バッタの後遺症
昨日は一日休み。
起きて立ち上がろうとひざに力を入れようとすると、なぜか床にぺたんと座り込んでしまう。
「起きてこないと思ったら・・・どっこいしょ。」
ベッドから滑り落ちてしまっていた私を、お父様は引き上げてくれた。
お母様もやってきて、紫色の液体の入ったコップを渡された。
「残さず飲むのよ。」
ごく、ごく・・・
苦い。草の汁かな?休み休み飲んだ。
視界がゆがむ。
「めまいかも?」
「じゃあ、そのまま横になって。」
コップを取り上げられて、そのまま横になった。
「昨日、無意識のうちに使ったんだね。
でも同時に彼のも反応したから、実際はそんなに使わなくても良かったはずなんだけれども。」
「この子には全く何も教えていませんから。
でも、自分の身に危険が迫ると勝手に反応していたので、何かあっても大丈夫そうですが。」
父親はリアに向けて何か唱えている。
「これでいい。
ギルドマスターに気づかれてしまった。けん制しておいたけれどね。」
「元魔法騎士だった方ですし、伝説のギルドマスターと言われているぐらいですから、その点は信頼できるかと思いますよ?」
そう言って、母親はコップを片付けた。
「おはよう。今日は起き上がれるかな?」
「おはようございます。”今日は”?
一日寝ていたのですか、私?」
お父様が手を差し出すので、握って立ち上がってみた。
「立てます。・・・歩いても大丈夫みたいです。」
「一日寝ていたから、また、立てなかったら休ませてもらわないとって思っていたからね。
よかった。」
そんなに、虫が嫌だったのかな、一日寝てしまうほどに?
嫌いになったのかもしれない。毎日バッタ、バッタだったから、精神的に疲れたのかもしれない。
森では一気に黒いのが押し寄せて?そこからの記憶が全くない。
「大丈夫そうだな、リア。」
「ギルドマスター、ありがとうございました。
家まで運んでくださって。」
奥の方から青臭いような甘いような、妙なにおいがしてきた。
「なんですか、このにおい?」
「いいところに来た。これを飲んでおいて。」
魔法使いさんが差し出したのは、また紫色の液体。
昨日からこんなのが続くなあ。
こっちのは、においが強烈なのにおいしい。
「おへっ!」
においにむせた。
「においが難しいかな?味と効果は問題ないはずなんだけれども?」
向かいでギルドマスターもげへげへやっている。
「慣れんな。」
「仕方がないでしょ?影響はないとは思うけれども、バッタを誰かが操っていた可能性を否定できないのだから。」
毒消しと魔力の修復と回復という薬らしい。
「リアは魔力の修復、回復が必要ないと思っているだろうけれども、毒消しだけなら飲めないぐらいにおうからね。」
「うへーっ。」
においに四苦八苦しながら飲み終えた。
「この辺りのバッタ被害は意外と少なく済んだらしい。
バッタの移動もそろそろ終わりのようで、今後の推移を見守るだと。」
バッタ回収に来ていた人が、バッタではなく、本部からの手紙を持ってきた。
「それではこれで。」
普段は手紙だけを一週間に一回ぐらい持ってきていたから、頻繁に顔を見るのはこれで終わり。
なんとなくさみしいような、普段に戻ってきてうれしいような。
外から戻ってきたいつもの魔法使いが、元バッタ回収の人に声をかけて、あの紫の液体を飲ませていた。
あの人もげへげへやっている。
「リア、そんなにむせそうなにおい?」
と飲んでいないカトリナがのんきに聞いてきた。
「私が飲んだ時は湯気があがっていたから、湯気と一緒にのどや鼻に入ったわ。
今なら冷めた分ましじゃないかな?」
お昼休みに、網を貸してくれた人のところへ行った。
「バッタはほぼ終わりですって。」
「あー、よかった。
死がいが大量で、もう見たくないっていう気分だったからね。
そうそうあなた大丈夫だったのね。
何か大きな衝撃が二回あったから。
一緒にいた旦那が、恐ろしく強い魔力が働いているって言ってたわ。」
おばさんは興奮して、一気にしゃべった。
「そうだったんですね。
私、魔力がないからよくわからなくって。」
「いやー、なくてかえってよかったかもよ?」
そんな話をして、借りていたものを返した。
「マスター、森の近くにいたおばさんに、私が森にいたころ、大きな衝撃が二度あったから大丈夫だったの?って聞かれました。
私は全く記憶がないし、気絶していたって言われたし・・・」
「魔法で中を探ってみて、なんともなかった。
それに、回復をかけてあるし、さっき毒消しも飲んでたし、気にすることはないと思うが?」
マスターがそう言うのだから、そうなんでしょう・・・でもなんか引っかかる。
「うわーっ、この部屋で薬草広げるな!
