気まずい
家に帰ると、
「昨日は大変だったみたいね。
マスターからまだ片付かないから預かりますって連絡があったから。」
やっぱり、ギルドマスターは気を利かして連絡していた。
「大物の魔物でした。記録にないサイズですって。」
そういうことで泊まったとなっているなら、言い出しにくい。
でも、ラウルは別の件もあるって言っていた。
私の方は先延ばしにできても、別の方は今日じゃないといけないんじゃ?
言わなきゃ。
「お父様、数年ぶりに、近所に住んでいたラウルが来ています。用事があるらしいのですが、時間はありますか?」
「どういう内容か聞いている?」
どうしよう。
この期に及んで、どきどきしてきた。
「一つは聞いていません。
もう一つは・・・私を迎えたいので、できればあいさつをしたいと。」
お父様は無言で私を抱きしめた。
どうして?
「お父様、怒っていらっしゃいますか?」
「ううん、どうして怒らなきゃいけない?
やっとこの日が来たんだね。」
お父様が離してくれない。
”やっと”って?お父様はラウルが来るのを知っていたの?
「ラウルはここを離れる時に、一人前になったらリアを迎え入れたいって言っていたのよ。」
お母様が横から言ってきた。
「そんな、お父様お母様に話をしたなんて聞いていません。」
あの時の話は本気だった。
離れるための、納得させるための方便かとも思わなくもなかった。
ラウルは私と本当に結婚するつもりだったんだ。
顔が熱くなってしまった。
今すぐに話をしたいところだったけれども、仕事の時間があるので、時間の取れるお昼時に会うことになった。
朝ごはんをギルドで食べるからと、服を着替えてそのまま家を出た。
パン屋に寄ると、
「リア、もしかして昨日の騎士様のご飯かい?」
「そうですよ?」
選ぶ前に、これそれ、あれもと、勝手に袋に入れられて、山盛りになった。
「お代はいらないから!」
「ええ!そんな!」
サラダでもと、総菜や野菜、果物を売っている店をのぞいた。
「これを持ってって!」
軽く投げられた袋の中にはトマトとリンゴ。それを持たされてしまった。
これ以上のぞいたら、持っていけとタダの食べ物の山を築いてしまう。
急ごう。
ギルドに向かうと人だかりができていた。
まだ開ける時間じゃないのに、騎士様見たさに寄ってきたみたい。
マスターが、
「用事がない人は帰った帰った!
用事がある人もまだ一時間は開けないから、朝飯でも食って出直してくれ。」
と人払いしてくれた。
袋を見て
「なんかたくさんだな。」
「ちょうどよかった。食べますか?
二人では食べきれなさそうです。」
「買おうとしたら、どんどん持たされたんだな?」
「そうなんです。」
騎士様もてすぎ?いや、珍しい人が来たから?
中に入るとマスターがお茶を用意してくれた。
昨日の態度と急に変わると、マスターの前でもまずいと思う。どうしよう。
しかし、ラウルが私を引き寄せた。
「ギルドマスター、私はリアと結婚します。」
「よかったですね。伝えられて。それと、記憶を戻せて。」
顔が熱くなった。
ギルドマスターも両親も、ラウルがずっと私を大切に思っていることを知っていた。
そしてラウルに協力して、見守ってくれていた。
「何も知らないのは私だけだったなんて・・・。」
マスターの前なのに、ラウルにぎゅっと抱きしめられた。
カトリナに言うべきかどうか。
ギルドマスターが、心の中を見ていたかのように言った。
「カトリナには黙っておいたら?
彼女はいろいろ首を突っ込みたがるし、面倒だ。
下手すると、周りにあっという間に広めてしまう。」
「・・・そうですね。」
そのとおり。
なぜか私がいつ、誰と付き合ったとか別れたとかそういうのが町中にバレてた。
「私は午後にこちらを離れますから、昨日と同じく、リアにはあまり話しかけないようにします。」
ラウルの顔が少し引きつっているように見えた。
「そのほうがいいな。」
ギルドマスターまでそう思って見ているって、カトリナのそういうところに手を焼いているのかも?
