町の祭り
町が何となくざわざわしている。
ギルドからの帰りに気がついた。
なんだろう。
「ただいま帰りました。
町中がざわついているのですが、何かあったのでしょうか?」
「お帰り、リア。
お祭りだよ。八年に一度だから、前回の記憶があまりないのかな?」
とお父様は言った。
お祭り?十歳だから記憶にありそうなんだけれども、思い出せないってことはいかなかったのね、たぶん。
次の日ギルドに行くと、ギルドマスターに呼ばれた。
「あさってから二日間お祭りだけれども、ここはいつもどおり開けるから。
お祭りに行きたければその時だけ交代するから、行っておいで。
でも長時間は勘弁な。」
と言われた。
祭りねえ。どうやっても思い出せない。
カトリナがわざわざ事務室に来て、言った。
「ねえ、知ってる?
このお祭りの最後に、精霊の湖のところでお願い事をすると、精霊に願い事をかなえてもらえるらしいよ。
精霊のお祭りだから、毎年すると精霊が疲れてしまうって。だから八年に一回だって。
八年って、精霊が成長する一サイクルらしいよ。」
残念なことに、これといったお願い事がない。
「ふーん。お願い事が思いつかないから、八年後に取っておくわ。」
必死な表情をして、カトリナが言う。
「なくてもいいから一緒に行こうよ。しあさっての18時が最後だからさー。」
「えー?」
そんなこんなで一緒に三日後、仕事が終わったら行くことになった。
王都のとある場所で、一人の男性が手紙を読んでいる。
ぽつりと独り言を言った。
「エアフルトは今ごろ八年ぶりの精霊のお祭りなんだ。
リアがどうしても行きたいって言って、越してきたばかりの僕を連れていってくれたんだっけ。」
「そうか。もうそんなにも前になるか。」
「うわっ!兄様いつの間に?」
突然声をかけてきた相手に驚いている。
「今日帰ってくる日だったんだな。
騎士になるのは、早かったな。」
騎士見習いで入って、二カ月で騎士。
普段は寮生活だが、騎士になったので、一カ月に一回は家に帰ることができる。
「さすがに周りが十五とか十六とかなのに、十八は恥ずかしいですよ?できる限りさっさと進みますよ。」
よく似た顔の兄弟。
兄が、弟の持っていた紙をのぞきこんでいる。
「ギルドマスターから何か?」
「特に何もありません。
私がリアの記憶を書き換えたのですが、本人がおかしいと思わないようにつじつまを合わせてくれたそうで、問題ありません。
手紙の中に、エアフルトで八年に一度のお祭りがもうすぐだとあったので、懐かしく思っただけです。」
兄は何かを思い出した。
「そういや、その祭りの終わりに湖で願い事をすると、精霊がかなえてくれるとかいうのがあったっけ?
確か、おまえは願い事をしたって、その時の手紙に書いていたな。」
「そうでしたっけ?」
「たまに次元の違うところとつながるんだが、その願いかなうぞ。
忘れたかもしれないけれどな。」
兄が部屋を出たところで、弟はつぶやいた。
「そうじゃなければ困る。何のための努力なんだか?」
祭り一日目。
ギルドはいつも通り開けてあるけれども、訪れる人はあまりいない。
「リア、今、祭りに行かないのか?」
とギルド付きの剣士に聞かれた。
「一人で行ってもつまらないので。それに、八年前のお祭りの記憶が全くありません。
だから別に行かなくてもいいかって。」
「リーアーっ、あさっては一緒に行くのよ!仕事上がりに。わかってる?」
と受付カウンターの向こうから大声で言われた。
そんなに声を張り上げなくても聞こえるって。
「う、うん。」
ふと受付前に置かれてあるテーブルを見ると、いつもの魔法使いが何か物思いにふけっていた。
お昼になった。
「まあ、湖の近くにいくつかお店が来ているから、お昼がてら見ておいで。
お店を見るだけでも楽しい。
次は八年後なんだから、雰囲気だけでも味わいなよ。
明日の夕方だと早い店は片づけられちゃうから。」
とギルド付きの剣士に、ギルドから追い出された。
精霊の湖に向かって歩く。ギルドからなら十分ぐらいの距離だから、お散歩にはいいかも。
露店が並んでいる。食べ物や雑貨、恋人なら喜びそうなアクセサリー・・・。
お店を通り過ぎると、大きな石が湖面から突き出ているのが見えた。
光を受けて、ガラスのようにキラキラと輝いている。
こんなのあったっけ?