唯一の来客室がっ!」
「扉閉めてくれ!風で飛ぶ。」
マスターの注意に全く動じず、魔法使いさんは扉を閉めてしまった。
「さっきリアに、森の近くに住む人から二度の衝撃に対して大丈夫だったかと、聞かれたそうだ。」
「気にしていたのか?
体としては、問題ないはずだが?」
それはマスターも同意見で、うなずいている。
「気絶していたというのがいやなのかもな。」
「・・・見るか?」
「リア、すまないが、薬草を片付けるのを手伝ってやってくれ。」
「わかりました。」
扉のついた奥の部屋に行くと、勝手に扉が閉まった。
「どれをどうすれば?」
「その手前のところから順番に渡してくれるかな?」
急に目の前が暗くなった。
『すごいな。その時のリアの横に立っているような感じじゃないか!』
と、ギルドマスターは楽しそうにしている。
『気絶したのはだいぶ後みたいだな。
さっさと時間を進めるぞ?』
森に入ると、黒い霧みたいなものに全体が包まれる。
何も考えられなくなる。
チクチクするぞ?
「何がチクチク?」
リアはそう言って、ズルズルすり足で光の差すところへ移動した。
何かをつまんでいる。手袋だから感覚が鈍いのだろう。
感覚が伝わってきた。
ぐにっ
つまんだバッタは勝手にはじけた。
「◯△@$☆!!?」
リアは声にならないものを口から発した。
強烈な魔力の解放。
黒い霧が、ゴーォオーっという音とともに向かってきた。
『あれはなんだ?』
人のような形が見えた。
そこから黒い霧が放たれている。
リアにぶつかる手前に壁があるみたいで、バッタがばちばち派手にぶつかる。
リアが身構えると、何かを出したらしく、黒い霧を人のような形のものと一緒に吹き飛ばしてしまった。
ばたっ
リアが倒れた。
どかっ
『どかっ?』
魔法使いとギルドマスターは、音がした方に向かって移動した。
『この辺か?』
ジタバタしているかたまりが見えた。
「ああ・・・」
「大丈夫か?」
「立ちくらみみたいで、おさまったから。
すみません。
やりますよ、お手伝い。」
そのままどんどん片付いていき、すぐに終わった。
「すまないが、こいつとちょっと出かけてくる。困ったことがあれば、剣士に聞いて。」
ギルドマスターは、ギルド付き剣士に何かを伝えると、剣士は変な声を出しかけ、慌てて口を押さえていた。
「まさかな、バッタを使役する盗賊がいるなんて思わなかったよ。」
「バッタの毒で、逆にバッタに乗っ取られていたなんて恥ずかしいよな?」
表面的な記憶から読み取れたことはこれだけだった。
リアの記憶をのぞいた時に見つけたかたまり。
時間をさかのぼって魔法使いは、それを気絶させて、魔法でしばりつけてあった。
それを森から持ち出して、本部に来た。
「他人から記録が見られないように、何重にも魔法がかけられています。
無理に解除しませんでした。
彼の活動は、エアフルトの紙台帳の記録にはありません。」
「わかりました。後はこちらで引き継ぎます。」
ギルド本部の窓口で、そう言われ、かたまりはそのまま荷台に乗せられ、持っていかれた。
「何十年も前からやっていたらしい。
バッタがいない時は、普通に依頼を受けていたと。最近はバッタが減ったので、思うようにいかず、しかもバッタの毒性が強くなって、マヒして乗っ取られていただと。」
「使役できる能力が泣くなあ。」
「出会ってきた人に、能力を生かす使い方のできる人がいなかったのだろうな。」
さっき届いた手紙を持っていって、奥の部屋でギルドマスターたちが話し込んでいる。
部屋から出てくると、
「能力があってもうまく使えるとは限らないなあ・・・」
と剣士がつぶやいた。
私を見て、
「魔力とか、そういうのはない方がいいかもな。」
と言われた。
「?」
「いや、なんでもない。」