騎士様の秘密
その場にいた者は二人一組になった。
「リアはその騎士様と組んで、くいとめに行ってくれ。」
ギルドマスターに言われた。どういう実力なのかわからない人と組むの?
騎士って貴族で剣士だから、ふつうの剣士レベル以上よね?
疑っているのがわかっていたのかも。
「リア、騎士って、少なくとも剣士のSSランク以上だ。大丈夫だって!」
とレオさんが走りながら言ってきた。
「さっき特徴を聞いたら、相手は魔法が効かない魔物だ。しかも、回復系の魔法をその場で使うこともできない。
厄介だよ。」
だから魔法使いはお留守番で、避難誘導だったのね。
大きい。
確か二メートルぐらいと本に書いてあったはずだけれど、家みたい。十メートル近くはありそう。
いくら人数合わせで参加してても、こんなに大物とは会ったことがない。
「ひゃー。」
思わず声が出てしまった。
「前に出ておとりになるか、後ろから攻めるか、どちらにする?」
騎士様にそう尋ねられたけれども、どっちも無理と言いたかった。
向こうから人が来ているのが見えた。私が倒れても代わりになってくれるかもしれない。
「前に出ま、うっ!」
急に、騎士様にキスされた。
一瞬なのに、ちりっと何かが体を通っていった。
「まじないとでも思ってくれ。」
そういうと騎士様は、後ろの方へ走っていった。
そんなに不安そうで、やる気がなさそうにでも見えたの?
「まじないなんかなくてもやりますって!」
魔物の正面に出て、構えた。
後からやってきた人たちも合流して、後ろに向かった人たちは気配を殺して潜んでいる。
魔物は、前にいる私たちめがけて前脚を振り下ろした。
二人が吹っ飛んで、一人が脚に剣を突き刺した。
しかし、とげが刺さったかのごとく、ぽいっと刺さった剣を放り投げた。
意味がないかもしれないけれども、やるしかない。
前方にいた人たちで挑んでは飛ばされて、はじかれてを繰り返していた。
放った矢が胸に刺さり、その隙に後ろからも攻撃をした。
騎士様が二度斬りつけた。深かったらしい。
それから後、魔物は当然大暴れ。
いったん後ろの人たちが引き、前の方から攻撃。
後ろからも再び攻撃。
動きを止めたくて、私が魔物の目を切りつけたところ、ひっくり返り、おなかががら空きの状態になった。
そこへ騎士様が剣を胸に刺すと、動かなくなった。
「めったにないサイズだな。記録にもないぐらいだ。」
大きいから、素材としてはいいのだが、と鑑定人たちは言っている。
ギルドマスターに、全部を売った場合の概算を伝えたみたい。
こういう時は、売って、後日ギルドの運営費になるらしい。
売ってみないことには金額がわからないから、このギルドでは後日山分けということをしないという。
「今回のこれは、金としての報酬がない。
町人からの好意で、今日の晩飯の提供だけだ。
酒はないぞ!食う前にどれだけ食べていいのか、店に聞くように。
証明書を発行するから持っていってくれ。」
そう、あとはご飯を提供してくれたところへ持っていった、証明書の裏に金額を書いてもらって、その分を払うということもこっそりするんだって。
十人が証明書を手にして、ギルドから出ていった。
「騎士様は今晩どうされるのですか?」
とギルドマスターが尋ねた。
「思ったより遅くなったから、今日はここで泊まる。と言いたいところだが、証明書を持っていった人数のことを考えると宿はないかもな。」
騎士様は独り言をつぶやいていたのに、
「私のところはいかがですか?」
と受付にいるカトリナが言うと、野次馬で見に来ていた女性たちまで、うちはどうですか?と次々に声をかけてきた。
あれ?カトリナ、ギルドにやってきた人とは付き合わないって言ってたんじゃなかったっけ?
確かに、この騎士様はもてそうな容姿だけれども。
額に右手を当ててうなっていたギルドマスターは、カトリナを指差して言った。
「おまえは女の一人暮らしだからダメだ。
ほかのみんなも、下心見え見えだ、なし!
簡易で申し訳ないが、ここで泊まられては?」
「ありがたい。それで結構です。」
ギルドマスターはほかにわからないように、加えてこっそり言った。
「今晩ここにリアも泊まるようにしますから、食事の時に話ができなければ、その時にがんばってください。」
私がいつも作業している事務室の扉に鍵をかけ帰ろうとしていると、ギルドマスターが、
「その騎士様と食事に行ってこい。この町のことは知らないだろうから。」
と言って引き留められた。
ええ?よくわからない人と、魔物相手に行く時に組まされた上に、ご飯も?
それは困るわ、食べた気がしなさそう。
じゃあせめて・・・
「マスターもご一緒に。」
と暗に”助けて、無理”とにおわせたのに、
「いや、俺はいい。残り物があるからそれを食わんとな。
騎士様の馬は俺の方で見ておくし。」
と拒否されてしまった。
なんで、行かなきゃならないの?
