09 対峙するドラゴン
森の巨大ガエルとの戦闘を終えた後。
ゴブリン。
スライム。
二足歩行する植物。
剣を持った鶏。
様々なモンスターに出くわした。
以前はゴブリンの相手すら1撃で死にかけたが、難なく倒せたのは私が強くなったからなのか、ラストダンジョン前のゴブリンとここのゴブリンに差があるのかはいまいち分からなかった。
なんにせよ、モンスターでの戦闘の初勝利を果たし、定番のスライムの相手をする。
毒持ち、自動回復持ちと厄介そうな特性を聞いたが、間隔を空けないように連続で攻撃すれば体力は低いのだそうだ。
歩く植物は少し厄介。攻撃力も体力も高くはないが、胞子のようなものを巻いて、毒やら麻痺やらを与えてくるので、なるべく優先的に倒さなければいけない。
そして剣を持った鶏の相手は私にはまだ厳しかった。まず、速い。ヒットアンドウェイを意識して常にこちらと距離を取る上にこちらの攻撃を高確率でジャストガードしてくる。
それってモンスターも使えるの!?
と、思ったがとりあえずの私の宿敵にすることにした。
この鶏に勝てるようになれば立ち回りやジャストアタック、ジャストガードが上手に使えるようになりそう…かも。
今のところはアシュレが剣技と炎の魔法で1撃で倒してしまう。仲間になったとはいえパーティーといった概念があるわけではなさそうだし、経験値とかが割り振られている感じもしない。
やっぱりレベルアップとかそういうのもないのだろうか…?
戦闘を数度こなしてエアルマの特性も掴めてきた。
毒もそうだが、動こうとすればするほどに毒の回る速さが上がるのだ。エアルマも時間によって体力が削れるというよりは行動をすると体力が削られるという感覚だった。
防御行動はともかく5回も攻撃行動をすると割と視界が赤くなる。8回ほどで動くのがしんどくなる。
その度にアシュレがポーションのようなものを宙へと撒き、体力を回復してくれた。
戦っている感覚はリアルタイムのアクションゲームに感じるが、先制のリングという装備と言い、行動の度に体力が削られる感覚から元のゲームはターン制のRPGの可能性が高いかもしれない。
ただ、麻痺などで身体が動けなくなったときに、どうにか動こうと足掻いた方が早く、麻痺が回復するのはアクションゲームのレバガチャのようにも感じる。
結論を出すのはまだ早いかもしれない。
「アシュレ、力を付けるためには何をしたらいいのでしょうか?」
「鍛錬を積むのです」
内容は筋トレとほぼ一緒だった。速さを上げる盗賊は走り込みをすることが多いのだそうだ。それも持久走ではなく、全力疾走を何度も行うらしい。
シャトルランみたいな感じだろうか?
「ですが、面白い話を聞いたことがあります。戦闘経験によっても数をこなせばもちろん筋力などが上がります。
二人の剣士がお互いに競争するように筋力を高め合っていたのです。
1人は鍛錬重視。
もう一人は戦闘経験重視。
鍛錬を積んだ剣士は戦闘ばかりしていた剣士よりも筋力が鍛えられたのか力では敵いません。
そしてもう一人の剣士も鍛錬をすることにしたのです。
すると、鍛錬の期間は元々鍛錬を積んでいた剣士と比べ遥かに短い期間であったにも関わらず、戦闘重視だった剣士は易々と力がもう一人の剣士を上回ったと聞きます」
「ほむ…?」
「もちろん筋力といったものは個人差で伸びが違うため、参考にはならないのですが、父の教えでは
"鍛錬で積める筋力と、戦闘で積める別の筋力がある"とおっしゃっていたのです。
どちらも欠かしてはいけないのだと、国家騎士団では鍛錬と戦闘訓練どちらにも力が入っていました」
そういえばラスウェルは国家騎士団長だったと言っていた。アシュレも国家騎士として訓練をしていたのだろうか?
