06 この街から私の冒険が始まるのだ
5/8日 挿絵の追加
「忘れていた」
街へと転移する覚悟を決めた直後。メレディスはそう言った。
「一つ大事なことを伝え損ねていた。
お主の身体に施した不死の呪いのことだが、もう一つ呪いを組み込んである」
「…えっ?」
そう言ってメレディスは黒い羽根を取り出した。先ほどの帰還用のものだろう。
今度は誤って使わないようにしないと…。
「"エラルマ"という、生命力を奪う呪いだ。
だが、同時にその生命力を媒体にお前の肉体を強化する。お前たちの世界の人間はどうやら魔力というものがほとんど存在しないようだ。ゆえに魔法を使うことも叶わないだろう」
そういうと、メレディスは目を閉じた。瞬間、身体が淡く赤く光り、何かが発動したのだと分かった。
「これがそうだ。アイテムを使うのと同じように目を閉じて、自らの肉体を想像し、エアルマと心の中で唱えよ。
そうすれば、命を削り、まあまあ強い戦士くらいの身体能力は得られるだろう。
どうせその身を削りきろうがお主はここで甦る。不都合はないだろう?」
メレディスはそう言うと、再び目を閉じて解除した。
「これは魔法とは違うのですか?」
「それは質問か?」
「…独り言です」
「……。それは呪いだ。それをスキルとして発動している。
お主の不死の呪いもそうだ。アンデットにしてやることも出来たが、それでは人間として潜入するのが困難になる。
呪いなのだから、お主は表面上は人間、ということになるのだ」
たしかにこの世界ではステータスといったものが存在しないようだ。
つまり種族が変化しない状態でなら人間として振舞える。
鑑定とかいうスキルがもしあったら、もしかしたら呪いの事も暴かれる可能性があるのかもしれないけど…。
「では、行ってくるがいい。
忘れるなよ、3日おきにここへと戻り報告しろ。もし…」
「戻ってくる、妹は必ず助ける…!」
「それでよい」
メレディスが少し笑った気がした。
直後、また風がぶわりと包み込むようにして周囲を覆い、引っ張られる感覚と共に宙に浮いた気がした。
床が消えた?そう思うと風で覆われた視界が晴れ広大な緑の平原と青空が、上昇した。
違う、落ちてる。
思ったよりも高い位置から落下だったが、前の転移を経験もあってなんとか、身体を打ち付けることにはならなかった。むしろ、体験していなかったら、頭とか打って死んでいたのでは…。
「うぅぅ゛…」
足が痺れる。
だが、ようやくあの陰鬱とした空間から抜け出した。
平原に優しい風が流れる。その遠くに大きな石の塀で囲まれた街が見える。
アレがおそらくはメレディスの言っていた勇者がいるかもしれない街。遠いと言っても見える距離だ。歩けば15分もかからないだろう。
歩きながら考える。状況の再確認をすることにした。
アニメ的に考えるならつまり…異世界転移したのに、無能力ですぐ死んで、不死の呪いをかけられて生き返ったはいいけど、そのまま魔王軍の使いっぱしりにされられたってこと?おまけにその不死の力も迂闊に死んだりしたら人間じゃないって怪しまれるから使えないし、死んだら魔王城に戻るわけだから死なないことを利用して戦うこともできない。
「ふっざけんな…」
思わず悪態を吐く。
どう考えてもおかしい。
普通は何か一つくらい特異な能力とかあったりするものなんじゃないの?
どうにか逆転の手立てを考えたいが、どう考えても魔王たちに従う以外の方法がない。いや、情報がまだ少なさ過ぎるだけかもしれない。
世界のシステムを理解をしないといけない。そもそもアクションゲームなのかRPGなのか、それすらも調べないで始めたけど、死んだら終わりって言うのは珍しい。
たくさんの軍隊動かす感じのシミュレーション系とか、あとは昔の迷宮系のRPGかな…。教会で失敗すると灰とかになって死んじゃうやつ。
唯一の強みはこの世界をゲームだと理解してて、それなりにゲームをやってきた私にはセオリーや流れが分かっていること。
つまりこの街から私の冒険が始まるのだ!
