須賀野守
世間は正月気分なれど、受験生には正月はない。正月明けにはすぐ私立高校の入試が始まるため、私の通っている塾では正月特訓コースが開かれ生徒たちは皆必死で最後の追い込みをかけていた。朝の9時から夕方17時までがっつりと特訓を受けるのだが、私だけはその後特別メニューで英語の先生からマンツーマンの指導を受けることになっていた。
星花女子学園高等部。県西部の空の宮市にある女子校で、つい最近まではお金さえ出せば誰でも入れると揶揄する者もいたぐらいに不人気ではあったが、地元に拠点を置く複合企業「天寿」の社長が理事長に就くと学校改革によって人気校へと変貌し、昨年は有名アイドルが入学してその知名度は全国に拡がった。おかげで今年の倍率は跳ね上がり、特に今年度開設される国際科は10倍を超えている。
私はその10倍の壁に挑もうとしていた。国際科の入試には国語数学、リスニングを含む独自の英語問題、小論文、面接がある。過去問は存在しないので、学校側から公開された問題例を基に先生が内容を推測し作成してくれた問題を解く他なかった。だが基本をおろそかにしなければどんな問題が出ても恐れることはない。ひたすら鍛錬あるのみである。
「うん、筆記とリスニングはほぼ完璧ね。面接も受け答えはしっかりしているし。だけど小論文がね……」
「何か問題でもありましょうか?」
私は「あなたが外国語を学ぶことで社会にどのような貢献ができると思いますか」というテーマで小論文を書いた。起承転結はしっかりと書けたし主張したいことは伝えられたはずだ。何がいけないというのか。
「その、フランス外人部隊に入りたいという理由は伏せた方がいいと思うの。もう少し平和的な内容というか……」
「世界各地の紛争を終わらせ平和に導きたいと書きましたが?」
「い、いやあのね。その志は先生としては良いと思うのよ。だけど軍隊と聞いて身構えちゃう人も多いし、試験官があなたの崇高な考えについていけなかったら減点されちゃうかもしれないわけで……」
小説は大勢の人に発信して心に響く人だけに届けば良いが、小論文はいくら良い文章を書けたとしても試験官の意図した内容や校風に沿わなければダメなのだと。そう懇々と諭されて、私は納得がいかなかったが耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ心で書き直さざるを得なかった。
家に帰ったのは夜9時過ぎだが、当然ここで終わりではない。自宅には納屋があり、その一角は勉強部屋に改造されていた。私や弟たちはテスト前の勉強ゆ長期休暇の課題を片付けるときにここに移るのだが、余計なものは一切なく、雑音も聞こえないので大いに集中できる環境が整っている。冷暖房なんぞはないがそれで暑い寒いとぬかすのは集中力が足りていない証拠である。心頭滅却すれば火もまた涼しというが、逆もまた然り。
シャープペンシルを走らせる音と、問題集とノートをめくる音しかしない中でふいに人の気配を感じた。一旦中座して出入り口の方に向かうと、おにぎりが二つ、皿に乗せられて床に置かれていた。側にはミニペットボトルのお茶があり、その下には書き置きが敷かれていた。
『必勝』
力強い二文字を書いたのは父親に他ならなかった。帰省中なのに受験勉強でろくに会話ができていないことを申し訳なく思っていたが、父親は私を励ましてくれている。胸がだんだんと熱くなってきた。
何としてでも星花女子学園国際科に受からねばならぬ。
私は合掌して、おにぎりを一つ手にとって口にした。
「むっ!?」
つい唸る。中身はなんと焼いた牛肉。タレが程よく効いておりご飯に合っている。焼き肉ではなくステーキに食感が近い。となるともしかすると、もう一つのおにぎりは。
かじってみた。思った通り、トンカツが挟まれていた。テキにカツ。王道の験担ぎだ。活力が足の先から頭の先までみなぎってきた。一気に茶も飲み干して、私は再び机に向かった。
この戦い、絶対に勝つ。