜は一歩前に出る。彼女は、高らかに宣言した。
「ええ――私の父親の名はイクス・テアブル。父は私の母である嶋千鶴を心から愛しているから、あなたの母親と関係を持ったのはそれ以前でしょう。だから、あなたは私の姉さんと言う事になるわ。――レストア・テアブル」
「……なん、ですって?」
レストアが――もう一度絶句する。
だが、聡明な彼女は、直ぐに自分が置かれている立場を理解する。
彼女に残された選択肢は、二つ。
私達を見逃し、ミラウドの計画を潰す。
もしくはナリエスタの依頼とミラウドの想いに応え――私達を殺す。
そして、長い沈黙の後、彼女は決断する。
「……いま確信した。バカなのは、貴女の方よ、ミラウド。私が急に現れた妹の命を奪っただけで傷つくと思う? そんな事をしても、貴女の復讐は微塵も果たされない。きっと貴女だってそれはわかっている筈よ。でも、それでも、貴女はこの瞬間に人生の全てを捧げたのね?」
「はい。先ほども言いましたが、私はきっとこの時の為に生きてきた。私は貴女が実の家族の命を奪う瞬間を目撃する為に生まれてきたんです」
それは、本当に救いのない答えだったと思う。誰一人報われない、マイナスしか生まない不毛な願いだ。
それでも、彼女の答えは決まっていた。
「私が愛奈を殺せたとしても、私が芹亜まで殺すとは限らないわよ」
「かもしれませんね。ですから、それも全ては運命次第です。私の想いが勝つか、それとも愛奈達の想いが勝つか。これは――ただそれだけの事」
よって、レストア・テアブルは今度こそ私達に向け、一歩踏み出す。
「いいわ。やりましょう――鳥海愛奈、芹亜・テアブル。元々私達は殺し合う為、今まで知恵を絞ってきた。やはりどう足掻いても――私はあなたを殺すほかない。例え動機がネジ曲がろうと、それは変わらないわ」
「だね。私も君がミラウドの想いを踏みにじってまで、この仕事をおりるとは思えない。もうこの日が始まった時点で、私達は殺し合う運命にあったんだよ。じゃあ、始めようか――レストア・テアブル。私達の最後の戦いを――」
私は、芹亜とこの国を守る為に戦う。レストアは、私を殺す為に戦う。
動機はどうあれ、その決意は変わらない。
鳥海愛奈とレストア・テアブルの最終決戦は――いま幕を開けたのだ。
◇
瞬間、鳥海愛奈は芹亜・テアブルの手を取って大きく後退する。己が大敵であるレストア・テアブルから、大きく間合いを離す。
その距離――実に一キロ。
その遠距離から愛奈は腕を突き出し、剣に変化させた【オーラ】をレストア目がけて撃ち放つ。これを見て、レストアは愛奈の思惑を知った。
(成る程。私から間合いを離せば傷が塞がる事を知って、それを応用してきた。私から一定の距離をとれば、攻撃ははね返されないと考えた訳ね)
そう見切りながら、レストアは愛奈の攻撃を回避するため宙に飛ぶ。そのまま彼女は、件の巨人を周囲に展開した。
その数――実に三百万体。
(物量で押し切る気。けど――やらせない)
レストアの戦術を瞬時に読み取った愛奈は、だから攻撃の手を緩めない。彼女が腕を突き出す度に巨剣がレストア目がけて殺到する。
その全てを、彼女は巨人を盾にして防御する。その一方で愛奈の読み通り、今のところ彼女の攻撃が自分に返ってくる事は無かった。
(やはり攻撃をはね返す能力には有効範囲がある。ならば私は遠距離から攻撃を集中させ、彼女を接近させなければいいだけ。いえ、この戦術が破られたら今度こそ芹亜に頼るほかない。けれど、それは余りに危険すぎる。ミラウドの目的が芹亜の命である以上、私は彼女の手を借りてレストアと戦うべきじゃない)
故に、ここで勝負を決める。何としてもこの連撃を以て、レストア・テアブルの命を刈り取る。愛奈はそう計算し、レストアはやはり笑みを浮かべること無く戦局を進めた。
(一撃で私の巨人を屠るだけの攻撃。空間を破壊し、巨人が内包する物理法則ごと破壊している。中々に厄介な業。私があのレベルの攻撃を防ぐとしたら、ミラウドの様に空間を凝固させるしかない。けど、一体なんど防ぐ事が出来るかしら?)
レストアの計算では、恐らく防げて五回。つまり、巨人を全て撃ち落された時点でレストアの劣勢は決定的だ。或いは、この戦いの決着は早々につくかもしれない。
近くの岩陰に身を潜ませる芹亜がそう期待した時――ソレは起きた。
(巨人達を――融合させた? さらに巨大な巨人をつくり出し――それを武器に変える気?)
事実、全長一キロに及ぶ巨躯は愛奈の剣を弾き飛ばしながら、接近してくる。
この謎の攻撃を前に、愛奈は手首を横に回転させ、直径一キロの弾丸を発射する。
【オーラ】が変化したソレは、瞬く間に件の巨人の体を粉砕した。
だが、それが何を意味しているか愛奈は既に察していた。
(やはり――今のは囮。レストアの本当の目的は私が巨人を迎撃している間に間合いを詰め、私の背後に回り込む事)
これは成功し、レストアは後方より巨人の一体を使って愛奈を攻撃する。全長百メートルの巨人の拳が、愛奈に向かって繰り出される。
距離が詰められた以上、愛奈に反撃する事は出来ない。
彼女はその拳を、盾に変えた【オーラ】で受け止めるほかなかった。
だが、その時――愛奈の体に異常が起きる。
巨人が盾に触れた瞬間――愛奈の体が燃え上がったのだ。
肉が含む脂肪は燃焼し、呼吸をする度に肺が焼かれる。並みの人間ならこの時点で恐慌し、絶望しているだろう。けれど愛奈は正気を保ちながら、冷静に背後へと下がる。
愛奈の読み通り巨人から離れた途端、彼女の傷は消え、あの謎の現象はとまっていた。
(……何? 一体どういう理屈の攻撃? 今わかっているのはあの巨人に触れただけで、何らかの能力が発動すると言う事)
それも、尋常ならざるレベルの威力である。愛奈が咄嗟にその熱エネルギーを防御に転換しなければ、数秒もかからず焼け落ちていた。
この不可解さを前に、愛奈は宙を飛行し、やはり後退を続ける。
(やはり、正面からやり合うのは危険。何としても間合いをとって遠距離から攻撃をしなければ――やられるのはこっち)
対して、レストアはこの状況でも冷静さを失わない愛奈に素直な感嘆を覚える。
(まだ、私の能力が何であるか見切っていない筈。いきなり体を焼かれた心理的ショックも、無視できるレベルじゃない。それで尚、パニックに陥らない? 本当に、大した精神力。私が真に脅威だと感じるべきは愛奈の聡明さでもタフさでもなく、その類まれな精神性)
レストアが――愛奈の本質に気付く。
どんな攻撃を受け様と汗一つかかずに淡々と戦闘に従事する彼女を見て、レストアは悟る。
(やはり、彼女は危険。或いは、帝寧皇達以上の脅威かもしれない。だとしたら、私は本当に割に合わない依頼を受けたものだわ)
愛奈を追撃しながら、レストアは内心で舌を巻く。かたや愛奈はレストアの巨人を撃ち落ちしながら、彼女の術について見解を深めていた。
(やはり、遠距離から剣が触れる分には、あの攻撃は起こらない。恐らくそれはあの巨人が発するナニカが私の体に届く前に、巨人が消滅しているから。なら、尚の事あの巨人は近寄らせるべきじゃない)
だが、一体レストアは何をしている? 彼女の能力とは、一体何だ?
