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元貴族のお嬢様は、ギルド生活を満喫しています〜いろいろ忘れていたら、騎士になった幼なじみが迎えに来ました  作者: 天野乙音


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うずまきのキノコ

ラウルは食事会の次の日から、魔法騎士の副長になったらしい。

人を一人減らされたせいで、忙しいみたい。

そう思っていた。


一カ月ぐらいたったある日、

「ふう。」

ラウルが大きなため息をついている。

ぐったりというような様子。

「慣れない仕事で疲れているのかな?」

とつぶやいたら、お義兄さまが、

「あれは、仕事では疲れないよ。

だって、これまでとほぼ同じなんだから。」

「じゃあ、ため息が出るほどってなんでしょう?」

「ん?何だろうね?」

なぜか教えてもらえない。

もやもやする。


「大丈夫?」

あまりに疲れていそうだったので、食事が終わったところで思わず言ってしまった。

「この一カ月、こっそり出勤して、任務があればそれもまたこっそりと出かけて、帰るのもそうって。

疲れた。」

ラウルがなぜそういう変な状態になっているの? 

答えを知っていそうなお義兄様を見た。

「世の中の女性は、騎士っていうだけで結婚したがるようでね。

しかも、優しそうなラウルは追っかけられやすいってわけ。」

面倒くさそうな表情で、ラウルは言った。

「兄様もでしょ?」

「婚約したという発表だから、まだ間に合うんじゃないかって。横取りしたり、意見しようと女性が待ち構えているみたいだね。

はっきり言えばいいんだよ、いらないって。

同じように無表情で対応していても、私は言うからあまり寄ってこないよ?」

確かに子どもの時ももてていた。

あの時は呪いがかかっていたから、その呪いを相手にかけないようにするので必死だったみたいだけれども。

それからしたらまだまし?

「そっちも面倒だけど、それよりも困るのはいろいろ詮索してくる人たちだね。

リアとどうやって知り合ったのかとか、どういう感じの人なのかとか、リアのことを根掘り葉掘り聞こうとする。

そういうのを全部知ってかどうか、魔法騎士長室に三人の王子がそろっていて、ガッツリ守られているんだけどね。」

お父様が王族で、長年表に出ていなかったことから私の存在は知られていない。さらに、ふだんのラウルはほぼ無表情なので、他の人は婚約相手の私が気になるみたい。



「この依頼を手伝っていただけませんか?」

レベルはA。Sの魔法使いがいることだから、一人でもできる。

でも、その人はわざわざ私に言ってきた。

「やたら報酬の金額が高い。

こういうのはかなり危険なんですよね。

剣を使える人がいないと危なっかしい。」

なんなのかよくわからないけれども、そういうあやしげなのってあるの?


「グルグルダケっていうきのこをとってきてほしいってあるんだが、これがくせものでね。

採ろうとすると消えるから、気をつけてね。」

消える?気をつける?

「あれがそうだよ。」

人のこぶし大ぐらいで、かさ部分にうずまきの柄がある。

手を伸ばしたら、消えた。

どこに行ったの?

振り返って尋ねようと思ったら、引受人さんの顔がグルグルダケみたいになっている。

「あれれ?」

そう言っているうちに、その辺のもののあちらこちらにうずまきの柄。


ばちっ!


何かピリッとしたものが、体を通っていった。

うずまきが消えている。

「胞子を吸ったね。

魔法をかけておいたんだけど、それが効かないみたいだから、この布で鼻と口を覆って。」

今まで、花粉やにおいでおかしくなるのがあったけれども、そういう類らしい。

「そこらじゅうがうずまきだらけで困りました。」

視界の端にうずまきが見えた。

木の幹だったので、すかさず剣で刺してみた。

「うまいですね。

それより、その剣はどこか・・・ら・・・」

急に一歩飛び退いてかしこまられてしまった。

「そういう方とは知らず、ご無礼を。」

「あの、どういう意味でしょう?」

相手の目が点になっている。

「それはモレアの魔法具で、しかも魔力量の多い方のものと練り上げた材料が使われている。モレアはそういうのをめったに作らない。

それに、その剣は体から出されましたね?

体にそういうのをおさめられるようにしてあるというのは、よほどモレアに認められたか気に入られたかしているということですよ。

そういう人を私は見たことがありません。」

そんなに魔法使い氏はすごいの?

