鳥海愛奈は――ド悪人?・前編
本作は、前作の悪役が主役になった物語です。
いえ、奴は聖女とも呼ばれているのですが、本物の聖女は破壊力が違いました。
聖女を主題にしたある漫画を読んだのですが、ああ、これが真の聖女かと私は打ち震えたました。
本物の聖女に比べれば、奴は間違いなくド悪人と言えるでしょう。
これは、そんな物語。
序章
本編は、私こと鳥海愛奈の偏見によって構成された物語です。
予めご了承ください。
1
私が彼と接触した場所は、先進国ならどこにでもある喫茶店だった。
午前七時になった頃、名も知らぬ彼は私にこう切り出す。
「依頼内容は、二つ。一つは、この国でテロを起こす事。もう一つは――ある人物の暗殺だ」
声の感じでわかる。恐らく彼は、前者より後者の方に重きを置いていると。そのある人物とやらを暗殺する方が、彼にとっては重要な事なのだろう。
そう当たりをつける私に、彼は尚も続けた。
「だが面白おかしい事に、そいつの正体はまるで謎だ。わかっているのはこの国に潜入した我が国の工作員を、殺して回っている事。加えて、何故かこの国の民間人もそいつは殺しているらしい。……いや、この言い方は正確ではないな。何故かそいつはうちの工作員にその民間人を殺させた後、工作員を始末しているから。かなり無理してこの国の警察からその民間人の解剖所見を入手したからそれは間違いない。その民間人達は皆うちの工作員が撃った弾で絶命しているそうだ。以上の事から、理由こそ不明だがAが民間人を盾にしているのは明白だな」
この不可解な説明を聴き、私はいよいよ声を上げる。
「つまり、順序としてはこういう事? まずAは民間人をどこかで拉致し、その民間人を盾にして工作員と対峙する。で、工作員が民間人を殺害後Aが工作員を始末していると? 更にはその工作員を監視しているであろう、あなたの国の別の工作員も殺している?」
「正解だ。さすがだな。瞬時にしてそこまで見切るとは」
いや、別にそう褒められた事では無いだろう。何人も工作員を殺害されているなら、当然、何等かの処置がされて然るべきだ。その工作員に何が起こるか監視する工作員を配置する筈。
だが驚くべき事に、その監視者さえAは殺していると言う。その所為で、Aの正体はまるで不明だというのだ。もっと言えばそのAは、随分な地獄耳らしい。
「そうね。今ナリエスタとこの国は――国交断絶状態にある。故にナリエスタの人間がこの国に入国するには、別の国の人間になりすますしかない。ナリエスタとこの国の両国と国交がある国を経由して身分を詐称し、入国する必要があるわ。でも、そこまで手が込んだ真似をして潜入したと言うのに、Aは工作員の正体を見抜いている。これは明らかに、ナリエスタ内部にAの協力者が居ると考えて良いでしょう。私の仕事に関わる事だから訊いておくけど、その辺りの目星はついているのかしら?」
が、彼の答えは予想通りの物だ。
「いや、それがてんで見当がつかないから、上の連中も頭を抱えているんだ。Aの素性も謎ならAの情報源も謎。今の所一日に二人工作員をやられているだけだが、ここまで正体不明だと放置も出来ない。かといってナリエスタの人間を使えばAはその動きさえ察知する可能性がある。そこで白羽の矢が立ったのが、君と言う訳だ。この件は私に一任されていて、部外秘と言う事になっている。加えて我が国とは接点が無い君なら、Aに感知される危険も少ない。そう言った理由からこの仕事は君に依頼するほかなかったのだが、受けてもらえるだろうか?」
彼の問いに、私は一考した後、返答する。
「さっきテロを実行しろと言ったわね? それはもちろん、民間人をターゲットにした物?」
私が普通に問いかけると、彼は当然の様に頭を振る。
「いや、君の噂は聞いている。決して民間人に手は出さないという噂は。故に君に依頼したい仕事は、無差別テロの類では無い。詳しくはこの書類に記してあるか、らまず目を通してもらいたい。Aの動向がこの六日間で、ずいぶん様変わりした事も書かれているから」
言われた通り書類を見ると、私は成る程と頷いた。
「オーケー。ならこの仕事――受けましょう。でも、あなたも不用心よね」
「は?」
眉をひそめる彼に、私は席を立ちながら嘯く。
「だって私がAの協力者だって可能性もあるのに、依頼してくるのだもの。もしそうなら、一体どうする気なのかしら?」
「……まさ、か?」
が、私はコーヒー代を机に置き、踵を返す。
「いえ、もちろん冗談よ。そっちだって私の事は入念に〝身体検査〟をしたのだろうし、その手腕は信用して構わないと思う。でも、そうね。依頼達成後に会う時は、もっと笑えるジョークを用意しておくわ」
それだけ言い残し、私は喫茶店を後にする。外に出て携帯を使い、仲間に連絡する。一連の作業を終えた後、大きく伸びをし、一息ついた。
そんな時――私とその少女の目が合う。
それは一見すると民間人の様だが、良く見ると浮世離れした少女だった。
何せ髪が真っ白なのだ。いや、その顎まで伸びた髪だけでなく、服もまた白い。正に純白の聖女といった雰囲気をした彼女は、私と目を合わせたまま何故か近づいてくる。
いや、あろう事か――その少女は初対面である私の両頬を両手で引っ張ってきた。お蔭で私も反射的にその子のオデコに正拳突きを入れる。
彼女は私の頬から手を離すが、とうぜん私は納得がいかなかった。
「え? 何? 今のはこの国の挨拶か何か?」
が、私に額を殴打された少女は、何故か花の様に微笑む。
「いえ、失礼。ただ君は――笑った方が可愛いと思っただけだよ?」
「…………」
え? 何? 私、もしかしていま口説かれている? そう惚けていると、私と同じ位の年齢である十六、七歳ほどの少女は踵を返していた。そのまま私の前から立ち去ろうとしている彼女に、私は何気なく質問する。
「えっと、あなた、名前は?」
彼女は、振り向きざま答えた。
「私? 私の名前は――玉葱玉子だよ」
「…………」
あからさまに偽名と思しき名を告げ、露骨に怪しい少女は今度こそこの場を去る。
それを見送ってから、私はパン屋の窓に映る自分の顔を眺め、口角を上げてみた。
けれどこの五年ほど笑った事が無い私の表情は、やはり笑顔とはほど遠い物である。きっとミラウドあたりが見たら、私の正気を疑うこと請け合いだ。
そう結論し、私はこの件を一先ず保留にする。
これがあの少女との長い戦いの幕開けだと――確かに予感しながら。
2
その少し前――私こと鳥海愛奈は結論した。
「……ねえ、何で制服姿の女子高生ってあんなにエロく見えるのかな? だって、アレってもう、完全に生きたエロ本でしょう? 男子高校生は女子に話かけられただけで、もう勃起しているに違いないよ」
場所は、学校の教室。時間は昼休みで、十二時半を回った頃。
私が真顔で持論を展開すると、玉葱玉子ちゃんはウジ虫を見る様な目で此方を見た。
「……愛奈って、本当に残念な奴よね。見かけは聖女みたいなのに、中身はそれなんだもん。本当……愛奈って残念な奴よね」
残念と二度言われてしまった。友達にしみじみと、二度も言われてしまった。なぜだ?
「というか、そういうアンタも立派な女子高生でしょうが。ウチの学校は私服校だから実感が薄いのもわかるけど」
そういう玉子ちゃんは少しでも女子高生の制服に近づけたいらしい。ワイシャツの上に紺のベストを着用し、ミニスカート等を穿いている。茶色い髪を肩まで伸ばした彼女の服装は、同性の私からみてもラブリーな感じだ。
で、私はと言えば、ノースリーブのワンピースなどを着こんでいた。色は勿論、白。この白い髪に合わせて、最近の私はこのデザインの服しか着ていない。
それが引っかかったらしい玉子ちゃんは、だから私を睥睨しながら続ける。
「というか、アンタ冬でもその格好だし。それって何? 寒さに耐える修行僧みたいな気分でしているの?」
「まあ、そうだね。〝おまえはほかの服の設定が無いから同じ服を着続けるしかないアニメキャラか?〟とはよく言われる」
「――誰っ? そんな高度なツッコミ入れたの、誰っ?」
いや、このボケの意味がわかる時点で、玉子ちゃんの理解力も半端ない。
「いえ。それはさておき、現に愛奈ってば髪が白くなってからもっとモテる様になったじゃない? アンタの本性を知っているウチのクラスはともかく、ほかのクラスの男子は違うんでしょう? あろう事かバカげた事に、一目惚れされるらしいじゃないの。なのに、告白された後はドン引きされているとか。具体的に言うと、何でなのよ?」
まるで女性のパンツを盗んだ中年男性を取り調べる警察官の様な目で、問うてくる。
ならば私も、受けて立つしかない。
「いえ、告白される度に、一寸質問をしているだけ。例えばこうだね。〝祖国の為に殺人を犯すのは正しいと思う?〟って」
「……え? それは何故? 質問の趣旨が……まるでわからない」
「そうだね。わからないだろうね。でも、私にとっては重要な事なんだよ。で、その答えというのが大抵はこうなんだ。〝えっと、それは正しいんじゃないかな?〟」
告白してきた男子の声色を真似て、言ってみる。
果たして玉子ちゃんは、露骨に顔をしかめた。
「でしょうね。皆アンタの気を少しでも引きたいから、模範解答を口にする筈だわ。例え内心では、間違っていると思っていたとしても」
「うん、そうだね。けど余りしっくりくる答えじゃなかったから、皆フッちゃった。あ、でも他校だけど一人だけ居たね。私に本心をぶつけてくる、威勢のいい子が」
「へえ? 一体どんな男子? 格好良い? 私好みかな?」
何を思ったのか、身を乗り出しながら玉子ちゃんは顔を輝かす。
私も常から浮かべている笑顔と共に、返答した。
「いえ――実に可愛い女の子なんだけど」
そうして、話は更に一週間前の夜に遡る。
◇
それから、彼は駆けだした。人ごみを掻き分け、必死に逃走を続ける。
不思議なのは、何故か皆こういう状況になったら人気が無い場所に逃げ込む事だろう。それは私にとっては都合が良い事だったけど、彼等にとっては不幸な事だった。
私の仕事は――人目につき難いほど好都合だから。
実際、彼が裏路地に逃げ込んだ所で、私はビルの屋上から飛び降り、彼の前に立つ。そのまま私は愕然とする彼の腹に拳を突きつけ、気絶させ、袋に詰めこんで拉致していた。
どう見ても立派な犯罪行為なのだが、幸いな事に目撃者は彼と私だけ。被害者である彼と加害者である私だけが、この犯罪の目撃者だった。
つまり――全く問題ないと言う事だ。
そのままビルの屋上まで跳躍した後――ビルとビルの間を飛び越えながら移動を開始する。標的は直ぐに見つかって、私は彼が人気のない道路に出るまで待つ。
それが済んでから、私はビルから飛び降り、日本語で外人である彼に問うた。
「こんにちは――ナリエスタの工作員さん。今日はテロの下見でもしているのかな?」
「な! ……なんの事かな、お嬢ちゃん? いや、というか、嘘だろ? まさか、お嬢ちゃんみたいのが?」
事情を知らない人が聞いたら、意味不明だと思うであろう事を工作員は言い出す。同時に私は右手を突き出し、ある事をする。それが何を意味しているか、工作員は瞬時に読み取った。
「やはり――『異端者』か。いま能力を使って俺を監視している奴をやった? 監視者さえ死亡しているのは、その為か?」
が、これは悲しい誤解である。私は彼女を気絶させただけで、まだ殺してはいないから。
「さあ、どうだろう? でも、一つハッキリしたよ。そう言う君は――『異端者』だね? でなければ、この現実を素直に受け入れられる筈が無い」
「だとしたら?」
工作員が、懐から取り出した銃の引き金を引く。サイレンサーがついたその銃は、大した銃声も鳴らさないまま私の命を奪おうとする。
その弾丸を――私は件の袋を盾にして防いでいた。
(やはりこの国の民間人を巻き込んでいる? それがお嬢ちゃんの〝ルール〟か?)
と、完全に無駄口なので一々口にはしないが、工作員はそう思っている事だろう。
それは事実なので私も何も言わず、工作員へと肉薄した。
(が、甘いんだよ! 自分から私の能力の射程距離に入ってくるとは!)
工作員の表情を見る限り、きっとそう言いたいのだと思う。
現に――私の周囲の空間が歪む。
物理法則さえ歪ませ、空間ごと万物を破壊するその力は――正しく不死殺しの業だ。
例え私が吸血鬼の類でも即死は免れない――破格の能力だろう。
加えて残念な事に、私に再生能力は恐らく無く、またたぶん不死身でもない。つまり工作員の能力を食らった時点で私の敗北は決定的だ。後一秒も経たぬ間に――私の死は訪れる。
だが、それは不毛な出来レースでもあった。
(な、にッ?)
何故なら工作員の能力処理速度が速ければ速い程――私の動きもまた加速するのだから。
この異能を以て私は工作員が能力を展開する前に、工作員に接触する。
「つっ? ……なぁッ?」
その途端――工作員のナニカは壊れ、音を発ててその場に横転していた。
いや、例えこの工作員が不死者の類でも『彼を殺した事実』がある限り、この工作員は何があっても〝死に続ける〟だろう。
この工作員にしてみれば、実にありえない話だ。でも、現実は違っていて、まだ少女にしかすぎない私がプロの工作員を始末したのである。
そう見切りをつけ、私は携帯を取り出して時間を確認する。
見れば時刻は、午前十一時四十分にまで迫っていた。
「後二十分で全てが終わる所だったか。いや、今日も事もなし。何時もの日常を送れて良かったよー」
袋の中から彼を取り出し、袋は直ぐ傍の川に捨てる。こうしてみると、彼等が殺し合って相討ちになった様にしか見えない。少なくともこの国の刑事達は、そういう可能性も視野に入れるだろう。
その一方で、こうまで外人と民間人の不審死が頻発しているのを不思議がらない筈も無い。
これはいよいよ、鴨鹿町に顔を出さなければならないかも。
私がそう思案している時――異常は発生した。
「アレ?」
「はっ?」
私は――その女の子と遭遇したのだ。
いや。正確には林の奥から此方を見ていた彼女と目が合った訳だが、私は取り敢えず跳躍する。瞬時にして彼女の直ぐ前に立ち、首を傾げた。
「君、なかなか気配を消すのが上手いね? ナリエスタの監視者より余程の手練れだよ。で、ここからが本題なのだけど――もしかして今の全部見ていた?」
意味のない質問をする。
こうなった以上、本当に鴨鹿町を頼るほかなくなったのだから。
ま、彼女を次の〝盾〟にするという案もあるが、それは私のポリシーに反するのだ。ならば一応の事情聴取は必須だろう。
私がそう思いを巡らせていると、彼女は予想外の反応を見せた。
「……あ、ああ! 見たぜ! 全部見させてもらった! おまえが人を盾にして人を殺した所までハッキリと! おまえ一体何様だっ?」
「………」
本当に、これはちょっと意外な態度である。黒い髪を背中に流した十七歳程の美少女は、一見どこぞのお嬢様の様に見える。だと言うのに、口調は男性の物だから驚きだ。黙っていれば立派な淑女に見えるのだろうが、その口調が全てを台無しにしていた。
「この状況で威勢がいいね、君? 殺人者が殺人を目撃されたらその誰かも殺害しなくてはならないって法則を知らないの? いえ、いえ、この言い方じゃ誤解を招いてしまうかな? じゃあ信じてもらえないと思うけど、正直に言うよ」
「……な、何だ? 正直にって、何の事だ?」
ついで私は――自分の事情を彼女に打ち明けたのだ。
「うん。実は私――一日に一人、能力を使って誰かを殺さないと、この国の人間全てが死亡する呪いにかかっているんだ」
「……はぁ?」
こうして名も知らない少女は――予想通りの反応を見せた。
3
あの少女との――長い戦いが始まる。
いや、そう予感したなら今すぐ決着をつけろよと言う話だが、私はそのプランを破棄する。
理由はなんていう事もない。いま私が強襲しても、彼女はただ逃走するだけだろう。この国に土地勘が無い私は、だから彼女に逃げられるのがオチだ。
しかも向こうは私の事を、只の観光客だと思っている可能性もある。今そのアドバンテージを不意にするのは下策と言えた。
ならばとばかりに私はミラウドに連絡し、ダメもとで調査を依頼する。〝玉葱玉子〟なる人物が実在するか確認し、仮に実在するなら何者か調べるよう指示を出す。
ミラウドは〝それ本気で言っています?〟と私の正気を疑ったが、それも予想通り。
私が普段通り接すると、ミラウドも私が真剣だと理解したらしい。彼女はすぐさま仕事に取り掛かり、私は思わず目を細めた。
そう。まずは彼女の外堀を埋めるのが先決。彼女の親しい人物を誘拐し、人質にして逃げ道を塞ぐ。その上でこちらの降伏勧告に応じてくれれば、御の字だろう。労せずして仕事を片付ける事が出来る。
因みに彼女が逃亡する可能性が高いと踏んだ理由は、彼女が一人だったから。恐らくだが彼女は〝盾〟にする人間を無作為に選んでいない。何らかの法則性を以て〝盾〟にする人物を選定している筈だ。
もし無差別に決めているとしたら、彼女は常に誰かを帯同させている筈。何時、私の様な敵が現れても良い様に。
それが出来ないのは、当然の様に〝盾〟となる人物が彼女の協力者ではないから。自分から進んで命を投げ出そうとしている訳では無いからだ。
つまり〝盾〟は何か後ろ暗い事情があり、彼女にその事を咎められている人物という事。故に〝盾〟は彼女と接触した時点で、彼女を敵視する事になるだろう。彼女はその〝盾〟の後ろ暗いナニカを調査する時間が必須なのだ。その調査を疎かにした時こそ、彼女の矜持は破綻すると言い切れる程に。
その調査の間、彼女はどうしても一人で行動せざるを得ない。例えば、今さっきの様に。
以上の理由から、彼女は私と戦う気は無い。もし今から追いかけても、彼女は逃げ切る事に全力を傾けてくるだろう。彼女が能力を発動させる条件は、間違いなく標的に〝盾〟を殺させる事だから。
それが出来ない今の状況で彼女を追い詰めても、やはり逃亡されるだけ。監視役の工作員を事もなく殺害している事から、尾行するのも危険だと言えた。
「それに、私の勘がまるで見当違いという可能性もある」
いや、確かに、後に私の推理は一部外れていると知る事になる。
さっきの彼女は既に〝盾〟を用意していて、今からその〝盾〟に会いに行く途中なのだから。私と彼女の出会いは、その間に起きた奇跡の様な産物だった。
「いえ、繰り返しになるけど、それでも私の見込み違いである方が確立としては高いのよね」
確かにあの彼女は、どう見ても只者では無い。何せ――私の頬を引っ張ってみせたのだ。
そんな真似は、ミラウドにさえ許した事がない私である。それを可能にした時点で、彼女が只の人間では無いのは確かだ。
けれど、世界は広い。特にこの国では、鹿摩帝寧や橋間言予に鹿摩詠吏なる怪物達が存在すると言う。おまえ等はどんなレベルの化物だよと、皆口をそろえて彼等を称えている。私の仕事はそう言った彼等の目を盗んで行われる類の物だ。
幸いなのは、彼等『異端者』は人間社会に介入してこない事。同胞が傷付けられでもしない限り、彼等が動く事は無い。そして私の仕事は今の所、その『異端者』を巻き込む必要がない物だった。仮にあの彼女が――私の標的だったとしても。
要するに――彼女は『異端者』ではないという事。
だとすれば――彼女は一体何物なのか?
