押し問答
受付では、依頼を引き受ける人たちに対しての業務全般だけでなく、依頼自体の登録もしている。
あまりに忙しい時は、ギルドマスターも手伝っている。私はまだ来たばかりだし、例の件もあるからしないけれども、二人とも早い。
気難しい表情をしたおじさんが、依頼の登録だと言って、用紙をもらっていた。
「この依頼をお願いしたい。」
そこにはこう書いてあった。
”ゲヨンの卵 十個まで
一個あたり2000ゴオン
ただし、殻の色がオレンジ色のものに限る”
「オレンジ色のって、希少種じゃない。
これって、違反じゃないですか?」
「どうしても必要なんだ!」
「わかっていて、依頼を委託というわけにはいきません。
代わりのもの、ノーマルのは?」
「これじゃないといけないんだ。」
「お引き受けできません。」
と、カトリナは”破棄”と書いてある箱に入れた。
そっと手を伸ばして、内容を読んだ。
ゲヨンの希少種ってどんなのかわからないけれども、取ったらだめなのね。
受付業務は当面やらないけれども、少しずつ依頼はどういうものなのか、どういうものが違反しているのかなど少しずつ覚えてほしいと言われている。
だから、破棄になったものはどこがだめなのか見ておかないと。
しばらくしてからまた
「この依頼ならどうだ?」
”グルッピーのうろこ
20センチ×10センチ以上のもの 五枚
50000ゴオン”
グルッピーというのは魚のくせに水の中ではなく空を飛んでいる。
そのうろこは、普通の魚のうろこに見えるが、触ると鳥の羽のようにふわふわ。
そのせいで装飾品として珍重され、乱獲されてきた。
今や生息地は、このギルドから丸一日かけて行ったところの谷だけ。
「これもいけません。」
「落ちているものを拾って来ればよいではないか。
あの谷にチョイっと行ってだな。」
「だめです。あの谷で魔法を使うと反射してしまってうまくいかず、事故多発地帯です。
体力勝負で行っても、崩れやすい地質なので、これもまた事故の原因です。」
「なんだよ!」
「お引き取りくださいませ。」
また、ぽいっと”破棄”の箱に入れられた。
そういう調子を、この一時間繰り返している。
言い合いしている側も大変だけれども、聞かされる私たちも疲れる。
ギルドマスターは、町の用事で出かけているので、早く帰ってきてくれることを祈るばかり。
「いやー、遅くなった。留守番、ありがとう。
って、またあの野郎か。」
帰って来るなり、そう言われた。
「あの泉の水はいいですね。あそこで飲むしかないけれども。」
と続いていつもの魔法使いが入ってきたが、
「げっ!あいつか。ちょっとそこらに行ってくる。」
と大慌てで外に行ってしまった。
「マスター?魔法使いさん、何かあの人とあったんですか?」
「いろいろ採集するから持ってるんだよ、珍しいものを。
売る気はないから、ひたすら何かあった時の材料集めらしいが。
ある時分けてやったら、しょっちゅう言われて。嫌がってるんだよ。」
「・・・何をしようとしていらっしゃるのでしょう?
そんなに変わった材料を集めるって、そう簡単な魔法や呪術に使うのではない、ということですよね?」
私はそういう知識が全くないけれども、普通考えたらそうだと思う。
「おぅ!それもそうだな。」
そう言うと、ギルドマスターは、例の魔法使いを探しに出て行った。
しばらくすると、いつになく真剣な顔をした魔法使いが、ギルドマスターに連れられて戻ってきた。
「おっさん、何をしようと思ってそう変わった材料を探しているのだ?」
「・・・。」
「ものによっては魔法でなんとかならなくもない。
私以外にもこのギルドを訪れる魔法使いは、ほかのギルドに来るやつらに比べてハイレベルだ。
そいつら全員を寄せ集めて雇った方が、安く済むと思うぞ。」
しばらく考えているようだ。
やっと口を開いた。
「本当にそうか?できるのか?」
「ものによるがな。」
聞くと二つあり、一つには孫の病気を治したい。二つ目にはなくなった妻との約束を果たしたいということだった。
「病気は医者に診てもらったのか?」
「診てもらったのだが、治る見込みがないと言われた。」
その場いた面々は、やぶ医者に診てもらったのではないかと疑った。
「よし、それは後で知り合いの王都にいる医者に診てもらおう。
で、もう一つの方は?」
「・・・妻が亡くなる直前に、旅に出る予定だった。出る前日に急に亡くなってしまったんだ。
よみがえらせて、一緒に行きたい。」
魔法使いはしばらく考えて答えた。
「数日ならなんとかなるが?」
「頼む!」
それからしばらく魔法使いはギルドに来なかった。
「そういやなんとかなったのかしら、あのおじさん。」
「さあな。まだ魔法使いどもが来ないからな。」
ギルドマスターは”魔法使いども”と言った。
「そんなに何人もが付き合わされたんですか?」
「ああ、今魔法を使うような依頼があまりないからな。
暇で、面白がってついていったんだろう。」
さすがに二カ月もたつと心配になってきた。
「大丈夫なんですか、魔法使いさん?