結局、どちらも頑張れということではあるようだったが、少なくとも鍛錬だけで強く離れない。戦闘だけ、つまり同じモンスターなどをいくら倒したからと言って強くなるわけでもないっぽい?
ゲーム的に考えると…なんだろうか。
かなり特殊なシステムな気がする。
レベルやステータスが確認できないと効率よく、というのがなかなか判断しにくくて難しい。
「でも簡単に強くなる方法もあるのです」
「あるんですか!?」
「良い装備や武器を身に着けるのです」
なーるほどね??
そこは一気にゲームっぽい気がした。
むしろ、成長するゲームではなく、装備を整えていく感じのゲームなんだろうか。
でも装備枠って確か3枠だけだったよね…?
うーん…?
「そして力を付けるのとは違うのですが、戦闘に関していえばスキルが重要になるのです」
おー?どんどんゲームっぽくなってきた。
それも気になっていた。
「アシュレの斬撃は時々4個ほど重なっているときがあるような気がします、あれはスキルなのですか?」
「よく見ているのです、正確には5本の斬撃を重ねています」
おぉ…すごそう。
「スキルを覚えれば、私も同じことができるのですか?」
「…そうではないのです。スキルとは授かるのではなく、自らが習得するものなのです」
「…ほむ」
それは、つまり…どう違うのだろうか?
「アヤが使っている、エアルマと同じなのです」
「うん?」
アシュレの話では、スキルと魔法は別であり、魔法には陣の想像と構築、それに対応した詠唱が必要になる。
一方でスキルは目を閉じて、想像し、対応したスキルの名を心の中、もしくは口に出すことで発動するのだそうだ。
そして魔法は授かることで扱えるようになるが、
スキルは実際に自分で練習と研鑽を積み、形になって想像が確かになったらそれがスキルとして使えるのだという。
それは、つまり…。
勇者のように5つの斬撃を重ねるのは、実際にそれが自分でできないとスキルにならないということ…?
「アイテムを使用する時は目を閉じて、そのアイテムを想像するでしょう?
スキルは自らの肉体を想像して使用する、といった感じなのです」
いや、そうは言っても…。
剣の稽古とか剣道やってたみたいなわけでもないし…。
スキルの習得は難しそうだ。
「アヤは難しく考えすぎているのです。街に着いたら今度スキルを1つ教えてあげます」
「え…?本当ですか?!」
「よいのです。でも今はまずジャストアタックとジャストガードの練習をする方がいいのです。戦闘の基礎になるので、とても大事なのです」
「分かりました!」
体力が回復しても、疲労はたまるようだ。
もっと頑張りたいと思うのに、だんだんとフラついてきた。
「困ったのです」
「すみません、昔はそこそこスタミナもあったはずなんですけど…」
「いえ、そうではなく。こうして毎回ポーションを飲むことで若干中毒になっているようなのです」
「……え?中毒??」
ヤバげな単語が出てきて、思わずギョッとした。
あ、これ疲労じゃなくて中毒症状なの?
「視界がふらふらしたり、薬が身体に妙に馴染む感じがしたら教えて欲しいのです。一度控えて休憩をしなければなりません」
エラルマなしで戦えるようになれば、この問題は解決される。
一度素の状態での戦闘力も知っておくべきだと思い、試してみた。
スライムの自動回復にダメージが追いつかず倒せなくなった。
一度死にかけたゴブリンの相手を、若干トラウマを抱えつつも戦う。隙を付いて数度斬りつければ倒せることは分かったが、棍棒を剣で防ぐと力負けして剣が吹っ飛んでしまった。
ジャストガードができれば問題ないはずだが、エアルマなしの素の状態では、
ジャストアタックやジャストガードの刹那の虚のタイミングを知覚できないようだった。やっぱり戦闘時は初手エアルマでの強化は必須だということが分かった。
「さっき、この剣はドラゴンでできていると言っていましたが、
やっぱりかなり良い剣なのでしょうか?」
「兄は魔王が復活した時、勇者の選抜の準備が始まる前からダンジョンへもぐり、神殿を調査していました。そしてその剣を見つけたのです。
それは先代の勇者、スティレットが使っていた先代の魔王を倒した聖剣なのです」
「えぇ…???」
思っていた以上にすごく貴重な剣だった。
アシュレはそれを特に大事なことのようにでもなく、淡々と説明する。
急にこの剣を持っている手が少し震える。どう考えても私が持っていていい剣ではないのではないか?
