08 戦闘訓練
なんやかんやで不死人になって1日目。
私は勇者の仲間になった。
「アヤ、起きてください。出発する時間なのです」
2日目の朝。
私は勇者に起こされた。
勇者がカーテンを開く。眩しい日の光が部屋を満たす。
私は仲間になった初日から寝坊をしてしまった…。
先日の酒場で勇者の仲間になることが決まった後、冒険者ギルドへと行くことになった。
何をするにしても冒険者としてギルドで登録しておいた方が都合がいいだろうと勇者に提案された。私はDランク冒険者として登録された。
ランクはDから始まりSSランクまであるらしい。
ちなみに勇者はAランクだった。A以上に昇級できないというよりはあまり冒険者として生活をしてないという理由だった。あと間違えてアシュリーと覚えていた勇者の名前はアシュレだった…。
SSランクは7人存在していて、その中にラスウェルとメイヤーの名前があったことを覚えている。
登録を済ませた頃には日が暮れ、勇者が泊まっている宿屋へと向かった。
勇者は宿屋の前に着くと修理に出していた装備を回収すると言って別れることになった。
明日は早朝から次の街へ向かうと言っていたが、それにしてもまだ時間は余っている。
ギルドに戻って簡単なクエストでも受けてみるべきか?
いや、軽率な行動は控えるべきだろう。また剣を盗まれたりしたらそれこそ愛想を尽かされかねない。
私は宿屋にある本を読んで世界の事を学ぶことにした。
勇者編年?という本があった。
この世界にはたびたび魔王が生まれては倒されてきたようだ。
初代勇者はグレイブ?
3代目勇者はスティレット?
過去3度による魔王の出現と討伐。その功績を遺した勇者たちには剣の名前が与えられているようだった。
アシュレ…?
そんな剣あったっけ?って思ったけど今の勇者はまだ魔王を倒したわけではないから名が与えられていないようだ。
700年くらい前に初代勇者が魔王を倒し、400年くらい前に2度目の魔王が復活。100年前に3度目魔王を倒したようだ。
毎回300年単位ほどで行われている魔王の復活のようだが、今回は前回から100年しか過ぎていない。
人間側も想定していなかった急な復活に今回はかなりバタバタとしているようだ。
本を読み進める。
初代勇者のグレイブの誕生についての説明がかなり長く書かれていた。どうにも初代勇者が生まれるまで世界はだいぶ厳しい状態にあったようだ。
モンスターや魔王の圧倒的強さに人間たちは成す術なく追いやられ、長い長い戦いの末に賢者たちが魔を倒す力を編み出して勇者は代々その力を受け継いで倒しているっぽい。
挿絵には賢者と呼ばれる老人のような者たちが勇者に光を与えて魔王と戦っている絵がある。具体的にそれがなんであるのかよく分からない。
だがそもそも不思議だった。勇者選抜の大会があるのだという点だ。この世界では勇者が生まれたり、魔王を倒したものが勇者となるのではなく、勇者という人間が人間によって選ばれてその力を与えられて魔王を倒すのだという。
…この力というのが、魔王たちの求める、勇者が勇者たる力…なのだろうか?
勇者に諜報していることが悟られるわけにはいかない。ゆっくりまずは信頼を得るべきである。
あまり深くはまだ聞かないでおこう。
そんなことを思いながら本を読んでいるうちに気付いたら私は眠っていたようだ。確かに色々あって疲れていたのだ。
寝坊しても仕方ないじゃないか…。
そもそもスマホでアラームに起こされていた人間がそれなしに急に自力で起きろと言われても無理な話なわけで…。
「お、おはようございますっ!」
だけどここで勇者に飽きられるわけにはいかなかった。
ガバリと布団から飛び出して顔を洗い、出発の支度をする。
「あぁ…慌てなくてよいです。
疲れていたようでしたのでギリギリまで起こさないようにしていたのです。準備ができたら隣の私の部屋に来てください。
それとこれを貰ってほしいのです」
勇者はそう言って机の上に何かを置いて叩く。
布…?服?