二カ月はたちますよね?」
とカトリナが尋ねている。
「大丈夫だって。
ああ見えて、世界を救ったことのあるやつだからな。
あの時一緒にいた剣士は、精神的に燃え尽きたらしく、ほかのギルドのギルドマスターとして過ごしている。
でも、あの魔法使いはまだ大きなことをやりたいそうだ。だから簡単に野たれ死んだりはしないさ。」
となじみの剣士。
「いろいろなんですね。」
と話していると、横から
「おまえはまだ、ギルド付きにならないのか?
いい加減よそに行くか、ここ付きになるか選べば、こそこそ金稼ぎをしなくていいのに。」
とギルドマスター。
「うーん、まあ、そろそろどうかしないととは思うんですよ、うん。
自分に見合ったやつが現れないか、ずっと見ているのですが、あえて言えばあの魔法使いぐらいですかね。」
バンっ
「帰ってきたよ。」
と大きく扉を開けて、魔法使いが入ってくる。
「別によそに行ってもいいんだがな?」
と剣士が言った。
「お土産はいらんのか?せっかくおまえさんが喜びそうなものを持ってきたのに。」
剣士が身を乗り出してきた。
「おまえの剣を出せ。」
「やだ。怪しげな魔法でもかけるんだろ?」
「いやいやいや、まともだから。」
刃が七色に輝いた。
「これで研ぎいらずだ。いつも研ぎたて状態だよ。
ほかにもほれ!」
「うぇっ?どこでこれを手に入れたんだ?」
「あのおっさんのおかげだ。」
うわ!うわーっと、剣士が小躍りしている。
「よってかかってやったら、やり過ぎになってだな。
おばさんは生き返るわ、二人そろって若返るわ、やりたい放題。
見張っていないと危険でな・・・疲れた。」
「孫の病気は?」
魔法使いはため息をついた。
「病気ではなくて、呪いだ。
しかも、おばさんが亡くなる時に、うらやましがってつぶやいた一言が、呪いに転じたんだよ。
どんだけ若さに嫉妬したんだよ?
すぐに解けるレベルだった。」
カトリナはしみじみと言った。
「おじさんは願いがかなったんだね。
おばさんも生き返ったことだし、楽しく過ごしてそうで。」
「でもな、かなったのがいいとは限らなくてな。
一つかなうと、もっとお願いしたいってなるんだよ。
また何か持ってくるよ、あの人。」
”世界の果てを探しに一緒に来てくれる人。
旅費、食費全部持ち
終了時、200ゴオンの報酬”
「よろしく。」
と例の少し若くなったおじさんが、依頼を申し込みに来た。
「ちょっと待ってください。確認します。
マスター、見てください。」
見るなりすぐに、不可と言う。
「なぜだ?必要なものはこちら持ちなんだぞ?
具体的に期間か?じゃあ一カ月だ!」
ギルドマスターは鼻で笑った。
「どこを果てというのかで変わりますよ?
満足のいくものかどうかは人によります。
そういうあいまいなものは、期間を設けても依頼として受け付けられないですね。」
「やることがなくなったんだろ?」
と気の毒そうな顔で、魔法使いが尋ねた。
「ああ、そうだっ!妻も暇になってしまって、もう死んでもいいとか言い出すし、なんでもいいからやらないとやってられん。
畑仕事はやることではなく、日常だからな。
もっとほかのものがないかと。
退屈だ。」
ふと、依頼ボードが目に入ったらしい。
「これならできそうだな。
これをやるにはどうしたらいいんだ?」
「真面目にやっているみたいで良かったよ。
これでしばらく静かに過ごせそうだ。」
と魔法使いが言っている。
「そうそう、私はここのギルド付きになったからな。
カトリナ、リア、よろしく。」
「え?」
なじみの剣士はギルド付きになって、裏のギルドマスターの家に住むことにしたらしい。
「私は静かに過ごせなさそうだがな・・・」
と言うつぶやきには誰も返事をしなかった。