恐らく体を二つに分けているエスメラルダは――『分離』とった所。
敵を確実に仕留める銃器を具現できるラインメデスは――『必殺』だろう。
敵をゲームの中に引き入れるミラウドは――『遊戯』と言った所か。
だとすれば、レストアの能力名とは何なのか? 愛奈は可能な限り考えを巡らせるが、今の所答えは出ない。能力さえわかれば対応策がみつかるかもしれないが、今の愛奈にはそれさえ叶わなかった。
その間にも――戦況は更に彼女にとって不利な方向へと傾く。
(な、に?)
レストアが巨人を融合させ――銃器に変化させたのだ。銃口の直系だけでも一キロはあるであろうそのエネルギーを、彼女は容赦なく発射する。
これを愛奈は【オーラ】を盾に変え――防ぐほかない。
(けど、不味い。私の考え通りなら、アレを受けただけでまた何らかの攻撃が起こる)
実際、レストアのエネルギーが愛奈の盾に触れた瞬間、愛奈の体には無数の穴があく。剣で何度も何度も串刺しにでもされたかのような傷を受け、愛奈は遂に吐血した。
(やはり――あの攻撃は全て避けるべきか)
愛奈にとって幸運だったのは、ソレ等の傷もあの巨人から一キロ離れた時点で消える事。その為、致命傷とも言える攻撃を受けても、愛奈は尚も存命する。常人ならショック死するであろうダメージを受けても、彼女は戦意を失わない。
(――正に怪物。ここまでされて尚、自分が勝利する事を疑っていない。彼女をそう駆り立てている物は、一体何?)
愛奈はレストアの能力を読み取れず、レストアは愛奈の精神力に疑問を抱く。
この時になって両者はお互いの敵が――本物の化物だと知った。
(けれど、やはり押しているのはこっち。想定通り〝盾〟にさえ気を配っていれば、私の勝利は揺るがない)
(ええ。そう思っている頃でしょうね――レストア・テアブル)
勝利を確信しかけるレストアと、その時を待っていた愛奈。この僅かな油断をつき、愛奈が動く。いや、正確には――レストアの背後で大爆発が起きたのだ。
この宇宙を一度に五十億個は消滅させるであろう攻撃を受け、レストアは意識を点滅させる。背後にも巨人を配置していたお蔭で致命傷は免れたが、これを隙と呼ばずして何と呼ぼう?
(――まさか【オーラ】を私の後方へ伸ばし、爆弾に変え、爆発させてみせたっ? その隙をつくのが彼女の狙い!)
(そう。真面な精神状態なら術も正常に機能する。けど、今の曖昧な意識で正確な能力操作が出来る――レストア?)
よって、後退から一転し――全力で前進を始める愛奈。攻撃をはね返す間を与えない為、愛奈はレストアの頭を吹き飛ばすべく巨剣を発射する。
この必殺の一撃を見て、ミラウドは目を細め、芹亜は息を呑む。
そうして愛奈の攻撃はレストアに届き――その時ソレは起きたのだ。
「……驚いた。まさか……この私がこうも押されるなんて。やはり見立てが甘かったか。〝このまま〟で勝とうとしていたなんて――私はあなたを見くびっていた」
「な、に?」
その直後、愛奈は確かにその様を見た。レストアの姿が――瞬時にして変化する様を。
いや、その容姿や髪の色に変化は無い。
彼女はただ――黄金の鎧を纏っただけ。
ただ――ソレだけで愛奈の巨剣は消滅する。
この明確な変化を前にして、愛奈は思わず歯を食いしばった。
「その姿は、何? それではまるで、君は――」
「そうね。ささやかな手向けとして教えておきましょう。今の私は――人から母寄りの存在に変わったの。人から『アレ』の属性に身を寄せている。その意味があなたにわかって――鳥海愛奈?」
いや、ソレは嘗て愛奈が想像した――〝最悪の状況〟だった。
本来ならあり得る筈も無い――奇跡にも似た悪夢。
愛奈はそれでも己の推理を、今こそ汗をにじませながら言語化する。
「やはり、そう。君の父親は只の人間。けど、母親は違う。君の母親は『異端者』でも〝ジェノサイドブレイカー〟でもない。君の母親とは即ち――『神』なんだね? 私達が『神』と呼ぶ存在こそが――君の母親。君は今――その母親の血統に属性を変化させた」
「――正解。その洞察力は流石と言っておくわ――愛奈」
そしてここに――レストアという少女主催の一方的な蹂躙劇は始まった。
◇
『神』と呼ばれる存在。それこそが紛れもなく――レストア・テアブルの母親。
その名を――スタージャ・ペルパポスと言う。
即ち――レストア・ペルパポスこそが彼女の真の名。
その名を解放した時、レストアの力は更にはね上がる。加えて、愛奈は未だにレストアの能力の正体を見極めていない。この絶対的な窮地にあって、それでも愛奈は微笑んだ。
「成る程。私も結構やるものだね。ミラウドが忌み嫌っているであろうその変身を、君にさせる事には成功したんだし。それについて君はどう考えているのかな――レストア・ペルパポス?」
「そうね。素直に感動さえ覚えているわ。私をこの姿にさせたのは、現実世界ではあなたが初めてだから――鳥海愛奈」
レストアが、喜々とする。それと同時に、愛奈はやはり後退する。だが、その時には件の巨人が先ほどを遥かに上回る速度で愛奈に殺到していた。
よって愛奈はその巨人達の攻撃を受ける事になり、この世の地獄を見る事になる。
全ての骨が砕かれ、体を串刺しにされて、内臓をグチャグチャに掻き回される。心臓を破壊され、呼吸が出来なくなり、体中が麻痺していく。何度も血反吐を吐き、意識を失いかけながらそれでも彼女は何とか正気を保つ。
その姿を見て――レストアは喜悦した。
「本当に、あなたは何者? あなたの事だから絶対に命乞いなんてしないとは思っていたけどここまでくると異常だわ。だってあなた、ここまでされて尚、勝利する事を諦めていないもの」
が、今の愛奈にはレストアの軽口にこたえる余裕は無かった。彼女はただひたすら後退し、巨人から受けた傷を消さなければならないから。そうしなければ、心はともかく体は破壊される。そうなれば――今度こそ彼女に勝機は無い。
(想像を遥かに上回る怪物! いえ、それよりなぜ彼女の母親は『神』なの? 『神』がなぜ人間と交じりあってまで子をもうけた?)
「そう。きっとあなたは、そう思っているでしょうね。その答えは簡単。父と母がどう巡り会って、なぜ母が父を選んだかは知らない。あの人が考えている事なんて知りたくも無い。ただ『彼女』は言っていたわ。自分はあの――『頂魔皇』を屠れる存在を生みだしたいと。自分が子を設ければ或いは自分以上の突然変異が起き『頂魔皇』にさえ勝てる子が出来る。『彼女』はそう期待し、私はこうして生まれたの。要するに私は――生まれながらにして母の道具だったという事ね」
「……『頂魔皇』っ?」
「でも、別にそれに不満も無かった。私もあの母の事は家族だと思えなかったから。不満や憎むべき事があるとすれば、それは『彼女』がミラウドの家族を殺めた事だけ。それだけが、私の母に対する感情。ミラウド同様――母に復讐する事だけが私の目的なの」
冷淡に語る、レストア。その間にも愛奈に対する攻撃は続行される。巨人に触れる度に、愛奈の体はズタズタになっていく。
そこまで追い込まれた時、彼女は奥歯を噛み締めながら笑った。
(そう、だね。こうなったら私の体がもつかどうかわからないけど――懸けるしかない)
瞬間、この周囲の空間が歪む。まるでブラックホールでも出来たかの様に、急激な引力が発生する。それは、あの純白の少女にエネルギーが集中した証しだ。
同時に――鳥海愛奈は爆ぜた。
(く! まさか――私や全ての巨人達の力を自身の力に転化させたっ? この圧倒的な力は――その為っ?)
