そんな秘密いりません
お昼ご飯。
出てきたものはごく普通だった。
よかった、食べたことのないようなキラキラしたものだったらどうしようかと思っていたから。
「ごちそうさまでした。」
ラウルのご両親が感心している。
なぜ?
「さすが、ブルクハルト様のお子様ですね。」
ブルクハルトって誰?話からすればお父様の名前らしい。
「食べ方が優美ですよ。
貴族から離れていても、教育は普通にされていたみたいですね。」
よくわからない。お行儀がいいのかどうかも、作法がどうのとかいうのも。
「あの、向こうでは、貴族だからというような育てられ方はされていません。
もしかすると、失礼なことをしてしまうことがあるかもしれません。」
ラウルのご両親は顔を見合わせて、
「全く問題ないですよ?
もしおかしければ、その都度直せばいいだけでしょ?
そんなにかたくならずに。」
「はい。」
ご飯は無事終わった。
「じゃあ、再来週の土曜日。同じ時間でいいかな?」
「うん。」
ラウルのお兄様がやってきた。
「帰るの?」
「はい。」
じっと見つめられて、なんだか恥ずかしい。
”怒っているかな?”
突然頭に声がひびく。
「え?」
”そのままで聞いて。
騎士を辞めたのは剣の腕が悪いからとしているけれども、性格的にちまちましたのが許せなかった。
魔法騎士になるという道もあったけれども、魔法の方で裏の仕事に引き抜かれたから。”
裏の仕事?これは聞かない方がよさそうな気がする。
周りを見たら、ラウルだけだから小声で尋ねた。
「じゃあ、剣の腕が戦力外って?」
”当然手を抜いてたさ。
後でラウルに怒られた。”
ラウルのお兄様はそう言うと、ラウルを見た。
聞こえていないと思ったから、声を出して言った。
「お兄様の剣の腕って?」
”・・・僕とほぼ同じ。
僕は剣の腕と魔法で、魔法騎士として呼ばれたらしいから、本気を出していたのなら同じことになっていたかもね。
でも、全部僕たち兄弟だけの秘密。”
そんなのを、聞かせてしまっていいの?
ラウルのお父様と次に会うのがこわくなってきた。顔に出たり、うっかり言ってしまいそう。
ギルドでぼんやりしていると、カトリナからの視線が痛い。
「月曜なのにどうしたの?
何か疲れるようなことでもしたの?」
少し言い方にトゲがある。
向こうはどんどん引受人をさばいていかないと片付かない状態。
「うん、休みに、買い物に行ってたくさん買ったから疲れちゃった。」
間違ってはいないよね?
買い物よりも、その後の食事の方が疲れたんだけれども、それは言えない。
疲れているのはそれらとは別に、兄弟二人だけの秘密を聞いてしまい、ほかに言いはしないかと・・・
自信がないだけに、憂鬱。
「リア、ぼーっとしているのなら手伝ってよ!」
「え?あ、うん。」
でも、カトリナのイライラ具合はなんかおかしい。
それに、今までは手伝ってなんて言われたことがなかったし、手伝おうかと聞いてもいらないと言われ続けていた。
遅いお昼の時間になった。
カトリナはさっさと外に食べに行ってしまった。
決まりで、どこかに行くときは書いて出るから。
乱雑に『昼、外で食べる』と書いてあるのを見て、なんだかさみしくなった。
「リア、ちょっといいかな?
ああ、なんならご飯を持ってこっちへおいで。」
ギルドマスターに奥の部屋へ招かれた。
ギルドマスター以外にレオさんもいた。
「リアは今後どうする?
結婚したらこの地には住まないのだろう?」
細かいことを決めていなかった。
「結婚式を都合で今すぐできないので、来月にお披露目も兼ねて食事会をします。
それから後、私は向こうに住むのですが、今後仕事をどうするのかを相談していません。」
「リアはどうしたい?リアの希望に沿うようにするから。」
仕事はどうしよう。いや、向こうに住むようになったらどうしよう。
向こうは全くなじみがないし、知り合いはラウル一家以外はいないし。
今は事務仕事だけれども、時々変なものを捕まえたり、倒したり、採ってきたりするようなものは普通、ない。
事務だけだと・・・退屈してそう。
「ここと同じ仕事って、王都にはないですよね?」
ギルドマスターは答えてくれた。
「ここと同じ仕事はギルドにしかないぞ。王都にはギルドの本部はあるが、ギルドとしての機能はない。
まあ、紹介状を書いて、雇ってもらうという手があるけれどな。
ほかにもあるだろうに、どうして同じ仕事がいいのだ?」
「事務仕事だけだと退屈してそうで、今と同じように時々外へ行けるようなもの、捕まえたり倒したり、採りに行ったり」
言い終わらないうちに、レオさんが
「それは、よそのギルドでもないかもしれないよ?」
「え?」
「それはそうだろう?依頼の手伝いを事務員にさせるっていうのは。」
やっぱりそう?
