聞こえる声に気を付けて
「カエルって言うから、普通に手のひらに乗るぐらいの大きさって思っていたのに!」
って私は叫んだ。
「それなら依頼にならないと思いますよっ!」
ぐちゃっ
ぬるぬるしているけれども、後ろ脚をつかめた。
『デカいカエルで悪かったな!』
ぐちょっ
「滑る!」
枝をしっかり握ったはずだった。つかんだところが悪くて、大きなカエルごと、がけの上から池へ落ちた。
「で。沼臭い人ができあがったって?」
練習場で、ギルドマスターがぬるま湯にしてくれた桶の水をかぶっている。
「それぐらい落ちたら大丈夫かな。」
そういうと、やっと魔法できれいにしてくれた。
「悪いな。私自身が使えるものと使えないものの差がひどいから、汚れているものはある程度落しておかないといけなくて。」
「こういう時に限って、魔法使い氏はどこかに行ってる。」
と、レオさんが三匹のカエルにエサをやりながら、つぶやいた。
『おまえ、このエサなかなかいけるぞ?』
『生じゃないから味気ない。』
『・・・もぐもぐもぐ』
「レオさん、そのエサ、二匹はいいみたいだけれども、一匹は生じゃないって文句言ってます。」
『一応はうまい。でも生じゃねぇ!』
まだ文句言ってる。
「いつからこいつらの言ってることがわかったんだ?」
「カエルですか?それとも、森の中の生き物ですか?」
レオさんは気が付いた。
「森の中の生き物?カエルははじめからわかっていたってことか?」
「そうです。はじめて依頼のお手伝いで森に行った時に、リスに会いました。
その時が初めてだったんです。あれ?生き物の言ってることがわかるって。」
「げっ!」
せっかく来たのに。三匹のカエルを見たとたん、カトリナは連れてきた人を放置して、全力で建物に走って戻ってしまった。
「ご依頼の方ですか?こちらでよろしいでしょうか?」
「そう!それ。理想的なムチムチのやつ。」
依頼人は満足な様子。三匹を袋に入れて、喜んで帰っていった。
あの依頼ってなんだったっけ?
依頼を見ると、”愛好家。愛でるために捕まえてきてほしい。”となっていた。
食べられなくてよかった。
「今のところ、リアは安定しているな。
前だったら、池にはまった時点で、魔力が大放出されていたかもしれないね。」
ギルドにある、環境用の魔力計測器の値は通常どおり。
「それに、今のところ、依頼の手伝いで剣を出すこともないみたいですね。」
モンスターたちが静かだからということもあるが、そういうのを必要とする依頼でないなら、出さずに済むほうがよい。レオもギルドマスターも、魔法使い氏も、その件では意見が一致している。
「魔力の安定用だからな。剣の形をしたお守りというところだ。」
「それにしても、生き物のしゃべっていることがわかるっていうのは、驚きました。」
レオは、カエルどもがエサを食べてくれるのかさっぱりわからなかった。
渡されていたものを食べさせてみただけだったから。
「近くの森に何度か入っていると、そういう方向の感覚が研ぎ澄まされて、生き物の会話がわかるようになる人が結構いる。
驚くことではない。純粋な人が多いかな?」
「そうでしたか。今までそういう人に会わなかったので。
ギルドマスターは?」
「私か。わからないけれども、知りたければ魔法で探ればいいからな。
普段はいらない能力だし、会話よりも気配が分かる方が重要だから。」
「ああ、そうか!」
とレオは納得した。剣士だから当然気配に気がいく。
数日後の稽古。
「実はなあ、私が、生き物の会話が分からないっていう理由は、気配を探るのに必死だからってこと。
ずいぶんあの森に行っているのに、生き物の会話に気が付いたことがないからな。
でも、リア、せっかく会話がわかるのに、このまま剣をやっていたら、会話がわからなくなるかもしれないという可能性があるけれども。」
「会話がわかっていても、これまで大したことではなかったので、別にわからなくなってもいいんじゃないかと思いますが?」
思ったことを言った。だって、会話がわかっても、取ってきてくれって頼まれたり、代わりに行ってくれとか、カエルのエサ文句だったり・・・通常範囲では必要ないことばかりだ。
「・・・じゃあ、今まで通り、続けるよ。」
確かに気配を感じて避けるというのは、必要と思う。
まだそういうところに出くわしたことがないけれども。
目をつぶって、音もなく、相手が左にいるのか右にいるのかなんてわからない。
「はずしてばかりです。気配を探れって難しい。」
「うーん、やり方が悪いかな?」
久しぶりに雨が続く。
雨が降っている時に行かないと、捕まえにくいというものが今はないので、依頼を受けに来る人はいない。
代わりに、行けなくなった人たちが暇つぶしにきて、話している。
「シカのおかげで助かったことがあったよ。」
「そんなことってあるかよ?」
「シカが、そっちはがけだからついてこいって言うんだよ。そのとおりだったんだってば!」
この人もわかるの?思い切って尋ねてみた。
「生き物の言葉が分かるのですか?」
「いや、後にも先にもこの時だけだったんだけれども。」
いつもっていうわけじゃないんだ。
向こうで、魔法使い氏が手招きしている。
「なんでしょう?」
「そんなに気にすることないよ?
聞こえてうるさいようなら、聞こえなくすることも可能だけれども。
人がしゃべっているのと、聞こえようが少し違うだろ?
