失恋ではないはず
「急に静かだね。大丈夫?」
ぼーっとして、食後の飲み物を一口も飲んでいなかったからか、レオさんに心配された。
「ああ、ごめんなさい。
これまでの努力を否定する人はいやだなって思ったから。」
一口飲む。香りが鼻の奥を通り過ぎた。
「失恋したからかと思ったから。
なんとなく私がさせたみたいな具合だからね。」
いやいやいや、それは考えすぎ!
「レオさん、違いますって。
あの人は強引で、自分中心って感じでした。付き合ってって言われて数日たっただけだけれども、このまま付き合うには無理かなって思っていたから。
格好をつけたいがため、私がギルドカードを持っているというのが嫌だったみたいで。」
何かわからないけれども、悲しくなってきた。
「あああ。レオさん、リアを泣かせちゃった。
付き合っていたわけではなかったかもしれないけれども、自分の価値観を踏みにじられて別れたのよ?」
「カ、カトリナ、それちょっと違うと思う・・・ぐじゅっ」
勝手に泣いてしまっているだけ。
「ごめんなさい。」
レオさんがおろおろしているけれども、
「レオさんは悪くないから!」
やっと落ち着いた。
レオさんは悪いと思ったみたいで、私たちのお昼代を出してくれた。
どうして泣いてしまったのだろう。
なんか、こう、いろいろわかってくれる人がいたような気がする。
魔法使いさん?いや、そうじゃなくて?
うーん。思い出せない。
「リア?調子が悪いのなら、今日は終わってもいいよ?」
ギルドマスターに心配された。
「すみません!大丈夫です。」
「大丈夫なもんか!泣いているぞ?」
カトリナが向こうから慌てて来て、ギルドマスターの耳元で何かを言った。
「すまん。でも、勝手に涙がわいてきているようだから、帰った方がいいと思う・・・あ、帰った方が心配されるか。
奥の部屋で作業するか、眠るかするか?」
タオルを渡され、奥の部屋へ事務室から移動した。
「なんだ?妙に沈んでいるな。」
部屋の外で、魔法使い氏の声が聞こえる。
「・・・そうか。じゃあ。」
こちらに足音が近づいてきた。
「リア、入るぞ。」
ぐじゅっ
「ずっと泣いていたのか?一度寝た方がいいな。」
「ぞうでずが?じゅっ。」
たたんであったベッドを広げて眠れるようにしてくれて、そこに横になった。
「がんばりすぎて神経が過敏になっているのかもな。
とりあえず、お休み。」
すとんと寝てしまったみたい。
「寝たか?」
ギルドマスターが様子を見に来た。
「ああ。お昼のがきっかけで、記憶が無意識に戻っていたんじゃないか?
また消しておいたからしばらくは持つだろう。
なぜか、いろいろなやつに付き合ってくれと言われるようだな。
それも、魔力が抑えられているせいで引き寄せられているみたいだ。そもそもの形にさっさと戻してほしいところだが。」
魔法使い氏は伸びをして、ギルドマスターとともに部屋を出た。
なんで泣いていたのかがわからないけれども、眠ってすっきりした。
「すみません、途中で寝かせていただいて。
すっきりしました。」
「もう泣かない?」
カトリナにじっと見つめられた。
「うん。」
家に帰ると、なぜか両親に
「いつもより疲れてそうだね。食べたら寝ておいで。
眠れなくても、横になるだけでいいから。」
と言われてしまった。
寝る前に、妙に甘い液体を飲まされた。
変な顔をしていたのだろう。
「はちみつを追加したのが良くなかった?甘すぎる?」
「甘ったるいです。水がいりますよ。」
追加で水を飲んだ。
ギルドで一時間ぐらい寝ているから、すぐには眠れないと思っていたのに、横になるとすぐに寝てしまうって・・・体もおかしかったのかも。
「しばらくは手伝いなし。」
手伝ってほしいと言われて、許可をもらおうとしたところで拒否された。
「えー!どうしてですか?」
「申し訳ない。リアがちょっと不調で、森に入ること自体控えておいた方が良いので。」
手伝ってほしいと言った人たちが
「それって、」
と言ったきり、
「仕方がない。われわれでがんばります。」
と、出かけて行った。
「どうしてだめなのですか?」
ギルドマスターに食いついてみた。
「先週自分の意志無視で泣いていただろう?