「やはり、私の同族という事なのでしょうね」
この世界には――少なくとも三種類の人類が存在している。
第一に、普通の人間。
第二に、『異端者』と呼ばれる超能力者達。
第三に、その『異端者』の対立者である――〝ジェノサイドブレイカー〟である。
実の所――この世界には『神』が存在している。その『神』が世界を歪めた事で『異端者』という超越者が生まれた。
だが、その『異端者』達は強くなりすぎたのだ。それこそ人類が結集し、英知を尽くそうとも、滅ぼせない程に。そこで『神』は、『異端者』に対抗する新たな勢力をつくり上げた。
それが――〝ジェノサイドブレイカー〟である。
読んで字の如く、『異端者』達の手による只の人間の虐殺を防ぐ役割をもった存在だ。
彼等は『異端者』が人間を一人殺す度に、十人生まれる事になる。しかもその内の一人は、『異端者』が殺した人物の近親者がその役目に就く。殺された人物の復讐を成す権利を『神』から与えられる事になるのだ。
『異端者』の能力を無効化できる彼等は、正に『異端者』の天敵と言って良い。その上復讐者の〝ジェノサイドブレイカー〟は復讐の標的である『異端者』の位置を特定できる。例え宇宙の果てに居ようとも、その居場所を正確に知る事が可能なのだ。
けれど、これだけの有利を確立していながら『異端者』の脅威は健在だった。先ほど例に挙げた鹿摩帝寧等には、その〝ジェノサイドブレイカー〟ですら歯が立たないと言う。
よって『神』は更に頭をひねる必要に迫られ――結果『彼女』はある〝ルール〟を設けた。一定レベルの『異端者』には――その反作用体たる存在が生まれるようにしたのだ。
即ち鹿摩帝寧等には、そのレベルに応じた〝ジェノサイドブレイカー〟が存在していると言う事。実に安直な名称で恐縮だが私達は彼等を〝超ジェノサイドブレイカー〟と呼んでいる。私は、あの白い少女はその〝超ジェノサイドブレイカー〟ではないかと睨んでいた。
「でも、やはりだからと言って――彼女が私の標的とは限らない」
前述の通り、世界は広い。彼女が例え私の推測通りの存在だとしても、ほかにも並はずれた使い手は山ほど居る。その中に私の標的が居ると推理した方が、まだ説得力があるだろう。
「でも、やっぱり気になるのよね」
そう。だからと言ってあの彼女を白だと決めつける方が、よほど愚考だろう。可能性を潰していく意味でも、あのどうにも気になる少女の素性を洗うのが先決だ。
私はそう結論し、全ての仕事をミラウドに押し付け――日本観光を楽しむ事にした。
4
で、話はまたも一週間前の夜に戻る。
私こと鳥海愛奈の目前には、今お嬢様風の少女が居て、酷く敵視されていた。
それも当然か。
私は無抵抗な状態の人間を盾にし、その人物を工作員に殺害させたのだから。その上、私はその工作員も殺している。
一度に二人もの人間を死に追いやった以上、良識がある人間なら憤って然るべきだ。怯える可能性も十分にあるが、彼女は怒りを覚えるタイプらしい。全くもって、長生きできない感じだ。その名も知らない彼女は、まず私の言葉をオウム返しする。
「……能力を使って誰かを殺さないと、この国の人間が死ぬ呪い? えっと……悪い。意味はわかるんだけど、とても本当だとは思えない」
それでも彼女の矛先が鈍ったのは、私の言わんとする事を理解したから。あの雑な説明で大体の事を察したからだろう。これは、中々の飲み込みのはやさと言えた。
「そう。私には『神』から与えられた、固有の能力があるんだ。それが一日に私より多くの人間を殺した誰かを殺し続ける事が出来る能力だね。今日一日で私より一人でも多くの人間を殺した場合、その人物は私の能力対象になる。今みたいに触れただけで、彼等を殺し続ける事が可能になるんだ。私がその能力を使って誰かを殺さないと――この国の人全てが死ぬ事になるんだよー」
「…………」
手を後ろに組みながら私が改めてそう説明すると、彼女は目を怒らせながら沈黙する。
ハッキリとした理由はわからないが、私の軽すぎるノリにカチンと来たのかも。
現に彼女は、尚も声を荒立てた。
「つまりおまえはその能力を使って誰かを殺す為に、民間人を盾にしているって事か? 標的にその民間人を殺させて〝ルール〟をクリヤーし、標的を殺害していると? だったらその標的や民間人の選定基準は何だ? まさか――無差別に選んでいる訳じゃないだろうな?」
「………」
で、今度は私が僅かの間、沈黙した。
理由はその男口調とは裏腹に、彼女の声がやっぱり可愛かったから。アニメ声とはこの事かと、私はいま確かに震撼していた。
「んん? だとしたら?」
私はそれでも惚けながら、こう切り返す。彼女の答えは、実に率直だった。
「勿論――おまえをブチ殺す!」
いや、大した自信だ。どうやら彼女は、よほど自分の能力に信頼を寄せているらしい。それともただの強がりだろうかと首を傾げながら、私は笑顔を浮かべた。
「うん。なら私も楽なのだけど、残念ながらそういう訳でもないんだ。ちゃんと殺して良い人物かどうかは、私が選定させてもらっている。もちろん、私の独断と偏見で決めさせてもらってはいる訳だけどね。因みにその理屈で言うと、私が殺した人物は、この国でテロを起こそうとしていた工作員だね。で――〝盾〟の方は幼児虐待者で、今日二歳になる娘を死の寸前まで追い込んでいる」
「……な、に?」
息を呑む、彼女。その様子を無視して、私は肩をすくめる。
「詳しい話は君の気分を害する事になるだろうから、しないでおく。でも彼が酷い人間だったのは確かだよ。それはもう私の基準では、生きている価値が無いと思える程に。そう。私の目から見ると、生かしておく意味が無い人間って割と多いんだ。生かしておいても害しか生まない人間とか、余りに多すぎる。そういった人達の整理をする為にも、これは必要な事だったんだよ」
「なんだ、と?」
もう一度、彼女は息を呑む。
いや、直ぐに息を吐き出しながら、彼女はケモノの様に吼えた。
「けど――おまえがそんな事を決める権利なんてないだろう! 死刑囚はともかく、その人の罪はまだ確定した訳じゃない! まだやり直せる余地だってあるかもしれねえ! だっていうのにそう言った可能性を無視して、その人達を死に追いやるおまえは何様だっ?」
「んん? いえ、権利ならあるよ? だって私、その気になればこの国の人達を皆殺しに出来るもの。それって、この国を支配出来るって事だよね? 支配者なら、その被支配者達をどうあつかっても自由だと思わない?」
「……はっ?」
「実際、歴史がそれを証明しているよ。どこぞの国の皇帝はまだ反逆の疑いがあるという段階で、一つの町の市民を半数拷問したあげく虐殺した。どこぞの国の首脳は青年達を煽り、意のままに操って知識人達を迫害し、自国を大混乱に陥れた。どこぞの国では、独裁者が自身のエゴを貫き通す為に二百万もの自国民を殺戮している。どこぞの国の女王は、政治的な反対勢力を火あぶりにし、処刑し続けた。お蔭でその女王の死後、民衆はその死を祝ってその命日は祝日になった程だね。その彼等に――私も倣うべきかな? この国の平和を乱し、無理やり私が支配して、誰を殺すべきか皆で仲良く決める方が正しい? いえ、それに比べればいま私がしている事なんて可愛い物だよ。誰にとっても害にしかならない人間しか殺していない訳だし。それとも君はこの国ごと――全てが無くなる方が良いと思っている?」
私が微笑みながらそう断言すると、彼女は尚も食ってかかる。
「そ、そういう事を言っているんじゃねえ! 私はまだ罪が確定していねえ人をおまえの基準で死に追いやっている事にムカついているんだ! そ、それにおまえ、肝心な事をはぐらかしているだろうっ? 例えば――おまえが自殺した場合はどうなるかって事を!」
「だね。当然そう訊いてくると思った。その答えは――わからない。何せ試すにはリスクが高すぎるから。仮に私が死んだ後もこの呪いが続くなら、そのプランを実行した時点で目も当てられない状況になる。君はそんな危険な賭けを、私にしてみろと言っている?」
「つっ?」
彼女が言いよどむ中、私は更に続けた。
「そうだね。君はきっと正義の話をしたいのだろうけど万人が認める正義なんて無いんだよ。現に今の与党を野党が全肯定した事は殆ど無いでしょう? 彼等は常に自分達の存在価値を示す事に躍起になって、与党を認める事はしない。それこそ党利党略だと気付きながら、或いは国民に有益になりそうな法案も彼等は拒絶する。独裁国家でもそうだね。仮に独裁者が言う事が全肯定されていたとしても、それは独裁者が生きている間の事だから。その独裁者が死ねば、必ずその人物の生前の暴挙を批判する人間が現れる。いえ、それ以前に他国から見ればその独裁者は批判の対象でしかないのかもしれない。事ほど左様に、この星ではまだ万人が認める正義は無いんだよ。仮にどれほど善良な人間が居たとしても、それが真っ当な社会人なら叩けば埃は出る筈だよ。試に君が考えた絶対的正義という物を、ネットで公表してみるのも面白いかも。必ず、何らかの辛辣な反論が返ってくる筈だから」
私が自説を展開すると、彼女は眉をひそめてこう問うた。
「……だから、おまえは人を殺しても良いと?」
「うん――だから私は人を殺して良いんだよ。それもある意味、正義感の表れだから。そしてこの呪いを受けたのが君ではなくて良かったと心底思っている。もし君なら躊躇し続けて誰も殺せないままタイムリミットを迎えていた筈だから。そう言った意味では、この呪いは私にとっては天職だよ。不必要な人達に消えてもらえる機械を与えてもらった訳だから。これが不条理だと言うならそれはいま君が幸せだからだろうね。言っておくけど君は偶々平和なこの国で生まれただけだよ。君が何かを努力してそうなった訳じゃない。君が何かを努力しているからこの国が平和な訳じゃない。そう言った理屈にも気付かない人に非難されたくないなーって言ったら怒る? それとも、将来的にはこの国の平和を守る為に命を懸ける覚悟があるとか?」
「…………」
ま、不必要に人を殺そうとしないだけで、この国の平和に貢献していると言える。
しかし私はその事には触れず、自分の主張を口にする。
「でも、事実だよ。この国は多くの人達の努力によって平和が維持されているけど、よその国はそうじゃない。故国から脱出して、難民としてしか生きていけない人達が居る。生産性が低いが為に、今も餓死していく子供達が居る。内戦の為に不条理な殺戮にあい、家族を失っていく人達がいる。でも、その反面この国はとても平和だよね? だというのにその恵まれた環境にあって悪を為すならそれは余りに贅沢という物でしょう? 悪を為さなければ生きていけない訳でもないのに悪を為して生計立てるなら、それこそ本物の悪だよ。そしてこの国は悪に寛大だけど、決してその生き方を認めている訳じゃない。私はその基準を少し低くしただけ。私が許容できない人達に人柱になってもらい――この国を救う名誉を授与しているんだ」
この表現が気に食わなかったらしい彼女は、またも怒りの声を上げた。
「……名誉を、授与だと? けど――そう言う風にしか生きられなかった人達だっているだろうがっ? 生まれた環境や何かの不幸があって、そう生きるしかなかった人達も絶対に居る筈だ!」
「かもね。でも必ず一度か二度は、その生き方から抜け出すチャンスはあった筈だよ。そのチャンスを無視して今の生き方を選んだ時点で、とても文句なんて言えないと思う。きっと彼等も、心のどこかではそう思っている筈だよ。自ら望んで――悪として生きる。それだけが彼等にとって、唯一の矜持の筈だから。もし違うならそれは悪でさえない――悪より劣るただの怪物だよ。私はそんな人達を生かしてまで――この国を滅ぼす気はない。私としては以上だけど――まだ何か反論が?」
そう訊ねると、彼女は一度だけ俯いてから、鋭い瞳で私を見た。
「……つまりどうあっても死刑囚を拉致して、〝盾〟の役割を負わせる気は無いって事か?」
「ま、そういう事になるね。というより君、いま日本に居る死刑囚の数知っている? 確定済みで限定するなら大凡百十数人程なんだよ? つまり、半年ももたない人数しか居ないんだ。その全ての命を使い切った後――私は一体どうすればいいのかな?」
「…………」
もう一度微笑しながら訊いてみる。
彼女は歯ぎしりをしながら、何かを煩悶している様だった。
「……本当に、お前がその手順で人を殺さないと、この国は亡びるんだな?」
「そうだね。私の理屈は実に偏った物なのかもしれないけど、それだけは確かだよ。私が件の作業をやめたら――日本は滅亡する。それだけは『神』の手による呪いだから、間違いない」
やがてこの問答に飽きたのか、彼女は一つの結論を口にした。
「……わかった。ならこうしろ。これから先は――この私がおまえの〝盾〟になる! だからこれ以上罪が無い誰かを殺すのは止めやがれ……!」
「は、い?」
故に私は――思わず笑顔で首を傾げたのだ。
5
では、ここで私の相棒である――ミラウド・エッジの説明でもしておこう。
彼女は非常に優秀な女子だ。基本的な情報処理は勿論、ハッキングから二重スパイまでやってのける才女と言える。特筆すべき点は彼女だけが私の思い付きについて来られる事だろう。
実の所、私は実務と言う物が苦手だ。何かを推理したり、計画を立てたりするのは大得意なのだが、それを実行する行動力が無い。正確に言えば、大抵の事は途中で飽きてしまうのだ。
例えば、サッカーもディフェンスを全員抜いた時点でやる気が無くなる。
例えば、チェスも五手うって、その先が読めた時点でやる気が無くなる。
例えば、人探しをしていても居場所を特定した時点でやる気が無くなる。
以上の様に私と言う女は非常にずぼらで、欠陥だらけと言って良い。
幸いだったのは、その欠点を補って余りある相棒に恵まれた事だろう。ミラウド・エッジは非常に行動力があり、仕事熱心で、おまけに粘り強い。
前に十五時間程かけ自身の疑惑について弁明していた政治家が居たが彼女も同じ位タフだ。なにせ二十時間かけ、如何に私がアホか懇切丁寧に説明し続けた事があるのだから。お蔭で私は完全に洗脳されてしまい、今では自分はアホだと素直に認める日々を送っている。
なぜこんなアホな私をミラウドは見捨てないのかというと、それなりに理由がある。アレだけ仕事が出来るなら、再就職先は引く手数多だというのに彼女は今も私の相棒だ。
現にナリエスタも、私よりミラウドの噂を聞きつけこの仕事を依頼したと言って良い。私はおまけに過ぎず、ナリエスタが期待しているのはミラウドの手腕だ。事ほど左様に私にとってミラウド・エッジという女性は欠かせない存在と言えた。
そんな彼女が居てくれるからだろう。私がこうして、遊園地で遊びほうけていられるのは。現在私は某所にある有名テーマパークで、頭にネズミの耳をつけながら遊びまくっていた。
お化けが苦手なのにホラーハウスに入り、乗り物酔いするのにジェットコースターに乗る。高所恐怖症なのに観覧車に乗り、やっぱりこれって拷問器具だよねと再認識していた。
いや、本当に高い所が苦手な人は、観覧車にだけは乗らない方が良い。真剣に死の恐怖を味わう事になるから。
緩慢に高い所へと昇って行く様は、真綿で首を絞められるのと同義である。現に私は体をガタガタ震わせながら、両手で頭を抱え、歯を食いしばっていた。精神的にかなり追い詰められた状態に見えるが、それは誤解だ。
〝かなり〟では無く〝死ぬほど〟私は今追い詰められている。
なら観覧車なんて乗るなよと言う話なのだが――前述通り私はアホだ。人から止めろと言われる事ほどしたがる性癖の持ち主なのだ。
ミラウドからも〝貴女、絶対ダメ男に貢いで失敗する類の人ですよね〟と断言されている。幸か不幸か、未だに私は恋という物をした事が無いので、そういった事態に陥ってはいない。ただミラウドの言う事は大抵当るので、現時点である種の覚悟は決めた方が良さそうだ。
「~~そういえばぁ、あの純白の子はぁ、割といい線言っていたようなぁ~~?」
今も観覧車に乗っている私は、だから声が上ずっている。窓の外を見ないようにしながらもつい見てしまう私は、やはりアホだ。
部下がこんな私の姿を見たらどう思うか、ちょっと興味がある。けど、きっと上下関係に厳しいミラウドの事だから、彼女は全力で阻止する事だろう。
では、あの純白の子はどう思うか?