特に根拠のない自信をかざして前向きに意気込んではみたものの街へと入ると、遠くから見えていて分かっていたとはいえ、広い。
人と建物があちこちに点在していて、この中から一人の人間を探さなければいけない。
いや、そもそも居るのかすら分からないわけだが…どうしろと?
まずはセオリー通り冒険者ギルドに寄る?
アイテムを買いに行く?
武器屋とか、宿屋を?
まてまてまて…。
何をするにもお金は必要になるのに、1銭も持ち合わせてはいない。3日おきに戻るって言ってたけど少なくとも2日は食べ物も、泊まるとこも確保しないといけないということ。
…どうやって?
知らない世界で生き抜くだけでも大変なのに…考えることとやることが多すぎて、その場にしゃがみ込みたくなる。
まずはでも…雑貨屋に寄ろう。
じっとしていても仕方がない。街を歩きながらそれらしい看板の店があった。大きめのスーパーくらいありそうだ。
店内へと入ると冒険で使うであろうカバンや容器、袋。ポーションのような瓶が壁の方に並び、隅の方に服や武器、鎧も少しばかり置いているようだった。
ポーションの品ぞろえを見てみることにした。
籠に乱雑に入ってる瓶は30Gの値札がかかっていた。30Gの価値が分からないが、他の色の違うポーションも確認してみる。
ライフポーション 300G
ライフポーションプラス 3000G
マジックポーション 500G
ライフセーブ 800G
毒消し治癒草 150G
暗闇治癒草150G
沈黙治癒草150G
混乱治癒草150G
火傷治癒草150G
覚えきれないがそれなりのかずの異常状態による治癒の薬があるっぽい。
どんな敵と戦うか分からないのにこんなに多くのアイテムを常に所持するわけにもいかないし、お金もかかる…。そう思っていると治癒草のコーナーに一つだけ瓶が並べてあった。
状態異常回復ポーション 6000G
まぁ…そういうのもあるよね。
問題は通常のポーション。乱雑とはいえ安いのは30~1000Gだとしてもどれがどの程度回復するのか、分からない。
何よりゲームのように亜空間にポーションをしまえるわけでもないので、安いポーションを大量に持ち歩くというのも難しい。
ていうかこうして考えてみると四次元ポケット的な何かに大量にアイテムを確保できる、というのがすでにチートなスキルなのでは…?
隅っこにある剣を眺めてみる。
武器屋ではないのだから一般的なただの剣なのだろう。名札は…8000Gだった。
つまり現実世界で剣を買おうと思うと…いくらなんだ?
知らないよ、売ってないよ。買えないよ。銃刀法違反だよ。捕まっちゃうよ。
いまいちこっちの通貨のレートが判断できない。宿屋とかの一泊がいくらなのかで考えた方がいいだろうか?
だが、ポーションくらいは持っておきたい気もする。何かお金に出来そうなものは…と、思ったが剣くらいしか持っていなかった。
これを売ってしまおうか?
そんな考えが過る。
通常の剣を買って、残りを生活費に…。おそらくそのくらい価値は絶対にあるはずだ。
この剣の価値も知っておくべきだと思う。私はそう思っておそるおそる受付の方へと向かう。3人ほどいる受付に一人小柄な女性がいるのが分かった。その受付が空いたタイミングですばやく私は声をかけた。
「あ、あのっ…これ鑑定して欲しいんですけど…」
近付いてみると丸っこい顔にフードの端から大きな耳が見えた。だがエルフのような尖った感じではなく、広く垂れ下がったような耳だった。少なくとも人間ではない種族なのだろうか?
「鑑…?売却ですか?」
「え、あ、いえ…違います。売ったらいくらになるのかだけ知りたいんです」
「そうですか…えっと、剣ですよね。簡単になら判断できますが、ちゃんとした査定を考えるのであれば、武器屋がこの店をでて右へ10メートルも歩けばありますので、その方が良いと思いますよ」
たしかに。
ゲームだとどこで売っても基本、同価値で買い取ってくれることが多いけど、普通に考えれば餅は餅屋に…ともいう。
剣を戻そうとすると、受付の後ろからもう一人の店員が歩いてきた。
「俺は前に、武器屋で働いてたから多少の査定はできるよ。見せて」
そう言って、メガネをかけた店員は剣を手に取った。
その直後、顔をしかめる。
「えっ!?SSランク冒険者?!?!?!?」
その店員の男性は驚いて私の顔と剣を見比べる。
SSランク…って?