「私が昔使ってた鎧なのです。
ダンジョンで拾ったりしたものですが、一応モンスターとも遭遇することになります。
前の服ではなく、こっちを着ておいてくださいです」
「わ、わかりました。ありがとうございます!」
勇者は「ゆっくりでいいのです」と再度残して部屋を出て行った。慣れないプレート入りの硬い服にどうにか着替えながら私は勇者と町を出た。
「勇者様、そういえば次はどこへ行くのですか?まだ聞いてなかったのですけど…」
「あ、そうなのです」
勇者は振り返って私のことを指さす。
「ずっと気になっていたのですが、その勇者様という呼び方は禁止したく思うです」
「あ…え?」
「アシュレと呼んで欲しいのです。町とかで勇者と言われてしまうと要らない注目を集めてしまうのです。
お願いします」
「あ…すみません。勇者様ともあろうお方をなれなれしく名前で呼んでいいものか…と」
「問題ないのです、私など始めからアヤと呼んでいたでしょう?気にしないで欲しいのです」
「わ、分かりました!」
勇者は…いえ、アシュレは見た目の派手な髪と整った容姿、その少女とも思えぬ冷めた大人びた表情から、厳格そうな印象を受けた。
しかし実際に話して見ると優しく、尊大な態度をとることもなかった。ただ時折私に向ける微笑みがどこか悲しそうなのは…私がまだ緊張して堅苦しいせいだろうか?
「えーと?なんだったのでしょうか?」
「え?」
「何か聞こうとしていたです?」
「あ、えぇ。どちらへ向かうのか、まだ聞いていなかったので…」
「そうだったです。次に向かう神殿はここからそう離れていません。近くの町までは今日中に着けると思われます」
そう言ってアシュレは地図を広げた。確かに次の街というのは森を抜ければ着く距離のようだ。
「"エルノマハ"という町です。少しばかり寄り道もするつもりですが」
「寄り道ですか?」
「はい、すぐ済むので大丈夫です。それとこれも渡しておきます」
アシュレが差し出してきたのは指輪だった。
「先制のリングというものです。
戦闘状態になったときにその一瞬だけあなたの思考が加速するのです。アヤには珍しいスキルがあるでしょう?
あの戦い方をするのでしたら、それがあると便利なはずです」
私の身体能力はエアルマを発動してようやく冒険者の中堅ほどの強さになるようだ。
しかし常時エラルマ発動するというのは常に生命力を奪うことになるため、戦闘時のみ初手にエラルマを発動しなければいけない。
この先制のリングというのがあればかなり相性が良さそうに思う。
「アヤが私と別れた後もこの世界で生きていくために少しばかり戦闘を指導しようと思うのです。この辺のモンスターはそれほど強いわけではありません。
敵が1体だった場合は荷物を置いて、アヤが戦ってほしいのです」
「は、はい!」
そうして勇者との旅が始まった。
森はすぐに見えてきたが、あの時と違って土の道ができている。この道を辿っていけばそう迷うこともなく森を抜けれるだろう。
とは思ったが、橋や段差が多く点在しているようでそれなりに体力を使う道のりだった。
「これがなければ馬車とかですぐ移動できたのですが…」
「なるほど…」
「待ってください、何かいるのです」
そういって勇者は段差に身を隠した。私も同じようにして身を隠し、段差の上をこっそりみる。
「フォレストトードね」
1メートルはありそうな巨大なカエルが一匹いた。
…うわー!これめっちゃ見る敵!
「動きは遅いですが、耐性は高いです。練習に丁度いい相手なのです」
「えぇ…?」
「戦ってみるのです」
嘘でしょ…。
自分がエラルマ込みでどの程度戦えるのかは確認しておきたかった。
だがこうして見て分かる。近づいてさらに理解する。
でかいカエルは気持ちが悪い。
カエルと目があった気がした。
渇いた笑いが出そうになった瞬間。急に感覚が鈍くなるような…ブォォっと音が間延びしていく感覚。
あぁこれが先制のリングの力だと気付き、私は想像し、目を閉じて唱える。
『エラルマ』
身体が熱を帯びる。
これを発動すると少し強くなったような感覚が身に染みて分かり気分が高揚する。
さぁ、かかってくるがいい!私の初陣のモンスターよ!
そう、思いながら目を開いた目の前にカエルはいなかった。
影が私の足元を、頭上を暗くしていく。
跳ぶよね、カエルだもんね。
上を見上げてすぐ回避する。足の先が何かぬめりのある体に触れた気がした。
「そうです、そのスキルは生命力を代償に戦闘力を上昇させるスキルです。
その状態は筋力はもちろん、耐性も上がっているように見えるのです。戦闘時は必ずすぐに発動するようにしてください」
「は、はい」
先生の指導が飛んできた。
それどころじゃない、一瞬潰されかけたんですけど…。
「亜人種が切り札としてそのスキルを使うのを見た覚えがあるのです。
ハイリスク、ハイリターンです。
ですが兄の剣を上手く扱えれば相性はいいはずなのです」
「…ど、どういうことですか!?」
「それに関しての説明はあとでするです。
先に攻撃についてですが、一番大事なことはわかるですか?」
「え?…え?ぜ、全力で剣を…振る…!…??」
アシュレは私とカエルの周囲をぐるぐると歩きながら問う。
何を言っているんだろう?
