魔力の測定
「でさー、こいつ爪で引っかけられただけでチビってやんの!」
「なんだよ!おまえこそ、弓自体折られただけで、べそかいて、猛ダッシュしたくせに!」
依頼をこなした人たちがくつろいでくれるのはいいのだけれども、先に報告書を仕上げてほしい。
仕事が終わらない。
「あの・・・報酬をお渡ししたいのですが、まだでしょうか?
終わりの時間になってしまいますよ?」
事務室の前でしゃべっていた二人組が、大慌てで書き出した。
「よく見る光景よね。」
「ええ。行ってきて、気分が高まっているのはわかるのだけれども。」
捕獲や討伐といったいわゆる”狩り”に行った人の方が、戻ってきてくつろぐ傾向にある。
私がここで働くようになって三カ月。だんだん様子が見えてきた。
「大けがをすることもあるし、ごくまれに死ぬこともあるし。無事に帰って来れたらくつろぎたくなるさ。
死なない、大けがをしない、そのためのランク認定制度なんだがな。」
と練習場と呼んでいる、私から見れば資材置き場かガラクタ置き場みたいな所、からなじみの剣士が戻ってくるなり言ってきた。
いや、ギルド付きに昇格したんだっけ?
「ランク?」
適当に経験で、上級とか下級とか言ってるんじゃないの?
「そう。上級者は面倒くさがるけれど、ここでは、年一回以上、ランク確認をしていなければ依頼を受けさせないのさ。
優秀な人材がこの世から消えたら、魔物や獣との秩序が乱れて破滅するからな。」
そう言っているのを、暇な魔法使いがちろんとながめた。
「そういやおまえ、ランク確認しているか?」
と剣士が魔法使いに尋ねた。
「私には必要ないさ。」
気がつくと、ギルドマスターがいろいろ付いている棒を持って横に立っている。
「マスター、それは何ですか?」
見たことのない棒なので、聞いてみた。
「さあ、暇人。嫌がらずにやってもらおうか?
なんだかんだ言って、数年すり抜けてきたからな。
もう、大昔の”世界を救った!”っていう栄光も通じなくなっている。
現に、そのお嬢さんたちは知らないもんな。
ちょうどいいギャラリーもいるし。」
魔法使いはぶすっとしている。
「リア、これは魔力の測定器だよ。これは上級者用。
もし、リアが測りたいのなら下級者用も持っていくよ。」
「そういうので測れるんですか?」
持たされた下級者用の測定器をながめた。
変な皿みたいなのと輪がいくつもついている。
「お手本を見せてもらえるはずだからな。行こうか。」
事務室の扉に鍵をかけ、表の扉には『御用の方は裏の練習場へ』という札をかけた。
「なんだか面白そうだな。」
「あの暇そうなやつ、暇なくせに測定していなかったのか!」
などと言って、ギルドの中にいた人たちもぞろぞろついてきた。
「よかったな、十人ぐらいが見守ってくれているぞ。」
「うるさい!さっさとやろう、さっさと!」
ギルドマスターが、地面に測定器を突き刺し、練習場全体に結界を張っている。
「見学するんなら、ここより後ろな。」
剣士が、見物人全員に注意をしている。
「マスターって魔法使えるのですか?」
測定するってことは、自分でもある程度使えるってことよね?
そう思って質問した。
「魔法騎士だったそうだ。きゅうくつで、身分と仕事を捨てて、魔法剣士にくら替えしたという経歴らしい。」
なじみの剣士の言った答え。なんとなく、”騎士”っていう言葉に引っかかりを覚えたけれども、気にしないでおく。
「みんなよく見とけよ。」
そう魔法使いは言うと、何か唱えている。手元の空間がゆがんでみえた。
ゴーッという音がしたのと、鋭い金属音がしたのが同時だった。
「測定値5869か、手を抜いたな?」
「壊してもいいのなら、もう少し力を入れるが?
でも、結界も壊すかもしれないからな。」
「せめてSSのギリギリ、99999にせんか?そのままだとBって書くぞ?」
よくわからないけれども、かなりの手抜きみたい。
「わかったよ、もう一回。」
今度は何も唱えず、手元の空間はゆがむだけでなく、バチバチ音をたてて、カラフルな光を放っている。
何が起こったのかわからなかったけれども、測定器の輪が全部ぐるぐる回転していた。
「初めからそうしておけばいいのに。SSSだ。」
周りが大騒ぎしている。
「うそじゃなかったんだな、あんた!」
「うそつきと思ってたのかよ?」
「しょっちゅうボケーっとしているだけだったからな。」
「うるさいわ!」
文句を言っているものの、楽しそうにしている。
「ギルドマスター、SSSって数値はいくつだったのですか?」
「1238907。がんばりすぎだろ?
