勇者と書く人が来た
騎士と勇者の、この世界での定義を記載してあります。
あくまでもこの世界での話なので、あしからず。
この国で騎士は、剣士で実力があり、しかも貴族でないとなれない。
ギルドマスターは魔法騎士だったのに、辞めて魔法剣士になったって。つまり、魔法もかなりできる剣士ってこと。
元貴族なのに、全く貴族らしいところがない。
あえて言えば、人より気配り上手かも。でもそれは、貴族でなくてもね。
そういえば、お父様はどう思われているのかしら?
「貴族扱いは、されたことがないね。
ただ、人に教えているから、教えてくれる人として敬われているかな。
謙虚であること。それはいつでも必要と思うよ。」
と言われた。
「じゃあここで。皆さんと協力して、お仕事するのだよ?」
「大丈夫です。仲良くしていただいてますから。」
と途中の道で、お父様と左右に分かれてそれぞれの職場へ向かった。
いつものようにざわざわしている。
でも、一人の人が入ってくるなり、空気が変わった。
静まり返ったのだ。
その人の後ろをついてきている人が二人。
その人は依頼ボードを見て、
「今日は簡単なものばかりだな。つまらん。」
「しかし、運動がてらにいかがでしょうか。このあたりなど?」
と後ろをついてきたうちの一人。
今日出ている依頼で一番難しいものは、全員レベルS以上、魔法使い必須というもの。
それを運動がてらというのだから、かなりのやり手みたい。
「仕方がないな。いい加減働かないと、いくら私とて、食べるものがなくなるのは無理だからな。」
依頼をはがし、引受人用紙に記入して持っていった。
「よろしくお願いいたします。」
カトリナがわざわざ”お願いいたします”と言っている。
箱に入れた用紙を見る。引受人の記載欄に属性というか職業を書くのだけれども、初めて見た”勇者”。
あれが勇者、ゆうしゃ、ユウシャ?
本当にそうなの?なんか、威張っているだけに見えるのは気のせい?
「じゃあ行こう、諸君。」
と言っても、連れは二人ですが。
あの人たちが出て行って五分ぐらいたった。
「あー、面倒だった。」
とカトリナが言う。
「何が?」
「今どき勇者って、書く人いるんだって思ったわ。
世界の危機や破滅が迫っていた時は、神託を受けた人がリーダーつまり、勇者と名乗って戦ってたんでしょ?
今それを名乗るのっていないって聞いたわ。
だから、自分でそれを言う人は、思い込みの激しい人ぐらいよ。プライドばかり高いから、否定したり適当に扱うと、へそを曲げて居座られたり、文句を言ってきたりするの。」
それを横で聞いてクスッと笑った、いつもの魔法使いも言う。
「そのとおりだ。昔戦った時、えせ勇者が大量に出現した。
本物は数人だったのに、そこら中、勇者。
勇者がパーティにいると、全員の宿代半額、勇者のみ飲食タダだったからな。
デブの勇者の多かったこと・・・。
それはさておき、偽物でもプライドが高いと雰囲気もまとえるようになるみたいで、さっきのやつのように威圧感がでることもある。
そのせいで、宿屋と飲食店は迷惑だったと思うが、普通の人なら区別はつかない。」
デブの勇者って・・・。
「一緒に戦った勇者さんって今はどう過ごされているのですか?」
私が尋ねると、他の人も思っていたようで、みんなが魔法使いさんを見ている。
「戦いを終えてから、お人よしが過ぎて、人助けをしている最中に転落して死んでしまった。
ほかの勇者も似たり寄ったりで、寿命は短かった。」
聞くんじゃなかった、そんながっかりな結末。
しかし、他の人に聞こえるかどうかというぐらいの、小さな声で続けて、
「ただし、この世での終わりは、だ。」
それってどういう意味?
突然頭に声が響いてきた。
『つれないねー、そういう言い方。
神官さんといるのが一番良いんだけれども、彼は仕えている神はあんたじゃないって嫌がるから、君と一緒にいるんだけれども。』
光ってぼんやりとしか見えない人が、魔法使いの肩をつかんで背後に立っていた。
「剣士のところへ行けよ。
あいつはギルドマスターだから安定してるぞ。
生き血でも精気でもなんでももらえよ。」
その人吸血鬼?
『生理的に受け付けないよ、あの人は。無理。
生きていた時から好きだから。あきらめてないよ?