一見する限り――聖女にさえ見えたあの少女。
それだけの神々しさを孕んでいる――ある種の怪物。
私が考える限り、後者の印象の方が彼女の実像を表している様に思う。アレは清き衣を被り無害なふりをしているだけの――ケダモノだ。
自分の価値観に合わない存在は容赦なく弾圧し、命さえも奪い去る。ソコに人間的な感情が生じる余地は無く、機械的に彼女はその粛清を果たすだろう。
成る程。そう考えると、彼女は悪を徹底的に排除する天の使いと大差はない。そう言った意味では彼女もまた、真の意味で清すぎる存在なのだ。
そして清すぎる存在は、俗人と異なるが故に社会に適応できない。何時しか自分と周囲の違いに気付き、人の道から外れていく。
彼女が私の予想通りの性格だとしたら正しく彼女こそ私が思い描く標的像その物と言えた。
「ああ、そうか。だから私は彼女に惹かれている? この上なくダメな人だからこそ、ミラウドが言う通り、私の興味の対象になっていると?」
だとすると辻褄は合うのだが、これは如何にも自虐的な考え方だ。もし彼女が私の標的なら、私はどうあっても彼女を殺さなければならないのだから。これから殺す相手に恋などしても、余りに報われない。
そんな結論に達した時――マナーモードにしていた私の携帯が振動を伝えてきた。出てみればそれはやはりミラウドで、彼女は冷めた声でこう問うた。
『って、貴女、今どこに居るんです? まさかまた、仕事中に遊び歩いているんじゃないでしょうね?』
「まさか。私は今この国を知る為の努力に勤しんでいる所よ。この国の文化に触れ、この国の矜持に触れ、この国の考え方に触れ、この国に対する理解を深めているの。そこに何の疑問も挟む余地は無いわ」
『はぁ。因みに言っておきますけど、貴女が今いるテーマパークは某国にあるのが本家ですから。この国特有の文化では無いので、そこら辺は間違わないで』
「………」
そういえば、携帯のGPS機能をオンにしたままだった。早くも私が遊び歩いていた事がバレていた。幸いだったのはミラウドが私を咎めるより、仕事を優先した事だろう。
『ま、無駄口はここまでにして、例の話です。玉葱玉子ですが――実在しましたよ。いま写真と経歴を送信しました。間違いなく貴女が会ったとされる女性とは別人でしょうが、一応確認願います』
促された通り、写真を見て確認作業を行う。ミラウドの読み通り、その茶髪の少女は私が遭遇した彼女とはまるで別人だ。
「でも、全く無関係ではない。あの彼女と玉葱さんは、何らかの接点があると見て良いでしょう。更に言えば、あの少女は玉葱さんを囮にしようとしている。私達が玉葱さんに直接アプローチをかけた時点で、彼女も私が敵だと確信する事でしょうね」
『つまりその白い少女も、貴女の事を現時点で警戒しているという訳ですか? 玉葱玉子の素性を私達が調べると見越して、わざと彼女の名前を名乗った? その名前を不審がり、調べようとする人間が居るとしたら、貴女ぐらいだから?』
ミラウドの問いかけに、私はやはり真顔で首肯する。
「そういう事。要は、私が玉葱さんの家に部下を派遣した時点で、何らかの動きがあるって事ね。その動向によっては、私は今度こそ彼女を標的だと断定して良いと思う。その反面、玉葱さんを守る為に何らかの罠を張っている可能性が濃厚だわ。その辺りを考慮した上で、そのへんの問題をクリヤーできる部下を選別し、任務に当らせて。私も直ぐにホテルに戻るから」
『了解。お土産、一応期待しておいて上げますよ。貴女のセンスでは、やっぱり最悪な物を買ってきそうですが』
それだけ言い残して、電話は切れた。私は窓ガラスに映った自分の顔を眺めながら、観覧車が地上につくのを待つ。贅沢なのは、これだけ遊び歩いたというのに、その表情が真顔だった事だ。
その事に苦笑いさえしないまま――私はこの場に居もしない純白の少女を幻視した。
6
そして話は、三度一週間前の夜に戻る。暗い夜に身を置く私は、眉をひそめるしかない。
「というか、君、それは本気で言っている? 私の〝盾〟になるとか、とても正気とは思えないんだけど?」
実はこの子、自殺志願者? そう首を傾げていると、彼女は首を横に振る。
「私だって、死にたくはねえ。でもそんな話を聴いた以上、私も無関係じゃいられねえ。私なら何とかできるかもしれないのに、ソッポを向き続けるなんて、もう無理だ。要約すれば――おまえはいいから黙って私を使えって事だ!」
「………」
そこで私は一考し、ある可能性に行き着く。そっかーと納得し、私は後ろに組んでいた右手を前にだし、彼女に握手を求めた。
「オーケー。わかったよ。じゃあ早速、明日から君は私の〝盾〟という事で。でも、言っておくけど――死ぬのは痛いよ。それこそ――死ぬほど痛いよ。何だか知らないけど、私もそれだけは覚えているんだ。だから、覚悟しておいて」
「……それだけは覚えている? 何だ、それ? それだとおまえは、記憶を失っている様に聞こえるぜ?」
私の手を払いのけながら、彼女は眉をひそめる。私は苦笑いしながら、彼方を見た。
「いえ、様では無く、本当に私の記憶は一部失われているんだ。何か誰かと大喧嘩したのは覚えているんだけど、それが誰かは忘れている。その隙をつかれて件の呪いをかけられた様なんだけど、やっぱり詳しくは思い出せない。そうだね。こうなる前は、私はもっと別の役回りを演じていた筈なんだ。今とは全く違う、もっと崇高な任務にあたっていた気がする。ま、思い出せない以上、考えても仕方がない事なんだけど」
言いつつ、私は右手を三時の方角に突き出す。
結果、私の【オーラ】は巨大な剣と化し、今度こそナリエスタの監視者を絶命させていた。
「え? おまえ、今、何かしたか? ……何か、酷く、不吉な感じがする様な?」
「うん。君が私との握手を拒むものだから、頭にきて、ナリエスタの工作員を殺しちゃった」
「――つっ? ちょっと待て! ソレはマジで言っている――っ?」
けれど私は答えず、ただ微笑む。それから転身し、最後に一つだけ彼女に告げた。
「じゃあ明日は日曜日だし、朝の九時にまたこの場所で会おうか。もし本当に会えたなら、そのとき私の名前を教えるよ」
「……べ、別におまえの名前なんて興味がねえ! それより、さっきのは冗談だよな? 私の所為でヒトが死んだとか、嘘だろ……?」
けれど私はやはり無言でこの場を去り――漸くこの長い夜に決着をつけていた。
◇
で――果たして彼女は現れた。
キッパリした性格だと思っていたが、やはり約束の十分前には待ち合わせ場所にやってくる。それより五分は前にやって来ていた私を見て、彼女は眉を曇らせた。
「……げ。嘘だろ? まさかおまえの方が先に来ているなんて。私の見立てだと、私は今から二時間は待ちぼうけをくう予定だったのに」
「あははは。失礼だな、君は。私は人を待たせたりなんかしないよ。私を五分以上待たせた人は、みな死んでもらう事になるけど」
「――それって私も危険水準って事かっ? 私は今日おまえに殺されるのっ? てか、その勝手なルールの所為で、一体何人の人達が命を奪われたっ?」
躊躇なく私の襟首を掴んで、私の体を前後に揺する彼女。
冗談が通じない子だとは思っていたが、まさかここまでとは。
「いや、それはさておき本当に来たんだね、君。じゃあ、近くの喫茶店でお茶でもしばきながら、今後の打ち合わせでもしようか。因みに玉葱玉子ちゃんって子は、私を五時間待たせた事があるけど――まだ生きている」
「……何だ、その明らかに架空の人物的名称は? 明らかにその話の方が嘘だよな? おまえのつまらない冗談で〝五分以上〟って方が本当なんだろ……?」
どうも彼女は、私を殺人鬼か何かと勘違いしているらしい。ま、彼女が今日の朝刊を読んでいるなら、そう思われても仕方がない。
今日の朝刊の見出しには――こうある。
〝またも通り魔出現。外国人観光客二名と、日本人男性一名が殺害される。ただ外国人観光客には不法入国した形跡があり、警察の捜査が待たれる〟と。
要するに彼女は、私が工作員をもう一人殺している事を知っている筈なのだ。そう考えると私の他愛もない冗談を真に受けても仕方がないと言えた。
でも、違うよ。私は殺人鬼では無いから。必要最小限のヒトしか殺してないんだから。
〝いや、人はそれを殺人鬼と呼ぶのだ〟という謎の幻聴をスルーし、私は速やかに喫茶店へと向かった。
で、ちょっと遅めの朝食の時間である。私はパンケーキにお紅茶を頼み、彼女はサンドウィッチにコーヒーを注文する。私がやってきたパンケーキをお上品にナイフで切り分ける中、彼女は何故か首を傾げた。
「え? おまえ、マジでそのパンケーキとか食べる気か? 朝は路地裏で死肉を食らうんじゃないの? 人肉こそおまえにとって、最高のご馳走なんだろ?」
「………」
酷い偏見だった。酷すぎる思い込みだった。百歩譲って私が殺人鬼だとしても、タイプが違う。私は人を食べる系の殺人鬼ではないし、路地裏に潜む事もほぼ無い。というか、そのタイプの殺人鬼はレベルが高すぎて私の手には負えない。
「まさか。私はこれでも食生活に関しては、普通の女子高生のつもりだよ。パンケーキやタピオカドリンクを好む、今どきの若者に過ぎないんだ。インスタ映えする注文とかすると、それだけでテンションが上がるみたいなー?」
「………」
ギャルピースをしながら言い切ってみる。そのくせ携帯でパンケーキの写真をとりもしない私を、彼女は不審そうな目で見ていた。
何だろう? 年頃の女子が二人も居るというのに、ちっとも場が暖まらない。寧ろ時間の経過と共に、彼女の視線は冷ややかな物になっていく。
玉子ちゃんあたりなら、この辺で〝カラオケ行ってハジけようぜー、オマエ等ー!〟とか言い出しそうなのに。玉子ちゃんは、マイクを握ると人格が変わる性格だから。
具体的には服を脱ぎ始めて下着姿になり、狂った様に踊りながら三時間は一人で歌う。そんな彼女に比べれば、この私など如何に無個性な人間かわかるという物だ。
では、目の前の少女は一体どうなのだろう? 一見する限り、彼女はやはり見かけ上はお嬢様的な感じである。長い黒髪を背中に流し、切れ長な目はどこか品がある。服装も黒のロングスカートと白いワイシャツを着ていて、いかにも清潔そうだ。
現に彼女は、この店のウェートレスに対してはとても丁寧に応対している。〝どうもありがとうございます。何時もお仕事お疲れ様〟と笑顔で労い、その声色も穏やかだ。
要するに私に対してだけ態度が違うのだが、それも仕方がない事だろう。彼女の中ではどうも私は――殺人鬼の様だから。しかも――路地裏で人肉を食らう系の。
その殺人鬼である私が、なぜ彼女に全ての事情を打ち明けたのか? それは私が行っている行為に対しての正当性を認めさせる為。彼女に私の事情を納得してもらい、その上で昨晩の事は忘れてもらうつもりだった。
無論その足で彼女が警察署に駆け込む可能性もあったが、それ以上に思わぬ答えが返ってきた。彼女は今日――私の〝盾〟になると言うのだ。それは私が強制した事では決してなく、彼女自身が自発的に言い始めた事だった。
「そういえば」
「んん?」
と、私がお上品にお紅茶の香りなどを楽しんでいると、彼女が唐突に声を上げる。
「そういえば、今日会ったら名前を教えるとか言っていたよな? けど、人に名前を訊ねる前に自分が名乗れとも言うし。先に私の名前を教えておいてやるよ。私の名前は――芹亜・テアブル。今年高校二年生になる、十七歳だ」
「……せりあ・てあぶる、ですって?」
彼女の名を聴き、私は眉をひそめる。それを怪訝に思ったらしい彼女は、首を傾げた。
「それが何か? 言っておくけど本名だぞ。私はこれでも、ハーフなんだ」
いや、決してその点が引っかかった訳では無い。伊達に玉葱玉子や木島アビゲイルなる人物達と友人関係である私ではないのだ。世の中には変わった名前の人がいて然るべきだと、今の私は学習している。
では、私が彼女の何を危険視したのか? それは――彼女のセカンドネームだった。
私の情報源によると――どうやらテアブルという凄腕の傭兵が居るらしい。彼女に果たせなかった仕事は無く、彼女に狙われて助かったヒトも居ないとの事。
その所為でフワッとした噂しか無く、その全貌は未だに謎に包まれている。恐らく只の人間では無い筈だが、だからこそ私にとって彼女は最悪の存在と言えた。仮にナリエスタが彼女を雇えば――その時点で彼女は私の大敵になるのだから。
ならば先に彼女を雇って私の仲間にしてしまえという話だが、それは出来ない。何故なら、第一にお小遣いが足りな過ぎる。月に五千円しかお小遣いをもらえない私では、とても彼女を雇えまい。母にお小遣いを十万円に値上げするよう求めたが、ただ下段蹴りを食らっただけだった。
第二に、テアブルとやらは民間人を殺戮する仕事は請け負わない。そして私の仕事は、民間人を殺害させる事も含まれている。
これでも非道な人間を選んで殺害させているつもりだが、第三者はそう思うまい。今目の前にいる少女の様に、民間人を殺害すること自体を嫌悪する人間も居る。仮にテアブルもそう言った性格なら、私と手を組む事だけはしないだろう。そう言った意味では、テアブルこそ、私が今一番注意するべき人物だった。
ま、実際の所は、手合せしてみるまではわからないのだが。実は私の見当違いで、まるっきり弱いという可能性も大だ。風の噂では〝テアブルは只のアホだ〟という話もある位だし。
「というか君がそのテアブルとか言わないよね? 実は稼業が傭兵とか、そんなオチじゃない?」
「ん? 言っている事がよくわからないけど、私の家は傭兵なんて派遣していない筈だ。これでも私の親父は某企業の社長なんだけど、違法な物は取り扱って無い筈だから」
「ふーん。やっぱり見込み通り、君ってお偉いさんの御嬢様だったんだ。で、君、生き別れのお姉さんか妹さんは居ない?」
「やけに私の家の事にこだわるな? いや、居ない筈だけど、あの親父が余所で女でもつくっている可能性はあるかも。その人に子供が出来ているって事は、あり得るかな?」
「………」
そこで私は僅かなあいだ沈黙してから、質問を重ねる。
「因みに、そのお父さんの方が『異端者』? それとも君のお母さんの方が『異端者』なのかな? もしくはご両親ともに『異端者』とか?」
「はぁ? だから何なんだよ、さっきから? 『異端者』なのは母の方だけど、それが何か?」
それは中々肝が据わった父君である。『異端者』を妻にもちながら浮気をしているとしたら本当に殺されかねないのだから。
それだけの力の差が『異端者』と只の人間の間にはある。
つまり、話を纏めるとこうなる。
只の人間である彼女の父親が、只の人間と浮気しても『異端者』は恐らく生まれない。余程の偶然が起こらない限り、その両者の間に生まれてくるのは只の人間だろう。が、仮に彼の浮気相手が只の人間では無かったとしたら?
もし『異端者』ないし――『彼女』だとしたらどうだろう? 前者だとしたら最悪だが、後者だとしたらもっと最悪だ。
いや、私の悪い癖かもしれない。事あるごとに最悪のケースを想定するというのは。こんなに神経が細やかでは、とても路地裏食人系殺人鬼にはなれないだろう。なる気も無いが。
「ま、いいや。仮にそうなら、近い内に情報が入ってくるだろうし。で、名前の話だっけ? 私の名前、そんなに知りたい?」
ドヤ顔で、ギャルピースしながら訊いてみる。本当に今日の私は、ギャルピースを連発している。彼女の答えは、こうだった。彼女はこのとき初めて――私に笑顔を向けたのだ。
「えっと。マジでウザいから、コーヒーをぶっかけられるか名前を教えるか、どっちか早く選らんで?」
「………」
違っていた。私の期待する反応とはまるで異なっている。この私の一点の曇りも無いドヤ顔を以てしても、彼女の心の壁は崩せないというのか? ま、それはそうだよねーと納得しながら、私は偉そうに頬杖などをついてみる。
「私の名前は――鳥海愛奈。今年高校二年になる、十七歳だよ。キラ☆」
いや、最後の〝キラ☆〟が余計だったのか、彼女の視線は尚も鋭くなるばかりだ。
「そう言えば、何かの本で読んだことがあるよ。殺人鬼っていえば陰気なイメージだけど、実際はヤクをキメてるぐらい陽気だって。おまえもその口か?」
「いや、私、薬には興味無いから。これは断じて私の地だからその辺は勘違いしてほしく無いなー。だいたい私、依存性がある物とか嫌いなんだよ。依存性がある物とか必ずエスカレートしていくでしょ? タバコで満足できなくなった人は、薬にはしる。ただの薬で我慢できなくなった人は、その上をいく薬を求める。ただのセックスで満たされなくなった人は、更にハードなプレイに勤しむ。ギャンブルで多額のお金を手にした人は、更に多額のお金を手に入れようと躍起になる。お金を持っている人ほどそう言った方向に行きがちな気がするよ。勿論これは偏見なんだけど、社会的地位が高い人ほどその傾向が顕著な気がする。何しろさっきも言った通り、お金があるからね。どこぞの高級SMクラブの会員になっていたり、長期に渡り薬のお世話になっていたり。人は常人以上の何かを求める物だからお金を使って並はずれた世界に足を踏み入れかねない。お金があると言うのは便利だけど、常にそう言った誘惑と戦い続けなければならないんだ。お金は人に万能感を与える物だから、それも仕方がない事なんだけど。でも私は貧乏だからそう言った世界に踏み入れたくない。タバコも薬も度が過ぎたセックスもギャンブルも必要ない。それ等は人生を狂わせるだけで、きっと後悔しか生まない物だから」
「………」
私がそこまで口にすると、彼女は唖然とした様だった。
「……というか、タバコと薬を同一視するな。絶対タバコ業界の人達から非難されるぞ。あ、あと何だよ、度が過ぎたセックスって? 意味がわからねえよ、本当……」
「なに? なに? 興味がある? だろうね。君も年頃の女の子だし。男子の口から聞いたらただドン引きするだけだろうけど、同性である女子なら話は別か。世間話みたいなノリで、その辺りの話とか私から聞き出したい訳だね?」
「――だ、だから違うってのっ! 私は一切そんな話とか聞く気ねえから勘違いしてんじゃねえよっ!」
「まー、そう言わず聞いておくれよ。私が見た中で一番ハードだったのは、アレだね」
「だから――聞く気はねえっていっているだろうがっ! 大体見たって何だよっ? まさかおまえ未成年のクセにエロいDVDでも買ったっ?」
が、私はニヤニヤ笑いながら首を横に振る。
「いえ、そうでは無く。単に標的の身辺調査をしている時、偶然見かけただけ。こう天井の裏に忍び込んで寝室を覗き見して、そのとき標的夫婦がこう濃密なセックスを始めちゃって。あの時は、私も笑いを堪えるので精一杯だったなー」
「それは人としてやっちゃいけないことだろっ! そっと耳を塞ぎ、目を逸らすのが人としてのマナーだろうっ! 後、人様のエッチを見てなに笑っているんだよ、お前っ?」
「いや、だってあの二人、アレなんだよ?」
「だから詳しい説明をしようとするな――っ! てか、まさかその二人もおまえ、殺したんじゃないだろうなっ?」
彼女がそう問いかけると、私は明後日の方向をみて口笛を吹いていた。
彼女はその様を見て、察する物があったらしい。
「……そっか。おまえって、マジもんの殺人鬼なんだな」
「いや、一人だけだよ? 私が標的に殺させたのは、旦那さんの方だけだから」
「言い訳になってねえよ! そんな事さえわからねえから、おまえは殺人鬼だって言うんだ!」
どうでもいいが、私の周辺ではいまセックスや殺人鬼という言葉が飛び交っていた。それは世間様からするときっとNGワードに違いない。このままでは警察に通報されかねないかも。そう危惧を抱きながらも、私は最後の無駄口に勤しむ。
「後、君、別に無理して男言葉とか使わなくていいから。それ、どっかの少年漫画の男キャラを真似した物でしょう? 私に対して強気でいようとするその心構えは買うけど、まるで意味をなしていない。寧ろ微笑ましくて笑いがこみあげてくる位だから、その辺にしておくべきだと思う」
「…………」
私が真顔で提案すると、彼女は眼を広げた後、視線を逸らす。
「なら、そっちこそ、私の事〝君〟とか呼ばないで、ちゃんと名前で呼んで」
「んん? 君、本当に一々反応が可愛いね?」
意図がわからない要求を聴き、私は素直に思った事を口にする。
何故か彼女は、赤面した様だった。
「……うるさいわね。その言い草、世間的に見たら立派なセクハラよ」
「かもね。私の悪い癖だよ。偶にぽろっと不適切な本音がでる。じゃあ――芹亜。そろそろ本題に入りたいんだけど、良いかな?」
「って、何イキナリ名前を呼び捨てにしているのよ、あなたっ……?」
「ん? 別に構わないでしょう。芹亜はもう私の相棒なんだから。で、話の続きだけどまず私が殺しているヒト達についてね。昨夜も少し話したけど、彼等はある国から派遣されている工作員なんだ。主な任務はテロの計画と実行。で、そのある国と言うのがナリエスタ連邦だね」
私がそこまで説明すると――芹亜もスイッチが切り替わった様に真顔になる。
「――ナリエスタ連邦。近年某大陸を統一した――独裁国家ね。たった数ヶ月で経済的に躍進を遂げたかの国は、その国力を武器にして暴挙に出た。アジア各国に宣戦布告をして、ケンカを安値で叩き売りしている。尤も、今の所軍事的な動きは見られないという事だけど。それ以上にわからないのが、ナリエスタの意図ね。何故って、様々な思惑があって意見が一致しない各国だけど共通の外敵ができれば話は別だから。その脅威が現実的な物になれば、何らかの軍事協定が結ばれる筈だわ」
「だね。今や植民地争いは過去の物で、今は各々の国も大国から独立を果たしている。それと逆行する様な真似をしても各国から非難を浴びるだけで、得る物は少ない。日本なんて特にそうだよ。資源が少ないこの国は、他国に資源を求めるしかない代りに狙われにくい。大抵の侵略は資源目当てで行われるから、日本を攻め落としてもメリットは少ないだろうね。あるとすれば海底に眠るメタンハイドレートだけど、それも実用化の目処はまだ立っていない。なら、やっぱり今の段階で日本に武力行使しても、主要国から袋叩きにされるだけ。散々非難された挙げ句、連合軍が結成され、軍事介入されるのがオチかな? そうだとわかっている筈なのに、一体ナリエスタ連邦は何を考えているんだろう?」
「………」
と、何故か芹亜が胡散臭い物を見る様な目で、私を見てくる。
その意味がわからないふりをしていると、彼女は話の核心に迫った。
「でも、ナリエスタは武力行使をしない代わりに、テロは起こそうとしていると? あなたが殺して回っているのは、その工作員だと言うのね? でも、やっぱり解せないわ。そんな新聞にも載っていない様な事を、なぜあなたは知っているの?」
「んん? そうだね。それは私にも、一寸したパイプがあるからだよ。そのお蔭でナリエスタに関しては、何とか情報を得る事が出来ているんだ」
「ただの一般人にしか見えないあなたに、パイプ? いえ、それ以前に、あなた一体何者よ? 記憶が無いって事だったけど、そこら辺もわからない訳?」
というか、何か急に知的になったな、この子? 男言葉を止めただけで、これとは。やはり女子から見ると、男子と言うのはバカっぽいのだろうか?
「どうだろう? そのあたりは私も曖昧なので、明言は出来ないかな。寧ろ話がややこしくなるだけだから、今は控えたいと思うんだ。それよりナリエスタの動きについてなんだけど、どうもかの国の狙いは日本の首都機能をマヒさせる事にあるらしいんだよ。つまり、私のおひざ元でテロを起こす気満々って事だね。ナリエスタの工作員がこの近辺に集中しているのも、その為かな。彼等も今の所、地方でテロを起こす気は無いみたい。これは私にとっては実に都合が良い事なんだけど、問題は今日の〝盾〟について。私は今日その〝盾〟について一切選定しないつもりだけど――そういう事で良いんだよね?」
芹亜・テアブルの答えは、実に簡潔だった。
「ええ。私は今――その為だけにここに居るのだから」
まるで自分に言い聞かせる様に――彼女はそう告げた。
◇
それから食事を終えた私達は、喫茶店を出る。さりげなく芹亜に領収書を押し付けようとしたのだが、普通に〝お会計は別だから〟と言われてしまった。恐らく私より経済力が高い筈なのにしっかりしているなとイジけていると、彼女は嘆息する。
「……というか、あなたの呪いって考えれば考えるほど悪質な構造よね。誰かに誰かを殺させない限り、条件をクリヤー出来ないんだから。正直言って無抵抗な人間を誰かに殺させる事ほど、醜悪な行為はほかに無いと思う」
「え? そうかなー? 私にしてみれば大義名分が出来て、願ったり叶ったりなんだけど」
「……そうだった。あなたはそういう人だったわ。……ねえ、あなたから見ると、人間ってそんなに酷い生き物? 顔色一つ変えず、喜々として犠牲に出来る位に?」
芹亜の問いに、私は一考する。人間が――酷い生き物か否か? そう問われてしまうと、答えは決まっていた。
「そうだね。仮に私が引きこもりで、ワイドショーでしか人間を知る機会が無かったらそう思ったかも。なにせ連日の様に、人間の暗部ばかりを話題にあげているから。あおり運転やイタズラ動画。無抵抗な人間に対する暴行やパワハラにセクハラ。人を自殺に追い込む程の虐めや子供に対する虐待。政権与党における不正や、大量殺人。そう言った話題ばかり聞くと、本当に人間と言うのは救い様がない生き物に思えるよ」
彼女の貌は見ず、ただ中空だけを眺めて私は語る。それを見て、芹亜は眉間に皺を寄せた様だった。彼女が何か口を挟もうとした時、私はその続きを口にする。
「でも、私はそれがほんの一部の人が起こした事だと知っている。この国の大部分の人達は善良で、どれだけ不幸な目にあっても自制する強さがあると知っている。例え大量殺人の被害にあおうと、災害で家族や家を失おうと、理性的に行動するのがあの人達なんだ。決して暴動なんて起こさずやり切れない思いを抱えながら、それでも社会に全てを委ねる。耐え難い気持ちと共にこれから一生を送っていくと言うのに、誰も傷つけようとはしない。それがこの国の大部分の人達で――だからそんな彼等だからこそ私は守りたいと思えた。私は人間の歴史は嫌いだけど、今のこの国はそれほど悪くは無いと思っている。あの地獄の様な時代を乗り越え――漸くここまで来たんだなってそう感じているんだ」
そう。人の歴史は凄惨だ。話し始めたら、それこそキリが無い程に。中世期には数十万規模の人間が戦争で死に、近代戦争では数千万人もの人間が死んだ。それは紛れも無い地獄で、人類史においてはこの上ない暗部と言って良い。一体あの時代の誰が、こんな平和な世界になると思っていた事だろう? 未だに様々な問題はあるが、この世の人間の営みは確実に変わっている。多くの過ちを繰り返しながらもそれ等を教訓にし、人は確実に前進している。
なら、どうしてこの国のこの時代を愛する事が出来ないと言うのか? 過去の地獄を知る私は、今と言う平和をただ尊ぶ事しか出来なかった。
けど、その後に生じた言動は、芹亜を閉口させるだけの物に過ぎない。
「でも、だからこそ私はその祈りを、その願いを汚す人間が許せない。弱者を食い物にし今を謳歌する人間を嫌っている。自分の悪辣さに気付かないふりをして、平然と今を生きる人間を蔑視するしかない。例えどんな理由があろうと、誰かを傷付ける事は間違っているんだよ。自分の不幸を必死に受け止め様としている人が一人でもいる限り、私はそう言い続ける。その非道は今を耐え続ける人の想いを嘲笑う行為だから、私は彼等の非道を決して認めない。でも私の能力にも限界はあるんだ。私が世界平和をユメ見れば、それはきっと地獄の様な過程を得て成し遂げられる事になる。私はその事を、恐らく本能的に知っている。だから私はこの国だけを守る事にした。その為なら、この国以外の全てを切り捨てると決めた。これはその為の殺戮であり、その為だけの非道なんだ。私が喜々として人殺しをしているのだとしたら、きっと誰かを守れるからなんだと思う。けど、たぶん私は最初の一人を犠牲にした時点で、自分が蔑視している人間と同じになった。私は既に自分が最も嫌っている人間と変わらない存在なんだ。例えどんなに残酷な人間だろうと、無抵抗な人間を殺させると言うのはそういう事。例え『神』が認めようとも、決して正当化してはいけない事なんだ。なら、それを普通に行える私とは何者なのか? 何の躊躇も無くその非道をなせる私は、一体何? そんなのは決まっているよね。ほかの誰でも無い、この私こそが史上最低の悪なんだよ。私は私の役割に陶酔した時点で、必要悪ですらなくなった絶対悪と化したんだ。そう。君の言う通りだよ、芹亜。私は只の殺人鬼で、その役割を望んで行っている。自分の価値観に合わない人間を差別し、殺す事を快楽にしている。そう言った自覚は全く無いけど――きっとそれが私の正体なんだ」
「………」
普段通り微笑みながら、私は遠くを見つめる。その声色は話の内容とは裏腹に、余りに軽すぎる物だった。
この告白を受け、芹亜は立ち止まる。見れば彼女はまるで痛ましい物を見る様な目で、私を見ていた。いや、彼女はもしかして、今、泣いている……?