レストアがそう気付いた時には、彼女は既に愛奈の姿を見失う。自分に目がけて突撃をかけていると気付いた時には、彼女の拳はレストアの頬に決まっていた。
それは正に――思考速度や能力処理速度をも上回る圧倒的な超速移動。
(つッ! ――速い!)
いや、そう思考するより速く愛奈はレストアに蹴りを入れ、彼女を地面に向け叩きつける。レストアが地面に何とか着地した時には、愛奈も地面が全壊する程の勢いで着地する。
このとき両者の目は合い――愛奈は全ての結末を悟った。
(向こうもギアを一つ上げてきた。やはり、仕留めるのは、無理。相討ちが、やっと。なら、私が死ぬ事で件の呪いが解ける事を祈るしかない)
(アレはそう思っている顔! 彼女は――相討ちを覚悟した。ならば私も全力を以てあなたを駆逐する――鳥海愛奈!)
愛奈とレストアが、同時に地を蹴る。
だが、彼女達はその間に割って入ってくるヒトカゲを、確かに見た。
かの少女は、初めて二人の動きが止まった時、咄嗟に動いていた。
芹亜・テアブルは愛奈を庇う様に――レストアが突き出してきた手刀をその身に受ける。
(――芹亜ッ!)
だが、自分に背を向ける芹亜がどんな表情をしているか、愛奈にはやはりわからない。彼女が痛感している事は、一つだけ。芹亜がつくったこの唯一の勝機を生かす事だけだ。
(そう。これで私達の勝ちだよ――レストア・ペルパポス)
芹亜を串刺しにしたレストアの手に触れるだけで、彼女もまた死に絶える。自身の能力の条件を満たした愛奈が、レストアの手に接触し様とする。
だが――その時、ソレは起きた。
(なっ、はっ?)
愛奈の体が――余りにも唐突に、破壊されたのだ。体中の骨を砕かれた彼女は流石に立っていられず、その場に倒れ伏す。
体のそこかしらに穴が開き、内臓を破壊された、愛奈。
その理由を、彼女はいま思い知っていた。
「……そう、か。また君の攻撃射程距離に入れば、今まで受けてきた傷を、再生できる。それが、レストア・ペルパポスの、奥の手」
「ええ。それも当たりよ。でも、この業さえ無ければ、勝っていたのはあなた達二人だった」
レストアが腕を引いた瞬間、芹亜の遺体も地面に横たわり、ここに優劣は決した。
未だ五体満足なレストアと、瀕死とも言える状態の愛奈。後はレストアが愛奈の頭か心臓を潰せば、決着はつく。事態は――そんな所まで進展していた。
だが、この時になって愛奈は最後の無駄口を叩く。
「……でも、やっと君の能力の正体がわかった気がする。私はただ、君を初めて見たとき感じた心証を鵜呑みにすれば良かったんだ。君はただ、罪人を『断罪』しているだけなんだから」
この愛奈の看破を受け、レストアは酷薄な笑みを浮かべる。
「それも、流石と言うべきかしら? そう。私はこの世全てにある罪を――裁く事ができる。刺殺、放火、ひき逃げ、絞殺、拷問、虐待、そう言ったあらゆる人の業を断罪できるの。そして、なぜ私の巨人が三百万体なのかあなたにはわかって、愛奈?」
「……うん。ある科学者は、こう定義したらしいね。全宇宙には、最低でも三百万種に及ぶ知的生命体が居る、と。つまり、君の巨人の一体一体にはその星で罪を犯した人々の歴史が込められている。その巨人達は即ち――人が犯した全ての罪の集合体なんだ」
地に倒れ伏す愛奈が、苦笑交じりに告げる。レストアは愛奈を見下ろしながら、首肯した。
「そう。故に、私の能力は罪を犯した人間にしか機能しない。人の罪を以て人の罪を断罪するのが私の能力。そう言った意味では、あなたは恰好の的だったわ。今まで民間人を標的に殺させるという罪を犯し続けてきたあなたは、私と相性が最高だった」
「……君に攻撃すると、その攻撃がはね返ってくるのも、その為か。君に攻撃する事自体が罪で、だからその業は罪人に反射される。ここまで来ると、本当に徹底された能力だと思うよ。まるで、私を倒す為につくられた能力だとさえ感じる程に」
いや、それだけでは無かった。愛奈はレストアの〝オーラ〟に触れた瞬間、彼女が何をしてきたのかを悟る。それは正に狂気とも言える、彼女の歴史だった。
全ての始まりは、レストアが十歳の時。ミラウドやエスメラルダやラインメデス達のほかにレストアはもう一人家族が居た。メイズ姉妹より先に彼女を見つけていたレストアは、やはり彼女と共に戦場に身を置いた。
いや。まだ能力を上手くコントロール出来ないレストアにとって、彼女は心の師の様な存在だ。或る戦場で彼女に救われたレストアは、だから彼女の行動に疑問を抱く。
〝なぜ私が君を助けたか? そうだね。私は随分と多くの戦場で、数多の不条理を目撃してきた。子供を平然と殺す大人に、子供を平気で兵士にする大人。彼等にとって君達の様な子供は実に都合がいい労働力でしかない。例え死んでも代りがきく消耗品でしかないんだ。私はそんな環境にもう慣れっこだったつもりだったけど、どうやら違ったらしい。私にもまだ、子供を助けたいという真っ当な良識が残されていたとみえる。いや、この前死んだバカの言葉が頭のどっかに残っていたんだろう。何でもそいつが言うには、大人には二種類しかいないとか。子供を食い物にする大人と、子供の助けになる大人だけとかぬかしていた。実に単純すぎる見方だけど、戦場においては実に的を射ているよ。そいつは最期まで後者だったが、私もその甘さがうつったかな?〟
喜々としながら、彼女は謳う。最も信頼するべき母親に裏切られたレストアにとって、それは思いもよらない答えだ。ああ、こんな大人も世の中には居るのかと、彼女は驚きを禁じ得ない。
それから、彼女とレストア達は共に旅をした。
彼女は只の人間だったが、二年も一緒に戦っていれば情の一つも湧く。レストアだけでなく多分ミラウドでさえ彼女を本当の姉の様に慕った。
やがてメイズ姉妹を仲間に加え、レストアの周囲は更に賑やかになる。
それはレストアにとって、二度目の黄金期だった。あの母の言葉に従うのは癪だったが、レストアは戦場で自分の家族を見つけていく。ミラウドの家族を理想としていたレストアは、実際にそんな家族を漸くつくろうとしていた。
レストアにとって家族とは、互いの為に命を懸けられる存在である。無条件で背中を任せられる人物こそ、理想の家族と言えた。
今まで何度も大人達に裏切られ続けたレストアが行きついた境地が、ソレだった。一度家族と認めた人物になら、例え裏切られ様とも悔いは無い。
何時しかレストアはそう思うようになり、その事を打ち明けられた彼女は苦笑いする。
〝本当にハードなお子様だな、レストアは。家族と認めた人間になら殺されても構わないとかスパルタすぎだろ? でも、そういう所は本当にレストアらしい。いや、これは褒め言葉じゃないぜ? 私もミラウドと意見は同じで、君の事は本物のアホだと思っているよ〟
苦笑いした後で、子供の様に無邪気に笑う。その笑顔が眩しくて、レストアは彼女という存在を読み違えた。例えどれほど凄惨な過去があろうと、笑う事が出来るのが大人だとレストアはまだ知らない。
やがて、その日は訪れた。ある日を境に、彼女は自分達の前から姿を消したのだ。
当然レストア達は、彼女の消息を追う事になる。そしてレストアはある戦場で、その籠城事件に遭遇した。