近くで見ていてもすごさの度合いはわからない。

「そう言われても、よくわかりませんし、ふつうに接してください。

お互いやりづらいですから。」


「そう、さっきみたいに不意打ちが一番とりやすいです。

個数は六個だから、あと五つですね。」

引受人さんは上手に魔法で動きを止めている。

そうこうしているうちに、あと一つになった。

しかし、胞子をまき散らしているのでいくらガードしていても、効かなくなってきた。

「うずまきがたくさんあります!」

「うん、こちらも!

胞子が濃すぎるみたいですね。少し吹き飛ばしたいので、しっかり覆ってください。」

そう言うと、小さい竜巻のようなものがいくつかでき、私たちのまわりを三周し、地面から離れて上に飛んでいった。

「今のうちに!」

目の前にある。

さくっと突き刺して終わり。

「やっと終わりましたね。」

引受人さんは袋に入れると、私の服の襟をつかんだ。


練習場に戻って来ている。

ランク認定をしている最中だったみたい。

引受人さんは大慌てで、私と自分自身に膜のようなものをまとわらせた。

急に体全体が重たくなって、動けない。 

認定をしている人たちが、異変に気が付いたらしい。

「どうした?」

レオさんが駆け寄って来てくれた。

引受人さんも動きづらいらしく、ぽつぽつと話す。

「グルグルダケを採りに行きましたが、ワヤンの森が胞子まみれです。

胞子が落ち着くまでの三日間は、立ち入り禁止にしてください。

結界は張りました。」


ギルドの中で、引受人さんと二人で泊まっている。

膜を貼られ、その中に胞子がたまるので、半日はそのままでじっとしていないといけないという。

なぜかおなかはすかないし、水も飲みたくない。トイレにも行きたいと思わない。

引受人さんによると、呼吸はできるようにしてあり、飲み食いはしなくていいようになっているらしい。

「あの胞子は強烈で、濃くなるとそこら中にうずまきの幻像が見えるだけでなく、物忘れがひどくなります。

依頼してきた人は、その特性を利用し、きのこ自体を加工して何かするんでしょうけれども、扱える人は少ないし、そこまでして忘れさせなきゃいけないことってなんでしょうね。」

引受人さんはうんうんうなって、依頼人の意図を考えている。

「・・・大人数が対象なのかも!

それだったら、あのキノコの方が効率は良い。」

でも、何を忘れさせるつもりなのかしら?

それを考えるとなんだか怖くなってきた。


”取り扱い注意”

そういう箱が王宮に届いた。

「これをどうされるのですか?」

タオルで鼻と口を覆い、箱の中にある、うずまきの入ったキノコを三人でながめている。

「仕事を思うようにさせてもらえず、きゅうくつな動きをしている彼のために使うんだよ。

私たちもずっとあの狭い部屋でひしめきあうわけにもいかんからな。」

「それに、いつまでも固執されて、ブルクハルトのことを調べられても困るからな。」

一番下の弟は、二人の兄がこれをどう加工するのか気になったが、無表情で

「よし、打ち合わせの通りやるぞ。」

と箱を運んでいったのを見て、尋ねるのをやめた。



やっと膜をはがされ、身が軽くなった。

盛大におなかが鳴ったので、笑われた。

「食べられそうだからって、いきなり大量に食べたらダメだぞ?」

ギルドマスターが用意してくれたおかゆを、どうやら勢いよく食べていたみたい。

「さっき森を見てきたが、まだしばらくかかりそうだ。全体に青いもやがかかっている。」

そういや、あの胞子の色は青かったっけ?


王都にうっすら青い霧がかかっている。

「今日は風もないから、良い散布びよりだな。」

二人の王子が作った、グルグルダケが原料のあやしげな気体は王都だけでなく、国全体を覆うぐらい勢いよく吹き出している。

「これで婚約の件をいろいろ言われたり、調べられたりしなくなるな。」



婚約の発表から約二カ月。

やっとラウルが外を歩いても、誰も寄ってこないのを確認して、元のところへ二人の王子は戻っていった。

「もっと早くにやれば良かったな。」

「みんな、なかなかしつこいんだから。」

一番下のディルクは、普通に出歩けるようになってホッとしているラウルに、ことの真相を言うのをやめておくことにした。

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