今からでもいいから、神格化してもらえば』
しゃべっている途中なのに、魔法使いは持っていた杖で床をたたいて、その光を消してしまった。
それがちゃんと見えていたのは私だけだったらしい。
ほかは、魔法使いがぶつぶつ聞き取れない独り言を言い出して、最後杖で床をたたいたから、何かの魔法をかけたのだと思ったみたい。
勇者御一行が出かけてから、依頼がどんどん増えて、カトリナはお昼ご飯どころではなくなった。
剣士は裏で、初心者講習をやっている。
ギルドマスターは受付を手伝っているから、お昼はいつもの魔法使いと食べることになった。
「あの、さっきの光の人って、もしかして勇者さんですか?」
「あれが見えたのか。そのとおり、元勇者だ。
死んだ時に神として扱われた。
それを執り仕切ったのは神官なのに、どうしてか私にまとわりつく。」
「女性ですか?」
それまで私と目も合わさず食べていたのに、急に止まって見つめられた。
「なぜわかる?ぼんやりとしか見えていないと思うんだけれど?」
「感覚でしょうか?それに生きていた時から好きともおっしゃっていましたし。」
顔が赤くなっている。
「ちっ!余計なこと言いめ。」
それからは全く話してくれず、気まずくお昼が終わってしまった。
もうお昼ではなく、おやつか極度に早い夕飯みたいな時間に、ギルドマスターとカトリナは食べている。
「勇者さんが出かけてから、行ってくれれば良いようなものが出てきましたね。」
「引き続き行ってくれるようには思えないな。
あのギルド認定のカード、偽造だ。」
ちょうど私が二人にお茶を出したところで、そういう爆弾発言。
「「え!」」
「うちの依頼は文字どおりのレベルだから、Sランク以上の力がないとあれはクリアできん。
ほかのギルドはかなり幅を持たせて、SといってもAでよかったりする。」
二人で顔を見合わせた。
「じゃあ、けがをして帰ってくるとか?」
「かもな。死なせるわけにはいかないから、暇な魔法使い氏が始めから追跡をかけている。
あまりにもひどいようなら、転移させるか、剣士と一緒に救出に行けるようにしてある。」
みんなここにいるから、そこまでピンチではないみたい。
夕方になっても勇者さんは戻ってこないので、カトリナと私は先に帰らせてもらった。
「あんなの半日ぐらいのものなのに、やつらは野宿して明日回しにするらしい。
攻めきれないところからすると、ランクはBの上からAぐらいでしょう。」
と魔法使いはギルドマスターに報告している。
「困ったやつらだな。」
「わからないように、こちらで結界を張っておいたので、とりあえず一晩は生きているでしょう。」
「動くつもりはないんだな?」
と剣士が聞くと、
「そのまま横になってしまったから、たぶん。」
三人でため息をついてしまった。
「まだ追跡しつづけないといけないのか。」
「・・・今日の昼間、リアにだけ元勇者が見えたようだ。」
と魔法使いがつぶやきかと思うぐらいの小さい声で言った。
「まだ見たことがないぞ?」
と剣士が言ったが、ギルドマスターもうなずいている。
「あれが見えるのは魔力が多いだけでなく、今のその人の状況も関係するようなんだ。
あいつ自身が言うには、リアは自分と同じだと。
思いが通じているのに、離れていると。」
魔法使いは切ない表情だが、淡々としゃべっている。
いつもならからかったりする剣士は、何も言えない。
「死ぬとか神格化してもらうとか、考えているのか?」
ギルドマスターが心配している。
「一時は考えた。でも、生きている。いや生かされているのかもしれない。
またどこかで役に立つ日があるのかもしれない。
かといって、ギルドマスターになる努力をする気はないが。」
「だから、中途半端で、違う次元に行っても心配されるんじゃないか?」
「一年ここでぶらぶらして、ギルド付きになったおまえさんに言われたくないけどな。」
「あいつら、もうぐーぐー寝てやがる。
・・・今意識も探ってみたけれども、間違いなく、働くのは明日だと。」
「なあ、おまえさんもギルド付きになった方が楽じゃないのか?
それを引き連れて行くのは疲れるだろ?
下手に移動すれば、じりじりと命と精神を少しずつ削るのだからな。」
「マスターありがとう。そのうちにな。」
勇者たちの動きがないので、魔法使いはそのままギルドで仮眠、二人は裏の家に戻った。