「……そう。なら、確かになおさらタチが悪いわ。自分が悪であるとわかっているのに、その非道を楽し気に続けているのだから。自分の罪を一切顧みないのだから、あなたが言う通り――あなたは最低最悪の人間よ」
それが、芹亜・テアブルの結論だ。
なら私は納得するしかなく――やはり笑みを浮かべながら彼方を見た。
◇
そして、夜が来た。私達は何だかんだ雑談を交わした末に、その時を迎える。私と芹亜は今ビルの屋上に居て、標的が人気のない場所に移動するのを待っていた。
その最中、芹亜は思い出した様に質問する。
「と、一応訊いておくけど、あなた、件の能力を発動させるには標的に接触する必要があるのよね? それってつまり、あなたにそれなりの力量が無ければ、成し得ないって事でしょう? 今まで何回コレを繰り返したかは知らないけど――本当に標的に勝てる自信はあるの?」
「んん? 中々笑える事を訊くね、芹亜は。私にそんな自信があると思う? 言っちゃなんだけど、私は何時だってその場しのぎでこの作業を行っているんだよ?」
「………」
あ。芹亜さんが、私の事を睥睨している。もっと言えば、或いはこの国は今日で終わりかみたいな視線だ、これは。その期待に応える様に、私は尚も追いうちをかける。
「実際、標的が人気のない道を行かないと襲撃できない訳だから、大抵は夜になるね。もっと言えば、午前零時スレスレだった事も、一度や二度じゃない。平たく言えば、今までこの国が亡びなかったのは、私の行いが良かったお蔭だと言えるかも。私の善行が幸運を招いて、この国の窮地を脱していたんだよー」
私が得意気に語ると、芹亜はよけい呆れた。
「……あ、そ。要するに、今までは行き当たりばったりでやってきたって事ね。なら、今回は少し計画的に動いて。まず、監視者に気付かれない様に監視者を倒す。そのあと私も被るからあなたもこのお面を被って、標的を倒してもらえる? 但し標的を倒すのは、午後十一時五十五分になってから。またあなたの負担が大きくなる様だけど、それだけは厳守して」
芹亜が鞄から取り出したお面を投げてくる。それはホラー映画に出てくるゾンビの仮面だった。私がこれを被ってスーツ姿の標的と戦うというのは、かなりシュールな光景に違いない。
「わかったよ。その線で行こう。因みに監視者は、やっぱり殺してはいけないんだよね?」
「ええ。あなたもその方が良いんでしょう? この時点で監視者を殺せば、標的が私を殺しても全てはふいになる。恐らくあなたより多くの人間を殺した事にはならないから、件の条件は満たされないわ。だからあなたもわかっている通り、この時点での殺人は厳禁よ」
芹亜の言い分は、正しい。
私も以上の理由から、昨日も監視者の意識を奪っただけなのだから。尤も、能力を使い標的を殺した後は、けっきょく監視者にも死んでもらった訳だが。
一々説明するまでも無く、私の事情を看破した芹亜に感心しつつ、私は彼女に問うていた。
「じゃあ、最後に訊いておこうかな。君は――祖国の為に殺人を犯すのは正しいと思う?」
芹亜の答えは、実に曖昧だ。
「ええ。その答えは――これからこの身を以て示す事にするわ」
かくして私達の血塗られた戦いは――いま幕を開けたのだ。
◇
まず私は、既に居場所を特定していた監視者の背後に回り込む。なぜ監視者の位置を特定できたかと言えば、私が〝ジェノサイドブレイカー〟だから。〝ジェノサイドブレイカー〟は一度視認した『異端者』がどこにいるか知る事が出来るのだ。射程距離があり、地下に逃げ込まれると探知できないが、この位置関係なら問題ない。因みに私がどこで監視者を視認したかと言うと、とうぜん某国際空港だった。
私は即座に監視者が潜むビルの屋上に赴き【オーラ】を金槌に変え彼女の頭部を殴打する。ほかに敵の気配が無いか探ったあと芹亜のもとに戻り、彼女と共に標的の前に立っていた。
「へえ? もしかしてあなたが噂の殺し屋さん? 最近私達の仲間を殺して回っているらしいけど、今日は私が標的なんだ?」
絶対的な余裕と共に、二十代前半の女性が微笑む。それを前に、ゾンビのお面を被る芹亜は固唾を呑みながらも、緊張を押し殺そうとする。私はと言えば、正体がバレても困るので、さっさと無言で標的目がけて駆け出していた。無論、私の右腕は芹亜の腰を抱いている。
その直後、私は躊躇なく芹亜を標的目がけて投げつけ、標的はそれを事もなく躱す。
が、その時には既に私は芹亜に追いついていて、彼女の躰を左腕で受け止めていた。
(く! 速い!)
と、私の動きを見て、標的はそう思った筈。現に、私が標的目がけて拳の弾幕を浴びせると標的は防御一辺倒になる。
いや、恐らく彼女は私の〝ルール〟を知っている。新聞の情報から、まず私が一般人を工作員に殺させていると推理した筈。彼女はこうまで防御に徹するのは、恐らくその為。私の〝ルール〟を満たさせない最大の手段は、私に手を出さない事だから。
だが、かといって、私の攻撃を受け続ければ標的も消耗していくだけ。何れ反撃が不可能になるまで、追い詰められる事だろう。それを避ける為にも、彼女には何らかの策があるに違いない。
一番困るのは大声を出して助けを呼ばれる事だが、多分それはない。彼女はこの国に不法滞在している身で、だから警察の御厄介にはなりたくない筈。なによりこれは私と言う邪魔者を始末する絶好の機会だ。最近になって突如現れた私という謎の存在を、彼女達も消したがっているに違いない。
ならば、今の彼女に出来る事は一つだけ。私が〝ルール〟を満たす前に――私だけを抹殺する。その為の能力を、彼女はいま発動していた。
(そう――コレはあなたでは絶対に躱せない)
彼女の表情から、私はそう読み取る。事実――その一撃は正に破格だった。
何せ――いま私が放っていた全ての攻撃力とその速度をプラスした拳だったのだから。
『+』と言う名の能力は、私自身の全攻撃を跳ね返す形で、私に迫る。
ならば、確かに私がこの一撃を躱す事など出来まい。
何故って、私の今まで放ってきた運動速度と攻撃力をプラスした業なのだ。その速度だけでも、軽く私の運動能力を凌駕する。
この物理法則は絶対の物で、何人たりとも覆す事は出来ない。
そう。
本当にその筈だった。
(な、はっ?)
けれど私はある能力を使いその定石を覆し、彼女以上の速度を以て芹亜・テアブルを盾にする。私の頭蓋を砕く筈だった彼女の拳は――事もなく芹亜・テアブルの心臓を貫通する。
「がぁ、はぁッ!」
鼓膜に響くのは、芹亜の断末魔。そのとき私の脳裏には、たった一度だけ見せた芹亜の笑顔が過っていた。私の手から誰かの命を守る為に、命を投げ出した芹亜。本当にお人好しな、バカな少女。
心からそう思いながら、私は歯を食いしばる。その余りに潔い愚かしさに、私はたぶん怒りさえ覚えていたから。ああ、こういうニンゲンも居るのかと、私は半ば唖然としていた。
けれど、それも一瞬の事。
次の瞬間には、私が標的である彼女に触れる。その時点で――全ては決していた。
「あ、うぅっ?」
彼女はその瞬間卒倒し、私の能力を以て命を奪われる。
ここに勝敗は決し――私は芹亜・テアブルを犠牲にする事で自身の目的を果たしたのだ。
◇
そして、全ては終わった。
私は、生かしておいても意味が無いと思える人間の代りに死んだ少女の遺体を見つめる。この無残な結果に、溜息さえ出ない。
時間はやがて零時を過ぎ、それでも賑わいを見せる遠くの繁華街を確認して私は安堵する。それから更に五分を過ぎた頃、その異常は発生した。
「ん、ん、はっ!」
あろう事か芹亜・テアブルの傷が塞がり、彼女は仮面を取りながら上半身を起こす。それと同時に、標的だった女性も立ち上がっていた。
が、標的の後ろに回り込んでいた私は、彼女が現状確認をする前に首を殴打して、気を失わせる。この尋常ならざる状況を見て、私は思わず苦笑いした。
「やっぱりそうだったんだね。君の――芹亜・テアブルの能力は『蘇生』だったんだ?」
仮面を取りながら私が確認すると、芹亜は頷く。
「……ええ。端的に言うと――私は六時間に一度なら死んでも生き返れるの。例えどんな死に方をしても、それは変わらない。でもだからこそ――私はあなたの〝盾〟に相応しかった」
芹亜の立場からすれば、そうなのかもしれない。いや、それこそが彼女の目的だった。
つまりはこういう事だ。まず彼女が午前零時までに標的に殺され、私がその事実を以て標的を殺害する。そうする事で私は〝ルール〟を満たすから、零時を過ぎようともこの国は亡びずにすむ。だが、零時を過ぎた所で芹亜が生き返ったらどうなるか?
彼女が死亡していたから標的も命を奪われたので、芹亜が蘇生した時点で標的も復活する。いま私が確認した通り、芹亜が蘇ったと同時に標的も生き返った様に。
「要するに、君はそうなる事を見越して自分を〝盾〟に据えた訳だね? もう誰も私に殺させない為に」
芹亜は口から垂れた血を拭いながら、首肯する。
「そういう事よ。あなたの〝ルール〟は一日に自分より多くの人間を殺した人物を殺し続けるという物。その状況を確かにする為、あなたは〝盾〟を標的に殺させる必要に迫られた。仮に標的がその日だれも殺さなければ、あなたの〝ルール〟は満たせないから。でもその一方であなたのもう一つの〝ルール〟は『一日に一人この能力を使って誰かを殺さない、とこの国の人間は全滅する』という物でしょう? ならその日一日が終わる時まで、標的と〝盾〟が死んでいればその条件は満たした事になる。零時を過ぎさえすれば例え私が蘇生して標的が復活しても〝ルール〟違反にはならない。だって私は確かに絶命して、あなたは標的を殺害したんだもの。その後の事、例えば〝零時以降その死体を火葬せよ〟みたいな〝ルール〟が無い以上、私達が生き返ろうと問題は無いでしょ? 現に私達が生き返っても、この国は亡びたりしていないもの」
「………」
……成る程。徹底している。そこまでして私に誰かを殺させたくない訳か、この子は。
ならば、次に芹亜は間違いなくこう要求してくるだろう。
「と言う訳で、標的も監視者も殺すのは無しね。その二人は近くの交番送りにして、それで手を打って」
だったら、私もこう答えるほかない。
「わかったよ。『異端者』がお巡りさんをやっている交番が近くにある。この二人は其処に置き去りにして、身元を徹底調査してもらおう。恐らくそれで、彼女等がナリエスタの工作員である事も発覚する筈。最低でも、国外退去処分は確実だね」
さっそくビルの屋上で気絶している監視者をここに運んでくる為、私は転身する。
その後ろ姿を見て、何やら芹亜は声を上げた。
「……って、随分アッサリ私の主張を認めるのね? あなたの事だから例え〝ルール〟を満たしていても、彼女達は殺したがると思ったのに」
「いえ、私だってそこまで酷薄じゃないよ。条件を満たしたなら、無駄な殺生をする必要も無い。何より今回の件で一番活躍したのは――芹亜だもの。君はこの件で命まで懸けたんだから――その主張を無視する訳にはいかないでしょ?」
「…………」
芹亜が、息を呑む気配が伝わってくる。
それを確認する様に私が振り向くと、彼女は何故か目を怒らせた。
「というか――あなた、なに私のこと物扱いしているのよ! 標的目がけて投げ捨てるとか私本当に怖かったんだから! ホントに死ぬかと思っただから、そういう事も今度からちゃんと考慮しなさいよ!」
「あー、それは無理かな。戦闘状態になったら何が起こるかわからないのが、戦いという物だから。でも、そうだね」
私はもう一度彼女に歩み寄り――今も地面に座っている芹亜の頭を撫でていた。
「本当に、芹亜は良くやってくれたよ。それこそ頭に来るくらい。だから君は――胸を張って良いんだ」
「――なっ?」
そう驚いた後――彼女は一筋だけ瞳から滴を零した様だった。
よほど怖かったのかと思い、私が苦笑いをすると、彼女はむくれた様にソッポを向く。
「……うるさいわね。いいからあなたは、さっさと仕事を済ませてきなさいよ。それが済んだら私は一度帰らせてもらうわ。……というか、今日もこの作業を行わなければならないんでしょ? なら連絡できる様に、携帯の番号とメアドくらい交換しておかないと」
「だね。それと、今日はもう一つ厄介な仕事があるんだ。実はある町に行って、その町長達に会わなくちゃいけなくてね。できれば君にも、同席して欲しいんだよ」
「は、い? ……何だか唐突な話ね? で、その町長って誰よ?」
芹亜の問いに、私は微笑みながら答えた。
「うん。単に鹿摩帝寧や鹿摩詠吏に橋間言予に会いに行くだから、それほど緊張する必要はないよー」
「……て、帝寧皇に、詠吏皇に、言予皇ですってっ? 一体何をしにっ? って、あなた本当に正気っ?」
そう驚愕しながら――芹亜・テアブルは最後まで私を罵倒し続けたのだ。
◇
そして日が昇り、月曜日の朝はやってきた。
休日である昨日と違い、今日は学校がある。多忙である筈の私は、そのため学校に登校して勉学に励まなくてはならない。これ以上学校をさぼると、私は本当にお小遣いが貰えなくなるから。
別に朝が弱い訳でもない私は普通に起床し、何時もの服に着替え、学校に向かう。教室についた後は、玉子ちゃん達と他愛の無い話で盛り上がる。その後授業が始まって、私は普通に授業に集中していた。
母曰く、私は急に髪が白くなったらしいのだが、その直後から頭が悪くなったそうだ。
いや、正確には何故か勉強をしたがらなくなったらしいのだが、今の私は勤勉家である。
それもその筈で、いい加減母がブチ切れたから。数学で零点をとった時点で母は私のお小遣いの供給を停止し、貯金を一時凍結した。それだけでは無く貯金箱さえ差し押さえられ私は無一文になる。
そうなると学校がバイトを禁止している女子高生など無力な物だ。活動資金を断たれた私はどこぞの帝国と同じ道を選ぶか、その逆の道を選択するほかなかった。私と母、どちらか死ぬまで徹底抗戦するか、学生の本分を果たすか、その二つに一つを選ぶほかない。
で、母を殺しても状況は全く良くならないと気付いた私は、後者を選ぶ事になる。母が死ねば私に生命保険がおりるならいいが、あの母がそんな真似などしている筈も無い。そう言った理由から私は母の軍門に下り、こうして真面目に勉強しているという訳だ。
いや、既に私は犯罪者なので、金銭的な犯罪に手を染める事も考えた。銀行強盗や貴金属店の襲撃に富豪の誘拐など、様々な悪事を目論んだ物だ。
特に妙案だったのは、違法カジノ店の奇襲である。
違法カジノ店なら、例え金品を強奪されても警察には被害届を出せない。出せばその時点で自分達の悪事も明るみになる。その代り裏社会の人達を敵に回す事になるが、それこそ私にとっては渡りに船だ。その中に民間人を苦しめる人間がいれば、〝盾〟には事欠かなくなる。
これぞ正に一石二鳥だとほくそ笑んだ物だが、今の所私はこの計画を実行していない。理由は簡単で、奪取してきたお金を保管する場所が無いからだ。
母は平気で私の部屋に入って、掃除を始めるタイプの人間である。そのとき件のお金を発見でもされたら、もう笑いが止まらない。金庫に保管して海の底に沈める手も考えたが、絶対的に安全とは言えないだろう。誰かに発見でもされたら、それこそ私の苦労は水の泡と化す。
一介の女子高生に隠し口座などつくれる筈も無く、やはりお金の保管場所がネックとなる。そんな訳で私は月五千円のお小遣いで生活するほかなく、実に学生らしい毎日を送っていた。
そんな時、ふと思った。あの芹亜・テアブルという少女はどうなのだろうかと。一体どれくらいお小遣いをもらっているのか、かなり気になる。社長令嬢だという話だし、これはかなりの額のお小遣いを支給されているのでは? 五千五百円、いや、六千円くらい本当に貰っているのではないか?
そう考えると実に羨ましい限りなのだが、現状では芹亜にタカる事は考えていない。あの容赦なくしっかりした芹亜の事だから、然るべき所に訴えかねないからだ。
逆に彼女の方が私を強請ってくる可能性さえある。実は今までの会話を携帯に録音していたとしたら、私はかなり危うい立場に追いやられる。それは困るので、私はやはり月五千円生活を満喫するほかない。
「成る程。そう考えると、私もやっぱり普通の女子高生って事かな」
世の中、腕力ばかりが全てでは無いという事だ。この国の社会で生きていくには、それなりの常識を身に着けなくてはならない。学校とはその予行練習をする場で、子供にとってはそれなりに必要不可欠と言えた。おまえが言うなと言われそうだが、少なくとも私はそう認識している。
そこで私は、思わず目を細める。理由はやっぱり――芹亜に関して。
彼女は〝この作業を今日もする〟と言った。
つまり、彼女は今日も標的に殺される気なのだ。それどころか私が件の呪いにかかっている限り、彼女は毎日の様に殺されなければならない。
毎日の様に心臓を貫かれ、頭蓋を砕かれて、内臓を破壊される。彼女はそんな役回りを、自ら努めると言った。
でも、それは人にとって――地獄と言うべき物では無いのか?
痛くない筈が無い。辛くない筈が無い。苦しくない筈が無い。怖くない筈が無い。
現に彼女は全てが終わってから弱音を吐露し、涙まで流していた。
あの気丈な芹亜が、人に、いや、よりにもよってこの私に弱みを見せたのだ。それは余程の事でもない限り、ありえない話だった。
非道な私でさえそう思うのだから、常人ならそれ以上の事を考えるだろう。芹亜を説得して手をひかせるか、彼女の前から姿を消す。普通なら、そう考えて然るべきだ。
だって、彼女は何も悪い事をしていない。罰せられる事をした訳でも無ければ、何かを贖わなければならない訳でもない。私と違って真っ当な彼女が、これ以上傷つく意味など微塵も無いだろう。
「なら、やっぱり、手をひかせるべきかな?」
私は――歪な自分に問いかける。非道な人間なら何をしても許されると思っている、歪なこの自分に自問する。いや、だからこそ私はこの矛盾にひっかかりを覚えていた。
そう。これは殺すべき人間を守る為に――生かすべき人間を殺し続けなければならないという矛盾だ。
私は芹亜の様な人間を守りたくて、こんな真似を始めた。芹亜の様なお人好しが報われる世界が続く様に、切り離すべき物は切り離してきたのだ。なのに、今更私は自分が守りたい物を犠牲にしてこの国を守ると言うのか――?