当然そうなるよね。
「昼間の騎士様、かっこいい!」
「どこに泊まってるの?」
うわー、集中砲火を食らっていらっしゃる。
落ち着いて食事という状態ではないわ。
・・・この騎士様の彼女は苦労してそう、騒音に。
いや、その騒音が苦じゃない人かも。
「リアみたいに無愛想な子と食事って、マスターもひどいわね。」
悪かったわね、無愛想で。
「いや、いろいろ話しかけられるのは苦手だから。」
騎士様のその言葉で、キャーキャー言ってた人たちは沈黙した。
なんとなく騎士様はほっとしているみたいに見えた。
黙々と食べて、彼女たちの言う、無愛想な食事が終わった。
ギルドをマスターは閉めたようで、明かりはついているけれども扉が開かない。
仕方がないから合鍵で開けた。
『遅いからおまえも泊まれ。』
と書き置きがあったけれども、いや、帰るって。
知らない人がいるところで、事務室の内側から鍵をかけて仮眠というのもどうかと思う。
眠れないか、しょっちゅう起きそう。
がちゃ
振り返ると騎士様が、扉の鍵をかけていた。
「ん?遅いからあなたもここに泊まるのでは?
ここにマスターの書き置きもあるし。」
えええ!マスターっ、どうしてこうなるの?
はぁ・・・やむなし。
マスターのことだから、預かりますとも連絡していそう。
扉のついた部屋には、折りたたみ式のベッドが備え付けられている。
それを出して、布団もセットした。
「どうぞ、こちらで。」
水差しとコップも置いたから、これで一晩は用事がないはず。
さあ、寝よ寝よ。部屋を出よう。
しかし、
「あなたはどちらで眠るのですか?」
へ?そんなの気にしなくていいじゃないの!
「私は受付の奥にある部屋にいますから。」
もう、構わないで。
引き上げようとしたら、
「寝るには早いですね。少し話しませんか?」
話しかけられるのは嫌だったんじゃなかったっけ?
自分から話すのはいいの?
むげにするのは失礼かと思ったので、しばらく付き合うことにした。
「私は本来なら魔法使いになれるぐらいの魔力があったらしいのですが、子どもの時に、森に入って遊んでいるうちに、大魔法師の怒りを買ったらしく、魔力を封じ込められてしまいました。
さらに呪いもかけられて、親族以外で私に好意的な女性が触れると、触れる相手が死ぬという面倒なものでした。
冗談ではなく、当時親身になって世話をしてくれていた乳母が、軽く肩に触れただけで亡くなりましたから。」
どうして初対面の人に、そこまで詳しく自分の身の上話をするのかしら?
差しさわりのない、ほかの話でいいはずなのに。
ふと思った。
「そんな怒りって。何をしたんですか?」
呪いって、そう簡単にかけられるものではないはず。
「森の中の湖で魚をとるのに、釣り糸を垂れてとるのが面倒になり、魔法で湖の水をいったん引き上げて、魚だけ拾うということをしていました。
その中に、大きくて魔力を持った魚がいたのです。
その大魔法師はその魚を主食としていて、勝手に持っていったということで怒りを買いました。」
「今はその呪いってどうなんですか?」
気になったので聞いてみた。
「父が必死でその魚を別の湖で増やし、今後も提供するということで呪いは解けました。
でも、魔力は封じ込められたままでした。」
また気になった。知らない相手に、人に知られない方がいいようなことをどんどん言うのはなぜだろうという疑問より、そっちの方を知りたかった。
「封じ込められたままでした、ということは解けたのですか?」
「全部はまだ解けていません。
一部解いたことで、髪の毛の色が元の黒に戻りました。
今さら魔力が戻ってこなくてもいい。でも、魔力を取り戻す鍵となる大切な人に、言わなければならないことがあって、この町に来ました。」
騎士がこんな田舎に来ることはそうそうない。
「そんな大事な用事があったのに、昼間の騒ぎでお引きとめしてしまい、申し訳ありません。」
私がランク虚偽の抗議文を作らなければ、あの後の騒ぎに巻き込まれず、用事だけを済ませられただろうに。
騎士様は、じっと私を見て言った。
「それで良かったのです。
こうしてあなたと話す時間ができたのだから。」
騎士様の大切な人はどうしたの?
「私と話をしても、用事は済ませられないですよ?」
「いいえ。」
なぜかほほ笑まれている。
「落ち着いて聞いてください。
まず、あなたの家のことから。
あなたの家は今から十七年前に政争に負け、陥れられ、宮廷から追放されました。
かなりかかりましたが、陥れられた状況など、それを証明できたので、名誉や身分、地位を回復されました。
元の身分に戻るかどうかはご両親の考えがあるでしょうから、この件は皆さんで話し合ってください。」
何のことやらさっぱりわからないけれども、不名誉な状態から脱却できるらしい。
私には全く知らない、今さら言われても縁のない世界。
「はあ。」