ある集団の家族を人質にした彼等は、その集団の命を要求した。いや、実際に見せしめとして数名の母親と子供達が銃殺されていく。加えて要求が満たされないなら、その集団の家族は皆殺しにすると犯人達は言う。
この非道を目撃して、レストア達は即座に行動に移った。断罪に値するその行為に対し、レストア達は容赦がない。敵が籠城している建物に侵入を果たしたレストア達は、何とか人質の安全を確保する。
ならば、もう躊躇などする必要はない。レストア・テアブルは、何の慈悲もなく犯人達を断罪した。その瞬間、多くの人間がショック死して、ここに事件は解決したかのように見えた。
レストアが、その人を見つけるまでは。
〝……なん、で? なんで、貴女が、ここに居るのよ……?〟
初め、意味がわからず、レストアは自身の目を疑った。
でも、その現実は覆る事はなく、今にも事切れそうな彼女は告げた。
〝……そんなに、ふしぎがることじゃ、ない。わたしははじめから、あのてろぐるーぷをみなごろしに、したいから、せんじょうにみを、おいたんだから〟
テログループ。それが、自分が助けた集団の正体で、その代償がこの光景だった。彼女が非道を成した様に、彼等も彼女と同じ非道を彼女に行っていたのだ。この度し難い不毛を前に、レストアは何も言えず、ただ頬を濡らした。
〝そう。わたしのはんせいは、そのため、だけにあった。かぞくを、やつらにみなごろしにされたわたしは、もうそうするほかなかった。だから、わたしは、ちゅうちょなく、ころしたよ。なんのつみもない、やつらの、かぞくを、あいつらのつまや、こどもまで、てにかけた。そおとき、おもったんだ。きみが、れすとあが、そんなわたしを、みたらどうおもうかって。いや、わたしは、もしかしたら、こんなわたしを、きみに、だんざいしてほしかったのかもしれない。だから、おれいを、いわないと。わたしが、あいつらとおなじまねをするまえに、とめてくれて、ほんとうにありがとう〟
やはり、子供の様に笑う彼女。その時、レストアは思わず問うた。なぜ自分達にその事を打ち明けて、協力を求めなかったのかと。そうすればきっと、こんな事にはならなかったのに。
そしてその返事が――彼女の最期の言葉になった。
〝……じょうだん、だろ。かぞくに、こんなまねをさせるようなやつは、かぞくじゃないよ。わたしはきょう、おおきなあやまちをおかしたけど、それでもできればわたしはさいごまで、きみたちの、かぞくでいたかった……〟
〝あああああぁぁッ、ああああああああぁぁぁぁ………ッ!〟
やはり彼女は、最期の瞬間まで、子供の様に微笑む。それをレストアは、ただ見送るしかない。
それが――今も家族にこだわり続けるレストア・テアブルの真実。
誰より家族にこだわる彼女は、結局その手でその家族を葬った。
レストアは家族の敵を守る為に、その手で家族を殺めたのだ。
〝……そう。なんて事も無い。一番の大罪人は、ほかならぬ私だった。家族をこの手にかけた、この私だった。私は、その償いをしなくちゃならない―――〟
故にその日から笑わなくなった彼女は、あの狂気に身を委ねた。今まで避けていたある儀式に、彼女は臨んだのだ。
「ええ。あなたもその儀式の事は知っている筈。何故ならあなたも多分、彼女の反作用体だから。キロ・クレアブルの反作用体である私達は、ある手法を以て更なる高みに達する事が出来る」
「……キロの反作用体? 私と、君が? それは、一体どんな冗談なのかな? 一人の『異端者』に二人の反作用体が、生まれる筈が無いと思うんだけど?」
内臓を潰されている為、息も絶え絶えな様子で愛奈が問う。
レストアは眉をひそめながら、首を傾げた。
「へえ? あなたは知らないんだ? キロ・クレアブルは今、二人居る事を。オリジナルと分身の二人にわかれている事を、あなたは知らなかったと?」
「オリジナルと、分身? じゃあ、本当に君はキロ・クレアブルの――『頂魔皇』の反作用体だっていうの?」
だとしたら、勝てない訳だと愛奈は痛感する。今まで自分が誰の反作用体か忘れている己では、勝機など初めから無かった。
そして、愛奈がそう思うのも無理はない。それだけの理由が、そこにはあったから。
「ええ。更に言えばキロの反作用体には、ある『試練』が与えられる。彼女が今まで受けてきた痛みや恐怖の歴史をその身に受ける事になるの。しかも彼女は、七十兆に及ぶ前世全ての人間の痛みや恐怖を体験している。全宇宙の人々がどう苦しみ、どう死んでいったかキロは知っているの。そのキロと同じ経験をつまない限り、彼女の完全な反作用体にはなれない」
「……なん、ですって?」
それは愛奈の価値観からしても、常軌を逸した話だ。
なぜかの『頂魔皇』がそんな真似をしたのか、意味がわからない程に。
「でも、恐らくあなたはその『試練』をまだ受けていない。仮に受けていれば私とも互角に戦えた筈だから、そう推察できる。けど、私は違うの。私はその『試練』に挑み――その不条理を尽く断罪した」
「不条理を……断罪?」
「そういう事よ。私はキロが受けた痛みなんて体験する気は無かった。それなら、そんな痛みを強要しようとする人間達を皆殺しにした方がマシ。そう考えた私は精神世界でこの母寄りの力を使って彼等に挑み、これを尽く撃ち破ってきたの。この宇宙に住む全ての人間と『異端者』――それに〝ジェノサイドブレイカー〟達を打ちのめしてきた。無論、私と引き分けるだけのニンゲンも居たけど、その罪は断罪して私の物にした。それを百四十兆回繰り返したのがこの私――レストア・ペルパポスよ。結果、私はこの宇宙の外の力と、この宇宙その物の罪さえ断罪する権利を得た。『神』を超えた『断罪』を司る〝超越者〟クラス、それがこの私の正体」
「………」
レストアの告白を聴き、思わず沈黙する愛奈。
正に、圧倒的だ。次元そのものが、違う。
自分とはまるでレベルが違う彼女に――愛奈は最早苦笑いするほかない。
いや、違う。愛奈はその想いを、つい言語化する。
「そうか。漸く気づいた。私が君に惹かれた理由が、わかったよ。私はただ誰かに自分の罪を裁いて欲しかったんだ。もしかしたら君になら裁かれても良いと、心のどこかで思っていた。だから私は今、こうして無様な姿を晒している。君に断罪される瞬間を、心待ちにしている。……なんて言ったら信じる?」
この軽口を聴き、レストアも苦笑いしそうになるが、なんとか自制した。
「本当に、あなたは愉快な人だったわ――鳥海愛奈」
その称賛と共にレストアは、歩を進め、左腕を掲げる。愛奈の心臓を打ち抜くべく、最後の一撃を食らわせようとする。
けれど、その前に、もう一度事態が動く。
見れば其処には両腕を広げて鳥海愛奈を守る――芹亜・テアブルが居た。
◇
「――芹亜っ! まさか、もう蘇生したっ? ダメだ! 君は逃げるんだ、芹亜っ!」
それを目撃して、初めて愛奈が焦燥する。けれど、自分に背を向けている芹亜がどんな貌をしているのか、愛奈にはやはりわからない。その体のまま、彼女はただ首を横に振った。
「いえ、私はもう逃げる訳にはいかない。ここで、全ての決着をつけないと」
「芹亜・テアブル」
レストアが、思わず彼女の名を口にする。芹亜は、ただそれに答えた。