それさえ気を付けていれば、問題ないから。」
確かにささやき程度に聞こえるだけ。
「そういうものですか?」
「いちいち気にしていたら大変だよ?
情報として必要ならそれを聞く、話してみる、でいい。
ただ、相手が人以外っていうだけだ。」
「・・・はい。」
「助かります。二人じゃ、この広域を探せるかどうか不安だったので。」
今日の依頼は、コーロックという鳥の羽を集めてくるというもの。
「今、繁殖期だから婚姻色で派手な羽。それを集められるだけ集めてきてほしい、か。」
「重さで報酬が変わるっていうのがくせものでね。」
足元に派手な色の羽が落ちている。
「これですか?」
「これは違う。コーロックの羽は、透けていて虹色みたいな羽。」
派手な色合いの羽を見つけても、それは違う。透けていない。
『何してんだろ、あいつ。』
『呼んでみる?』
声のする方を見ると、いつぞやのリスだった。
「コーロックの羽を探しているんだけれど、知ってる?」
『足で踏んでるやつがそうだろ?』
これ?
「透けるって言うから、勝手に透明な羽と思っていたわ。」
羽の厚みが薄いということみたい。
『コーロックには気をつけろよ?あいつ、鳴き声で眠らせたり、混乱させたりするからな。』
『鳴き声だけじゃないぞ。話もなんか変だぞ。』
「話が変っていうのが、よくわからないけれども、ありがとう。」
足元をもう少し探すと、同じ羽がいくつか落ちていた。
これで探しやすくなった。
「すみませーん、羽ありましたよー。」
近くにいるはずなのに、返事がない。
しばらく羽を探しつつ、見つけたら拾ってを繰り返していると、おおよそ袋いっぱいになった。
「どこ行っちゃったんだろう。」
地面に横たわっている。
「起きてください!」
もしかして眠らされたの?ゆすっても、体全体を起こしたけれども全く起きてくれない。
もう一人は?
見回していると、裸になっている人がいる。
「何をしているのですか?」
「お風呂に服のままで、君ははいるのか?
だいたい、ここは男専用だぞ?」
「ここは森の中ですって!お風呂じゃないです。
風邪ひきますよ!」
風呂だと言って聞かない。
変な声が頭に響く。
『君の一番したいことは何?』
「?」
あまりに突然だったから、驚いてそっちを向いた。
変にきらきら光っていて、アヒルぐらいの大きさの鳥。
「食べられるのかな、この鳥?」
『え?』
どうやら私の発言の方が、鳥の上を行ったみたい。
動きが完全に止まった。
『今だ!捕まえちゃえ!』
「う、うん。」
捕まえて、何かよくわからないけれども、そのまま抱えて、ギルドに戻ってしまった。
「何がなんだかわからないのですが、リスに捕まえちゃえって言われて、持ってきてしまいました。」
「よくまあ捕まえられたな。」
魔法使い氏は、結界を張ってその中にコーロックを入れた。
「こいつは、鳴き声で眠らせたり、混乱させたりっていうのはよく知られているが、相手の意識に直接暗示を与えるっていうやっかいなこともある。
何か言ってこなかったか?」
「君の一番したいことは何って聞いてきたような?」
その後私が思ったことって・・・
「この鳥が食べられるのかって思ったら、この通り動きが止まっていましたよ?」
ギルドマスターたちが、森の中で寝ていた人と裸になっていた人を回収してきた。
「やれやれ。裸になっていた方は困ったよ。何をやっても暗示が解けなかったんだから。」
「どうやって解いたんだ?」
「ご所望どおりに風呂に入れたさ。」
ギルドマスターは苦笑している。
「申し訳ありません・・・面目ない。」
と裸になっていた人は、肩をすぼめて小さくなっていた。
依頼人がやってきた。
「えっ、こんな鳥なの、コーロックって!」
ギルドマスターは依頼人に言った。
「むしり放題だ。一応依頼の方では袋いっぱいの500グラムだと。
この鳥はどうする?」
じろっと鳥ににらまれると、依頼人は
「い、いや、袋だけでいいです。鳥本体はいらないですから。
きれいな羽だけがほしかったんです。」
そう言って、袋だけを持って帰っていった。
「この鳥はどうしましょう?」
「森に放つだけだよ。持ってても仕方がないからね。」
みんなでながめていると、
『そのお嬢さんと話がしたい。』
と鳥は言ってきた。
私が近づくと、自分の羽を一本抜いた。
『君のだ。』
「よくわからないけれども、ありがとう。」
私に渡してきた羽は、手の中にあったはずが、すっと消えていった。
「ああ・・・消えた。」
『相手がいるな。じゃあ。』
もう一本抜いて放り投げると、地面につく前に消えた。
それ以上は何も話してくれなかった。
「コーロックのさっきのあれは何だったんですか?」
コーロックを森に戻した帰り道、ギルドマスターは言いにくそうにしていたけれども、教えてくれた。
「あれは、コーロックの求婚行為の応用だ。
リアと、どっかの誰かが将来結婚するんだろう。羽が消えたから。」
えっ、そんなどっかの誰かなんてわからない相手と?
「まじないレベルだよ。気にしなくていいさ。」
魔法使い氏が言うのだから、そうなのかな?
「まじないなんてよく言うね!」
ギルドマスターの顔が引きつっている。
「そうでも言わないと、気にして、解けなくてもいいものが解けるぞ。」
コーロックのあの行動は、強力なものなので、間違いないという。
「相手が違ったらどうする?」
「一応追跡して大丈夫だったが?」




