お仕事開始です
よろしくお願いいたします。
楽しんでいただけるとうれしいです。
”募集 読み書きと計算ができる者
できれば若者、男女問わず 一名。
事務仕事。受付業務は人が足りない時のみ。
注意、受付の募集ではない。”
ここはエアフルト。
この国の中でも、比較的大きな冒険者ギルドの窓に貼られた求人募集。
貼られたとたんに人が集まった。
しかし、
「あれ?闘技大会の案内じゃないのか!」
そう、時折ここに闘技大会の案内が貼られることもあるが、この紙には全くそれはない。
「受付の募集じゃないのね。」
かっこいい結婚相手を探すにはもってこいの場、らしい。女性に人気であるが、それではないと書いてある。
「読み書きと計算って裏方か・・・」
と言って、何人かはそのまま去っていく。
やっと質問に来た人がいたが、記録と帳簿と言ったとたんに
「ごめんなさい。それは無理です。」
「いや、ゆっくり慣れていってくれればいいんだよ?
そう難しくないから。」
「すみません!単なる文字書きと思っていました。」
と、そそくさと帰っていく。
ギルドマスターがため息をついた。
「逃げられた。」
「逃げられたって。相手からすれば、思ったのと違っただけでしょ?」
となじみの剣士が言う。
「規模がだんだん大きくなって、全部の面倒を見るのが難しくなってきたからなあ・・・。
わがままな希望かな?字が読めても計算ができても、記録とか帳簿っていうのは別だからな。」
熱心に貼り紙を見ている男性がいるのを、誰も気が付いていなかった。
「お父様、お母様。
今、冒険者ギルドで、読み書きと計算のできる人を探しているっていう手紙をもらったの。」
その子の父親が言った。
「行っておいで。」
「えっ、良いの?」
その子の母親も言った。
「ええ、行っておいで。」
数日後、
「こんにちは。貼り紙の募集の件で来たのですが。」
幼さの残る、若い女性がやってきた。
その場にいた剣士と、思うものがなくて暇つぶしにお茶を飲んでいた魔法使いが、思わず立ち上がって叫んだ。
「来ましたよ、マスター!」
「そんなに大きな声でなくても聞こえてるって。」
しかめ面でギルドマスターは奥から出てきた。
すると、やってきた女性はちょこんと頭を下げた。
「あ、あの・・・貼り紙の、募集の件で来ました。
わ、私、文字の読み書きと計算ができます。
働かないといけないのに、今、これといって固定の仕事がなくて。いつでもお仕事ができます。」
この人にも嫌がられるかもしれないが、仕事が始まってから言われるよりもいい。
説明しておこう。そう思ったギルドマスターは、言った、
「依頼を受けた人が、どの程度できたのかというのを記録したり、お金の出入りを付けるのもあるんだが。」
「したことがないけれども、がんばります。
そ・・・それとこちらを、受け取っていただけますか。」
かばんを探って、手紙を差し出された。
宛名が”エアフルト冒険者ギルド ギルドマスター イアン様”
となっている。
きちんと名前を知っている人は、ほとんどいない。
差出人が書かれていないが、おそらくはしっかりとした人物からなのだろうと判断したギルドマスターは、受け取って読んでみた。
ギルドマスターは、しばらく考えてからその女性に言った。
「来週からおいで。月曜の朝八時にここだ。終わりはしばらく午後四時で、慣れたら五時な。」
「ありがとうございます!それでは、来週からよろしくお願いいたします。」
「助かるよ。よろしくな。」
彼女の持ってきた手紙は、少し不穏なものだった。
「貴族の争いってどういうものかわからんが、もしものことがあってはならないからギルドでかくまってもらえないか、か。
単に読み書きと計算のできる人が欲しかったんだが。」
頭をかきながら、ギルドマスターはため息をついた。
「マスター、まあ、それぐらいいいじゃないですか。
本来なら家の中でお茶でもして優雅に暮らせてたんでしょうけれど、貧乏らしいから、働かず家にいても困るだろうし。」
暇している魔法使いがそう言うと、
「ここなら戦えるような人が必ずいますし。」
となじみの剣士はこう言った。
「・・・それはおまえが暴れたいだけだろ?」
剣士は舌をペロッと出して、
「ははっ、ばれました?」
「壊さないでくれよ、ここ。」
その二日後の朝、ギルドマスターが冒険者ギルドへやってくると、扉に手紙が挟まれてあった。
再びギルドマスター宛で、差出人名はない。
「同じ字だな、あの子のが持ってきたのと。」
手紙を持って、中に入る。
手紙には、あの子自身のために魔法で記憶を変えたこと、魔法で守るようにしてあることが書かれてあった。
そして、あの子が事実と違うことを言いだしたら、記憶を変えたせいだから、そのまま話に乗っかってほしいということだった。
「記憶と事実の違いを指摘しないこと、か。
いろいろ大変だな、あの子。」
どきどきする。
知り合いに、
”冒険者ギルドで読み書きと計算のできる人を探している。
あなたにぴったりじゃないの?