「そう。貴女の本当の家族である、芹亜・テアブルよ。だから、私は貴女に本当の気持ちをぶつける。それが貴女の家族として唯一出来る事だから、私はそうするしかない」
「駄目だ! 言うな、芹亜! いいから、逃げろって言っているのに!」
けれど、芹亜・テアブルは愛奈の制止を振り切って、こう告げた。
「もし貴女が彼女達を本当に家族だと思っていたなら、こんな仕事をさせるべきじゃないかった。もし貴女が彼女達を本当に家族だと思っているなら、人殺しなんてさせるべきじゃない。貴女は彼女達を人殺しの道具にした時点で〝家族〟なんて言葉を使う資格はなかったのよ」
「………」
それは、どこまでも的を射た言葉だ。例えメイズ姉妹や彼女達を戦場で見つけたとしても彼女達を兵士として扱うべきじゃない。彼女達を自分の復讐につきあわせる必要はなかった。例えそれが、彼女達が自ら望んだ事だったとしても、自分はソレを絶対に拒むべきだった。
「でも、私はそうするしかなかったのよ。彼女達がこの歪な世界で生き抜くには、それに見合う力が必要だった。その為には戦場に身を置いて、それぞれ力を高めるほかない。私は、いえ、私達は、そんな生き方しか知らなかった」
「かもしれない。でも、それは同時に貴女達にとっての罪でもある。戦場で人を殺し続けてきた貴女と、悪人を殺し続けた彼女。この二人にどれほどの違いがあるって言うのよ? 彼女を裁くと言うなら、貴女だっていつか裁かれるべき存在なの。あの女性を殺した時点で――貴女は自分でも認める程の大罪を犯しているんだから」
「――だから、止めろって言っているの、芹亜っ! これは挑発よ、レストアっ! 彼女は自分を殺させて、少しでも私の有利を確立したいだけっ! だから絶対にのらないでっ!」
「………」
レストアを断罪する芹亜と、そんな彼女を必死に止めようとする愛奈。
この痛烈な指摘を受け、レストアはもう一度だけ黙然とする。
彼女は僅かな間だけ思案してから、ミラウドにこう問うた。
「ミラウド。貴女……本当に私がこの子を殺せば満足なのね?」
「ええ。多分ですが、何らかの感慨は覚える筈です」
「……つっ! だから止めなさいって言っているでしょう、レストア・テアブル―――っ!」
けれど、愛奈がそう吼えた時には、レストアは動いていた。彼女は表情一つ変えず――芹亜の脇腹を抉る。
レストア・テアブルは――ただ相棒を満足させる為だけに実の妹を殺していた。
「……芹、亜っ?」
いや、彼女はまだ、仰向けに倒れただけ。
彼女はまだ死にきれず、ただその想いを〝オーラ〟に乗せ愛奈に伝える。
それを受け、愛奈は愕然としたのだ。
或いは、それは有り触れた人生だった。ただ人並み以上にピアノの才能があった彼女は、その為ソレを生業とした。海外で暮らしていた彼女は、その腕を以て、齢十歳で天才ともてはやされる事になる。
そんな彼女の扱いを、周囲の大人達は誤った。まるでお城のお姫様の様に扱い、彼女もそれが当たり前の様に感じる様になる。
それも仕方がない事だろう。彼女の周囲はそういう特殊な環境で、彼女はその環境に適応しただけなのだ。その環境は彼女にとって、既に当たり前になっていた。
大人達にかしづかれる彼女は、確かに小さな暴君だった。
自分の気分一つで大人達を罵倒し、侮辱して、その人格を否定した。少し気に入らない事があるだけで、怒鳴り散らし、憂さを晴らす。
そんな事を六年も繰り返した頃、彼女は遂にその終幕を迎える事になる。彼女の横暴に耐えきれなくなったスタッフの一人が、彼女の頭部をハンマーで殴打したのだ。その時点で脳出血を起こした彼女は、救急病院に搬送されたが、全ては手遅れだった。
右腕に麻痺が残った彼女は、生涯ピアノは弾けないと宣告される事になる。それから先は、ただ元の自分に戻る為だけに奔走した。
過酷なリハビリに耐え、それでも治らなかった彼女は鴨鹿町を頼る。母の仲介で町長達と知り合い、傷を治療できる能力者を紹介してもらった。けれど、かの記城水紗でも脳のダメージは回復出来ず、彼女は途方に暮れる事になる。
いや、それ以上に彼女を苦しめたのは、そんな自分に誰も同情しなかった事だろう。寧ろこの結末は当然だとばかりに、周囲の人々は彼女を見放した。これで厄介払いが出来ると、彼等は彼女を見捨てたのだ。
それは、彼女を金のなる木だと認識している大人達も同じだ。壊れた商品に価値は無く、彼等は彼女に見向きもしなくなる。
唯一の味方は彼女の両親だったが、その笑顔がかえって彼女を苦しめた。自分は最低なニンゲンだったと今こそ思い知った彼女は、もう生きている事さえ辛かった。
「そう。だから、私はあの日、決断した」
「……ああ。知っていたよ。君が、あの日――自殺する気だった事は。あの時、君は死んでいたから、私は君の気配に気づかなかった」
同じように地面に倒れ伏す芹亜に、愛奈が告げる。
愛奈の言う事に、間違いはない。
彼女は初めて愛奈に会う前、一度目の死を迎えていた。喉笛をナイフで掻っ切って、彼女は確かに死んでいたのだ。
その後、銃声を聞いた彼女は、愛奈と標的の戦いを目撃し、愛奈と関わる事になる。
その愛奈は、ただ事実だけを口にした。
「だからこそ、私は君から離れる事が出来なかった。私が君を見放せば、自分の存在理由は失われたと思い――君は今度こそ自殺する。それを止める為にも、私は君を〝盾〟にして、目的意識を持ってもらうほかなかった。私では何を言っても、君の自殺願望を覆す事は出来なかっただろうから」
だから、耐え続けた。彼女を殺す事がどれほど辛くとも、愛奈は耐え続けられた。彼女が本当に死んでしまうより、その方が、よほど救いがあると信じ続けて。
この愛奈の想いを、彼女はその表情を見ただけで感じ取る。
「そっか。バレバレだったか。やっぱり、貴女は私と違って、格好いい。私と比べ物にならない位、格好いい。貴女はきっと最期の瞬間までそんな自分を貫き通すのでしょう。でも、もういいの。辛かったら、逃げても良いの。苦しかったら、逃げても良いんだよ。そう。本当に酷いのは私の方。私は私が死ぬ度に、貴女が傷ついている事に気付いていた。貴女が苦しんでいる姿を見て見ぬふりをしてきた。本当に、酷い話よね。貴女は確かに最低の人間だけど、私にとっては違ったんだから。貴女は最低の人間だけど、それ以上に悲しい人だった。きっと貴女はそういう性格じゃなくても、あの呪いの成就を阻む為、戦い続ける人だから。その上自殺するつもりだった私に生きる意味を与えてくれたんだもの。だから、本当に、ありがとう。例え貴女が万人にとって最低の人間だとしても、私にとっては最高の相棒だったわ。……愛奈。鳥海、愛奈。もしかするとわたしを、ほんとうのいみで、みとめてくれたのは、あなただけだったのかもしれない―――」
だから、彼女はあの日、愛奈と初めて仕事を果たした後、涙した。
また自分が誰かの役にたてる日が来るなんて、思いもしなかったから。
あんな風に、何の打算も無く誰かに褒められたのは、本当にひさしぶりだったから。
自分にあんなにも誇らしい気持ちをくれた鳥海愛奈に心から感謝して、彼女は泣いたのだ。
ならどうして、愛奈達の為に死に続ける事をやめられると言うのだろう?
