一角獣あらわる
”一角の馬にご注意を”
そんな紙が、ギルドの窓と依頼ボードに貼られた。
「隣のギルド周辺で暴れて大変だったみたいだ。」
「森の中で静かにしていたんじゃないのかよ?」
「木に角を刺さるように誘導したり、よく言うアレだよ。アレで大人しくさせたらいいんじゃないのか?」
みんないろいろ言っているけれど、暴れられても困る。
誰かが刺激して、怒らせたらしい。畑を踏み荒らし、一部食い散らかし。それだけで気が済まず、町中も蹴破ってぼろぼろ。
現在逃亡中らしい。
「お嬢さんたちならアレができるんじゃないの?」
何人かが言うんだけれども、アレって何よ?
「清らかな乙女にメロメロになって、大人しくなるっていううわさ。」
「清らかな乙女?」
カトリナと顔を見合わせた。
「毎日剣術練習している人が、清らかな乙女って言えないんじゃないの?
むしろ、戦いを挑む乙女ってな感じよ?」
カトリナは言いたい放題ね。
「そこまで上達していないわ。」
「じゃあ、そっちのお嬢さんは?」
おじさんはカトリナに期待していたみたいだけれども、
「ここで口を鍛えられているから、下手したら口汚い乙女?」
とカトリナは返している。
「こりゃダメだ。乙女を使うという手はなしだな。」
「言わなかったらよかったのに。」
「言ったら借り出されるもの。
馬が突進してくるのよ。
しかも角があるって、怖いわ。」
それでみんなが助かるなら、いいんじゃないかと思うんだけど。
「リア、もし行って、突進されたり、飛ばされたらどうなると思う?」
「へ?役に立たなかったねって言われるんじゃ?」
カトリナは首を振った。
「それだけではないわ。
あーあ、やましいことをしてたんだなって言われるのよ。
本人の記憶になくてもいろいろ悪く言われるわよ。」
「?」
「え?清らかな乙女の意味がわかっていない??」
耳元で
「つまりは処女ってことよ?
処女でも、突進されたり飛ばされたら、あーあ、違ったんだって言われるのよ?」
一気に顔が熱くなった。
「・・・わかっていなかったのね。」
三日後、慌ただしくギルドに駆け込む人たちがいた。
「ユニコーンが暴れている!
畑が食い荒らされている。」
「試しにうちの娘を近づけたが、つばをはかれた。」
周りの人につっこまれている。
「いくつの子を近づけたんだよ?」
「十二歳だが?」
「若すぎて、好みじゃなかったんじゃないか?」
乙女って何歳をいうのかしら?
もう少し上と私も思った。
「とりあえず、お嬢さん、行ってくれよ!」
「お気に召さなかったらどうするの?
突進はいやです!」
そう言ってるのに、周りは無責任にいーから、いーからと言って、引きずった。
ひどい。
収穫が近かったとうもろこし畑がぼろぼろになっている。
何頭も来たみたい。
でも、
「何頭も来たみたいだろ?
でも、一頭だけなんだよ。
食い散らかして、いや正しくは食べごろだけを食いつくしてある。」
どこへ行ったのか、その辺にはもういなかった。
「あそこにいるぞ!」
指差す向こうの丘で、斜面を利用して草を食べている。角がある馬が見えた。
みんなで近づいていくと、向こうは気がついたのか、ちろんとこちらを見た。
そのまま、まだ食べている。
気がつくと、私は置き去りにされていた。
『何か用事か?』
「あの・・・森の中で暮らしていたんじゃなかったの?」
話しかけてくる声は、ほかの動物と話す時と同じ具合に聞こえる。
『あそこで、大がかりな鹿狩りを始めたんだよ。
巻き込まれちゃあ、かなわん。
そう思って静かに移動していたのに、姿を見つけたとたん、鹿どころではなく、俺を追い回しだした。』
それで暴れたのは、やむを得ないけれども。
「でも、ほかの森に移って住むのはだめなの?」
『移動する先々で、追い回される。
追い回されるのが嫌で、土を蹴って相手にかけたりしたんだけれど、かえって矢を射られたり、角をめがけて網を張られたり、踏んだり蹴ったりはこっちの方だ。
当然いつになく動き回るから、おなかがすく。
目についたものを失敬したまで。』
それもわからなくもない。
「じゃあ、例えばここの奥にある森で、暮らしてみるというのは?