ここならあいつから守ってくれそうよ。”
という手紙をもらった。
そうね、あそこなら力自慢の人たちがいるから、もし入ってきてもつまみ出してもらえそう。
あんなやつにつきまとわれたくないわ!
幼なじみで、どうしようもないやつになった、ラウル。
確かに顔はいい。愛想良く、人あたりもいい。
だからって、そこらで女の子をひっかけて、取っ替え引っ替え付き合いまくっているらしい。
そういうのに巻き込まれないように
今まで静かにしていたせいなのか、長期のお仕事や固定の仕事につけなかった。
私はリア・ブレヒト。
うちは、没落した貴族らしい。
事情は知らないけれども、持ち物でいくつか名残はあった。貧乏な家には合わない調度品が、ちらほら。売れなかった物だという。
このエアフルトはど辺境ではないけれども、王都からは五日ぐらいかかるらしい。王都って行ったことないけれども。
そこに住んでいたらしいが、両親ともに昔の話は全くしない。
お父様は、読み書きや計算、それ以外も、近所の人たちの求めに応じて教えていたらしい。それが人気で、いろいろな人にお願いされて、学校で教えることになったという。
お母様は働きたかったのに、行ったら周りの人がなぜか見とれてしまうらしく、周りが仕事にならず、集団でするようなお仕事の場では働けなくなった。その代わり、服の修繕というような内職を忘れたころにやっている。
私は真面目にやっているはずなのに、仕事がなぜか続かない。仕方がないので、忙しい時だけの手伝いのように、急で短期間だけの仕事ばかりやっていた。
「行ってきます!」
と喜んで出てきたものの、したことのない仕事だから・・・大丈夫かな?
ギルドの扉の前で、いったん深呼吸をした。
「おはようございます。」
「時間ぴったりだね。おはよう。」
とギルドマスターが迎えてくれた。
「あなたの仕事は、ここに貼ってある依頼の受け渡しではない。
この受付の左手奥にある部屋が事務室。こちらで依頼の整理と、結果の記録。
それと、お金のやり取りがあるから、そのお金の記録がメインだ。
間違えないように丁寧にすれば大丈夫だから、落ち着いてやってくれ。」
そうギルドマスターに説明された。初日で鼻息荒く見えたのかしら?
「はい。」
「わからなければすぐに聞くように。
聞けないような状況なら、その部分で止まってくれるかな?急いでしなくていいものだから。」
「はい。」
バタバタと走ってくる音がする。
「遅れてすみません!」
「おはよう。まあ、今日はましだな。十一分。
今日は引かないが、気をつけろよ。」
かわいい女の人。
「こちらは受付のカトリナだ。」
「今日からだったんですね。よろしく。リア・・・よね?」
と言われた。
「はい。こちらこそよろしくお願いいたします。
で、なぜ名前を?」
「忘れたの?あなたが引っ越してきてしばらくは、一緒に遊んだわよ?」
そうだったっけ?
本人が言うのだからそうなのでしょう。
「まあ、あの時のあなた、三つだわ。二つ私が上だから、子どもの時の記憶がしっかりしているのかもね。
友だちみたいに接してね。」
「はい。」
「”うん”の方がいいんだけれど、まあ返事はどっちでもいいわ。」
月曜だからか人が多い。
「なあ、これより簡単なのはないのか?」
「ありませんよ。待つか、誰かと組むかしてくださいね。」
「この依頼を頼むよ。」
「依頼の詳細を書いて!ああっ、金額書いてませんよ!書いてからくださいね。」
「こいつらより先に取ったはずなのに、おまえらの方がなんで持っていくんだよ?」
小競り合いをしているのを適当にさばいている。カトリナ、すごいなあ。
「いつもこんなもんだよ。
こっちはゆっくりでいいからやってってよ。」
とギルドマスターに言われた。
「はい。」
私の方はギルドマスターや、ギルドにたまっている人たちとお昼を食べている。
受付は、ある程度人が途切れるようになるまで休めない。
私たちがほぼ食べ終わったころ、やっとぽつぽつぐらいになったので、やってきた。
「ふぅ。月曜日はいつも以上に疲れるわ。明日かあさってぐらいになったら、一緒に食べられるかな・・・
疲れない程度にがんばってね。」
「はい。」
四時になり、一足お先に終えて帰ることになった。
歩いていると、聞くともなしに聞こえてきた。
「・・・らしいよ。貸していた人が、家の中を確認していたっていうから」
「そうなんだ。変なうわさがあったからねぇ。うわさの通りだったのかな?」
「あっ!しーっ。」
「でも、言おうよ、付き合い長いからさ。」
呼び止められた。
「リア、あなたラウルと付き合いが長いから知っているよね?」
「何?」
「急に町を出て行ったみたい。知ってた?」
「知らないわ。初耳よ!」
びっくり。何があったのか知らないけれど、これで少しは平和になるわ。
「うわさの方は知ってる?