情緒不安定の状態で森に入ると、魔物に精神を支配されるぞ。
みんながみんな、ユニコーンみたいに話の分かるやつではない。」
「魔物がどこで見ているかわからないからね。
無理していくことないさ。どうしようもなければ、私たちが手伝いに行けばいいから。」
レオさんにそう言われると、静かにせざるを得ないわ。
「しばらくなのだから、ずっとダメなのではないし。
今はがまんしてくれ。」
「・・・はい。」
練習場で稽古をするだけの日々が続いて、気が付けば働き出して二年目になった。
「リア、二年目記念をしようよ。」
「え?だから、カトリナも何年か記念をしてって!」
そういや、一年がたった時は魔法使い氏が離れたところのお店に連れていってくれたっけ。
早いなあ、さらに一年がたっちゃった。
「お祝い?今度は自分の足で行けるところだな。
できたばかりの店があるだろう?あそこならいいぞ。」
と魔法使い氏が言うので、そこで食べることになった。
「いらっしゃいま・・・せ・・・」
何があったのか。魔法使い氏とお店の人の目が合ったとたん、向こうの動きがおかしい。
「もしかして、大量に食べてしまったとか?」
カトリナは、魔法使い氏が大量食いしたのだと思い込んでいる。
「してないって。前も言ったろ?普段はそんなに食べないって。」
注文してもいないのに、コース料理が出てきた。
「注文していませんよ?」
「ここの夜はコース料理のみだ。安いのとふつうのと高いのと。
昼は二度来たが、夜は来たことがないので、ふつうを頼んでおいた。」
からの皿が下げられる時に、お店の人は魔法使い氏のところでささやいていた。
”ご当主、よりによってどうして伝説のギルドマスターを連れてくるんですかっ!しかも例のお嬢さんまで。
緊張で、私も作る側も胃が痛いですよ?”
「大丈夫だって。食生活はふつうだ。」
「うう・・・」
なんか疲れていませんか、あの人?
カトリナは
「たぶんどこかであの人、魔法使い氏の食べっぷりを見たのよ。
同じ調子で食べられたんじゃ、足りないって言われかねないからじゃないの?」
そればっかり!
勧めてくれただけあって、おいしかった。
払おうと財布を出したところ、カトリナに止められた。
「リアはいらないよ?」
「そうだな。リアのお祝いだし。」
ほかのみんなはさっさと言われた金額を出していた。
「ええそんな!」
それでも一人あたり、安かった。
近いうちに、両親が嫌じゃなければ連れてこよう。
「ここで。私はこの近くだから。」
と魔法使い氏とお店の前で別れた。
ギルドの外が騒がしい。
もめているみたい。
魔法使い氏がさっさと出ていって、しばらくすると私を呼びに来た。
「さあ、ここで選んでもらえ!
リア、どちらの人が好みだ?」
「はあ?何言ってるんですか?突然呼ばれて、それって?」
事情を聞くと、付き合ってほしいと告白するつもりだと片方がもう片方に言ったところ、自分も言いたいと言い出したという。
「どちらも申し訳ありませんが、どちらもなしです。
こんな表で騒いでいる人とは、お付き合いしたくないです。
何かあれば、みんなの前で騒がれそうですから!」
中に戻ろうとしたら、まだがんばられた。
「ねえ!魔法が使えてもだめですか?」
「僕もギルドのランクSSですよ?」
「ランクや能力じゃないです!騒がれるのがいやなんです。
もう帰ってください。」
何か言ってるけれども、放っておいた。
中は中で、言い合いしている。
仲間割れなのだろうか?
「今日はいらないんだよ。ヒーラーが必要なほど、精神や体力を消耗しないし、手もいらない。」
「何かがあればすぐ呼び出すくせに!この依頼の場所って、この辺では珍しく、崖のところですよ。
途中でくじけても知りませんよ。」
気に障ったらしい。
「何だと?俺がヘタレだと?」
周辺がパチパチいっている。
「しょっちゅう、もう無理だとか死にそうとか言ってんじゃないですか?」
急に二人とも静かになった。
口が開かなくなったみたい。
「もう、面倒なやつらだな。
しばらく静かにして、頭を冷やせよ。
冷静な意見を言うと、この依頼はヒーラーがいた方がいい。
途中でくじけて放棄するやつが続出、残っていた依頼だからな。」
魔法使い氏が、口をわざと閉じさせたらしい。
「もめ事に介入するのが好きなのか?」
ギルドマスターは書類に目を通しながら、ちろっと魔法使い氏を見た。
「好きではない。
ただ、長引かれるのが嫌って言うだけだ。」
さっきの仲間割れ?は、あれから依頼を引き受けて、無事に戻ってきた。
「あの・・・ありがとうございました。
相手が慎重で年下っていうのがしゃくにさわって、ついああいう言い方をしてしまって・・・」
「向こうに謝っておけよ。私には関係ないから。」
仲間割れ?の人たちは向こうで全員、魔法使い氏に向かって頭を下げていた。
心配そうに見ていたのがばれていた。
「リアやカトリナが気にすることない。
もめていたのはやつらであって、ここのほかの人には関係ない。
依頼に対しての方針が違うっていうのはよくあるさ。
そういう時の相談役に、ギルドマスターやギルド付きの人、ある程度経験のある人を利用すればいい。
まあ、私は気まぐれで突っ込んだだけだ。」
そう言って、魔法使い氏は帰っていった。
「素直に、心配だから介入したって言えばいいのに。
そんなのばっかりだな。」
レオさんが困った顔で見送っていた。