早く帰ってみたら
今日は忙しくなく、たまには早く帰ってもいいのじゃないかと言われて一時間早く帰ってみた。
そう言えば、たまたま立ち寄ったパン屋さんのパン、家で好評だったっけ。
あるかな?
やっぱり王都。エアフルトとは比べ物にならないぐらい広いし、にぎわっている。
いくつか買って店を出ると、パン屋に近いところで妙に騒がしい。
騎士たちが任務から帰ってきたところだった。
ああ、ラウルもいる。
でもなんだろう、女の人がいっぱいいるの。
「ラウル様!」
「いつものとおり、すてきだわ。」
え?
結婚しているのを知っているはずよね?エアフルトでさえ、お知らせが貼ってあったのに。
ただ、エアフルトでは文字の読めない人がいるのと、私の本当の名前を知らないからあまり意味のないお知らせだったけれども。
ラウルと目が合い、手を振ろうとした。
ラウルの方もほんの少し笑ったように見えた。
しかし、突然後ろにいた女性たちに、
「あなた邪魔よ、下がりなさいよ!」
と押しのけられて、尻もちをついた。
いや、じゃまなのはあなたたちの方ですって!
それを見ていたのかラウルが馬から降りたみたい。
向こうの方で悲鳴に近いような
「きゃー」
「ラウル様が降りたわ。」
という声が幾重にも聞こえた。
「大丈夫?」
「ありがとうございます・・・痛かった。」
お義兄様が手を伸ばして引き上げ、起こしてもらえた。
その辺が大騒ぎ。
「え?なんでしょう?」
お義兄様は、かぶさるようにして周りが見えないようにした。
静かになった。
「もういいよ。家に着いたから。
荷物も大丈夫?」
慌てて袋の中を見たけれども、どれもつぶれず無事だった。
「よかった。中身はパンだったので。」
二人の姿が消えたのを確認して、また進みだした。
「人気者はつらいねー。」
と先輩や同僚たちがからかう。
よくあることだと心の中でラウルはつぶやき、無言で引きあげた。
「急に馬から降りたって?
女性たちに囲まれるのはわかってたろう?」
とディルク様にあきれられた。
「妻が押しのけられて尻もちをついたのを見たので、気になったのです。」
「そういう時こそ、周りにわからないよう、魔法で起こすのと回復させるのとを同時でかければいいのに。
魔法でなんとかすればいいだけだろう?」
そう言われても、使えない時期があったので、ぴんとこない。
「自分で確認しないと気が済まないというのもありますが、それよりもまだ彼女は魔力が安定していません。
兄がかける分には問題ないのですが、私だとかかりすぎたり、暴走したりしますから。
どうされましたか?」
なぜだろう?ディルク様が赤い顔をして言う。
「言おうと思ってて言いそびれていたが。
君はリアの魔力で満たされているから、それを調整しない限り、彼女の魔力と合うとよろしくない。
かかりすぎたり、暴走したりするのは当たり前だ。」
「先日声を出さずにほかの人と会話したのですが、それを妻に聞かれていたのも?」
「そうだと思う。
方法として、相手も自分の魔力で、常に満たすのが簡単・・・でも、無理かも。」
「とりあえずやってみます。」
ディルク様は何か言いたそうだった。
家の中全体に、焼きたてパンのにおいが充満している。
「パンを買っていたんだね。
大丈夫だった?結構強く打っていたみたいだけれども?」
帰ってきたラウルは、ものすごく心配していた。
「ラウルもお義兄様も大げさです。
おしりを打っただけです。それも回復しましたから。」
少しふくれてみせた。
お義兄様に見てもらいながら、回復の魔法をやってみて、今は痛くない。
「わざわざリアが、先日私たちが喜んで食べていたパンの焼きたてを買いに行った帰りと聞いたら、ちゃんと連れて帰らないとラウルにうらまれる。」
と、お義兄様はクスッと笑った。
「うらみませんよ。助かりました。
結婚したと発表しているのに、皆さんわかっていないようで困ります。」
そう、なるべくその時間に合わないようにして行動しようと思った。
でもお義兄様はわかっていて、
「時間は一定じゃないよ?任務次第だから。」
「あっ・・・そうですね。」
あの通りを通るみたいだから、一本裏のところを通ろう。
「変に意識したら迷子にならないかな?」
「え!そんなに裏の道は入りくんでいるんですか?」
お義兄様は笑って、
「たまには一人で探検がてらうろうろしてみては?
迷ったら私を呼べばいいし。」
常に仕事を置いて、私を助けてもらえるわけではないと思うんだけど?いや、それよりもどう呼んだらいいの?
「念じるだけでいいよ。
直接行けなかったら、わかりそうなところへ移動させるし。」
それならいつもそうすればいいんじゃないの?