そこらで女の子と、取っ替え引っ替え付き合いまくっていたっていうのは。」
「うん、そっちは聞いているわ。近くに住んでいるけれども、もう何年としゃべっていないから、何をしているかなんて知らない。」
そうなんだーと言われ、帰りを急いでると言って、その場をさっさと離れた。
本当に女の子と、取っ替え引っ替え付き合いまくっていたの?
それと突然何も言わずに出て行ったの?
家に帰る前に、ラウルの家に立ち寄ったけれども、誰もいないようだった。
モヤモヤする。
次の日も同じように仕事をした。
二日目だから慣れてきた。
「おおっ!早いな。この調子だと、今までの残務がこの一週間ぐらいで半分になりそうだな。」
「えへへへ。」
うれしくなった。
昨日の予告の通り、受付のカトリナはお昼休みを一緒にとれた。
「ねえ、ラウルが町を出て行ったっていうの、知ってる?」
みんなにとって、そんなに驚く話なのかな?
「昨日の帰りに友だちから聞いたわ。」
「びっくりよね?」
「うん。予告なしだったから。」
「あれ?近くに住んでいたのなら、おうちの人同士のあいさつぐらいあったんじゃないの?」
私もそう思ったから家で尋ねた。
しかし、両親からは、”ふーん、そうなんだ。”と、気のない返事。
「なかったみたいなの。両親に聞いたら、そうなんだ、だけだったの。」
苦笑された。
「ところで、この仕事をなんで希望したの?」
「それは、読み書きと計算両方できるから。それに、」
「それに?」
「まずいな・・・。」
ギルドマスターは裏で聞いていたが、思うところがあるようで、暇している魔法使いの頭をつついた。
「んん?ああ、あれか。」
カトリナに向けて何か魔法を放った。
「すまんな。」
「いいですよ。例の約束ですからね。」
おしゃべり中の二人は気が付いていない。
「さすがだな。」
「だてに戦ってませんよ?」
魔法使いは、ふんっと胸を張っていた。
「ここは、さすがにラウルが勝手に入り込むことがないから。
手前にはギルドマスターたちが必ずいるので、奥までは普通入ってこれないでしょ?」
「何かあったの?」
「子どもの時にね。こっそり隠れて、私をいじめていたの。
その時は天使のような顔で人当たりがいいから、いくら親に言っても、私が悪いまたは私がみんなの気を引くために悪いことをやったと思われて、信じてもらえなかった。
私にとっては、天使の顔をした悪魔よ。」
思い出してもなんかいや。
「そうなのね。それはそれは、嫌な思い出で。
ごめん、思い出させちゃって。」
気の毒がられ、何度もごめんねと言われた。
「ううん、いいの。
これでもう、出ていったのなら会わないだろうし。」
「でも、念のため、しばらくはこのまま、奥の仕事をするだけにした方がいいわ。」
帰り道、顔見知りのお姉さんたちに呼び止められた。
「ラウルが突然、町を出ていったって知ってる?」
「ええ、ほかの人に聞きました。」
「あなた何か聞いているかしら?歳が同じじゃなかったっけ?」
「何も聞いていません。
それに、もう、この何年かしゃべっていませんし。」
私の返事にがっかりした様子。
「ああ、残念。
声をかけておくべきだったわ!狙ってたのに。」
こういう調子で町の女性たちは、驚き嘆き悲しんで大騒ぎしているらしい。
やっぱりもやもやする。
何か引っかかるのだけれども。
気にしないでおこう。
こうして、私のギルドでのお仕事生活は始まったのだった。