その彼女が――芹亜・テアブルが愛奈に微笑みかける。
それを前にして、愛奈は、首を横に振った。
「……違う。救われたのは、きっと、私の方。私は、貴女に救われた。貴女が居てくれたお蔭で、私はアレ以上ヒトを殺さずにすんだ。私はアレ以上誰かの死を快楽にする事はなかった。だから、貴女は、無価値なんかじゃない。貴女は私にとって、鳥海愛奈にとって――無くてはならない存在だよ」
笑顔を笑顔で返す。鳥海愛奈は、ソレが彼女の為に自分に出来る最後の事だと知っていた。
「そっか。なら、よかった。ほんとうに、もうすこし、はやく、あなたとであいたかったよ、あいな」
そうなっていれば、きっとこんな事にはならなかった。
そんな想いを込めた微笑みと共に――芹亜・テアブルはその鼓動を止めていた。
◇
ここに――全ては終わった。
相棒を殺され、自身も死に体な愛奈は、もう死を待つばかりだ。レストアが彼女の止めをさせば、今度こそ全ては終わる。
事実、レストアは愛奈に近づき、彼女の心臓も止めようとする。
その前に、鳥海愛奈は呟いた。
「私は、勘違いをしていた。私は、彼女に、芹亜に、理解されない人間だと思っていた。一生理解し合えない存在だと、確信してやまなかった。でも、違うんだ。理解できるかが問題じゃない。理解しようとする、その願いだけで尊かった。例えわかりあえなくとも、理解しようとしてくれるだけで、それは一つの救済になる。だとしたら私は、レストア・テアブル以上の大バカ者だわ。そんな当たり前の事にも、気付こうとしなかったんだから。そんな私でも思い出した事がある。人として絶対に忘れちゃいけない事を、芹亜のお蔭で私は思い出せた。ああ、やっと、思い出した。これが――哀しみ」
一度だけ眉根を歪める、愛奈。彼女が浮かべたソレは、実に人間らしい感情の吐露だ。
そんな彼女に、レストアは問う。
「それがあなたの遺言? そうね。あなたの言う通りだわ。私達には決して忘れてはいけない想いがある。でも、それもこれまでだわ。実の妹を殺した私は、既に人でさえ無い。だから私は、あなたを殺す事にも何の感情も覚えない」
だが、愛奈は今、全く別の事を思いだしていた。
〝貴女は確かに生きていちゃいけないニンゲンだけど――ここで負けて良いヒトじゃないだろう〟
嘗てあの大敵に、そう言葉を投げかけた少女が居た。実に、その通りだ。
「そうだ。私も彼女と――『頂魔皇』キロ・クレアブルと同じ。ここで負けて良い人間じゃない。絶対に、私は芹亜・テアブルを殺した彼女にだけは負けられない。ここで負ける様なら、私は生まれてきた意味さえないでしょうが―――ッ!」
そうだ。思い出せ。帝寧皇は言った。――私はその『頂魔皇』とさえ互角に戦える存在だと。
でも、私は意図的にその事を忘れていた。それを思い出すという事は、自分の役割を放棄するという事だから。悪人を死に追いやるという大義名分を失う事を恐れた私は、その事を思い出そうとしなかった。
でも、今は違う。
私は、思い出さなくちゃいけない。彼女の為にも、私の為に命をかけてくれたあのバカな少女の為にも、私は今全てを取り戻す―――。
ソレは、仮にレストアが聞いていたら一笑に付していただろう拙いオモイだ。そんなご都合的な奇跡など絶対に起きないと言い切れるだけの、戯れ言にすぎない。
だが――鳥海愛奈は今度こそ立ち上がる。
全ての骨が砕かれ、内臓を破壊されている筈の彼女は、レストアの前に再び立ちふさがる。
それを見て、レストアとミラウドさえ息を呑む。
「……まさ、か? その体で立ち上がる? その状態で、尚も私と戦うつもりだと?」
「……戦う? 違う。そんな上等な真似なんて私にはもうできない。私はただ――あなたをブチのめすだけよ――レストア・ペルパポスっ!」
よって、愛奈は理解する。自分が何者で、今どんな状態にあるかを。自分が既にレストアが言うところの『試練』を受けている事を思い出す。
その途端、彼女の体にはその痛みと感情が殺到する。常人なら一秒ももたずに発狂するであろう痛痒を、そのか細い体で受けとめる。
――その途端、確かに奇跡は起こった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!」
全ての痛みを思いだし、その痛みを一身に受けながら限界を突破し、〝疑似宇宙〟を具現する。
鳥海愛奈は、今こそ――嘗ての自分を取り戻す。
その気配を察し、レストアは思わず後方に飛んでいた。それは嘗て自分の母から感じた、恐れと言う感情だと、彼女は思い出す。
「いいえ。でも――違う。私はもう、あの母に怯えていた頃の私じゃない。私はあなた達を断罪し、駆逐する絶対的な存在よ――鳥海愛奈!」
「いえ、違う。あなたは実の妹を手にかけた時点で、もう断罪者でも何でもない。あなたこそ裁かれる存在に自身を貶めている。それがあなたの正体だよ――レストア・ペルパポス!」
〝疑似宇宙〟と言う名の巨人に包まれた、愛奈。
断罪の巨人を一点集中してその中に取り込まれる、レストア。
ここに両者の最後の激突は開始される。
両者は、激しい暴力の応酬を始め、レストアはその能力を如何なく発揮した。
だが、其処で異変が起きる。
レストアは拳を叩きつける度に愛奈を断罪し様とするが――その全ての力場を愛奈は粉砕した。
「――超空間破壊っ? 超空間を凝固しながら罪を具現しているのに、それさえあなたは破壊するっていうの、愛奈っ?」
「そう。あなたの罪は、ただ一つ。最も愛情を注がなければいけなかった実の妹を、切り捨てた事。ミラウドと同じだけ想いを寄せなければならなかった彼女を、殺した事よ」
「あなたらしくもない、つまらない正論ね! それが彼女に会うまで殺人を嗜好してきた殺人鬼の言う事っ?」
拳と拳が激突する度に押し負けながら、レストアが謳う。
愛奈は、尤もだとばかりに頷いた。
「ええ、私にそんな人間らしい感情を思い出させるくらい彼女は――芹亜は鮮烈だったから。私は結局彼女が殺される瞬間、どんな表情をしているか知る事はなかった。でも、その覚悟だけは知っている。彼女は自分自身を救いながらも、私にも救いの手を差し伸べていたのよ。そんな彼女の為なら、つまらない人間にだってなってやるわ。今の私は殺人鬼でも聖女でもない――ただの『勇者』なんだから」
「勇者、ですって? あなた、が? これほど笑える冗談はほかに無いわね!」
故に――レストアは自身の奥義を展開する。
宇宙自体を断罪する――その大剣を具現する。
それは文字通り――宇宙が犯した罪さえも裁く必殺の剣。
宇宙とは、人間も含めた世界そのものの事。ならば、この世界に住む人間では、絶対にその一撃は防ぎ切れない。
どれほど逃げ様と、必ずその攻撃は罪人に追いつき、その罪を断罪する。
この必殺必中の大剣をレストア・ペルパポスは振り上げ、振り下ろす。
たったそれだけの業は、確実にこの宇宙の罪を両断するだろう。
ならば、愛奈に待っているのは、やはり死しかない。この宇宙ごと、彼女の罪はいま断罪される。
いや――本当にその筈だった。
「――な、に?」
「ええ、そう。『勇者』とは、今だ嘗て誰も成し得たことが無い偉業を成した者の称号。そして私は芹亜・テアブルの英雄。彼女限定の『勇者』――鳥海愛奈よ」
その光景を、レストアが刮目する。それも当然か。彼女は今こそ思い知る。自分がいま戦っている者の正体を。
何という事も無い。今の愛奈は、その宇宙その物なのだ。それが『試練』を得て彼女が身に着けた力。百四十兆回、世界を繰り返し、苦しみ悶え続けた結果である。
ならば、どうしてその彼女に、その一撃が届くというのか。
事実、彼女はこう吼えただけだった。
「〝私〟は――その罪を否定する!」
「バカ、な!」
そう。レストアの論理に間違いは無い。だが、逆を言えば、宇宙の罪を認めさせる者はやはり宇宙しかないのだ。それ以外の何者が――その罪を認めさせる事が出来ると言うのか?