私が苦笑いしているのをみて、アシュレはこう続けた。
「何も代々勇者が使ってきた剣というわけでもないのです。
兄にも私が勇者になったときにその剣を譲ろうとしていましたが、私にはこの剣があるのです」
大剣…とまではいかないがこちらの剣の3倍ほどの幅がある剣は赤い紋様の装飾が煌めく、これまた強そうな剣であった。
確かにそっちの剣の方が勇者の剣っぽい気がする。
「それでも兄が残した唯一の品なのです。大事に使ってくれると嬉しいのです。
それは魔王とすら戦える貴重な剣でもありますし」
身の丈に合わない装備は、また盗賊など厄介なことに巻き込まれる心配もある。
だが、あまり手放す気も起きなかった。
この一人ぼっちの世界で、この剣だけが私の味方のような気がしたのだ。
「着いたわ」
そんなことを考えていると少し道を外れて勇者が森の奥へと進んでいた。
どうやら次の街が見えてきた…というわけではないっぽい。
山を切り開いたような谷間に石碑のようなものがあった。勇者がそれに剣をかざすと石碑は赤く光を発して地面へと沈んでいく。先へ進むための道が開かれた。
「こっちなのです」
「アシュレ、これはどこに通じているんですか?」
「待ってください…」
アシュレは私に手をかざす。急に険しい顔になって、深く息を吸い込んだ。
「…モンスターの足跡が続いてます。まだ新しい…かなり多い…。急ぐのです!」
アシュレはそう言うと森を駆けた。
素の状態ではまるで追いつかず、距離が離されていく。
エアルマを使って追いかけるべきだろうか?
悩んでいた時、森の木々が急に晴れ、開けた場所にアシュレは立ち止まっていた。だがそのさらに奥に何かの大きな影が動く。
2階建ての家ほどの大きさのあるそれはこちらに気付いてゆっくりと体を、翼を広げる。
周囲には無数のモンスターが倒れ、霧散していく。衝撃波で身体が吹き飛ばされそうな咆哮を上げたのはファンタジーの定番であるドラゴンだった。
魔王もそうであったが、巨大な生き物が目の前で動いてる。ただそれだけで存在感と迫力に恐怖してしまう。
「あっ…」
だがそのドラゴンには無数の武器が身に突き刺さっている。
動くたびにそれがドラゴンの身を削り、とても戦えるような状態ではないはずだった。それでもドラゴンはこちらへ殺意にも似た闘志をむき出しにする。
勇者はそれに臆することなく、剣を抜き、ドラゴンへと突き出した。
…殺すのだろうか?
ドラゴンはモンスターの中でも上位なのではないだろうか?
魔王軍にいる私としてはこのドラゴンを倒されることで不利になることがあるのか?
共闘するべきなのか、アシュレを止めてドラゴンを逃がすべきなのか…。
分からない、どうしたらいい…?