冒険者?階級?剣にそういうのも書いてあるものなの?
マズイ、マズイ、マズイ。
SSランクってどのくらいの…。
ドクンと心臓が跳ねる。
この剣はだれが持っていた?
勇者の兄。勇者選抜大会で優勝した世界で一番強い人間ともいえるラスウェルの階級ということだ。
ざわざわと店の中でささやく声がした。一気に血の気が引く。これは悪手だった。
「あの…あなたは?」
男性店員の問に、私は生唾を飲む。どう切り抜ければいい?何か事情を…なにか…!
「あ…えっと、それは預かっていて…」
誤魔化そうとしたが、考えがまとまらない。
預かった?SSランク冒険者の武器を私のような貧相な冒険者が?
ヘタをしたら盗んだと思われてもおかしくはない。急に怖くなって私は店員から剣を取り返した。
「い、急ぎなので…!こ、これで失礼します!すみません、ありがとうございました!」
私は足早に店を飛び出した。
どう考えても怪しい。
完全に盗賊が盗品を売りに来たと思われていそうだ。迂闊だった。
剣の事は折をみてまた調べてみることにしよう。
ぐぅぅぅ…。
走って疲れたせいかお腹が鳴った。
本格的にお金がないと食事すら取れない。状況はどんどん悪くなる一方だ。
勇者のことを調べるどころではない、次は冒険者ギルドにいってクエストをこなそう。
そこでできそうなものがあればいくらの稼ぎで何が買えて、生活できるのかをまずは安定させなければいけない。動けるうちに動いてお金を得ないと…。
私は立ち上がってギルドを探すことにした。通りすがりの女性に声をかけてギルドの場所を尋ねる。
大通りの先にあるらしい。会釈をして私は大通りに出た。
ゲームでよく見るような噴水が中央にあり、八方に道が広がるように…いや六方向に道が広がるように伸びていて、屋台や露店がバザーのように並び、多くの人が行き交っている。
時間があれば掘り出し物とかがないか探してみたいものだが…私は人混みを避けながらギルドへと歩くことにした。
ドンッ、と誰かと身体がぶつかった。
これだけの人が居るのだ。多少ぶつかってしまうこともある。
思わず頭を下げようとしたが男はこちらをみることもなく人混みの中を進んでいった。同じように多少強引にでも進まないと流されてしまうだろう。
そう思って剣が他人に当たらないように抑えようとすると、剣が腰からなくなっていた。
…え?
うそ…落とした…?
いや待って、この状況どこかで見たことある。
私は青ざめながらさきほどのぶつかった男性の姿を探す。さっきあの辺にいたはずと目をやると…男は振り返りこちらと目が合った。
直後、男は人混みに紛れるように態勢を低くして進んでいく。
間違いなくアイツだ!
盗まれた。というかよくよく見ればフードとマントを来た明らかに盗賊のような怪しい男だった。なぜ自分はこうならないと楽観していた!?
ヘタをしたらずっと剣を売ろうとした時くらいから尾行されていたのかもしれない。
私の唯一の武器。ラスウェルの形見…。
「泥棒です!そこのフードの男を捕まえてください!」
私は大声で叫んだ。
誰か、どうにか…!