まだギルドを開けていない時間なのに、魔法使い氏がやってきた。
私の顔を見て、開口一番に
「記憶が元に戻っている。」
と言った。
「見ただけでわかるのですか?」
と聞くと、
「わかるさ。なんて言えばいいだろう、ひずみがなくなっているんだが。」
ラウルを見て
「あんたもそう!封印が完全に解けている。」
それ以降、ラウルと魔法使い氏はお互いの顔を見たまま、しばらく固まっていた。
”それだったらわかると思うが、リアは魔力を封印されている。
でも、本人も封印した人もわからないうちにもれている。
あの剣はそれを抑えるものだったのだが、それでも今もれやすくなっている。
記憶を戻したということは、近いうちに結婚するつもりなのだろ?
魔力の封印について、彼女の両親と話し合っておくことだな。”
”・・・そんなに危ういのですか?”
”ああ。まだ、毎日封印しなおしているのではないから余裕はありそうだが。”
「昼まではどうしようか?」
ラウルがつぶやくと、なぜか魔法使い氏が
「良ければ依頼でもするか?」
「え?」
そう言って、依頼ボードに貼られてある一つの依頼を持ってきた。
「ほかのやつらじゃできないかもしれないし、できても一日か数日かかる。
二人でやれば二時間もあれば終わるだろう。
ごちゃごちゃうるさいのもいるし、外に行った方がいい。
それに、この辺の森を見るのも面白いぞ?」
そうなの?
「そんなに面白かったっけ?」
「あいつらがいるのはめずらしいと思うが?」
「?」
ラウルと魔法使い氏は、ギルドが開く前に森に向かって行った。
「ハアハア・・・!」
カトリナがめずらしく、時間十五分前に来た。
「あれ?騎士様は?」
ギルドマスターと私はあきれていた。
朝からそれかいっ!
「魔法使い氏とどこかに行ったぞ。
さっきすれ違ったからね。」
と入ってきたレオさんに聞かされて、がっかりしていた。
ギルドが開くと、周辺を女性がうろうろしている。
「不審者だらけだな。」
とレオさんが眉をひそめて、笑っている。
そういう話をしながら、いつもの稽古をしに、裏に回った。
「そんなに騎士ってもてるのですか?」
レオさんはさっき、奥の部屋にギルドマスターとこもっていたから、私とラウルのことを聞いたのだと思う。
「まあね。田舎だと特に騎士って見ないからよけいだろうけれども。」
レオさんが近づいてこそっと言ってきた。
「あの人の顔で寄せられているのが八割かな?騎士っていうのは二割もないかもしれない。
リアはどこが好きだったんだ?」
はっ?どうしてそういうことを聞くの?
「いや、確かにきれいな顔をしていますが、私は別にそれを意識したことがないですよ?
優しいし、心遣いができるし、そういうところが好きだったのですが。」
・・・単に周りに同じぐらいの年齢の男の子がいなかったからかもしれない。
「リア?顔色が少し悪いよ?」
「変なことに気が付いてしまいました。
好きではなくて、周りに同じぐらいの年齢の男の子がいなかったから気になるっていうだけなのかもしれない・・・。」
えええ!すり替えていたの、私?
記憶が書き換えられていても気が付かなかったし。
「どうしよう。」
稽古をするはずで来たのに、なかなか始まらない。
私が考え事をしていたからなのだと思っていたら、レオさんがいない。
「あれ?レオさん?」
代わりにギルドマスターがやってきた。
「レオが血相を変えてやってきたから何事かと思ったら。
別にけがではないじゃないか。」
「いや、ある意味けがですよ、心の。」
「リア、何があった?」
「・・・記憶がなくても、何か違和感はなかったかな?
例えば、誰かと付き合っている時とか?」
思い出してみる。
「何かが違うって思うと続きませんでした。
それと、こういう時に心配してくれる人がいたような気がするって思ったこともありましたよ?」
「ちゃんと覚えていたんじゃないか。
誰かを好きになるって、そもそもは気になるっていうところからだろ?
大切にしたいとか、構いたいとか、それでいいんじゃないかな。」
「そうですか?」
「ああ。」
レオさんに謝られた。
「いえ、たぶん急すぎて、混乱してしまったのだと思います。
私こそ、ごめんなさい。」
仕切り直して、稽古をやった。
そうこうしているうちに、ギルドの中が騒がしくなった。
「戻ってきたみたいだね。終わろう。」
部屋に入ると、無表情のラウルがいた。