結局私はただそこで立ち尽くしていることしかできなかった。
「その剣は…」
意外にも動いたのはドラゴンの方だった。
人の言葉を話し、剣を注視している。
「勇者アシュレか?」
「そのドラゴンと知り合いなのですか!?」
アシュレはゆっくりと剣を鞘に戻した。少し呆けた感じで私の顔を見る。
「そうです…。もしかすると、あなたの世界のドラゴンと、こちらでは少し違うのかも知れません。モンスターではないので、大丈夫なのです。
ドラゴンはこの世界の守護者であり、今は人の味方なのです。
人と魔が争う世でドラゴンは元々は中立の存在だったと聞いています。100年前の先代の魔王がドラゴンを軍勢に取り込もうと攻め入ったのです。そして従わぬドラゴンを殺し、その亡骸を操って勇者たちに差し向けたと聞いています。
ちなみになのですが、その際に先代の勇者が倒したドラゴンの骨を、他のドラゴンたちが剣に鍛えたらしいのです。それがあなたが持っている白刃剣なのです」
「え…」
「ほう…今はお前さんがその剣を担っているのか」
「ドラゴンたちはそれ以降、中立の立場から魔王討伐のために力を貸してくれているのです。
そして次の魔王復活に備えて新しい剣を鍛えていました。それが私の剣アイダです。でもまだ未完成なのです。
魔王の復活が前回から想定より早かったのです。各地のドラゴンに力を分けてもらってこの剣を完成へと導いてるのです」
「そう…だったんですね」
いきなりドラゴンと戦う。
なんてことにはならなそうでほっと胸を撫でおろす。
「ですが、このモンスターの群れは…何があったのですか?」
「魔王から差し向けられたモンスターたちじゃな…。
勇者がこれ以上強くなるのを阻止するためにドラゴンを根絶やしにするつもりやもしれん。だがワシも世界を守護せし者、このようなモンスターがいくら来ようと簡単にはやられはせんよ」
ドラゴンはそう言うと鼻を鳴らしたが、その怪我はどう見ても致命傷に近いものではないだろうか?勇者に心配をかけまいとして虚勢を張っているように見えた。
「今、薬を用意します。傷を見せてください」
「必要ない、人の薬はワシらには効かぬ」
「それでもです、刺さった武器の除去や、包帯くらいは巻かせてください…!」
「…ふむ。お前さん。名前はなんだ?」
勇者が治療をしようとしたが、ドラゴンは私の方を見て名前を聞いてきた。
「アヤ…と言います」
「アヤ。ここに来る途中に川があっただろう。すまんが水を汲んできてくれるか?」
「は…はい!分かりました!」
私はドラゴンに言われるがままに水を汲みに行った。
治療に使うのだろうか?なるべく急いで戻ると体に刺さった武器が取り除かれ、包帯が巻かれていた。
治療が終わった後、アシュレも剣を捧げ、ドラゴンがそれに炎を焼き付けた。良くは分からないが剣の輝きが少し増したような気がする。
これで力を分け与えられたのだろうか?アシュレは礼を述べて足早にその場をあとにすることにした。
「あのドラゴン…あのままの状態で大丈夫でしょうか?」
「大丈夫かと思うです。魔王たちも私のこの剣の完成を阻止することが目的なはずなので、もうあのドラゴンに手を出す理由はないのです。
むしろ私たちが近くにいるほうがよほどモンスターを集めかねません。速くこの森を抜けることにするのです」
そう言って森を走り抜けると、次の大きな町に辿り着いた。前の街も広かったような気がするが、その4倍くらいはありそうな気がする。
まだ日が暮れるまで少し時間はありそうだ。明るいうちに辿り着けて良かったと思う。
「大きい街ですね、どんなところなんですか?」
「このエグニアの大陸では一番大きい町だと思うです。
料理や鍛冶、どれも相当上位の職人たちがいて、高い技術力を持っていると聞いています」
「それはすごそうですね」
「私は明日には次の神殿へと向かう予定なのです。町に着いたらその準備がありますので、先に宿を決めてしまいましょう。そのあとはアヤも自由にするのです」
「分かりました」
2日目の夕刻前。
魔王城までの報告の日まで残り1日。私とアシュレは2つ目の街"エルノマハ"へと足を踏み入れた。
血が出る、止血をするという表現を間違って使ってしまうのですが、こちらのミスです。この世界では血は出ないのです。気を付けているのですが、時々そういう表現をしてしまいがちです。