「いえ、驚いたよ。私にも、こんな真っ当な価値観が残っていたなんて」
こんな私にも――死なせたくないニンゲンがまだ居る。
こんな私にも――幸せになってもらいたいニンゲンがまだ居る。
そう実感する反面、私はもう一つ、気にかかる事があった。
それは昨日流していた、芹亜の涙の訳。私は素直に彼女が怖かったからだと思ったが、どうもそれだけでは無い気がする。あの涙の理由は、ほかにもある気がするのだ。
或いは、それこそが芹亜・テアブルがこんな役回りを買って出た訳なのではないか? 死に直結した痛みをも押しのけ、彼女が他人を守ろうとしている理由なのでは?
いや、私はもっと根本的な事に、気付いているのではないだろうか?
例えばあの晩――私はなぜ芹亜の気配に気づかなかったのか?
もし私が考える通りだとすると、それこそ不味い。私が芹亜の前から消えれば、それこそ全てが終わる。そう直感した時、私は思わず息を呑んでいた。
「けど、それを訊いても彼女は絶対に本当の事は話さないでしょうね。特に――私には」
その理由も単純で、芹亜は私を全く信頼していないから。それどころか、芹亜にとって私は正しく蔑視の対象だろう。彼女にしてみれば私は只の殺人鬼で、それ以上でも以下でもないのだから。
そして、この評価は正しい。私は自分が非道だと認識するが故に、芹亜の心を開く事が出来ない。私だけは、彼女が気を許す存在にはなり得ないだろう。
「なら、やっぱりここは他人の手を借りるほかないかな?」
正直あてになるかは微妙だが、頼れるかどうか試してみる価値はある。
或いは――鴨鹿町の『異端者』達なら芹亜の信頼を得られるかもしれなかった。
◇
で、自問の終わりは学業の終わりでもあった。いろいろ考えている内に今日の授業はあらかた終り、私は下校の時間を迎える。帰り際、木島ちゃん達にカラオケに誘われたが、今日は断った。私には先約があり、行くべき場所があったから。
「……って、また先に来ている。あなた実はここに住んでいる訳じゃないでしょうね?」
一昨日の事件現場をまた待ち合わせ場所にした私に、芹亜はそう毒づく。
待ち合わせ時間より十五分も早くこの場に現れた芹亜は、露骨に貌をしかめた。
「まさか。私はこれでも普通の一軒家に住む、月五千円しか貰えない只の女子高生だよ。社長令嬢である誰かさんとは比べるべくも無いけど、それなりに真っ当な生活は送っている。そこで質問なんだけど、芹亜って月にどれ位お小遣い貰っているの? 五千円? それとも六千円? いえ、飽くまで参考までに訊いているだけで、それ以上の意味は無いよ?」
手を後ろに組みながら、私は笑顔で問い掛ける。
それを胡散臭そうな目で見た後、芹亜はバカげた事を口にした。
「……そっか。あなた、本当に私のこと何も知らないのね」
「ん? 何か言った?」
「いえ、何も。でも、そうね。ぶっちゃけ私がお小遣いを貰っていたのは、十歳の頃までね。その後は自分で稼いでいたわ。具体的言えば――月に五千万以上」
「……んん? ごめん。何か聞き間違いをしたみたい。月に、何って言ったの?」
「だから――月に五千万円以上は稼いでいたって言ったのよ」
「………」
……本当か嘘かはわからない。
ただ彼女は捨て台詞の様に言って――さっさと目的地に向け歩き出した。
「と、そう言えば君が自信満々に私をブチ殺せるって言っていた理由がやっとわかったよー。芹亜は、私が君を返り討ちにする事を期待していたんでしょう? 私が君を殺して、それから死んだフリをする。で、私がその場から立ち去る為に転身した所で生き返って、私の心臓を後ろから一突きする。――それが芹亜の狙いだったんじゃない?」
「………」
私が推理を披露すると、今度は何故か芹亜が沈黙する。
私の隣を歩く彼女が声を上げたのは、その数秒後だった。
「あなた、本当にそういう悪事には頭が回るわよね? その才能を生かして、金品の強奪とか実行した事はないの?」
「うん。計画した所まではあるけど、実行はしていない。何故なら、私にはお金の隠し場所がないから」
「……やっぱりね。あなたの事だから、それ位は本気でしていると思ったわ。でも、あなたの言う通りかも。確かにあなたの身分じゃ、隠し口座なんてつくれそうにないし。現金をどう隠すかは、かなりの問題と言えそうね」
「だねー。そういう芹亜は、隠し口座の一つや二つ持ってないの? なんか普通に持っていそうで、怖いんだけど?」
すると、彼女は本当に不思議そうに首を傾げた。
「え? それ位、本当にあるけど?」
「………」
だから、この子は一体何物なのか?
今更ながら、月に五千円しか貰えない私は大いに疑問だった。
「でも、あなたにそれを貸す気は一寸ないかなー。あなた、ガチで悪用しそうだもの。それも父でさえドン引きする様な感じで」
「あのさ、話は変わるんだけど芹亜の携帯って、私との会話、全て録音状態にある?」
私に対する悪意を連発された所で、授業中気になった事を訊いてみる。
芹亜は一瞬、眉を跳ね上げたようだった。
「さあ。一体何の事かしら?」
「………」
不味い。どうやらこれは本当に、私を強請るネタを貯蓄しているぽい。私が少しでも芹亜の価値観から外れる事をしたら、何らかの報復をしかねないかも。私はそう敏感に感じ取り、それでも全ては手遅れだと悟って、開き直った。
「だねー。どうせ今更取り繕っても遅いんだし、ここはありのままの私を貫こうじゃない。と言う訳で質問なんだけど、今日の芹亜のパンツの柄はどんなの?」
「――意味がわからないっ! あなた――実はただのバカっ?」
芹亜はそうツッコムが、私は真顔で応対する。
「いえ、だって芹亜、今日も同じ服着ているからさ。もしかしてパンツも三日間穿き替えてないんじゃないかと思って」
「……一々うるさいわね。これは、あれよ。私はこのデザインの服を気に入っていて、何着も持っているだけ。大体そう言うあなただって、三日間同じ服のままじゃない」
「そう言われると、返す言葉も無いかな。理由は芹亜と同じだから」
喜々として告げると、芹亜は逆に少しムっとした様だ。
「いえ、つまらない話はここまでにして、本題に入りましょう。あなたとしては鴨鹿町に行ってその町長達に会うって事だけど、その理由は何? 昨日は話してもらえなかったけど、今日は聞かせてくれるんでしょうね?」
「だね。昨日は芹亜も疲れていると思って話さなかったんだけど、そろそろ頃合いかな。何故かと問われれば答えは簡単。いい加減――私が『異端者』を殺しすぎているから」
いや、詳しい話をする前に、まず鴨鹿町について簡単に説明しておこう。
私達がいま目指している鴨鹿町とは『異端者』ばかりが住む町である。この国においては最大勢力を誇っており、『頂魔皇』と互角に戦える唯一の町だとか。
その要因は、三人に及ぶ町長達にある。鴨鹿町の町長は現在三人居て、その誰もが途轍もない戦闘力を誇っているというのだ。
かの『頂魔皇』は、彼等をこう評している。
『覇皇天道』――鹿摩帝寧。
『妄言回帰』――鹿摩詠吏。
『破滅淑女』――橋間言予。
正直、意味は良くわからないのだが、たぶん彼等の能力に由来する二つ名だろう。
『頂魔皇』が他人に二つ名をつけるという事は、その人物を認めたという事らしい。ゆくゆくは自分が生みだした〝神〟の使徒として、仕えさせる証しだとか。
『頂魔皇』の目的とは〝神〟を生みだす事だから。
と、この辺りの話は全く関係ないので、話を鴨鹿町に戻そう。
鴨鹿町だけでなく『異端者』が形成する町は、日本の所々にある。町によって異なるルールを設けている彼等は、けれど一つの共通認識があった。
それこそが『異端者』は人間社会の問題には立ち入らないと言う事。例の大戦の時もこのルールは守られ、彼等はあの戦争で何もしていない。徹底して傍観し、ただこの国が亡びゆく様を見届けたと言う。
それが『異端者』と、普通の人間達との取り決めなのだ。普通の人間と『異端者』の代表が話し合った末、彼等は互いに不干渉を貫く事にしたらしい。
その一方で、職を求めた『異端者』が人間社会の会社に勤める事もあるという。
現に私も『異端者』がサラリーマンと思しき体で、街を歩いている所を見た事がある。彼等は決してその異能を使用しない代りに、人間社会で職に就く事を許されている。
こうして、人間達とつかず離れずで共存してきたのが『異端者』と呼ばれる存在だ。
で、ここからが問題で、彼等は人間には干渉しないが同族がからむと話は別なのだ。
『異端者』が何者かに害されれば、とうぜん彼等はその問題に関与してくる。
何者が自分達の同胞に危害を加えたのか徹底的に調査し、理由によっては報復も辞さない。普通の人間であろうと〝ジェノサイドブレイカー〟であろうと、それは変わらない。つまりはそういう事で、私はいま『異端者』の敵になりつつあるのだ。
「……と、そうか。これは私が迂闊だったわ。他国のヒトとはいえ、確かにあなたは多くの『異端者』を殺してきた。私が知る限りでも二人の『異端者』をあなたは殺している。仮にその事を『異端者』が知れば、何らかの報復を受けかねない。あなたはその弁明をする為に、鴨鹿町へ向かうつもりなのね? 鴨鹿町の町長さえ納得させられれば、ほかの町の『異端者』達も納得せざるを得ないから」
芹亜がそう推測をすると、私は肩をすくめた。
「だね。今はナリエスタのヒトしか殺害していないけど、ほかの『異端者』の見解は違っているかも。その内、この国の『異端者』にも手を出すと考えるヒトも出てくる可能性がある。その誤解を解く為にも、私はここで先手を打たなければならないんだ。芹亜についてきてもらったのは、その為なんだよー」
そう。前述通り『異端者』を巻き込んでいるので、帝寧皇達が動くのも時間の問題だ。故に私としては先に仕掛けるしかない。此方から彼等に会いに行き、咎められるのではなく対話に持ち込み、有利に交渉を進める。
その為にも、私に協力している『異端者』が居る事を示す必要があった。芹亜が私に協力しているなら、帝寧皇達も態度を軟化させる可能性が高いから。
「……というか、今つくづく思ったわ。中途半端に頭が良い殺人鬼ほど始末に負えないものはないって。あなた、これ以上私を利用する気?」
「んん? 厭なら別についてこなくていいよー。交渉が決裂したら、単に帝寧皇達と全面戦争になるだけだからー」
「………」
いえ、話としたらその方が面白いかもしれない。〝純白の大罪人対三人の超越者〟とか、大分燃える展開ではなかろうか?
「……わかった、わかったわよ。ついて行くから、その満面の笑顔は止めて。とても正気とは思えないし、こんな行き違いであなたに死なれても困るから」
「んん? そう言えば昨日も驚いていたけど、芹亜って帝寧皇達の事知っているの?」
私が彼等に会いに行くと言っただけで、芹亜は焦燥していた。アレは彼等に会った事が無いニンゲンにしては過剰な反応だろう。とすると、芹亜は帝寧皇達と知人という事になる。私がそう問うと、果たして芹亜は嘆息した。
「ええ。一度だけ母の仲介で会った事があるわ。……その時、思った物よ。この世界には……本物の怪物が居るんだって。私なんかじゃ一生をかけても追いつけない、別次元の何かだったわ、あのヒト達は……。それは……あなたも同じ筈よ。帝寧皇達に会えば、きっとあなたのその自信は如何に過剰な物だったか思い知る。あなたは――今日本当の絶望を知る事になるわ」
「………」
私の評価では、芹亜の頭の回転はかなりはやい。その彼女がこうまで断言するのだから、かの町長達は余程の存在なのだろう。本当に、笑える状況になってきたな、これは。
「オーケー。じゃあ、早速行ってみようか。実は一ヶ月前からアポをとろうとはしていたんだよね。でも、今鴨鹿町は立て込んでいるらしくてさ。会う機会を得るのに、これだけ時間がかかっちゃった。お偉いさんっていうのは座して命令するだけだと思っていたけど、存外忙しい物だね」
最後に軽口を叩いて――私と芹亜は遂に鴨鹿町に足を踏み入れた。
◇
で、町についてみれば、ソコは普通の一般社会と変わりが無かった。
小学生と思しき少年達が町の広場でサッカーをして、おば様達が井戸端会議を嗜んでいる。郵便局のニンゲンが私達の傍を横切り、スーツ姿の男性が煙草をポイ捨てしていた。
「んん? 聞いていたのとちょっと違うなー。噂だと町の派閥の一つが大打撃を受けて、その立て直しで町はてんてこ舞いって事なのに」
「そういえばあなた随分鴨鹿町について詳しいけど、どっからそんな情報を?」
芹亜が眉をひそめながら、私にガンをつけてくる。
何が気に食わないのだろうと訝しがりながら、私は返答した。
「いえ。前にナリエスタの工作員を殺した時、その持ち物を物色した事があってね。その携帯に鴨鹿町に関する情報があったんだよ。彼等が入手した情報によると、さっきも言った通り鴨鹿町は結構なダメージを受けたとか。その詳細は省くけど、件の情報通りなら箝口令が敷かれているのかも。重要な情報は関係者だけが握っていて、一般市民は詳しい話は知らないみたいだね」
「……その話、帝寧皇達にはしない方が良いわよ。絶対スパイだと疑われるから」
「ま、善処するよー」
そんな会話をしながら私達は町の案内図を見て、町長が仕事をこなす区役所に赴く。区役所についてから窓口のヒトに要件を告げ、番号札を渡される。私の番号である百十二番は直ぐにやってきて、私と芹亜は町長室に向かった。
「って、もしかして怖い? なら、無理についてこなくても良いけど?」
歩を進める度に、明らかに呼吸が乱れていく芹亜。これは昨日殺された時より、よほど怯えている感じだ。どうやら件の町長達は、死より恐ろしいナニカらしい。
「……いえ、大丈夫。あなたさえ……余計な事を言わなければ」
私に要求している様で、それは自分に言い聞かせている様なもの言いだった。〝私さえまともなら自分は大丈夫〟みたいな?
ならば私は苦笑いするしか無く、いよいよ町長室の前に立ち、やっとその扉を開く。
と、ノックをするのを忘れたと思った時には扉が開いていて、私はその人物と目が合った。
年の頃は二十代後半。体型は中肉中背。髪は私より少し長く、眉毛が無い。金髪に金眼をしたその和服の男性は私を見るなり眼を広げる。同時に私も息を呑み――それが合図になった。
「アハハハハハハ―――っ!」
私に向け――繰り出されたのは彼の豪拳だ。
彼は私に対し――何の躊躇も無く拳を撃ち放つ。
問題は――その威力。多分、芹亜が聞いたら耳を疑うと思うが――これは普通に宇宙を消せるレベルである。しかも一撃で――五億個ほども。
つまり、死んだ。鳥海愛奈は、この時点で即死した。でなければ、とてもじゃないが辻褄が合わない。
今も拳の余波で宇宙が吹き飛ぶ中、直ぐ傍にいる芹亜がガクガクと震える。この絶望的な状況において――かの死神は笑って告げた。
「同姓同名かと思っていたが、そうか、おまえ――鳥海愛奈本人か」
「んん? 何? 私のこと知っているの? 一体何で?」
彼の拳を片手で受け止めながら――私は首を傾げる。それを見て、芹亜は益々愕然とした。
「って、何で生きているのあなたっ? 今のは普通に死ぬ筈の攻撃でしょう――ッ?」
実に尤もな意見で、私も死んだと思ったのだが、こうして生きている物は仕方がない。
私は受け止めた彼の右拳を掴みながら、問いかけた。
「えっと――これは宣戦布告と言う事? 私達には――もう話し合う余地は無いと?」
「だったら?」
彼――(恐らく)鹿摩帝寧が謳う。
それと同時に、最悪な事に、この騒ぎを聞きつけ二人の人物が現れた。
一人はボブカットで眼鏡をかけた、ロングスカートの少女。
もう一人は私と同じ白い髪をした、和服の女性だった。
きっと橋間言予と鹿摩詠吏だなと、これはちょっと不味いかもと考えながら私も喜悦する。とりあえず芹亜を連れてどう逃げるべきか思案し、それを実行し様とした時、状況が動く。
帝寧皇が左腕を掲げ、私に二撃目を放とうとしたのだ。今度こそ私を木端微塵にする為、彼はその言語を絶する暴力を行使しようとする。
だが、それを見て――眼鏡の女性が口を開いた。
「帝寧。お遊びはその辺りにしておくのね。このままじゃ彼女はともかく、芹亜・テアブルさんが死にかねない。それとも、鳥海愛奈さんはもう話し合う余地も無いほどの粗相を貴方にした?」
帝寧皇の頭をペチペチ叩きながら、眼鏡の女性は彼を窘める。白い長髪の女性に至っては彼の頭をグーで殴り、おまけにお尻に蹴りまで入れていた。
「と、失礼。このおバカがこんな暴挙に出るとは、私も全く予想外だったの。取り敢えず話を聴きたいから、一旦矛を収めてもらえないかしら?」
「……うーん」
この場合どうした物か? 私一人ならこの場で決着をつけるかもしれないが、今は芹亜が居る。彼女がこの場に居る以上、私もヘタな事は出来ないと言うのが本音だ。
だったら、私の答えは一つである。
「いえ――無理だよ。ここまでされた以上――私も後には引けない」
「……って、ちょっとあなたッ!」
「と言いたい所だけど、どうも私の相棒はその気じゃないみたい。だから、一先ず話をさせてもらえると私も助かるかな?」
屈託なく笑ってみる。それを見た帝寧皇はポカーンとした後、意味ありげに笑った。
「面白れえ。いいだろう。かの鳥海愛奈が何をしに来たか聴かせてもらおうじゃねえか。と言う訳で、お前達はどっか行っていろ。話の内容は、後で俺が語って聞かせてやるから」
帝寧皇が、詠吏皇と言予皇を睥睨する。それを聴いて、二人は貌を見合わせた。
「確かに私達三人が雁首を揃えていると、芹亜さんがますます怯えてしまうわね。でも帝寧に任せるのも不安なので、ここは誰が話を聴くかジャンケンで決めましょう」
白髪の女性が提案する。って、本当にいい大人三人が真顔でジャンケンを始めたぞ。このシュールな光景に私は苦笑いをして、芹亜は更に呼吸を乱す。
結果――ジャンケンに勝ったのは帝寧皇だった。
「どうやら、日頃の行いの差が出た様だな。所詮、俺の徳の高さに比べれば、お前達のソレなど取るに足りないと言う訳だ」
「……この世で一番器が小さい皇がよく言うわね。ま、良いわ。行きましょう、言予。確かに私達にはほかにやるべき事がある」
白髪の女性――(たぶん)詠吏皇がこの場を去る。
彼女を見送った後、眼鏡の少女――(恐らく)言予皇は目を細めた。
「帝寧、交渉が決裂したら私達を呼びなさいよ。その方がどう考えても効率が良いんだから」
効率が良い? そんな良くわからない事を言いながら、言予皇も空間の彼方へ消える。その時には周囲の景色も一変し、どこも壊れていない町長室に私達は居た。
「んん? もしかして帝寧皇が仕掛けた時点で、私達は別空間に取り込まれていた? その空間から現実空間に引き戻された、と?」
つまりその結界が解かれた時点で、帝寧皇の戦意はおさまったと言う事か? 芹亜もそう解釈したらしく、大きく息を吐き出し、今にも倒れそうな感じでふらつく。
「と、芹亜嬢が限界みたいだな。では座して茶など嗜み、大いに語り合おうじゃねえの」
帝寧皇がソファーを勧めてくる。私達に何が飲みたいか訊いて、秘書らしきヒトにそれを用意させる。お茶が運ばれてきた所で、彼は漸く口を開いた。
「で、何をしに来た――鳥海愛奈嬢? よもや――鴨鹿町を占拠でもする気か?」
「え? 何? そのとんでもない勘違い?」
意味がわからない。理解不能である。
なぜ私が、そんな大それた真似をしなければならないのか?
「……というかあなた言葉遣いに注意なさい。目上のヒトを立てるという事を知らないの?」
「んん? 目上のヒトって、私にはそんなヒトなんて殆ど居ないんだけど?」
そう。居るとしたら、一人だけ。もう忘れてしまったあの人以外、私が敬語を使う人物はおるまい。どうもそれだけ長い年月を、何処かで過ごしてきたらしいのだ、私は。
この曖昧な確信を前に、帝寧皇はフムと頷く。
「……やはり記憶の一部が欠落している? 会ったのはこれが初めてなので断言はできないが、そういう事か?」
帝寧皇の呟きに、私は頷く事で答える。
「ま、君の言う通りなんだけどそれってどういう事? 君の中の私はそんなにド悪人なの?」
今まで余り気にしてこなかったが、記憶を失う前の私は今以上にはっちゃけていた? 多方面にわたって色んなヒトに、迷惑をかけてきたと言うのか?