ならば、その宇宙がその罪を否定するなら、その罪は存在すらしなくなる。
よって〝彼女〟がその罪を否定しただけで、レストアの一撃は無効化される。全ての力場を撃ち破りながら、愛奈は最後の一手を打つ。
「鳥海――愛奈ぁあああ―――ッ!」
「レストア――ペルパポスぅううう―――ッ!」
彼女本来の力である『絶対的超越』を発射し――全ての事象を歪曲させる。
その瞬間、裁かれる対象はレストア・ペルパポスに変わり――ここに長すぎた戦いは決着した。
この時――彼女は確かに痛感する。
(そう、か。私は罪人達を断罪しただけど、彼女は違う? 彼女は私と真逆の真似をして、この領域に辿り着いた? それこそが彼女の――鳥海愛奈の強さの根源っ! 芹亜・テアブルはその事を知っていた? だからこそ、己の命を懸けたと? ……ああ。だとしたら、それは本当に羨ましい程の信頼。私もミラウドや彼女達と、そんな関係を築いてみたかった――)
五年ぶりに微笑みながら、レストアは彼方に目を向ける。
その一撃は確かにレストアに届き、この時点で彼女の意識は完全に途切れた。
ここに〝黄金の断罪者〟と〝純白の大罪人〟の戦いは幕を閉じたのだ―――。
◇
意識を失った事で巨人が消え、其処から投げ出される、レストア。
それを追う様に、巨人を消失させ地面に着地する、愛奈。
その二人を見て、ミラウドは愕然とする。
「まさ、か。あのレストアが、負け、た?」
「そうだね。彼女は最期まで自分の罪を認めないだろうけど私は彼女にその罪を押し付けた。これはただ、それだけの事だよ」
レストアを倒した事で、傷が塞がった愛奈が真顔で告げる。
その姿を見て、彼女も覚悟を決めた。
「いいわ。なら、私も彼女の後を追うだけ。好きな様に殺すといいわ。私こそが、あなたの大切なヒトを奪った張本人なのだから」
けれど、愛奈は首を横に振る。
「違うでしょ? 君が言うべき事は、もっと別の事だよ。君はそんな強がりを口にするより、私に本心を語る義務があるんだから」
そう言われて、ミラウドは息を呑む。それから彼女は涙しながら、確かに吐露した。
「そう、ね。私はただ母や父や妹に〝おかえりなさい〟って言いたかっただけ。なのに、それなのに、なんでこんな事になってしまったのかしら……? 親友に実の妹を殺させ、その親友を死に追いやって。この私こそが、本当に、裁かれる存在だった……」
「かもしれないね。でも、そこまでわかっているなら十分だよ。それに君は勘違いしている。レストアは、あの断罪者は――まだ生きているのだから」
愛奈の宣言を聴き、ミラウドは思わず眼を開いた。
正にそれは、思いもよらない言葉だったから。
「……生きている? レストア、が? 何故? 彼女は、あなたから芹亜・テアブルを奪ったのに……」
「だからだよ。私はド悪人な『勇者』だから、彼女を殺さない。今死ぬよりあなたが死に行く様を見届ける方が遥かに苦しいだろうから、殺さない。あなた達はせいぜい最期の瞬間まで悶え苦しみながら、必死に生き抜くといいよ」
淡い笑顔と共に、愛奈は謳う。その言葉を受け、ミラウドは心底から痛感した。
「……ええ、そうね。本当にそれほど惨たらしい事は無い。貴女が言う通り、貴女は本当にド悪人な『勇者』だわ……」
そう言いながら――ミラウド・エッジはレストア・テアブルを強く強く抱きしめる。
それを見届けてから――鳥海愛奈は芹亜・テアブルの躰を抱きかかえ、この場を後にした。
終章
それから、私は何時もの日常に戻った。普通に学校に通い、勉学に勤しみ、昼休みに玉子ちゃんとお喋りする。
「というか、なにかあった、愛奈?」
「んん? なにかって? 私、どこか変?」
私が首を傾げると、玉子ちゃんは訝しげに眉根を寄せる。
「いや、愛奈の髪ってますまます白くなってない? 前から白だったけど、今はより完全な白髪みたいな?」
「いやー、さすが玉子ちゃん。お目が高い。もう陰毛まで、真っ白ですわ。ナハハハ」
「前言撤回。やっぱりアンタは何時もの鳥海愛奈だわ。……本当に残念なヤツ。それより聞いた? かのナリエスタ連邦が尻尾をまいたって話。あれだけ強気だった癖に、意外と呆気なかったわよね。一体なにがあったのかしら? もしかして――愛奈が何かしたとか?」
「………」
本当に、今日の玉子ちゃんはキレキレだ。ただの冗談だろうが、事の真相に至っているのだから。私は、だからこそ惚けるしかない。
「まさか。一介の女子高生に、国際問題をどうにかできる訳ないじゃない。前から思っていたんだけど、玉子ちゃんは私を何だと思っているの?」
と、玉子ちゃんは意味ありげに笑って、こう答えた。
「いえ。それがわからないから、興味が尽きないのよね、愛奈って」
やはり、玉子ちゃんは見くびれない。心底からそう震撼して、私は苦笑いをした。
そう。レストアを撃退した後、鴨鹿町は私の要請に応じ、玉子ちゃん一家の記憶を消した。私の家族もそれは同じで、保護されていた期間の記憶を彼女達は持っていない。お蔭で父も母も玉葱家の人々も、変わらぬ日々を過ごしている。
かたや帝寧皇達はというと、彼女の為に記念碑をつくると言う有様だ。
自分達の為に命を懸け、力を尽くした彼女の記録を少しでもとどめたい。それが彼等のせめてもの誠意で、私にとってもある種の救いだった。
私が彼女の英雄なら――彼女もまた私の英雄なのだから。
で、ナリエスタ連邦だが、これは玉子ちゃんが言っていた通りだ。
アジア諸国に宣戦布告していた、ナリエスタ連邦。テロの実行部隊を送り込み、あわや開戦という所までいったかの国だが、真逆の道に進んだ。
ナリエスタは宣戦布告を撤回し、アジア諸国と国交を結ぶため奔走する事になる。テログループは撤退し、今この国ではテロが起こる気配はない。
なら、私は困る事になるだろうと思うかもしれないが、それも無かった。
私が記憶と力を取り戻した時点で、あの呪いは解除されたから。もう私は、誰かを殺してこの国を守る必要はない。
要するに私は普通の女子高生に戻ったという事で、平凡と言う名の時間を送っている。
けど、それでも――私の罪が消える事は無いだろう。
私は確かにこの手で他人を殺し、それを当然の様に行い続けた殺人鬼だ。
問題は、その事に全く罪悪感を覚えていない事だろう。本当に、あの彼女に最低人間扱いされる訳である。
なら、何れ地獄に堕ちる私は、天国に居るであろう彼女に会う事も二度とない。そう思うと僅かながら後悔が胸をよぎるが、私にはもうどうする事も出来なかった。
今更この性格を変える事は出来ないし、そんな私だから彼女は必要としてくれた。私は私だからこそ――あの彼女の最高の相棒だったのだ。
今はそう思う事で、気持ちの整理をつけようと思う。
その彼女だが、私は彼女の亡骸をテアブル家の前に置き去りにしてからタッチしていない。本来なら彼女のご両親に罵倒されて然るべきだが、私はそんな役回りから逃げ回っている。
いや、私は単に現実を認める事を、怖がっているだけなのかも。
彼女のご両親に泣かれでもしたら、私は彼女を失った事実を受け止めるしかない。その時、自分がどんな気持ちになるか想像すらできないのだ。
大切な人を亡くしたのはこれが初めてじゃないけど、私はあの時の小さな頃の私じゃない。無駄に大人ぶって、彼女の為の涙をこらえてしまうかも。
私にしてみれば――それは彼女に対する明確な背信行為だった。
もう彼女の為に何もできないなら、せめて涙くらい流したい。でも、彼女が死んだ時でさえ泣けなかった私に何が出来るだろう? そう感じた時、私は己の無力さを痛感した。
レステア・ペルパポスに打ち勝った私は、その癖、彼女を救う事が出来なかったのだから。