「覚えるためには、一緒に歩かないと。」
「そうですね。」
ラウルから妙な空気が。
「きちんと責任を持ってくださいね。リアの反応が面白いからって、そのままにしないように、お願いします。」
「ああ、もちろんだ。」
早めの夕食を、そのパンとともに食べている。
もう食べたから、私は明日のお昼ごはん分の下ごしらえをしに行こう。
「二人とも明日のお昼に持っていきますか?」
「えっ、いいの?」
二人そろって喜んでいる様子は、同じで面白い。
いいなあ、兄弟がいて。
食べた分を片付け、下げていった。
リアが席を外している間に、昼間ディルク様に言われたこと・・・相手を自分の魔力で常に満たす必要があると話をしたら、兄様も同じ意見だった。
「常には難しいんじゃないか?」
横で静かに聞いていた父はしばらく考えて、
「常に身につけるものに込めておくのでは、代用できないか?」
リアの魔力が少なくて、そして何も魔力を放っている物を身に着けていなければ何も悩まないのだけれども。
「リアが首から下げているペンダントへ、さらに魔力を追加ですか?うーん。」
兄様が即答した。
「たぶんペンダントが壊れますよ。
あれはラウルの魔力で作った結晶だし、そこに三人の王子とブルクハルト様も足しているから。」
装飾品には足せない。
完璧な状態でバランスが取れているから、そこには何も足せない。
しばらく考えても思いつかない。
いざ寝ようと横になった。
そうだ、全部を満たさなくても、体の中に常にあればいいのかも?
「ラウル?」
「うん?」
さっきから何か変。うわの空の状態。
「ずっと何かを考えているね。」
「うん、どうやってリアを守ろうかと。
ここだと四人がいるけれども、常にというわけにはいかない。
今リアには、僕の魔法がかかりすぎるか、暴走してしまうから・・・。」
と、深くくちづけられ、何かあたたかい感覚が来た。
流すだけ。
様子を見ていると、リアの中で留まっている。
「あたたかい。」
とリアは言う。
「魔力を流してみたよ。しばらくやってみないと分からないけれど、少しずつ流してみるよ。
ある程度すればたまるかな。
たまると普通に魔法をかけられるようになるみたい。とっさの時にかけられないと不便だから。」
「よくわからないけれども、あたたかいのが魔力なの?」
そう感じているみたいだ。
「集中すれば見えるようにもなるのだけれども。」
「見てもわからないわ。」
悲しそうな顔をして、一生懸命にながめている。
「まあ、そのうちに。急ぐものでもないから。」
そのまま抱きしめて眠った。
数日後、またパン屋に行ったので、今度は裏道を行ってみよう。
道沿いのお店はエアフルトとあまり変わりないはずなのに、少しおしゃれに見える気がする。
気がつくと、道の先の方が薄暗い。
引き返して、表の通りに行かなきゃ。
くるっと向きを変えたとたんに、五人の男性に囲まれてしまった。
「なんだ、庶民かよ?
金目のものは持ってないな。」
「体はよさそうだな、顔はそこそこかわいい。
高く売れそうだ。味見するか?」
味見?何の?
二人にガッと腕をつかまれ、一人に後ろから抱きつかれかかったので、跳ね返す魔法を放った。
「あれ?いない。」
周りをぐるっと地面も上も、壁も見たけれども。
まあいいや、こちらが何も言ってないし許可もしていないのに向こうから体を触ってきたんだから。
家に帰って、お義父様と話していた。
「もうそろそろ帰ってきそうだね。」
お義兄様が帰ってきてしばらくすると、ラウルが帰ってきた。
帰ってくるなり、怒っているみたい。
「兄様は?」
「え?たった今部屋を出たわ。」
向こうで、うわっ!という声がした。ラウルに引きずられるようにして、部屋に戻ってきたお義兄様は、ラウルから苦情を受けている。
「ずっと見てたでしょう?」
「助ける前に自分で身を守っていたんだから。それにあいつらは吹き飛ばされていても、死んではいないからね。」
ラウルはため息をついた。
「ちゃんと最後まで後片付けもしていただきたかったのですが?」
リアがパン屋に行ったころにさかのぼる。
この道どこまで行けるかな?という、リアの少し不安な様子が伝わってきた。
無意識のようだが呼んでいる。ラウルの兄はクスッと笑ってリアの後をつけた。
”まずいな。”
リアが得体の知れない男たちに囲まれ、手をつかまれている。抱きつかれそうになっている。
何がまずいって?
今のリアがやられるのじゃなくて、あいつらがどうなるか知らないぞという意味で。
やつらはいろいろやってきたから、手痛い目にあっても問題ないが。
止められなくもなかったが、そのままにしておいたらやっぱり。
”すごいな。そもそも怒っているところに魔法だからな。
ある意味無敵だな。”
リアの放った魔法は確かに周りにいた男どもを吹き飛ばしたが、よほど嫌だったのだろう。
見えるところではなく、少し離れたところに飛ばしていた。しかも、顔が見えないように壁や木の幹、地面にめり込んでいる。
「あーあ、こいつ後ろから抱き着いたからだな。」
体がばらばらにめり込んでいる。
どうやったらこんな風にできるのだろう。連絡だけして後はがんばってもらおうか。
「誰がやっても抜くことができず、ゲルト様とブルクハルト様が行くことになりました。
それでもばらばらにめり込んでいたのは取れず、ゲルト様は無理と、ブルクハルト様はあきれてもうそのままでいいんじゃないかとおっしゃっていましたよ。」
ラウルが怒っているということは、そいつを取り出す作業をさされたのに違いない。
「で、行かされたんだな?」
「そうです。あんなの知りません。
戻してやりましたが、その後本当に一度ばらしておきましたよ。」
二度とあいつらはしないだろうと思う。
次の日、たまたま廊下であったゲルト様に
「あの夫婦を怒らせると命がないかもな。」
と言われたのは内緒だ。
今、向こうでリアに魔法をかけられたと喜んでいる弟には絶対に聞かせられない。