「いや、忘れているならそれで良い。大した事では無いので、気にするな」
「………」
いや、それ絶対ウソだよね? 絶対なにか重要な事を隠しているよね? そう思う一方で、私は帝寧皇の口を割らせる自信など全く無かった。要するに、私は私の用事をすませるしかないという事だ。
「と、その前に一つ訊いておこうかな。――君は祖国の為に殺人を犯すのは正しいと思う?」
偉そうに足を組みながら訊いてみる。芹亜は私の態度を前にしてますます貌をしかめるが、今の所沈黙していた。苦笑いらしき物を浮かべている帝寧皇の答えは、こうだ。
「さてな。ただ平和という言葉は平時においては美麗的だが、戦時に置いては綺麗ごとに貶められる。俺はその平和と言う言葉を、貶めない様に努めるので精一杯だ」
そう言えば、風の噂で聞いた事がある。『頂魔皇』はこの星の平和にのみこだわり、帝寧皇達は鴨鹿町の平和にのみこだわっていると。それはこの国の平和にのみこだわっている私と、似て非なる立場だ。要するに彼も、ある意味こちら側のニンゲンという事か?
「そっか。少しだけど君の事がわかったよ。それじゃあ、本題に入って良いかな帝寧皇?」
「だな。さっきも言った通り、愛奈嬢の話には俺も興味がそそられる所だ。ここはどれほど面白い話か、期待させてもらう事にしよう」
「………」
なんだかまた、雲行きが怪しくなってきた。そう言い切れる程、私の話はつまらないから。
「うーん。ま、いいや。時に、帝寧皇は最近メディアを騒がせている殺人鬼事件の事は知っているかな? あれの犯人――私なんだけど」
「………」
と、今度は帝寧皇が謎の沈黙を見せる。いや、今こそ彼はその聡明さを露わにした。
「成る程。要はその被害者の誰かが『異端者』で、その事を愛奈嬢は弁解に来た訳だ。こうして正面から乗り込んできたと言う事は、殺されたのは外国人の『異端者』だな。俺達には縁もゆかりも無い『異端者』を殺しただけだから、気にするなと言いたい?」
「……なっ?」
事もなくこちらの事情を看破した帝寧皇に対し、芹亜が声をつまらせる。
その芹亜に目を向け、帝寧皇は続けた。
「で、芹亜嬢はその証人と言った所か? いや、違うな。まさかとは思うが、その殺人行為に芹亜嬢も協力している?」
「へえ? 何でそう思うの?」
「証人というだけなら、そこまで怯えたりしないからだ。その恐れは、愛奈嬢に協力しているからこそ生じた物。違うか?」
理由こそこじつけっぽいが、結果論としては正しい。やはりこの帝寧皇という人物は中々の器量である。というか、ここで受け答えを間違えると、今度は芹亜まで標的になりそうだ。それは不味いので、私なりに言葉を選んで応対する。
「それは正解だけど、勘違いしないでもらいたいんだ。私の殺人行為はよんどころない事情から行っている物で、その事は芹亜も承知しているから」
それから私は、一連の事情を帝寧皇に説明する。私の能力や、例の呪いに、芹亜の役割に関しても。それを聴き終えた後、帝寧皇は基本的な事を訊いてきた。
「この国が亡びる? 随分愉快な冗談だと思えるが、一応本当だと言う前提で話を進めよう。その場合、俺達『異端者』も亡びる事になる訳か?」
「……どうだろう? 何しろ『神』の呪いだからね。その可能性もあるけど、帝寧皇クラスのニンゲンは無事だと思うよ。君達を殺せる呪いなんて、とても存在するとは思えないからー」
「……へえ。『神』ね」
そう漏らした後、帝寧皇は喜悦した。
「確かにあの『神』なら、その程度の事はしかねないな。なにせ、〝今のキロ・クレアブル〟さえ放置する様な輩だし」
「ん? キロ・クレアブルって『頂魔皇』の事? キロに何かあったの?」
「いや、それも愛奈嬢が知る必要がない話だ。……つーか、愛奈嬢が記憶を失った理由はあいつにある? 成る程。だいぶ話が読めてきた」
「……だから、何の話? 帝寧皇はさっき私を殺そうとした貸しがあるんだから、少しくらい私の質問にも答えてよ」
と、帝寧皇は一考し、それから自らの推理を披露した。
「恐らくだが、愛奈嬢の記憶が失われているのはキロとの殺し合いが原因だろう。そのとき頭でも打ち、愛奈嬢は一時的に消耗して記憶を失った。その隙をついてその忘却を永続させ、件の呪いをかけたのが『神』だ。察するに、愛奈嬢は『神』にとっても都合が悪い存在なのだろう。だが、かといって『神』も愛奈嬢を殺す術は無い。要するにその呪いは――ただのいやがらせだ。少しでも愛奈嬢を困らせる為『神』が起こした子供じみたいやがらせに過ぎない」
「……いやがらせ?」
芹亜が呆然としながら呟く。その理由はきっと一つだろう。
『神』のいやがらせさえも、私は苦に感じていない為だと思う。
「だな。話を聴く限り、愛奈嬢は喜々としてその役割を果たしている。逆に自分が殺したい人間を殺せる場だと解釈している位だ。だがここからが重要なのだが、芹亜嬢、君はなぜそのとき愛奈嬢の殺害現場に居合わせた? 何となく気がついたら、その場に居たのではないか?」
「なっ! ……た、確かにそうかもしれません。私はいくあてもなく彷徨っている間に、あの場所へ行き着いていました」
「やはりな。なら、大変なのはこれからだ、愛奈嬢。『神』は件の呪いをうけても全く苦にしない君を見て、次なる手を打ってきた。それが――芹亜嬢だ」
「んん? つまり、芹亜は偶然あの場に居合わせた訳じゃないって事? それも『神』の仕業だって言うの?」
私が訝しがりながら訊ねると、帝寧皇は口角を上げる。
「話が早くて何よりだ。そういう事だよ。『神』は何があっても、愛奈嬢を苦しませてみたいのだろう。言うなれば――芹亜嬢はその為の駒だな」
「………」
そう聴いた時、私には一つ連想する物があった。
けれど私はそれに気付かないふりをして、芹亜は初めて微笑みながらこれを否定する。
「まさか。この人にそんな感性はありません。彼女は私だろうと誰であろうと、喜々として殺し続ける事でしょう。失礼ですが帝寧皇のお話は、まるで見当違いかと」
「ほう? 俺達に怯えているばかりだと思ったが、言いたい事はしっかり言うのだな。いや、結構。流石は千鶴の娘といった所だ」
「そういえば、帝寧皇は一度会っただけの私を覚えていましたね。やはりそれは、母が理由ですか?」
「ああ。一度嫁にしたいと口説いたが、体よく断られた。俺がフラれるなんてそう無い事だ。だから覚えていた。それだけだ」
ニパッと子供の様に笑いながら、帝寧皇は述懐する。その快活な様は、先ほど私を殺そうとしていた彼とは別人だ。気が付けば、言葉遣いも若干丁寧になっているし。
「それで、帝寧皇としてはどうする気なのかな? 私の処遇とか、一体どうしたいの? 会っただけで殺そうとしたんだから、やっぱり戦う気満々?」
が――意外な事に彼は首を横に振る。
「いや、話を聴いて気が変わった。君はそのままで生きてみろ。寧ろ、日本の占領を目論む『異端者』を倒した訳だし、ここは感謝したい位だ。その証しとして、二人ほど鹿摩派の『異端者』を君のもとに出向させよう。人選に数日かける事になるが、どうだろう?」
「それって、私の協力者という体の監視役って事? とすると、やっぱり抜け目がないねー」
「どう捉えてもらっても、愛奈嬢の自由だ。無論俺の提案を断ると言う選択肢もある。正直、俺も君達仲良し二人組の間に邪魔者を置くと言うのは気が引けるしな」
「………」
やはり、このヒトは食えない。ぶっちゃけ、何を考えているかわからない所が多分にある。ならばとばかりに、私は曖昧な返事を答えとした。
「わかったよ。じゃあその二人と直接会って、私が気に入ったら君の好意を受ける事にする。そういう事でどうかな?」
「了解した。では可能な限り速やかに、こちらも人選にうつる事にしよう。いや、思いのほか楽しい話が聴けた。そういう意味では礼を言わなくてはならないかもな――愛奈嬢に芹亜嬢」
最後に意味深な事を告げ――鹿摩帝寧は私達を見送った。
◇
私と芹亜は、二人そろって町長室から退室する。
途端、芹亜はヘナヘナとその場に尻餅をつき、またも大きく息を吐く。
「――本当に死ぬかと思ったっ! というより――今も生きているのが信じられないっ!」
「かもねー。結果論で言うと、私はここに来るべきじゃなかったかも。芹亜に私の代理を頼めば良かっただけかもしれない」
「そう! それよ! 私も途中からそう思った! ……こんな事なら、私一人で来るんだったわ。そうすれば、あんな目に合わずにすんだのに……ッ!」
どうも芹亜は、何時もは冷静だが、いちど恐慌するととことんパニくる質の様だ。
それでも彼女は何とか呼吸を整え、何時もの自分に戻ろうとする。
「……何にしても最悪の状況は避けられて何よりだわ。二人の協力者というのが少し引っかかるけど、そこら辺は一先ず忘れましょう。今日はまだ、もう一つ問題が残されているもの」
「それって例の呪いの件だよね。私としては帝寧皇をその標的にするのもアリかと思ったけどその線は無しという事なったし。そうなるとやっぱり街に繰り出して、標的を見つける必要があるか」
「……そんな事を企んでいたの? あなた、前から思っていたけど本当に大物よね。それこそ〝大バカな〟って言える位」
「お褒めの言葉と受け取っておこう。じゃあ、早速標的を探しに行こうか。正直、気が進まないけど」
え? んん? ……私、今、何て言った?
が、私がその辺りを自答する前に芹亜は立ち上がり――一人で先に進んでいた。
◇
結論としては――その日の仕事は苦も無く終わった。
私は芹亜を〝盾〟にし、その彼女は標的に首を刎ね飛ばされる。この時点で私の条件は満たされ、私に触れられた標的は息絶えていた。
その後、午前零時を過ぎてから芹亜は蘇生し、標的も生き返る。昨晩の様に気絶させた標的と監視役を交番の前に置き去りにし、私と芹亜は全ての作業を完了した。
けれど、どうにも頭から離れない事があった。
それは――芹亜の首が標的に吹き飛ばされた瞬間である。
私は芹亜の背後に居たので、そのとき彼女がどんな表情をしていたかは知らない。思えば二日前芹亜が心臓を貫かれた瞬間も、彼女がどんな貌をしていたか私にはわからない。ただその事を想像しただけで、私の胸裏には言い知れぬ物が過っていた。
一体、彼女はどんな思いで〝盾〟としての役目を果たしているのか? どれほどの苦しみに耐え、芹亜はこんな損な役回りを果たしている? そう考えただけで、ゾっとした物が私の背筋を駆け巡った。
そんな事が――六日ほど続いた頃だろう。
芹亜と組んでから六人目の標的を倒した時、彼女は困った様な貌で問うてくる。
「……って、あなた少しやつれた? ちょっと疲れている様に感じるのだけど、気の所為?」
「………」
本当にこの子は、その心配をなぜ自分自身に向けないのだろう? この六日間で芹亜は心臓を貫かれ、首を刎ねられて、躰を胴から真っ二つにされ、頭を吹き飛ばされて、また心臓を貫かれた。今日は首を刎ねられた訳だが、唯一の救いは彼女が即死している点だろう。苦しまずに死んでいる事だけが、芹亜の唯一の救いである。
「………」
いや、違う? それは私にとっての救いでもある? 彼女が苦しむ様を見る事がないのは、私にとっても幸運だと?
ああ、残念だが認めよう。気が付かないふりをしてきたが、いい加減、自分を誤魔化すのはここまでだ。
私は芹亜・テアブルが無残な死を遂げる度に――心を痛めている。
蘇生するとわかっていながら――その衝動は押さえられない。
帝寧皇が言っていた通りだ。
『神』は芹亜を使って――私を苦しめる気満々である。
アレほど喜々として他人を犠牲にしていた私が、今は真逆の心持ちなのだから。芹亜を死なせる度に、私のナニカは擦り減っていく。それはまだ哀しみとは言えない物だけど、私を憔悴させるだけの破壊力は誇っていた。
だというのに当の本人はケロッとしているだから、始末が悪い。だからと言って、私がこの気持ちを吐露すれば、全ては終わってしまう。
このジレンマを前に、私は憂鬱な溜息を吐くしかなかった。
「いえ、全く大丈夫。芹亜は、やっぱり良い子だね。殺人鬼である、私の心配までしてくれるんだから」
「――なっ? ……別にそんなんじゃないわよ。あなたに何かあれば、この国は亡びるかもしれない。なら、例えイヤイヤでもあなたの身を案じるのは当然の事でしょう?」
「………」
本当に、この子は化物か? ヘタをすれば芹亜は、こんな陰鬱な作業を一生続けなければならない。だというのに、彼女はヒトとしての心を失っていないのだ。普通に他人を気遣い、しかもその対象はよりにもよって殺人鬼である私だった。
そこで、私は痛感する。芹亜が善良であればある程、私の心に亀裂が生じると。芹亜が私に笑顔を向ける度に、私の罪悪感は増していく。
ああ。
だとすれば――確かにこれは私に対する罰だ。
今まで喜々として他人を殺してきた――私の大罪に対する裁きにほかならない。
本当に、知らなかった。善良なヒトを犠牲にする事が、こんなにも苦しい事だったなんて。これほど心が掻き毟られる事を、私はほかに知らない。
「でも、今は、これを続けるしかない」
でなければ、全てが破綻する。私がいま芹亜を捨てれば、今まで積み上げてきた物が崩れ去る。今日までの芹亜の動向から鑑みて、そう言い切れるだけの確信が私の中にはあった。
「はい? 当たり前でしょう。だってそうしなければ、この国は亡びてしまうんだから」
当たり前、か。彼女にとっては、この日常が、この歪な日々が、当たり前になりつつあるのか。そう思っただけで私は俯きそうになるのだが、その気持ちを押さえて、無理やり微笑む。
今は彼女の方からこの役を降りたいと言い出すのを待つか、もう一つの手段に懸ける他ない。それは芹亜にとって地獄の様な日々だが、私にとっても針のむしろだった。
これが私に芽生えた人間らしい感情だと気付かぬまま――私達はその日を迎えたのだ。
◇
と、まあ、今にも息が詰まりそうな日々を送っている私だが、陰鬱なままでもいられない。芹亜より先に私の心が折れては、元も子も無いのだから。
そんな訳で土曜日である今日は学校も休みなので――遊び歩こうと思う。玉子ちゃん達を誘い、カラオケでストレスを発散し、気持ちを立て直す。少しでも毒を吐き出し、頭の中をリセットして、また夜の作業に備えよう。
「いえ、でも、やっぱり芹亜も誘わないと不味いよね」
私の正体がバレたという情報は今の所ないが、用心にこした事はない。何時でも件の作業を行える様、芹亜には私に帯同してもらう必要がある。
いや、寧ろ今までの私が不用心だったのだ。いつ敵に遭遇するかわからないのに〝盾〟である芹亜と行動を共にしなかったのだから。夕方まで別々に生活していた事実は、敵にしてみれば呆れるほかない話だろう。
敵から見れば、私は常に〝盾〟と一緒に動いていると思っている筈。そう推理する方がよほど自然だ。それとも、そう出来ない理由があると看破している敵も居る? 仮に居たとしたらなかなかの鑑識眼と言えた。
私がそんな事を思って歩道を歩いていた時――ある人物が私の目に飛び込んでくる。
「……んん?」
ぶっちゃけて言えば――それは一目惚れだった。
この瞬間――鳥海愛奈は生まれて初めて恋におちた。
それは、この辺りでは見かけない外人の少女だ。
長い金髪を背中に流し、切れ長の目をした彼女は、だいたい背丈も歳も私位だろう。
ジーンズを穿き、ジャンバーを着崩した彼女は、一言で言うと〝ワイルドな天使〟だ。
そう言い切れる程に、壮絶な何かを彼女は抱え込んでいる。そう連想させる程に、彼女のあり方は余りに清廉といえた。
まるで私とは、真逆のあり方だ。罪を犯し過ぎた私と、恐らくそれを断罪する立場にある彼女。バカげた事に彼女を一見しただけで私はそんな事を妄想し、彼女に近づく。唯一気に入らない点を少しでも是正するべく、私は彼女の両頬を両手で引っ張ったのだ。
見知らぬ他人に突然そんな暴挙を受けた彼女は、当然の様に反撃に出る。私は軽く額に正拳突きを入れられ、数歩後退せざるを得ない。
それでも平然としている私を奇異に感じたらしく、彼女は無表情のまま眉をひそめた。
「え? 何? 今のはこの国の挨拶か何か?」
その顔がおかしくて、私は思わず微笑んだのだ。
「いえ、失礼。ただ君は――笑った方が可愛いと思っただけだよ?」
それだけ言って、私は踵を返す。ある種の予感を胸に抱きながら、それでも〝盾〟が居ない今はこの場を離れようとする。その後ろ姿に、彼女は短く問い掛けた。
「えっと、あなた、名前は?」
振り向き様、私は明確な計算のもと、大嘘をつく。
「私? 私の名前は――玉葱玉子だよ」
そのとき彼女が浮かべた唖然とした顔を、私はたぶん一生忘れないだろう。
こんなささやかな自己満足を胸に――私はその場から立ち去ったのだ。
◇
というか、彼女の視界から消えたのを見計らって、私は一気に駆け出す。周囲の気配に気を配りながら、少しでも早く彼女の間合いから離脱しようとする。いや、気が付けば私は芹亜の携帯に電話をしていて、彼女が出てから早口でまくし立てた。
「あ、芹亜。今から会える? というか、会わないとマズそう。下手をすると私――今から殺されるかも」
『……は? あなた……今度は何をやらかしたの? 帝寧皇達とは和解したんじゃなかったっけ?』
「いえ、そっちの件じゃなく――恐らくだけどレストア・テアブルと遭遇した。やっぱりナリエスタは彼女を雇って私を始末する気なんだよ」
『……レストア・テアブル? それって、前にあなたが気にしていた傭兵の事? ……あなたの目から見ても、彼女はそんなに強いの?』
芹亜に、緊張が走る。私はただ、ありのままを口にした。
「それが推し量れないから厄介なんだよね。正面から戦ったらどうなるかまるでわからない。と言う訳で、今日の標的は彼女に決めた。芹亜には悪いけど彼女だけは二度殺させてもらう。いえ、初恋の相手を殺さないといけないとか、どんなブラックジョークだって話だけど」
『……は、初恋っ? あ、あなた、一体なにを言ってッ?』
「うん。とはいっても今のは仮定の話で、まだ彼女がレストアと決まった訳じゃないんだ。それを判別する為に、ちょっとした仕掛けをしておいた。私の見立て通りなら、近い内に玉子ちゃんに何らかのアプローチがある筈。その時――私達の戦いは始まるんだよ」
『……え? 玉子ちゃんってあなたが前に言っていたお友達? 彼女、本当に実在したの? というか、意味が良くわからないのだけど?』
「そこら辺は会ってから話すよ。と言う訳で、何時もの場所で」
芹亜はまだ何かを言いたそうだったが、私は電話を切る。そのまま、初めて芹亜と会った事件現場に急行する私。
こうして長すぎる前振りは漸く終了し――物語は遂に本編へと突入したのだ。
7
件の遊園地からホテルに戻ると、私はまず顔をしかめた。
「は、い? エスメラルダとラインメデスも行かせたの? 随分と思い切った事をしたのね、貴女」
私は目前で椅子に腰かける少女――ミラウド・エッジに軽口を叩く。
灰色の長髪を三つ編みにしているスーツ姿の彼女は、肩をすくめた。
「当然でしょう。何せ相手は――貴女に危機感を抱かせる程の相手です。万全の態勢で臨む意味でも、彼女達を動員させるのは必須だと思いますが?」
確かに、ミラウドの言う通りかもしれない。となると、私の出番は無さそうだ。こんな事なら、もう少し件のテーマパークを満喫していれば良かった。
この思いが顔に出たのか、ミラウドは私を半眼する。
「ええ、わかっています。貴女の脳に〝仕事熱心〟という単語が欠落している事は。ですが敢えて苦言を呈しましょう。如何に万全の態勢で臨んでいるとはいえ、油断は禁物だと。私の勘が確かなら、貴女の出番はきっとありますよ」
「それってエスメラルダ達が負けるって事? あの二人が、敗れるなんて事がありえると?」
私が訝しむと、ミラウドは憂鬱そうに頬杖をつく。
「さて。私も彼女達が負ける所は想像できません。ただ、最悪の事態を想定しておくのが私の役割だと自負している物ですから。仮に貴女が言う所の〝純白の聖女〟が彼女の反作用体だとしたら? ちょっと面白い事になるとは思いませんか?」
「……あー」
成る程。その発想は私には無かった。けれどミラウドが示唆した可能性も確かにあり得る。
何故ならミラウドの言う所の彼女は、今――〝二人居る状態にある〟から。
「つまり、ラインメデス達を先行させた理由はそういう事?」
「ええ。言ったでしょう? 私は常に最悪の事態を想定していると。さて。本当に見ものですね。果たして〝純白の聖女〟とやらは一体どう動くのか? 私の見立て通り貴女の出番があるのか、本当に楽しみです――レストア・テアブル」
そう微笑みながら――ミラウド・エッジは私を見た。
8
その後、私こと鳥海愛奈がした事は三つ。
第一に、鴨鹿町に私の家族と玉葱一家の保護を求めた。第二に、裏山に埋めておいたある物を掘り出した。最後に、芹亜との合流である。
芹亜はビルとビルの間を飛び越え、息を切らして例の待ち合わせ場所にやって来る。平然とその場に居る私を見て、彼女は文句らしき事を口にした。
「……って、なんで何時もあなたの方が先に来ているのよ? あなた絶対に、この歩道でホームレスしているでしょう?」
「それはそれで面白い冗談なんだけど、今は脇に置いておこう。取り敢えず私がするべき事は玉子ちゃんの家に行って敵が動き出すまで監視する事。その間、芹亜はその近くで待機して」
「……待機? 私をレストアって人にぶつけて、彼女を倒すんじゃないの?」
尤もな事を芹亜は問うが、私は首を横に振る。
「いえ、私がレストアなら、まず部下をぶつけて此方の戦力を測る。あわよくば部下に私を始末させ、率先して自分の手は汚さない。と言う訳で先ずはレストアの部下の動きを監視する。故に、芹亜の出番はまだなし。君の出番は――レストアが前線に出てきてから」
「要はレストアを引っ張り出すには、彼女の部下を倒すのが必須という事ね? ……なら仕方ないか。あなたの言う通り、悪いけど私は傍観ぜざるを得ないわ。確かに私は『異端者』だけど、戦闘力は皆無に等しいから。私の力の大部分は『蘇生』に使われていて、パワー値とかは低いの」
「だろうね。何せ生き返る事ができる能力なんだもの。普通『異端者』は能力の質が高いほど身体能力は低くなるから、それも当然だと思う。だからこそ、芹亜は待機って事。先ずは君にテレパシーで近況を伝えて様子を見る。だから、芹亜は出来るだけ玉子ちゃんの家の近くのホテルに居てもらえる? 私の読みが外れて、レストア自身が出てくる可能性もあるから」
私がそう促すと、芹亜は唾をのみ込みながら頷く。
「わかったわ。最低でも一分以内に急行できる場所で待機している」
「いえ、ただの待機じゃ駄目なんだよ。芹亜は絶対に人目につかない場所に居てもらわないといけない。というのも、レストアは〝ジェノサイドブレイカー〟だから」
私がそれだけ言うと、芹亜は私が何を言いたいのか即座に察する。
「……と、そっか。〝ジェノサイドブレイカー〟は『異端者』を見ただけで、その『異端者』の居場所を特定できる様になる。もし私がその対象になったら、此方の動向次第で私もあなたの仲間だと見抜かれてしまう?」
「そういう事。そうなると、君は真っ先に消される事になると思う。いえ。一度殺されただけなら君は完全に死なないけど『蘇生』はその六時間後しか使えない。レストアがその間に私の前に現れたら私のプランは破綻するから、芹亜の潜伏は必須だね」
私が最後にそう説明すると、芹亜は得心した様に頷いた。
「いいわ。ならその線で行きましょう。というより……今はその作戦に懸けるしかない」
自分に言い聞かせる様に呟き――芹亜・テアブルは彼方を見た。
◇
で、私と芹亜は玉子ちゃんの家から一キロ離れた場所でわかれた。
彼女は駅前のホテルにチェックインして、その場で待機する。私は玉子ちゃんの家に例の物を設置した後、高台の林に潜み、異常がないか監視を開始。木に登り、葉や枝に紛れながら、玉子ちゃんの家に異変が起きないか見守っていた。
《というか、あなた本当に友達が居たのね。……これはかなり意外だわ》
芹亜がテレパシーを使い、軽口を叩いてくる。私は自分でも、確かにと思うほかない。
《かもしれないね。少なくとも〝表面上の私〟には友達になってくれる人が居る。私は本来ならありえないだろうこの現象を、奇跡と名づけた物だよ。と言う事は、それだけ私は社会に溶け込んでいるという事かもしれない。殺人鬼に最も必要なのは、社会に適応していると見せかける事ができる技術だから。不穏当な発言や奇異な行動をしたら、私は一発で社会から外れた存在だと見なされる。それを無意識に避ける事が出来る私は、ある意味天才なのかも。そのぐらい玉子ちゃんや木島ちゃん達は、私と当たり前の様に接してくるよ。私は私が裏で何をしているか知ったら、彼女達はどんな顔をするか想像して日々を送っているのに。その背徳感がたまらないのなんのって。これはアレだね。どうやって子供をつくるか知らない無垢な少女達を観察する心境に近いね。赤ん坊である彼女達の寝所の直ぐ傍では、セックスに没頭している両親が居る。だというのに、無垢であるが故に彼女達はその意味を知りさえしない。私はその全てを知った時、彼女達がどんな顔をするか凄く興味があるんだ。でもそれは彼女達を失うと言う事だから、軽々しく出来た物じゃない。この度し難いジレンマこそ、私の目下の悩みだよ》
《……いえ、度し難いのはあなたの、その歪んだ性根だと思う。でも少し安心したわ》
《………》
え? 安心したの? 今の会話の何処に、そんな要素が……?