じーっとながめていると、いつの間にか私の周りを光がただよっていた。
「リア、あれが見えるのか?」
いつもの魔法使いが隣にいる。
「湖面から突き出ている石ですか?」
「そうだ。あれは、蓄積しているみんなのお願いだ。
もう、数十年分もため込んでいるから、願ってもよほどでない限り、かなわない。
八年に一回というのは、そういうのも理由なんだよ。
精霊の力だから弱いし。ただし、精霊がよほどのものと判断したら、どれよりも優先されるみたいだ。
でもそういうのは数個。
そんなことも知らずに、みんな、のんきにお願いをするんだけれどね。」
朝のあの表情を思い出した。
「魔法使いさん、朝、テーブルのところで何か悩んでいませんでしたか?」
「ん?いや、朝だからぼーっとしていただけだよ。
そう見えたのなら、気のせいだ。」
本当にそう?
「お昼は食べたかい?」
「いいえ。お店を見ているうちに過ぎてしまって、ここへ出たので何も。」
「途中で見た店がおいしそうだったから、それを食べてみないか?」
「はい。」
そう返事をして、魔法使いさんと元来た道を戻った。
ただよっていた光は消えていた。
ギルドに戻って、カトリナに聞かれたので、食べた店を教えた。
おなかがすいていたみたいで、しばらくして帰ってきたカトリナは、ほかにも食べた店を報告してくれた。明日行ってみよう。
深夜。いつもの魔法使いが湖をながめている。
光がふんわりと横に留まった。
じきに光でぼんやりしていた姿が、はっきりと人になった。
「来たか、精霊使い。」
後ろから来た人に声をかけた。
「勇者との約束だからな。
それに、あれを壊しておかないと、ここが魔物の巣窟になりかねない。
人の欲望が大量に集まると、マイナスのものを寄せるのだな。」
『じゃあ・・・』
精霊使いと元勇者の力で、湖面を突き出ていた石が一瞬のうちに消えてなくなった。
「あれだけ集まっても、優先順位がつけられていたのは二つだったな。
一つは数年もすればかなうだろうけれども、後のはなぁ・・・」
と精霊使いはつぶやいた。
精霊使いと元勇者には、それは何のことなのかわかっている。けれども、魔法使いにはわからず、一人もやもやしていた。
「触ったから見えたのだろう?何と何だったんだ?」
「一つは前回十歳の男の子が願ったものだ。一緒に生きていきたいだと。十歳のくせに必死だ。訳ありだな。
これは、今本人が努力しているから、願っていなくてもかなうさ。
もう一つが非常に問題だ。二人がお互いに対して、同じことを考えている。
とっととかなえて、中途半端な状態をなくしてほしいのだが。
だからわざと優先順位一位をつけてやった。」
と精霊使いは言った。
「ああ、ひとごとながら、かなうことを祈るばかりだ。」
と魔法使いが言うと、精霊使いは息をはいて
「まあ、祈っとけ。」
と言って消えていった。
その時には、元勇者はもう人の形から光になっていた。
『・・・のばかっ』
と魔法使いは言われていることに気が付かなかった。
お祭り二日目。
お昼に湖に行ったら、石がない。
「なぜ?昨日まではあったのに、全くなくなっている。」
みんなのお願いの塊なのに、一晩でなくなるの?
精霊さんが急激にがんばってかなえるってことはないはず。
考えても仕方がないので、その場を離れた。
昨日カトリナに聞いたお店で、お昼を食べて戻った。
魔法使いさんが、珍しくうたた寝をしている。
あの大きな石がなくなったことを言おうと思ったのに、起きなさそう。
「気力切れとでもいうかな?しばらくは起きないだろうな。」
とギルドマスターが言った。
「どうしたのですか?」
「朝から急に依頼を三つこなして、さっき帰ってきたばかりだ。
だいたい急に複数の依頼をこいつが受けるのは、精神的に何かあった時だから、あまり聞いてやらないようにな。」
カトリナから回ってきた、魔法使いさんがこなした依頼引受書と報告書。
「マスター、魔法使いさんぐらいのレベルだったら、これぐらい普通なのですか?」
ギルドマスターはぎょっとした表情で
「・・・リア、こいつはおかしいんだよ。
普通じゃないから。
一人でこのレベルを三つ、しかも数時間内にって無理だ。
S級の人間が三、四人でなら可能かもしれない。そう、”かもしれない”というレベルの依頼だよ。」
と私に
「依頼、なめちゃいかんよ?」
とも付け加えて言われた。
夕方になっても魔法使いさんは寝たままなので、
「このままでいいから。
気にせず、帰りなさい。早く行かないと、祭りが終了してしまうぞ?」
とギルドマスターに促されたカトリナと私は、ありがたく仕事を終えて、湖へ向かった。
湖周辺は人だかりで、お店を見るのも大変。
「湖に近づけないね。こっちに回ろうか?」
カトリナはお店を見るのをやめて、迂回して石があった辺りに行った。
「ここまで来る人は少ないみたいね。
メインの会場はあっちだから、向こう側に行くのは無理なんだけど、ここも湖が見えるからいいよね。」
「カトリナ、お願いするのに、湖が見えた方がいいの?」
カトリナがキョトンとしている。
「え?そうじゃないの?前の時は、湖の柵の所まで行ったよ。」
「そういうものなんだ。」
湖を二人でながめて待っていた。
中央に設置されたメイン会場からの音は、はっきり聞こえる。
時間になったら言ってくれるらしい。
『ここにいた方が正解よ。
あなたは何をお願いするつもりなの?』
「え?」
横に体が光っている人がいる。
元勇者さんかな?