人たちには見かけても何もしないことと言っておくから。」
『本当に?』
「ええ。」
森の奥に入っていくと、大きな、あのカエルと飛び込んでしまった池に着いた。
『こちら側の浅瀬は沼くさいな。』
一緒に反対側へ行くと、
『向こうは倒木にせき止められて、よどんでいるから沼くさいだけか。
こちら側は清水がわきでている。
おいしい水だ』
「えー?あのくさいところに落ちちゃったわよ。
同じ池でも、こちらに落ちればよかったのに。」
馬のくせにひきつっている。
『何をして落ちたのだ?』
「人の頭ぐらいの大きさのカエルを捕まえて、枝から一緒に落ちちゃったの。
食べるために捕まえたんじゃないわよ?」
げふん、げふんって変な声をあげている。
たぶん、人でいうところの大笑いね。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないの!」
『失礼。変わった人だな。』
その変わった馬の気が済むまで、その辺を調べてもらった。
『さっきの条件、わすれないでくれよ。
ここなら住めそうだ。』
「じゃあ、みんなに言ってくる。」
服をくわえて引っ張るので、振り返った。
『乗っていく方が早い。』
来た道を戻り、ギルドへの道を教えながらたどり着いた。
「ユニコーンに乗っているぞ?」
人がどんどん集まって、騒がしくなったので、ギルドマスターたちも気がついて出てきた。
背中から降りて、事のてん末を説明すると、ギルドマスターは慌てて
「行ってくる。ちょっと待っててくれ。」
と言って、走っていった。
『あいつ偉くなったみたいだな。』
「知っているの?」
『魔法騎士を続けるのかどうか悩んでいた。
この角を少し分けてほしいと言われたんだが・・・。いや、この話はやめておこう。忘れてくれ。』
何か深い話みたい。
気にはなるけれども、聞かない方が良さそう。
二十分ぐらいたったころに、ギルドマスターは町長さんを連れてやってきた。
「この人は生き物と会話ができる。
普通に話してくれればいい。」
ユニコーン相手に、そういう風に連れてきた人を紹介すると、町長さんは、
「人が構わないようにすればいいのですか?
ほかに希望は?」
『特にない。いや、そうだな、この子かその人のどちらかが時々様子を見に来ること、かな。』
町長さんは驚いている。
「そんなのでいいのか?
ギルドマスター、お手数ですが、そのとおりしていただけますか?」
「ああ。それぐらいならなんとか。」
こうして、このギルド周辺は、とうもろこし畑が少し荒らされるだけで済んだ。
・・・はずだった。
「大変だ!」
二日前に、とうもろこし畑が荒らされた人がやってきた。
「さらに荒らされたのか?」
魔法使い氏が冗談で言った。
でも返ってきたのは、
「違うんだ!片付ける気力もなくて放っておいたんだが、今日片付けようと畑に行ったら、よたよたになっていたとうもろこしが全部起き上がって、実がいっぱいなっていた。
大至急、依頼だよ、依頼!
収穫の人手が足りない。」
「疲れた。」
三日間、ギルドに来る人全員を収穫と運搬に回して、やっと終わった。
ギルドマスターはとうもろこしを一部、ユニコーンのところへ持っていって、帰ってきた。
「あいつの仕業だったよ。
やりすぎだって言ったら、あれでも足りないだと。
とうもろこしで、デブらせるつもりか?」
何気もなく依頼のボードを見たギルドマスターは、私を手招きしている。
「なんでしょう?」
”あの森の中を行くので、清らかな乙女さんと一緒に行くことをおすすめします。”
清らかな乙女って誰よ?
まさか?
「リア、一緒に来てほしいというのが増えそうだな。」
「それは困りますよ。
そんなにしょっちゅうは行きませんて!」
「よかったね、”清らかな乙女”認定されているわよ?」
えー!困る。内容的には困らない?いや、やっぱり連れていかれる必要がないのに、一緒に行くのは面倒。
「マスター、どうしましょう?」
「内容を見て、行きたければ行けばいいんじゃないか?」
しばらくは依頼の手伝いを断れなくて、疲れるかもしれない。
「はあ・・・。」
横で見ていた魔法使い氏に、”ため息の乙女”というありがたくもなんともない名をもらってしまった。




