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昆虫採集はこりごり

今日は森から帰ってくる人たちが、いつもより疲れているような気がする。

あがってくる報告には

「虫のせいで思うように進めない。いつもなら半日ぐらいのものなのに、一日がかりだった。」

というようなものがちらほら。


「マスター、今日の報告には虫に妨げられるというものがいくつかあります。」

「今の季節ならバッタかな?」

「バッタ?」

ギルドマスターが地図を広げて説明してくれた。

「毎年この辺りから東に向けて広がっていく。

気を付けないと、穀物が根こそぎやられる。

だから、十年ぐらい前から品種改良をした早生のものにして、バッタが来る前に刈り取りをしている。

昔のように、爆発的には発生しなくなっているけれども、穀物があまりないからか、森林の下草にまでたかっているみたいだな。」


次の日、ギルドマスターが難しい顔をして、手紙を見ている。

「バッタ採集に協力してほしいだと。全ギルドで依頼を掲示か。」

依頼を貼っているけれども、浮かない顔をしている。

「重さで支払いか!しかも生け捕り。」

ボードを見ていたギルド付きの剣士が、ギルドマスターに向かって言った。

「ちゃんと生きているのかどうかも見るのか?」

「見ろということなんだろうな。」

受付カウンターの向こうから

「わ、私は嫌ですよ?無理っ、虫大嫌いだから!」

とカトリナが、この世の終わりというぐらい、不快な顔をして言っている。

みんなが私を見た。

「・・・へ?私ですか?」


毎日私と魔法使いさんでバッタをチェックしている。

魔法使いさんがいなかったら、気が狂っていたに違いない。

生きているのと死んじゃっているのとに分けて、生きているものだけの重さで支払わないといけないから。

毎日お昼と午後五時に、虫回収が来るので、午後四時ごろは死にそうになって仕分けをしている。

バッタが死んでいたら、お金を渡してもらえない。

それでいて、ちゃっかり死がいは持っていく。

死がい代も手数料として欲しいかも。


今日で十日目になろうというころ、

「今週でできれば3キロ回収って言ってきた。」

もう、先週の終わりにはあまり持ってくる人がいなくなってきていたから、それは難しいんじゃないの?

「生きていても死んでいてもいいらしい。」

ボードの依頼書をはがしている。

「マスター?もしかして、期待されていませんか?」

「毎日見ているから、どれを持ってきたらいいのかわかっているだろうしな。」

「・・・。」

袋を持たされて、行くことになってしまった。


「これをかぶっていったほうがいいよ。」

森に行くまでの道中、大量の死がいが落ちていたので拾っていたら、畑で作業していたおばさんが、ハチ退治の時にかぶる網を貸してくれた。

「髪の毛に絡むと悲惨よ。」

「ありがとうございます。」

網と一緒に、バッタの死がいの入った袋をくれた。

おばさんと別れてそのまま進んだけれども、森の入り口ってこんなに暗かったっけ?



「入ったら真っ暗で、立っているとはりつかれて動きにくい。」

「服の中に入ってさー、ちくちく痛くて痛くて、このとおり!」

ぺろっと服をめくって、ミミズ腫れを見せる人もいる。

その様子を見ていた人が、腫れているところに魔法をかけている。

「わざわざ回復か。ありがとよ!」

「毒だからな。」

目を見開き、あわわと言っている。

「傷をしていなければ問題ないが、傷口から入るからな、治ったぞ。」

それを見ていたギルドマスターはあわてて、

「カトリナ、リアはもう行ったのか?」

「三十分ぐらいたちますよ。」

「まずい!」

と言って飛び出していった。



森に入ると、黒い霧みたいなものに体を包まれた。

何も考えられなくなる。

チクチクするので気がついた。

「何がチクチク?」

暗いけれども、うっすら光が入ってくるところがあったので、なかなか動けない中、ズルズルすり足でそこまで移動した。

それだけで、息が切れる。

チクチクするのをつまんで、ぐにっ!

手袋をしているせいもあって、力の加減ができない。

ぐにって・・・



バッタをつまんじゃった。

ぷちっ

なんではじけるの?


「◯△@$☆!!?」


声にならないものを口から発してしまった。

それが合図になったみたい。

黒い霧が、ゴーォオーっという音とともに、一気に私に向かって押し寄せた。

そこまでは覚えている。そこまでは。



”なんだ?

私以外でこんなトリッキーで強力な魔法を使うやつは誰だ?”

”おまえさんも感じたか?”

ギルドマスターは魔法使いに向けて、意識へ直接話しかけている。

”こんなの知らない。

勇者たちと行った時でさえ、こんなの使った覚えはない。

今森か?”

”言われなくても、もう全体に結界が張られてある。

誰が張ったのか、わからんが。”

気配を感じて、マスターが振り向くと、何か言おうとしている魔法使いがいた。

「もう一発、来るぞ!」

二人で森全体に、さらに結界を張ったが、タイミングはギリギリ。

二人とも衝撃に耐えられず、飛ばされてしまった。



「げほっ」

「かーっ、ゲヘウヘゲヘっ」

二人とも、胸や腹にきつく衝撃があったためむせている。

「なんだったんだ、もう!」

「暗かった入り口が、いつもどおりになっている。」

こもれびがきらきらと光って、きれいだ。

「暗かった?」

「ああ、真っ暗だ。踏み出したら最後、戻って来れなさそうっていうぐらいにな。

昨日までの様子やみんなの話から、そこまで暗いことはなかったのに。」

二人は無言で中に入っていく。



「リア?」

リアを中心にして、少し離れたところに、バッタの死がいが散らばっている。

魔法使いは周囲を魔法で探っている。

ギルドマスターはリアを抱き起こしたが、そのまま全く起きない。

見たところ、バッタにかまれたとか引っかかれたというようなものはなさそう。

「どうだ?」

「なんともなさそうなのだが。」

魔法使いは、リアの全身に何かの魔法をかけた。

「バッタが押し寄せたときに、リア自身にかけられている魔法と、無意識に自分で身を守ろうとする魔法が出たみたいだな。

リアには身を守るために、二回魔法がかけられている。先にかけられた方は内側に向けて働いて、後からかけられたものは外へ向けて働いている。

どっちも普通じゃないが、後からかけた方はいったい誰なんだ?