やはり私はただの女子高生に過ぎず、普通の一般人として日々を過ごしていく。未だに心に大きな穴が開いているけど、私はソレを埋められない。今の私では、ソレを周囲に悟られないようにするので精一杯だ。
「本当に、つまらない人間になったものだわ、私も。これも全部、貴女のせいだから。本当にわかっている?」
やはり涙する事なく、空を仰ぐ。夕暮れ時をむかえた一本道は、まるであの彼女の生き様の様に思えた。
寂しく、けれど何処までも美しい、僅かな間だけ光り輝いた――あの鮮烈な生き様のよう。
なのに、私はそんな彼女の為に泣けないのだから、本物のろくでなしだ。
「そうだね。ろくでなしならろくでなしらしく――これから『神』でも殺しに行こうかな?」
仮にこれを『彼女』が聞いていたら、戦々恐々としている事だろう。
けれど、私はそれを思い直す。
それはあの少女の――レストア・テアブルの役割だから、私は『彼女』に手を出さない。
なら、尚の事やる事が無くなってしまったなと、私は暇を持て余す。下校の為の一本道を一人で歩きながら、ふと錯覚した。
自分の直ぐ横に、あの彼女が居て、普通に微笑んでいるそんな光景を。
私が思わず立ち止まったのはだからで、堪え切れない悲しみがこの心を穿つ。私は決して失ってはいけないヒトを失ったのだと、今ごろ気付いていた。
でも、それでも、私は涙する事なくただその悲しみを慈しむ。ああ、本当にこんな私でもまた誰かを愛する事が出来たんだなと、思い知っていた。
「……でも、それでも、何時かもう一度、貴女に会えるといいのだけど」
決して叶わない望みを、口にする。それから歩くのを再開して、私は誰かとすれ違った。本当に見知らぬ他人とすれ違う様な自然さで、その少女は立ち止まりながら私を意識する。
それは、奇異な姿をした少女だった。
黒いポンチョを纏い、袴を穿いて、頭には長い鳥の羽根を二本つけている。
何処かで見覚えがあるなと振り返ってみれば、その少女は私に背を向けたまま語り始めた。
「本当に残念ですね。――わたくしという『魔皇』と相対していた『勇者』が殺人鬼に身を落とすとは。所詮、それが貴女の本質という事ですか――鳥海愛奈?」
「……ああ、ああ」
見覚えが、ある? いや、違う。私は確かにこの少女を知っている。嘗て、二度も殺し合ったこの少女の事を知らない筈が無い。
二度目の時は私が少女のプリンを勝手に食べたのが原因だが殺し合った事に変わりはない。
そして、少女は私にその現実をつきつける。
「いえ。本当ならこのまま何もしないつもりだったのですが、貴女には大きな借りがありますからね。そう。忘れているなら、思い出しなさい。これは嘗て貴女が成し得た奇跡ですよ、鳥海愛奈。ええ。これであの時の借りは返しましたから」
「………」
そう、だ。思い出した。
確かに彼女は、私は、一度だけソレを可能にする手段を持っていた。
そう思い至った途端、私は一直線に走り出し、其処へと向かう。
一体、どこに? 決まっている。
私が目指すのは、あの人気のない、自殺にはもってこいの場所。
私が今、真っ先に向かわないといけないのは、あの場所だ。
「あら?」
果たして、彼女は、其処に居た。
本当に、其処に、居てくれた。
「と、やっと来た、か。遅かったわね。フフン。今回は私の勝ち。本当に私を待たせすぎよ――愛奈」
彼女――芹亜・テアブルは、本当に当然の様に、私を待っていた。
それは真剣に、度し難い喜劇であり、ありえようのない奇跡だ。
でも、そうなのだ。
だてにあの少女は、『頂魔皇』を名乗っていない。
キロ・クレアブルは、一度だけなら、ヒトを生き返らせる術を持っている。
その意味を噛み締めた時、私はただ茫然とした。
「いえ、生き返ったのは、私だけじゃないわ。『頂魔皇』が言うには、貴女が殺したニンゲン全てを生き返らせたとか。でなきゃ、とてもじゃないけど貴女に対する借りは返せないって言っていた。というか、貴女一体何をしでかした訳? 『頂魔皇』にここまでさせる貴女って、一体何者よ?」
けれど、私はそんな芹亜の悪態にこたえる余裕はなく、ただ涙する。
自然と涙が溢れ出し、全くとまってくれない。
ああ、そうか。
私は悲しい時より、嬉しい時に、涙する人間だったのか。
そう痛感している時、芹亜も涙しながら微笑み、私の頭にチョップを入れる。
「バカね。私が生き返った程度の事で、泣いているんじゃないわよ、愛奈」
「そっちこそバカだよ。君が生き返ったからこそ私はこんなに嬉しいんじゃない、芹亜」
やはり彼女の為に初めて涙し続ける私と、それをネタにして笑みを浮かべる芹亜。
こうして――私達の物語は本当に終わりを迎えようとしていた。
いや、そんな時、彼女は最後の疑問を口にする。
「そういえば、なぜ愛奈はナリエスタの動きがわかったの? あの女性に打ち明けた、貴女の情報源って何?」
「んん? それは簡単。だって――ナリエスタの大陸を統一させたのは私だから」
私がしれっとそう告げると、芹亜は唖然とする。
「……愛奈が、ナリエスタを統一させた? それは、本気で言っている……?」
「うん。だから、情報を得る為の伝なら、ごまんとあったんだ。というか彼等のトップと私、メル友だから。それが彼等達の行動を先回りできた理由。そう。芹亜が知っている通り、どうしても敵が欲しくてね。なら、手っ取り早く自分でつくってしまおうと思った訳だね。尤も、そんな私でもレストアの私に対する暗殺計画は止められなかったけど。そんな不自然な真似をすれば、何も知らないナリエスタの幹部達は不審に思う。私とナリエスタのトップが癒着している事を、気付かれる恐れがあった。そう言う訳で私はレストア達と戦うしかなかったんだ」
「……え? でも、貴女、この国を離れている暇なんてなかったんじゃ? この国で例の条件をクリヤーし続けなければいけないんじゃなかったの?」
「え? 日本で誰かを殺さないといけないなんて言ったっけ? うん。私はナリエスタに赴きその内戦に関与して条件を満たしていたんだよ。あの時は楽で良かったな。何せ私よりヒトを殺しているニンゲンは山ほど居たから。いっそ傭兵にでもなって、標的を殺しやすいあの環境に身を置こうかとさえ思ったよ。でも、やっぱり日本が恋しんで、芹亜が知っている通りのプランを実行したと言う訳。ナリエスタがアッサリ友好姿勢をみせたのもその為だね。――私が死刑囚を恩赦してテロの実行犯にしたてたヒト達を殺す必要はもうない。それどころか、ナリエスタがアジア諸国に敵対する理由ももう無いんだ。だからナリエスタは敵対姿勢を解き、各国と友和しようとしていると言う訳」
「………」
そう語って聞かせると、芹亜は引きつった顔で口角を上げる。
それから彼女は、私をこう罵倒した。
「国防を担いながら絶えず敵をつくり続け、その人物を標的にすると言う矛盾を行ったのね。やっぱり貴女は、鳥海愛奈は――本物のド悪人だわ」
そう告げながら、芹亜・テアブルは何とも言えない貌で私を見たのだ。
芹亜のその貌を見て、鳥海愛奈は今こそ心から微笑んだ―――。
鳥海愛奈は――ド悪人?・後編・了
後編、決着です。
ここまで色々な経験をしているのに、全く奴は成長していないというのが、オチですね。
そもそもの発端は、奴が例のヒトのプリンを食べた事なのですが、それはもう例のヒトは激怒しました。ピ■ーと再会したゴ■さん並みに激高し、〝――なんでお前が私のプリンを食べるんだよぉおおおおおおおお―――っ!〟と、あまりにキャラ変したその様を見た奴がドン引きしたというのが事の真相。
そして、次作はいよいよアベンジャー■的な物語になります。
様々な物語の主人公達が集まって、酷い事をするというのが、主旨です。
十五禁という訳ではありませんが、やってる事はただの外道です。
誰が主人公に選ばれるか、想像して楽しんでいただければ幸いです。