それだけ自由にさせてもらってきてたのね。
「許してもらえれば、このまま、ここで働きたいのですが。
引っ越しちゃったらそれも無理でしょうか?」
「それは、相手と相談だね。
さすがに私でも、家の事情まで突っ込めないから。」
正論です。
自分で何とかします。
ご飯を食べ終えて、席に戻った。
今、依頼を見ている人も、戻ってきた人もいない、がらんとした部屋。
カトリナはまだ戻ってきていない。
「何かあったのか、カトリナと?」
レオさんに言われた。
「何、朝からカトリナの態度がおかしいと、引受人たちにも言われたしな。」
魔法使い氏がやってきた。
「深刻な顔だな?どうした?」
「ああ、カトリナの様子がおかしい。なんか、朝からいらいらしている。」
レオさんがカトリナの朝からの様子をかいつまんで説明していた。
「私は朝から、ぼーっとして、この休みのできごとを思い出していたんです。
でも、受付がいそがしくて、手伝うって言わなかったのが悪かったようで。」
「できごと?」
魔法使い氏の目が一瞬鋭くなった。
「ちょっとした外出に着ていける服を作りに行ったのと、装飾品を作ってもらいに行ったんです。
その後は向こうの家族と食事でした。」
「盛りだくさんだな。」
そう話して思い出した。
「ありがとうございました。装飾品の材料、加工する人たちも初めてだったようで、驚かれました。」
「そうかもな。ほかに渡したことがないからな。
何かとして作られたものを加工というのはあるだろうけれど。
さっきの、カトリナのことだが、」
暑いので開けたままになっていたギルドの扉。
ドタバタ走ってくる複数の足音が聞こえてきたと思ったら、男女二人が扉の所でゼーゼーいっている。
魔法使い氏の話をさえぎった。
「大変だ!店で女性が暴れている。普通じゃない力だ。
助けてくれ!」
まさか、ね。
「リアは留守番だ!行くぞ!」
魔法使い氏とレオさんは飛び出していった。
カトリナは、レオさんにおぶられてギルドに戻ってきた。
奥の部屋の簡易ベッドを用意すると、そのまま下ろされた。
カトリナは魔法をかけられて、眠らせられている。
「変なまじないがかけられてあった。
もう少ししたら、本人には悪いが、はかさせる。」
カトリナは急に立ち上がった。
動き出し、レオさんに飛びかかり、手が首にかかりそうになったところで、魔法使い氏がにらむと、固まったみたいに動きが止まった。
「もうちょっと早く止めてくれよ。絞められそうになったぞ!」
「リアは出ていってくれるかな?」
足が自動的に回れ右して進んでいく。魔法使い氏に放り出されてしまった。
「引受人がたぶんどこかの森でくっつけてきたんだろう。
カトリナは雑念が多すぎるんだよ、魔物でも妙に賢いのがいるからな、つけこまれたんだよ。」
どうやら、カトリナは魔物に魔法かそれに近いものをかけられておかしくなっていたみたい。
ギルドの建物内を、臭いにおいがたちこめている。
気になって部屋をのぞいてみた。
「薬草を煎じるのはいいが、臭すぎる!」
「さっさと飲ませてしまおう。」
よほど面倒なことはさっさと済ませたかったみたいで、魔法で煮汁を冷まして、ぼーっとしているカトリナに
「鼻で息をせずに飲め。」
と言って、飲ませていた。
喉が渇いているところで水を飲む時みたいに、ごくごくと。
急に身震いして、黒い塊が口からのぞいている。出てきたと思ったと同時に、塊にレオさんが剣を刺していた。
剣の刺さった黒い塊は霧のようになって消えた。
「そのまま寝てもらう方がいいな。」
言われるがまま、操り人形のようにカトリナはいすから立ち上がって、簡易ベッドに横たわり、寝てしまった。
一時間ぐらいして、ゲホゲホせき込んでいるのが聞こえてきた。
「お水をください。何を食べたか飲んだのかわからないけれども、口の中が苦いの。」
水差しとコップを渡すと、何杯も飲んでいる。
「かーっ!死ぬかと思うぐらい苦かったわ。
何、みんな?なんかあったの?」
「いや、何も。」
落ち着いたところで、カトリナは私に言ってきた。
「ねえ、聞いて。変な夢でね。
とあるお店で服を選んでいると、あなたにはこちらを売れませんって言うの。
好みぐらいどうでもいいじゃないって言ったら、どうしてもこれは売れないって。理由は教えてくれないの。
腹がたって暴れてみても、スッキリしない。
それよりも、私、普段から腹がたつからって、暴れないわよ?
おかしいなって思っていたら、レオさんからギルドに戻ろうって言われて、そこで夢が終わったの。」
聞かされた私たちは、さっきのことをなんとなく覚えていたんだと思ったけれども、指摘せずに、カトリナの夢として扱った。
カトリナを残して部屋を出ると、魔法使い氏がほっとした顔になった。
「やれやれ。危なかったな。
あのまま放っておいたら、町を破壊していたかもしれない。」
それ以上は教えてもらえなかったけれども、一体どんなものをくっつけていたの?