化け物級は放っておいて、おまえたちもやってみるか?」
とカトリナと私に聞いてきた。
「やってみる?私はほんの少ししかないのだけれども。
リアは?」
「測ったことなんてないわ。魔法自体、家で見たことがないの。」
練習場の真ん中に、今度は下級者用の測定器がさされた。
結界は解かず。
「万が一、暴発してもいけないからね。
魔力をこの一番下の皿に当てる。
難しいなら付いている皿のどれでもいい。かすりさえすれば測定できるから。
そのまえに、魔力の集め方がわからないな。」
深呼吸をして、手元に力を集めて、それを球になるように想像する。その球を皿に当てようと思えば、魔力があった場合放たれるらしい。
カトリナから。
「んんん・・・うーーん。」
スカッ
輪が揺れていた。
「567か。物を少し温めたり、冷ましたりするぐらいができるな。」
「役に立つのかどうか、微妙ね。」
私と交代した。
大きく息を吸って、はいて、もう一度吸って・・・
球を想像して、投げる?当てる?あれれ?
息を止めすぎて、苦しくなってはいた。
「ぷはーっ。」
変化なし。
「計測不能だ。」
なーんだ残念。
「全くなかった、へへへっ。
道理でうちでは、誰も魔法の話をしなかったわけね。」
ほかの人たちも面白がって、剣士ががんばってやっても20だったりとか、意外な人が2568だったりとか、楽しかった。
ギルドに戻って通常業務。
そうこうしているうちに、終了時間になった。
「また明日ー。」
ギルドの中には、ギルドマスター、ギルド付き剣士、いつもの魔法使い、たまたま来ていたS級の魔法使いが残っている。
「どう思う、測定不能。」
「それは、測定範囲を超えているというので正しいと思います。」
「それとこの上級者用測定器の数値。私が少しがんばって1238907なのに、あの子は暴発させて1102502。」
あの時、引っこ抜くのも面倒だったので、そのままにしておいて、場所をずらして下級者用測定器を設置した。おそらく暴発したか、下級者用に当たってはじかれた魔力を上級者用が受けたとみる。
リアの測定後、みんなが面白がって測定していたが、測定する者の中に魔法使いがいなかったので、上級者用は放置されていた。
S級の魔法使いが言った。
「あの家族を受け入れた際、元貴族で追われていると言っていたな。
確か夫婦を念のため測定したが、一桁台でほとんどなしだったと記憶しているが。」
ギルドマスターもうなずいている。
「じゃあ、子どものその数値はどういうことだ?」
その場にいる全員は、答えが出ていた。
「表に出ないように封印されている。そして夫婦は自分たちの魔力を封印している。
しかも強力に、だ。
確かにあの子から魔力を感じない。」
といつもの魔法使いは言った。
「そうだ、読んでいないな、この手紙を。」
ギルドマスターは事務室の奥にある、小さな隠し金庫を開けて、手紙を二つ持ってきた。
「リアが持ってきた手紙と、リアが働く直前にギルドの扉にはさまれてあった手紙だ。」
「貴族の争いがおさまっていないかもしれないから、ギルドでかくまってもらえないか、か。
それと、あの子自身のために魔法で記憶を変えたこと、魔法で守るようにしてあること。
そして、あの子が事実と違うことを言いだしたら、記憶を変えたせいだから、そのまま話に乗っかってほしいということ、か。」
ギルドマスター以外は、回覧して読んでいた。
「これを書いた主は?」
とS級魔法使いが言った。
「あの子より後に受け入れた、貴族の坊ちゃんだ。
よくわからない呪いにかかっているという話だった。
貴族ということもあって、あの家族のすぐ近くに住まわせたのを覚えているか?
彼は彼女をよく見ていたようだ。」
ギルドマスターがそう言うと、
「変なうわさを彼はたてていたな。女の子とつきあいまくっているなんていう。」
と剣士が思い出したらしい。
S級の魔法使いはため息をついた。
「この文面からすれば、彼があの子を見守っていたのだろう。
そして、ここを離れなければならなかったから、あの子を悲しませないように、嫌なやつという記憶をすりこんだのだろうか。」
「いずれにせよ、貴族は面倒だね。
そうだったのだろ、あんたも?」
といつもの魔法使いが言った。
「ああ、そうだ。そういうしがらみに嫌気がさして、数年でやめちまったよ。
ギルドを渡り歩いたほうが、力試しにもなるし、技を磨くことにもなったからな。」
三人は、ギルドマスターの身の上に同情していた。