《あなたにも大切だと思える人が居て、良かったって事。でなければ、囮にされているその玉子さんという人が余りに報われないもの》
《ああ、そういう事? だね。玉子ちゃんやそのご家族は、絶対に何があっても守らなければならない。その為に借りを作ってまで、鴨鹿町の手を借りたんだから》
そう。玉子ちゃんの事を調べるには、流石にそれなりの時間が必要な筈。この間に鴨鹿町の『異端者』が玉子ちゃん達を保護すれば、レストア達の手は届かなくなる。
その一方で玉子ちゃんの名前を使った以上、ここでレストアは倒さなければならない。でなければ、玉子ちゃんは一生彼女につけ狙われる事になるだろう。
それを避ける為にも――レストアの打倒は必須だ。
《で、レストアについてほかに情報は無いの? 例えば、彼女の弱点とか》
《んー。弱点では無いけど、ミラウド・エッジっていう有能な相棒が居るって噂はある。ただ作戦の実行部隊に関しては、全く情報がないから敵の能力は一切不明。要するにプラスになりそうな話は無いって事だね》
と、私が監視を続ける中、芹亜は急に話を脱線させる。
《じゃあ、もう一つだけ質問。あなた、どうして友達を作ろうとしたの? あなたなら一人でも生きていけそうなのに》
《んん? そうだね。確かに私には、誰も必要ないのかもしれない。或いは友達はおろか両親や親族さえも鳥海愛奈には不要なのかも。でも、そんな私を気にかけてくれる人達が確かに居たんだ。あらゆる事に無関心な私に、話かけてくる人達が居る。奇跡と言えば、それこそ本物の奇跡だと思わない? なら、そんな奇跡を受け入れないのは、とんでもなく罰当たりな事じゃないかな?》
私が何気なく断言すると、何故か芹亜は唖然とした様だ。
《……話かけられること自体が、奇跡? たったそれだけの事が、あなたには尊い事だと言うの? ……ああ、だとしたら、私はとんでもない勘違いをしていた事になるわ。私は私であるという事だけで、万人が頭を下げて当然だと思っていたんだから。あなたの様に一度でも思えていれば、何かが違っていたのかもしれない。いえ、今頃そんな事に気付くなんて、本当に遅すぎるわね……》
心底から後悔する様に、芹亜は告げる。
が、それが何を意味しているか察する前に――事態は動いた。
監視を始めてから三時間が経過した時――玉葱家の前には確かに五人の男女が現れたから。
◇
《セールスマンにしては、人数が多すぎかな。これで少なくとも何者かが、私をつけ狙っているのは確定だね。その手がかりを求めて、敵は玉子ちゃんにアプローチをかけてきた。問題はこれが私の罠だと知った上で敵も動いているという事。なら、この一連の動きを監視している人間が居るのは当然だね。それがレストアだとすると、かなり厄介かな。と言う訳でここは予定通り、玉子ちゃんの家を敵が物色するのを見届けよう》
けれど私のプランを聴いた芹亜は、疑問符を投げかける。
《……それって意味があるの? 敵は、あなたが罠を張っている事を見抜いているのでしょう? なら迂闊な事はせず、何らかの手を使ってあなたをおびき寄せるんじゃ?》
《だね。でも、玉子ちゃんの部屋に私の写真でもあれば、それを手掛かりにして私の住所を特定する筈。上手くいけば敵は玉子ちゃんの家に張り付く組と、私の家に向かう組にわかれる。監視者も二手にわかれ、レストアに私の戦闘を観察されるリスクも避けられるかも》
《いえ、その監視者がレストアだとして、彼女がどう動くかどう判別するのよ? 監視者がどこに居るかわからない以上、レストアがどう選択するか知る術は無いでしょう?》
芹亜の問いに、私は頷く事で答える。
《普通ならそうだね。だからここは、少し普通じゃない手を使う。実は玉子ちゃんちには時限爆弾が仕掛けてあってね。それが一時間後に爆発する手筈なんだよ。その時、私が僅かでも気配の揺らぎを感じたら、それはレストアじゃない。彼女なら、そんな事では動揺しないだろうから。つまり、仮にそうならレストアは私の家に向かったという事。私は安心して、レストア隊の各個撃破に勤しめるという訳だね》
《――はっ? あなた今、他人の家に時限爆弾を設置したって言った――っ?》
《うん。でも大丈夫だよ。玉子ちゃん――保険にはちゃんと入っているって言っていたから》
私が普通に告げると、芹亜は尚も食い下がる。
《そう言う問題じゃない! 保険じゃ補えない思い出も家にはあるのよ!》
尤もな御意見だったが、私はスルーを決め込み、玉子ちゃんの家を生暖かく見守る。
やがて一人を見張り役にし、残りの四人は同家に不法侵入を開始。予定通り玉子ちゃんの家の中を徹底的に調査する。
それも三十分で済ませ、想定通り彼女達は二手にわかれた。三人は玉子ちゃんの家に張り付き、後の二人はどこかへ向かう。そこでまたも、芹亜のツッコミが入れられた。
《……というか、玉子さんの素性が洗い出された時点で彼女の身辺調査もされたんじゃ? 級友や人間関係も調べられ――その時あなたの情報も敵は見つけ出しているんじゃないの?》
《その可能性は大いにある。だから敵は玉子ちゃんの家だけでなく、平行して私の家にも向かっている可能性が高い。私の家族の保護を早々に願い出たのもその為。けどそれでも私の口から玉葱玉子と言う名前が出た以上、敵も彼女を調べるほかない。私が仕掛けた罠から逆算して私へと辿り着く為に。つまり敵はある意味、行動選択の余地を殺がれているんだよ。今は私が残したヒントを追うしか無いって事。それで私が何らかの行動を起こすと期待しているから》
《……敢えてあなたの罠にのり、あなたを誘き出す作戦って訳ね? だとすると、レストアは玉子さんの家を監視していそうだわ》
芹亜の言う通りだろう。玉子ちゃんの素性自体が私の罠だと察しているなら、本命は玉子ちゃんの家だと踏んでいる。レストアが玉子ちゃんの家を見張っている可能性は、かなり高いと言えた。
その確信が高まったのは――三十分後の事。予定通り玉子ちゃんの家、いや、正確には家の横に設置された爆弾が爆発する。同時に私は周囲の気配に意識を巡らせるが何の動きも無い。逆にその爆音に誘発され、周囲の家々からは老若男女が様子を見るため出てくる。私はそこまで事態が進展した所で、見切りをつけた。
《どうやら芹亜の読み通りらしい。レストアが監視しているのは玉子ちゃんの家みたい。なら私は自分の家に戻って、少しでも多くレストアの手駒を減らすしかないね》
《……やっぱり戦闘は避けられないって事? じゃあ、私はどうすれば良い?》
《うん。私の面はもう割れている筈だから、尚も別行動を継続。私の家の住所をメールで送るから五分後にホテルをチェックアウトして、その一キロ前まで来て。できればまた別のホテルに居てもらいたいんだけどさ、私の家の近辺って――ラブホテルしかないんだよねー》
《……はいはい! ラブホテルでも何でも入ってやるわよ! で、其処で私はあなたの指示を待つって事で良いのね?》
私はイエスと答え、速やかにこの場から離れる。可能な限り気配を消しながら、とある場所に直行。その後十キロ離れた自分の家の付近までやって来て、高台から周囲の様子を窺った。
「見た感じ、不審な人物は五人と言った所かな。その何れも『異端者』では無いから、皆〝ジェノサイドブレイカー〟だと判断するべきか?」
だとすると厄介だが、私はさっさと決着をつける事にする。林に降り立ち、某量販店で買ってきた大量の砂を袋から取り出し、地面に撒く。息を吸い上げ、それを一気に吐き出し、大量の砂を巻き上げ、煙幕代わりにしていた。その粉塵に紛れ――私は一息で彼等に肉薄する。
「くっ? これは――奇襲か!」
敵の一人が早くも此方の意図を看破する。が――その頃には彼の顎に私の掌底突きが決まっていて、彼の意識は断絶される。
周囲が見えない彼等は下手に動く事も出来ないが、私は彼等の位置を記憶している。ならば後はその情報を生かして行動するのみ。
私は彼等が能力を使う前に殴打を加え、次々打破していく。最後の一人まで迫った頃、敵はいよいよ能力を使用。周囲の道路や壁を変形させ、銃や大砲を生成する。
それらの弾が一斉に私へと迫る中、私は更に加速して【オーラ】を無数の剣に変える。その弾の一つ一つを両断しながら最後の敵に接近し、彼の腹部へ蹴りを入れていた。
「ぐぅ、がぁ!」
「と――制圧完了。後は速やかにこの場を去って、この事を鴨鹿町に伝えるだけだね」
粉塵が晴れる前に、私はまた近くの林に身を隠す。
携帯で鴨鹿町に一部始終を連絡し、敵の捕縛を要請した。
「さて、これでこちら側にも居る筈の監視者は、どう動く?」
私の姿は粉塵が遮り、見えなかった筈。つまり、監視者はその役割に反して私の戦力を測る事が叶わなかった。それどころか、こちらの人数や私の姿さえ特定してはいないだろう。
この失態をどう挽回する気か。レストアに連絡を取り、指示を仰ぐ? それとも飽くまで自力で私を発見し、任務を果たす?
どちらか見極める為に、私は数分程その場に留まる事にする。だが未だに主立った動きは無く、私はここでも見切りをつける事にした。
この周囲に粉塵が舞った時、確かに一瞬、動揺の気配があった。私はその出所に向かうべく林の中を疾走する。監視者は、私が監視者の潜伏先を特定した事をまだ知らない筈だから。
だが、これはリスクを伴う選択でもあった。敵は恐らく高台に居て、この辺りの地形を把握している。ならば、この周囲で身を隠せる場所はこの林だけだと看破している筈。
それでも動きが無いという事は、敵は援軍を求めた可能性が高い。その援軍が到着する前に私は敵が潜んでいる高台に到着しなければならない。敵に姿を見られないよう迂回しながら、私は件の高台を目指す。
果たして――スーツ姿の彼女は其処に居た。
私の姿を見失っていた彼女は、今も私に背を向け眼下を行く人の姿を目で追っている。
私は【オーラ】を金槌に変え、後ろから殴打し、この場に居る最後の敵の意識を奪う。その事も鴨鹿町に報告し、彼女を肩に抱えた私はまたも移動を開始。この高台が見渡せる木の上に身を隠す。彼女が本当に援軍を要請したのか確認するべく、その場に留まる。
そして――数分後にはその場に玉子ちゃんの家に張り付いていた三人の男女が現れた。
という事は、玉子ちゃん側の監視役もこの場にやって来た可能性が高い。その一方で援軍を要請した彼女がこの場に居ない事を、彼等も不審に思っている筈。
第一に彼等が考える事は、監視役さえ私に倒されたという事だと思う。ならば、この場に自分達が誘導された事も罠だと判断するに違いない。
実際それは当っていた。彼等は、私が身柄の引き取りを要請した鴨鹿町の『異端者』と鉢合わせする。お蔭で彼等と戦うハメになった敵は、その数分後、残らず『異端者』に捕縛されていた。流石に六対三では分が悪かったと見える。
「と、これで計算通り、レストアの手駒は大体片づけたか。でも、後で帝寧皇あたりに文句を言われそうかな? 鴨鹿町の『異端者』を、無断で戦いに巻き込んだから」
ま、背に腹は代えられない。それにこれで敵は私だけでは無いと、監視者に思わせる事に成功した筈。私には大勢の味方が居ると、誤認させる事が出来た筈である。
そう。ぶっちゃけ私には敵の身柄を押えにきた『異端者』を戦いに巻き込む権限など無い。彼等の使命は、飽くまで鴨鹿町の害になりそうな存在を捕縛する事にある。だというのに彼等を私の戦いに巻き込んだのだから、帝寧皇に注意の一つも受けるだろう。
そうは思いながらも私は気持ちを切り替え、彼方を見た。
「後は監視役だけか。さて、どう誘い出した物か」
鴨鹿町の『異端者』が私の敵を連行して、この場を去る。その時、私には少し引っかかる物があった。だが僅かに過ぎったその疑念も、芹亜からのテレパシーで綺麗に霧散する。
《で、どうなったの? 敵はまだあなたの家に張り付いたまま?》
《いえ、玉子ちゃん側の監視者以外は、みな倒したよ。玉子ちゃんちに張り付いていた、〝ジェノサイドブレイカー〟もまとめて》
《――本当にっ? あなた……真剣に何者よ? 余りに手際良すぎでしょ……?》
《いえ、問題はここからだね。如何にして監視者の居場所を特定し、打破するか。それを果たさない限り、本当に勝ったとは言えない》
私的に困るのは、監視者が二人居た場合だ。一人が前線にやって来て、私とその人物の戦いを監視される場合が一番まずい。
実際、レストアにはミラウド・エッジと言う相棒が居る。司令塔の役割をこなしていると言うミラウドが、現場にやって来るかは疑問だ。
ただ、その可能性が零では無い以上、私も最悪のケースを想定しておかなくては。
「それとも、レストアのもとにはまだ強力な能力者が居る? そう考えるべきかな?」
全く根拠はないが最悪の事態を慮るなら、そう仮定しておくべきかもしれない。私が今知るべき事は、監視者が何人居て、何者かという事。それを知る方法は、二つしかないだろう。
と言う訳で私は肩に担いでいた女性の携帯を破壊し、彼女の両足の骨を折ってみた。
「――ひぎぃッ? ああああああああぁ―――ッ!」
彼女に悲鳴を上げさせた後、私はその場から離脱し、近くの木の上に潜む。
と、案の定、彼女の悲鳴を聞きつけた人物がこの場に現れる。マントにフードを被ったその人物は、余りに怪しすぎた。
「やはり、今の悲鳴はオレを誘い出す為の物ですか。思いの外手強い。それで、標的の姿は確認しましたか?」
フードの人物(恐らく女性)が両足を折られた彼女に問い掛ける。彼女は歯を食いしばりながら、頭を振った。
「……い、いえ、確認できませんでした。も、申し訳ありません――ラインメデス!」
ラインメデス? それが、あの女性の名か。
彼女がこの場に事もなく現れたという事は、もう一人以上確実に監視者は居る。その監視者を引きずり出さない限り、私が戦闘に勤しめばその情報は監視者の物だ。私の手の内は知られてしまい、今後、劣勢に立たされるかも。
となると、ここは一旦ひくべきか? 彼女達の動向を監視し、動きがあるまで待つという手もある。
「けど仮にレストア達が別行動をとっているなら、彼女達を各個撃破する好機なんだよね」
寧ろ、レストア達と合流される方が厄介かも。それとも、もう一人の監視者がレストア?
いや、多分だがそれは無い。今の段階ではまだ、ミラウドと共に本拠地で情報収集している可能性の方が高い気がする。それだけ彼女は、自分の部下に信頼をよせている。何の根拠も無いが――それこそ私が直接会ったレストアに対する心証だ。
「なら、一か八か試してみますか」
これが私の、最後の手札。私は自分の【オーラ】を一気に肥大させ、私を中心にその幅を広げていく。よって、とうぜん私の居場所も特定されるだろう。だがこのソナーの様に広がる私の【オーラ】は、確かに森に潜むもう一人の不審者を捕捉した。
ならば私は――その人物目がけて跳躍するほかない。
「く! エスメラルダの位置も――特定された? 本当に良くやります」
その後を、ラインメデスと言う女性が追ってくる。だがその頃にはエスメラルダとやらは森から離脱し、町に降り立って、フードを脱ぎ捨てる。ラインメデスもそれに合流し、同じ様にフードを脱いでから、彼女達は追撃してきた私を見た。
「けど――愚かだな。私達二人を同時に相手にするつもり、というのは。例え君にまだ仲間が居たとしても」
私と同じで全身白ずくめな、ゴスロリファッションの少女が、喜々として告げる。
軍服姿の女性もそれに呼応し――ここに私と彼女達の戦いは幕を開けたのだ。
◇
鳥海愛奈の目前に居るのは、余りにアンバランスな少女達だ。
一人は、身長百四十六センチ程の小柄な少女。白い長髪を背中に流す彼女は、豪奢な服を纏っている。
もう一人は、身長百七十五センチはある長身の少女。黒い長髪を背中に流す彼女は、軍服を纏っている。
ついで――愛奈は奇妙な感覚にとらわれた。
(んん? これだけ近くに居ながら、気配を殆ど感じない? お蔭で向こうの力もまるでわからない訳だけど、これも敵の力量が高いから? 私に気配を感じさせない程の使い手だと?)