抽象的過ぎてどんな答えを求めているのかいまいち汲み取れない質問だったが、アシュレの指導は続いていく。
「大事なのはタイミングなのです。
攻撃が当たる!その瞬間に思い切り力を入れるのです。
やってみてください」
「うっ…!やぁああ!!」
意を決してカエルへと踏み込む。
その攻撃が当たる瞬間。言われていなかったら気付かなかったかも知れないような刹那、先制のリングで感じたような感覚が鈍く重くなる瞬間があった。
私は剣を振る手に力を入れる。
ただ、剣を斬りつけただけのはずだった。
当たっても本来は斬りつけるだけのはずだった。
だが斬撃は光となって煌めきカエルの身体に弾けるように炸裂した。
「上手ね、それがジャストアタックよ」
え?これ、スキルとか必殺技ではなく!?
なにこれ、どういうゲーム??
「敵から目を離してはダメです!
フォレストトードの暑い皮膚には打撃、斬撃はあまり有効ではないのです」
「えっ?」
これ喰らってまだ生きてるの?ってカエルの方を見た瞬間、土煙から舌が伸びてきた。
「うわ、うわうわうわうわ!むり!たすけて!」
舌は剣に巻き付くようにして武器を奪おうとする。
めちゃくちゃ気持ちが悪くて思わず鳥肌が腕から波打った。どうにか剣を奪われないように必死に抵抗していると剣先がそのまま舌を切り落としてしまった。
そりゃ…剣に舌を絡めたらそうなるよ…。
切れたての残った舌が地面でのたうちまわっている。今すぐにでも逃げ出したくなってくる。
ドタドタと音を上げてカエルは激昂したように突っ込んできた。ただアシュレの言うように動きは遅いので回避は難しいわけではなかった。
ていうか斬撃ほとんど効果ないならどうしろって言うの???
カエルはこちらを見て唇を膨らませる。あ、知ってるこれ。なんか飛ばしてくる気だ…。
「兄のその白刃剣は元は高位のドラゴンだったと聞いているです。
その鱗は刃を通さず、魔法を無効化する守護のドラゴンであったと。
防御も攻撃と同じくタイミングが重要なのです。その剣ならばどのような攻撃であれ防ぐことができるはずなのです」
この剣が強いって言っても、私はこれが初陣の駆け出し剣士なんですけど!?
そういうのってもっと剣術が上手な人とかがやっと使いこなせる上級者向けのだと思うんです!
などと言い返す暇もなく、カエルのゲロだか毒だかが弾のようにして飛んできた。
いや、これ斬ってもそのまま喰らうヤツじゃん。
待って待ってホントに勘弁して!
だが、それが目の前に着た瞬間。
また刹那の虚が訪れ、思わず剣を振った。
毒玉はこちらに届くことなく目の前で霧散した。
私はいつ斬ったのだろう?
どこでこんな剣の使い方を習ったのだろう?
そんな記憶はどこを探してもない。
つまりあの刹那の虚に反応ができれば腕が未熟でも自動で攻撃を防ぎ、斬撃を炸裂させれるということ?
すごい…!
戦えるかもしれない…!
そうは思ったが、カエルはまた跳びあがって私を踏みつぶそうとする。いや、でもこれはジャストガードしようがそのまま潰れるのでは??
私は思わず、アシュレの方へと回避した。
「ど、どうやったら倒せるんですか!?」
「良い感じだったのです。あとは実践あるのみ、なのです」
そういうとアシュレは剣をカエルに向ける。
剣先に魔法陣が展開され、炎が弾けるようにして放たれた。炎はカエルの肉を焦がし、火は全身に燃え移るようにしてその身を撃ち抜き、力なく地面に倒れ込んだ。
「す、すごい…1撃で…」
「魔法にはめっぽう弱いのです。
戦闘の練習には良いモンスターだと思うのです。
ただ一人の時は動きも遅いので、見かけたら逃げた方が良いと思います」
「べ、勉強になります…」
だいぶ、楽しい旅になりそうだ…。
そう自分に言い聞かせたけど、たぶん口は引きつってたと思う。
書き終わったあとに音声合成ソフトで音読させるようにしました。
誤字や誤変換が減るとよいのですが。