『私の姿って、お隣さんには見えない。
頭の中で考えるだけで話ができるから、声に出さないようにしてね。』
”はい。”
『ここに石があったのは覚えているね?
ここに精霊が集まって待っているの。
自分たちが、かなえてもいいと思えるものが来ないかどうかって。』
私にそれを言われても、精霊を見ることができない。
『でも大体は自分たちの努力なしで、かなったらなーぐらいのお願いだから、精霊たちも愛想を尽かして放置していたの。
それがたまりにたまって、あんな形になっちゃった。』
昨日の昼にはあったのに、今日の昼には石がなくなっていましたよ?
さみしそうな顔をして、その人は続けた。
『あのまま大きくなると、魔物が寄ってくるようになるから、昨日の晩に、私と精霊使いとで壊したわ。』
”壊されたんですね。
いきなり大量のお願い事を、精霊がかなえるようには思えなかったから。
スッキリしました。”
妙ににこにこしている。
『壊す前に、精霊たちが印をつけているものが見えたから、それだけを取り除いたの。
どういうものだったか、聞きたくない?』
そういうふうに聞かれちゃうと、聞きたいとしか言えない。
”ずるいですね。聞きたいに決まってますよ。”
くすっと笑っている。
『そうね、ずるいよね。
あなたに対してのお願いだったから気になってね。
一緒に生きていきたいって願われたんだから、よほど仲が良かったのかしら?』
何ですか、その、恋人や夫婦が言いそうなこと。
お父様かお母様ならわかるけれども。
『子どもの姿が見えたから、友達か兄弟かな?
すごく真剣に願っていた。
精霊たちはすぐにかなえたかったみたいなんだけれども、いろいろ遮られる要素があってなかなかかなえられなかったって。
それがこの一年で急に取り除かれて、じゃまって言ったら悪いけれども、昨日ほかの願いを取り除いちゃったから、やっとかなえられるだって。
よかったね。』
よかったねって言われても。
”私には兄弟がいませんし、そんなに真剣に思ってもらえるような人もいませんよ?
それよりも、前回の祭りは全く覚えがありません。”
冷静に考えてみる。
やっとかなう?
誰なのかわからない人の真剣な願いがかなっちゃうって、気味が悪い。
『大丈夫よ。問題ない人だから。
事情があって今はここにいないけれども、ずっとあなたのことを見守っていたみたいだから。』
そう言われたところで、時間になった。
お願い事をどうぞと、合図が聞こえた。
『優しいね。』
と言う声が聞こえた。
その時には光が消えて、探しても呼びかけても反応がなかった。
「リアは何かお願いしたの?」
「私は特にないから、お願いしている人の願い事がかないますようにって。」
カトリナに飛びつかれた。
「もー、優しいね!」
カトリナにはそう答えたけれども、それ以外に、私は八年前私に対して願った人と会えますように、とも願った。
朝からカトリナは、ギルドマスターたちに昨日の祭りの話をしている。
「もー、リアったらかわいいの!
みんなの願いがかないますようにって!」
もう、そんなに言わないでほしい。
もう一つの願いは、間違えても言ってはいけない。
「余計なことを言ったろ?リアの記憶にない部分をいじったな?
当の本人から、リアの記憶を書き換えてあるから、つじつまが合うようにしてほしいって言われているぐらいなんだからな!」
と、魔法使いが元勇者に注意をしていた。
『・・・私たちのはかなうのがいつなのかわからないから、ちょっとおせっかいしただけよ。』
とつぶやいた。
「なんか言った?」
『ううん、何にも!』