その読みは正しい様で、間違っている。確かにエスメラルダとラインメデスの力量は高い。だが気配云々に関しては、彼女達の能力に起因している。
それをより色濃く反映させているエスメラルダが、赤い瞳を爛々とさせてお喋りに勤しむ。
「――鳥海愛奈だな? ナリエスタの工作員を、消して回っている主犯。私達は、そう判断して良い訳だ?」
「さて、どうだろう? 後、君、声や見かけは可愛いんだから、その男口調は止めた方がいいかも」
そう告げながら、愛奈が地を蹴る。一直線にラインメデス達へと向かい、両腕を突き出す。同時に彼女の【オーラ】は大剣に変化して、両者へと肉薄した。いや、ラインメデスはそれを紙一重で避け、エスメラルダの体は愛奈の剣が貫いていた。
(な、に?)
けれどその筈なのに、エスメラルダの体からは血が一滴も流れない。それもその筈か。愛奈の剣は彼女の体を貫いたのではなく――すり抜けたのだから。
その事を理解した愛奈は後方に飛びながら剣を撃ち放ち、空間破壊を試みる。
――空間破壊。
それは空間自体が孕んでいる、物理法則さえも破壊する業。よって空間ごと破壊された存在は、例え不死の法則をその身に宿そうとも死に絶える。
故に仮にエスメラルダ達が不死の類であろうとも、絶命する事は確実だ。
(つ! 冗談でしょう?)
が、それさえも彼女達は無力化する。二人が居る空間は破壊されず、その場には無傷の両者が佇むのみ。
直後、エスメラルダがこの場から離脱する。何を思ったか、彼女はこの町の周辺を駆け回り始め、その間にラインメデスも跳躍する。一瞬にして愛奈に接近し、その拳を彼女に叩きつけようとする。
問題は、その速度と威力。
それは正しく――鹿摩帝寧にさえ匹敵する豪拳だった。
その証拠に、ラインメデスが攻撃を繰り出す瞬間、この一帯は亜空間に取り込まれる。
(は、い?)
この完全なる計算違いを前に、愛奈の意識は一瞬フリーズする。これほどの使い手がレストアに与しているとは思っていなかった愛奈は、判断を誤った。迂闊に敵の攻撃に触れるべきでは無いのに、愛奈は帝寧皇の時と同じくその拳を受け止める。
その瞬間、今度はラインメデスが刮目し、一瞬息を止めたあと後退する。
ここで両者は初めて――自分達が標的の力量を見誤っていた事に気付いた。
「今のを、受け止める? ……冗談でしょう? やはりあなたも、〝超ジェノサイドブレイカー〟?」
「ああ、そっか。そういう君達も〝超ジェノサイドブレイカー〟だね?」
だとすれば、愛奈は重大な過ちを犯した事になる。このレベルの使い手を、二人同時に相手にするという選択をしてしまったのだから。
この己が暴挙を嘲笑いながら、愛奈は尚も後退する。
(さて、どうした物か。空間に穴を空けて、現実世界に逃げ帰る? けど、そうなると私の脅威がレストアに報告され、私は袋叩きに合う。それを避ける手段は、やはりここで彼女達を倒す事だけ。問題は私にソレが可能か否か――)
そう。レストアがこの場に居ないのは、まだ愛奈の事を見くびっている為。だが、ここでレストアに愛奈の情報が伝われば、彼女の慢心は今度こそ消え失せる。レストア達も参戦し、その時こそ鳥海愛奈の死はほぼ確定と言えた。
だが、それは現状も同じではないか? このレベルの人間を、二人同時に相手にするのだ。普通に考えれば、万に一つも勝機は無い。それを証明する様に――ラインメデスが動く。
彼女は黒い穴から巨大な銃器を取り出し、その照準を愛奈に向けたのだ。現実世界には無い直系三メートルに及ぶ大型拳銃を前にして、愛奈の背筋に怖気が走る。
そしてラインメデス・メイズは――その必殺の一撃を鳥海愛奈に向け撃ち放った。
9
「ダメですね。通信、途絶えました。鳥海愛奈の暗殺実行部隊は、全滅したと考えて良いでしょう」
ミラウドの報告に対し、私はフムと頷く。
「成る程。ここまでは予想通りね。どうやら鳥海愛奈はやはり鴨鹿町と繋がっているみたい」
さもありなん。愛奈が『異端者』を殺して回っている以上、それに鴨鹿町側が危機感を抱かない筈が無い。また鴨鹿町がそう考えると、愛奈も想定する筈。
ならば愛奈と鴨鹿町が話し合い、何らかの折り合いをつけている可能性は大だ。つまり鳥海愛奈は鴨鹿町にパイプがある。とすれば、私達がとるべき手段は一つ。
いや、それ以上に驚かざるを得ないのは、鳥海愛奈の手腕だ。彼女は軍事訓練を受けている私の兵達をその策と機転を以て尽く打破した。これは並みの人間に、出来る事では無い。
「けどその反面、ミラウドが洗った限りでは彼女が軍事訓練を受けたという経歴は無い。要するに彼女は、只の女子高生にすぎないという事。只の女子高生に私の部下は全滅させられたって、どういうレベルの冗談よ? 日本の女子高生って――皆こんなに強いの?」
私が深刻な顔で問うと、ミラウドも真顔で返答する。
「いえ、まだエスメラルダ達が敗れたとは限りません。亜空間で戦闘を行っている為、連絡がつかないだけでしょう。仮にそうなら、これは好機です。エスメラルダ達の援軍として貴女が現場に赴けば、鳥海愛奈の暗殺は叶う」
「そうね。元々エスメラルダ達は、愛奈の力を殺ぐのも役割だった。勿論彼女達なら勝てるとは思うけど、ミラウドとしてはそういう目的もあったのでしょ?」
今もパソコンを弄りながら、ミラウドは普通に頷く。
「ええ。エスメラルダ達が無駄死にする事こそ、私にとって〝最悪の事態〟ですから。ならばラインメデス達が標的を弱らせ、貴女が止めを刺すまで。面子にこだわるあの二人は怒り狂うでしょうが、私にとってはそれが最良のシナリオです」
「成る程。では――早速その〝最良のシナリオ〟を実行しに行くとしましょうか。実行部隊の連絡が途切れたのは、愛奈の家の近辺なのよね?」
なら私は其処に向かい、力の流れを辿って亜空間に侵入し、参戦すれば良い。それだけで仕事の一つは片づけられると計算し、席を立つ。
唯一の懸念は、私が到着する前に戦闘が終わっている事。エスメラルダ達を殺された上、私の出る幕が完全に奪われる事だろう。それだけは絶対に避ける為、私はホテルの窓を開け、其処から文字通り飛び立つ。
秒速一グーゴルプレックスキロで飛行し――私は決戦の地に向かったのだ。
10
その少し前、愛奈は彼女達の脅威に晒されつつあった。ラインメデスが手にした拳銃から弾丸が発射される。それは一直線に愛奈に向かったが、問題はその破壊力だ。
彼女はその意味を――一瞬で悟る。
(確実に〝今の私〟なら殺せるレベルの攻撃! つまり避けきらなければ間違いなく死ぬ!)
よって愛奈はその弾丸を躱す為、九時の方角へ跳躍するほかない。その弾丸は愛奈の髪を掠めながらも、町へと着弾する。
この時――愛奈は見た。たった一発の弾丸が――宇宙を十億個ほども消し飛ばす様を。
(く! ――帝寧皇以上の攻撃力っ? 本当に何者なのかな――彼女はっ?)
いや、愛奈にとって深刻だったのは、その直後に脳が揺れる程の眩暈を覚えた事。彼女は己の不調を自覚し、その理由を瞬時に看破する。
(まさか――髪にあの弾が触れただけで、ダメージを受けた? と言う事は――そういう能力っ?)
だが、そう想定しながらも、愛奈の表情は変わらない。苦悶に顔を歪める訳でもなく、ただ真顔で彼女は移動を続ける。一瞬で再生された自分の町を彼女は駆け回る。
(だとしたら、私に有利な点は土地勘がある事。林や森や家々という遮蔽物を生かして、何とか彼女の目から逃れる)
対してラインメデスは、テレパシーを通じてエスメラルダに意見を求めた。
《やはりやりますね。オレの一撃を躱してみせるとか、そんなのはレストア以来です。それに気になる事が。オレが弾を発射した後、一瞬武器の形状が変わりました。より高性能な物に変化したのですが、これをどう見ますか、エスメラルダ?》
ラインメデスが居る位置から、二十メートル離れたエスメラルダの答えはこうだ。
《恐らく、それが彼女の能力なのだろう。君と似て非なる能力の持ち主が、鳥海愛奈という少女だ。どうやらミラウドの勘が当たったらしい。たった一人の標的を始末する為に私達二人を派遣するなど、気でも狂ったかと思ったがね。これは私達二人のコンボで相手をしなければ、間違いなく手こずるだけの使い手だ》
喜悦しながら、エスメラルダ・メイズが謳う。そのまま彼女は自身の〝オーラ〟をソナーの様に飛ばす。それはさきほど愛奈が使った業と同じ類の物。それを使い愛奈の位置を特定したエスメラルダは、ラインメデスにこの情報を伝達する。
《方角は南西――距離は五十メートル先だ》
《了解》
同時に放たれるラインメデスの一撃。一瞬だが先刻より確実に威力が上であるその一撃に、愛奈は思わず歯を食いしばる。彼女は自身の【オーラ】を放出し、その推進力に乗ってかの弾を辛うじて避けていた。
(やはり威力が増している! 私の反応速度より敵の能力処理速度の方が僅かに速いっ?)
が、愛奈の身におきた異常はそれだけでは無かった。彼女がある地点に至った時、地面に巨大な穴が開く。それは避ける間もなく、一瞬で愛奈を引きずり込む。
次の瞬間――彼女は見知らぬ殺風景な場所に立っていた。
「は、い?」
いや、彼女にとって深刻だったのはそんな事では無く、その空間に巨大な怪物が存在していた事。全長五メートルのソレを見て、愛奈は一瞬で悟る。
(防御に全力を注がなければ……一撃で死ぬ!)
赤い巨人が――愛奈の体目がけて拳を放つ。一撃で宇宙を五十億個消し飛ばせるその一撃は事もなく愛奈の体に命中し、彼女を吹き飛ばす。
次の瞬間――既に死んでいる筈の愛奈はエスメラルダ達が居る空間に戻っていた。
《ほ、う? まさか、私の能力を食らって生き残った? やはり、想定通りの力の持ち主か》
(正に想像を絶する怪物達! レストア・テアブルはこんな怪物達を従えているというの?)
愛奈とエスメラルダが、共に驚愕する。いや、押されているのは間違いなく愛奈の方だ。彼女の体には確実にダメージが蓄積され、呼吸さえ満足に出来ずにいる。
それでも愛奈は何とか思考を巡らせ、エスメラルダは事も無く愛奈の能力を予測する。
両者の見解は、こうだ。
《恐らく鳥海愛奈は周囲の存在エネルギーを、瞬間的に自分に加えている。ラインメデスの弾が命中しないのも、私のリヤゴでも殺せないのもその為。攻撃の際、私達が発する速度や攻撃力さえ彼女は一時的に己の力に転化しているからだ》
(そう。そのお蔭で私は死なずにすんでいる。そしてラインメデスは、たぶん触れた相手を確実に殺す事ができる武器を具現できる。あの弾が私の何処に当ろうとも、彼女は私を仕留める事が可能。髪に触れただけで意識が白濁したのはその所為。加えてエスメラルダは先程この町を駆け巡った時、この町の至る所に罠を張った。亜空間に通じる穴を作り出し、そこに私を誘導する。その落とし穴の中には、彼女の身体構造では収まり切らない怪物が巣くっている。きっと彼女は自分の体を二つに分けた。本体と、自分の中に内包されている膂力の塊の二つに)
エスメラルダと愛奈の予測は、間違っていない。補足する事があるとすれば、エスメラルダの能力。彼女は人間の体では、自分が持っている膂力を全て引き出せないと考えた。その全てを引き出せば、自分の体は崩壊すると悟ったのだ。
故に彼女は、その体を二つに分けた。本体である自分と、彼女のパワーの化身とも言うべき怪物の二つに。
よってリヤゴと名付けられたその怪物は――エスメラルダの限界を超えたパワーを誇る。
但し〝ルール〟上、リヤゴは亜空間の中でしか存在できない。
そのため彼女は標的を落とし穴に誘導し、リヤゴが居る亜空間に引きずり込む必要がある。
(エスメラルダが不死身なのも、その為。あの怪物の方に彼女の主要器官はあって、それを潰さない限り彼女は死なない)
言わばエスメラルダ本体が蜃気楼じみた影であり、影である筈のリヤゴが本体なのだ。
そう悟った時、愛奈はこの二人が誇るであろうコンボを察し、その悪辣さを痛感した。
(つまりラインメデスが標的を追い立て、落とし穴に誘導し、エスメラルダの怪物が止めを刺す!)
事実、戦況はその様に動く。エスメラルダが愛奈の居場所を特定し、その場にラインメデスが突撃をかける。今度は近距離から愛奈を攻撃する為――絶命必至の射手が迫る。
それを迎撃するべく、愛奈は【オーラ】を剣に変えて彼女に撃ち放つ。だが、次の瞬間その異常は起こった。
(な、に?)
ラインメデスの体も、剣が通り抜ける。先のエスメラルダと同じ現象を見て、愛奈は咄嗟に三時の方角へと逃れる。が、その時には――愛奈は二度件の罠にはまっていた。
「ほ、う?」
(つ、く!)
しかし、それでも愛奈は生存する。リヤゴの攻撃を二度受けながらも彼女は生き長らえる。
《けど、確実にダメージは負っています。こうなると後は時間の問題ですね。オレの弾で死ぬのが先か、エスメラルダのリヤゴで死ぬのが先か。どちらにせよ――彼女に勝ち目はない》
そう結論して、ラインメデスは得物を戦車に変える。その上に騎乗しながら、愛奈が潜伏している丘の上を突っ切ってくる。
この死に直結した光景に対し、愛奈は一人歯を噛み締めた。
(さて、どうするか。恐らく暗殺の実行部隊と連絡がつかなくなった事で、レストアも現場の異変に気付いた筈。だとすれば、彼女がこの場にやって来るのも時間の問題。私は彼女がここにやって来る前に、この二人を倒さなければならない。この二人にレストアが加われば、勝機は殆ど無くなるから)
だが、その前に愛奈は二人に問うていた。
「ええ、そう。私が訊きたい事は一つだけ。君達が――戦う理由は何?」
「無意味な事を訊きますね、あなたは? そんなの、それ以外の生き方を知らないからに決まっているでしょう?」
この時、愛奈は二人の〝オーラ〟に触れただけで、全てを知った。
然り。エスメラルダもラインメデスも――生まれながらの兵器だ。
某国で生まれた彼女達は『異端者』に対する切り札だと周知された時点で運命が決まった。貧困に喘いでいた彼女達の両親は、金貨五枚で彼女達を売り渡した。その後、まだ四歳だった彼女達に待ち受けていたのは絶対的な洗脳である。
主に逆らえば激痛を伴う罰を与えられ、武功を上げれば英雄ともてはやされる。この扱いの違いに幼い彼女達は混乱する事になる。何時しか主が時折みせるその優しさに縋る様になり、彼女達は主を喜ばせる為だけに働いた。
主が指示する通りに人を殺し、食事にありついて、何とか生を繋ぐ。それに背けば虐待を受け、それを避ける為にも彼女達はただ主に従うほかない。
本当に、自分達は一体どれほどの数の人間を殺してきただろう? どれだけ多くの子供や老人や女性達を虐殺してきたのか? それが非道な事だと気付いたのは、何時の事だ?
〝いえ、大丈夫。貴女達はもう、そんなつまらない生き方をしなくていいから〟
ある日、長い金髪を背中に流した少女が、そう告げる。
初めは意味がわからなかったが、少女は続けて口にした。
〝これでやっと四人目ね。でも、会えてうれしいわ。だって――貴女達は紛れも無く私の家族だもの〟
家族? その聞き慣れない言葉を聞いた時、何故か彼女達は涙した。彼女達は決して忘れていなかったのだ。あの幼い日、自分達にこう言ってくれた彼等の事を。
〝すまない、すまない、すまない。でも、それでも、私達は家族だから。だから、私達を憎む日が来たなら、その時は私達を殺しに来るといい。その時は、私達もお前達を笑顔で出迎えるから〟
生まれたばかりの乳飲み子を医者に連れて行く為、あの両親は自分達を売った。それ以外彼女達の妹を救う道は無かった。その非道を為しながら彼等は尚も自分達を家族だと謳い、殺されても仕方がないと覚悟する。
なら自分達が姿を見せただけで、彼は自殺しかねない。その全てを思い出した時、彼女達は初めて自分達にはもう帰るべき家は無いと悟ったのだ。
〝そう。だから今日から、私の家が貴女達の帰るべき場所よ。貴女達は私達と巡り会う為に生まれてきたの〟
彼女達の主の返り血に染まった、金色の少女が断言する。どう見ても自分と同じ年頃の少女は、普通に微笑んだ。その笑顔を見て、彼女達姉妹はただ唖然とする。
〝あなた、正気ですか? オレ達の様な子供だけで生きていけると、本気で思っている? だとしたら、あなたはきっとバカだ〟
〝そうよ。私は大バカで、大ボラ吹き。でも、これだけは言えるの。大バカだからこそ私だけは貴女達を捨てたりしないと。貴女達を捨てなければならない日が来たら、その代りにこの左腕をさしだしましょう。貴女達を裏切らなければならない日がきたら、その代りにこの右足を差し出すわ。だからこの手を取りなさい――エスメラルダにラインメデス。どうかこの私にこの誓いを守らせる機会を与えて〟
〝………〟
本当に何故だろう? 散々あの主から呼ばれ続けていた筈のその名が、何時もと違って聞こえたのは? それは彼女達が聞いた事が無い響きで、それが親愛という物だと彼女達は未だに知らない。
ただ何度か躊躇った後、彼女達双子は気が付けばその手をとっていた。
〝ええ。今日からよろしく。私の名は――レストア・テアブル。願わくはこの私が、貴女達姉妹の道標にならん事を祈っている〟
そうして――メイズ姉妹の第二の人生は始まりを告げた。
彼女達は――レストア・テアブルと言う名の自由を手に入れたのだ。
「でも、それでも、傭兵と言う生き方だけは変えられなかった。殺す対象は非道な大人に変わったけど、それでも人殺しが体に染みついたオレ達は変わらない。それでもオレ達は彼女に――レストア・テアブルに救われたんです」
「そう。だから私達は君を殺す。私達自身の為に、レストアの為に――君を殺し尽くす」
後退する愛奈に、ラインメデスとエスメラルダが吼える。
この吐露を聴き、愛奈は結論した。
「ああ、そうか。つまり――私もまた君達と同じという事だね」
非道な人間を殺し、この国を守ってきた自分と非道な大人を殺して生を繋いできた彼女達。その何れに、どれほどの違いがあろうか? そう思った時、愛奈は初めて自分と同じ人種が居る事を知り、思わず微笑んだ。
「でも、悪い。どうやら私は君達を裏切ったみたい。私は彼女に手を差し伸べられたあの日、もう救われたから」
そう。彼女が――芹亜・テアブルが現れたあの日から、自分の世界は一変した。人を殺さずとも変わらぬ今日を迎えられる様になった。
その犠牲は余りに大きいけど、望まずして人を殺し続けた彼女達を前にそんな事は言えない。口が裂けても喜々として人を殺し続けてきたなど、言えた物では無かった。
「だからせめて――君達は私の手で倒そう」
「なに?」
今、愛奈は彼女達を倒すと言ったのか? だが、今やラインメデスさえ不死と化している。そのラインメデスが獲物を追い立て、罠に誘導し、エスメラルダがその命を刈り取るのだ。
この無敵のコンボの何処につけ入る隙があるという? 鹿摩帝寧と鹿摩詠吏の反作用体である自分達を――どう打破するというのか?
鳥海愛奈は――ド悪人?・前編・了
という訳で、前編終了です。
なんか〝見た目は聖女! でも中身はド悪人!〟みたいな話になってきました。
唯一の救いは、まだ奴の良心回路が死にきっていない点でしょう。
こんな女子が主人公でいいのか疑問に思いつつも、後編に続きます。