見たことがない。」

「今後また魔法を使えるのか?」

とギルトマスターが心配そうに尋ねた。

「今回限りだろうな。痕跡みたいなのがみえるだけで、魔力自体は感じられないからな。

それと、この森にはもうバッタがいない。

死がいを集めて帰ろう。」

二人でさっさと集めて、リアを抱えてギルドに戻った。


カトリナが、このギルド最終のバッタを引き渡した。

「すまない。書類づくりをしてもらって助かった。

今日の仕事はこれで終わりだ。」

「いいですよ。リアは、全く起きないのだもの。」

バッタを渡す時間が迫っていたので、リアをそのまま連れて戻ったのだった。

ギルドマスターは、ギルド付きの剣士に戸締りをお願いして、リアをおぶって送っていった。



「あら?どうしましたか?」

ドアをノックすると、リアの母が出てきた。

「申し訳ありません。この地域に大量発生しているバッタを捕まえていたのですが、バッタに取り囲まれて気絶してしまったようでして。

気絶しただけで、刺されたのではなさそうです。

ひととおり魔法で探りましたから。」

家の中に案内されて、リアの部屋のベッドに寝かせた。

ちょうどリアの父が帰宅した。

「ブルックス先生、申し訳ありません。

リアにこの辺で大量発生しているバッタを捕まえるのを手伝ってもらっていたのですが、バッタに取り囲まれて気絶してしまったようでして。」

「え?あのバッタって毒があるって聞いたことがありますが?」

「それは大丈夫です。毒は受けていないようですが、念のため回復の魔法をかけてありますし。」

一瞬ほっとした顔になった。

しかし、気配が突然変わった。

”あの子にかけられてある魔法のことは他言しないでください。

あの子は全くそれを知らないので。

他言されるようでしたら、たとえギルドマスターだとしてもそのままというわけにはいきませんよ?”

これまで魔力を感じたことのなかった相手から、恐ろしく強烈な量を感じる。

「わかっています。」

すっと、元に戻ってにこやかな表情になっている。

「では、私はこれで。

おそらく明日の朝には起きると思いますが、起きても明日は休むようにお伝えください。」

「ありがとうございました。」

と相変わらず柔らかな表情であった。



「まだいたのか?」

ギルドのあかりがついたままなので、入ってみると魔法使いがいた。

「ああ、リアのことをいくつか言わないと眠れなさそうだからな。」

「なんだ?」

「あんた、王族に会ったことはあるな?」

「魔法騎士だったからな、数年だったが。」

「魔法の質もわかるよな?」

こいつもわかったか?と思いつつ、ギルドマスターは聞いた。

「ああわかるが。何が言いたい?」

「リアにかけられている魔法で、体の内側に向けてかかっているものは王族の魔力を感じる。

おそらく、生まれた時点ぐらいからずっと補強されながらかけ続けられている。

そのせいで、表には魔力なしということになっている。

リアの家は単なる貴族でなく・・・」

ギルドマスターはさえぎった。

「言うな。それはここだけの話にしろ。

さっき、リアの父親にけん制された。

他言するようなら、いくら私でもそのままにはしておかないと。」

「そうか・・・わかった。

あと、リアを守っている魔法の方はこの半年ぐらいにかけられたものだな。

弱いけれども、いざとなったら、術者の本来の能力が引き出される。

術者は出口が狭いから、あまり今は力を出せないというような感じだな。

あの坊ちゃん、何者だ?」

魔法使いに真顔で聞かれた。

「王族に次いで魔力が多いとうわさされる家の次男だ。

呪いがかけられた際、魔力も封じられ、呪いが解けても、魔力はそのままだったらしい。

でも、ここを去る時には魔法が使えたみたいだが?」

「全部ではなさそうだ。まだまだ抑えられている。

魔法使いは魔法使いでも、大魔法師になれそうなものを感じるな。

まあ、騎士になるために戻っていったのだから、大魔法師になれっていうのは、余計なお世話だな。」

魔法使いはよいしょ、と言って立つと、そのまま扉の所へ行った。

「近いうちにいったんここを離れる。」

「え?どういった心境の変化だ?」

「リアを見ていたら、ちょっとな。

とりあえずは、リアの調子が元に戻るまではいるけれども。」

そういうと、暗闇に消えていった。



「あれ?家に帰っている。」

まだ、周りは暗い。

とりあえず、のどがかわいた。

「起きたのかい?」

とお父様が声をかけてきた。

「はい。いつの間に帰ってきたのでしょうか?」

「ギルドマスターが運んでくださったのよ。

バッタに囲まれて気絶していたって。」

げ!そうだった。死がい、足りたのかな?

「どうしよう!お手伝いを途中で投げ出しちゃったわ!」

「明日は休んでって言われたよ。なんとかなったんじゃないかな?」

えーーーーー?

休んでって?

「あさってどういう風に行けばいいのでしょうか?」

「気にしなくていいんじゃないかな?」

なんかもやもやする。

でも、休めと言われているから行ったら迷惑か・・・

仕方がない、明日はゆっくりして、あさって謝っておこう。

ベッドに戻ると、床の上に頭にかぶっていた網が落ちていた。

明日は、おばさんに網を返しに行こう。

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