だが、盗賊はそれを聞いて人を突き飛ばすようにさらに走り出した。このままでは見失ってしまうだろう。
私はメレディスの言っていた肉体強化の呪いのことを思い返す。目を閉じて自分の姿を想像する。
『エラルマ』
まだ使ったことのない強化のスキル…いや呪いだったか。
いきなりの本番で、追いつけるかどうかも分からないけど、使って追いかけなければ本当に取り返しがつかないことになる。
身体の血が熱を帯びるように、体内に何かが流れるような感覚がした。
暑い。暑くて汗が出ると同時にその汗が気化するように熱気をさらに帯びる。
生命力を削るって言ってたけど、そもそもこれスタミナがすぐに切れそうなほどに代謝の悪さを感じた。
「どいて!」
私は力の限りそう叫んで、足の止まった人混みの隙間を走り出した。
速い。普段の全力の疾走がアクセルを軽く踏んだくらいの気持ちで軽やかに、流れるように足が進んだ。ジョギングでもするかのように…。
だけど、まだ足は速く動くはずだ。もっと大きく一歩を踏み出せるはずだ。
しかし、その急な速度では人混みの方が対応しきれず、人にぶつかりそうになった。
跳び箱を飛び越えるように。今の身体の状態なら余裕で飛び越えれるはずだと、人の方を掴んで飛び上がった。
その跳躍は人の高さほどの跳び箱を飛ぶ。ただそれだけのつもりだった。
だが、さらに高く遠くへ、今までに感じたことのない浮遊感を感じ、身体が警報を鳴らすみたいに毛が逆立った。
やばいやばいやばい。
10メートルはゆうに超えるであろう大ジャンプに、もはや吹っ飛ばされたといっても過言でないくらい着地が上手くできずに私は地面を転がった。
足に痛みが走る、強化と落下で視界が赤くなっていることが分かる。
だけど、強化で耐性も上がっているのか思ったほどの痛みではなかった。すぐさま立ち上がって盗賊のあとを追いかける。大通りを抜け、人が少なくなればさらに早く走ることができる。
その速度はこちらの方が上であった。
「待て!」
土地勘がないまま路地なんかに逃げられたらそれこそ見失ってしまう。私は無我夢中で盗賊に飛び掛かった。
盗賊はそれをギリギリで避けたようで私はまた地面を転がった。だが、退路を断つことができた。
「剣を返せ!」
振り返って盗賊をみると、やっぱり剣を盗ったのはソイツであった。盗賊は舌打ちをして、腰から自分の剣を抜いてこちらに向ける。
街中での抜刀に周囲から悲鳴が上がり、人々が逃げ出していく。
「死にたいのか!でなければ消え失せろ!」
盗賊の目は据わっている。
下手に飛び掛かれば本当に殺されかねない。おそらく今の状態なら身体能力はこちらの方が上なのかもしれないが、剣を盗られて、丸腰の素手の状態で戦えるの…?
体育の授業で柔道を少しやったことはある。けど本当に形だけで私を含めて本気で戦おうという気持ちで柔道の授業を受けていた子はいただろうか?
先生に怒られない程度にこなして、あとはおしゃべり。流すようにこなす。勝っても負けても遺恨が残ると面倒くさい。誰もそんなことはしない。
まずはダメ元でもいい、と私は地面に膝をついて手を合わせた。
「その剣は本当に大事なものなんです…!お願いします、返してください!」
だいぶ視界が赤くなってきた。
これ以上のエラルマの行使はさっそく命を落としかねない…。
これで本当に戦うという選択肢もほぼ消えた。私には懇願することしかできなかった。ゆっくりと目を閉じてエラルマを解除する。
「ふん!お前がSSランクだと!?どうせお前も誰かから盗んだんだろ!命が惜しければ諦めるんだな」
「違う、私は…!」
盗んだわけじゃない、私のものだ!
そう言おうとしたが、確かにそれは嘘だ。
私のものではない。
それはラスウェルのもので。私のせいで死んでしまった騎士が残していったものだ。
私に唯一彼らから残されたこの世界を生き抜くための…。
そんな考えが過った直後、私の肩に誰かが触れた。
横を見ると金属のブーツと白いマントがが翻り、私の横を通り過ぎて盗賊の方へと歩み寄る。
その後ろ姿は騎士のようで、剣を引き抜いて盗賊と対峙した。直後、その騎士の姿がブレるようにして見えなくなった。
「あっ?」
突然の事に私も盗賊も呆気にとられた瞬間だった。
高い金属音が鳴り響くと共に盗賊の剣が3つに分かれるように斬られて地面に落ちた。私たちはただその剣先が地面で跳ねるのを呆然と眺めていた。
いつの間にか盗賊の背後にいた騎士が、その頭を剣の柄で殴るように叩き付け、盗賊は力なく地面に倒れ込んだ。
「なんだ!何があった!」
騒ぎを見て駆け付けたのか、全身甲冑の兵士がこちらへと2人やってきた。
「盗賊です、そのフードの男を連れて行きなさい」
騎士は剣を鞘に戻して、兵士たちにそう言うと盗賊から私の剣を外して私の方を見た。
とても美しい少女だった。
「あ、あなたは…!了解いたしました!」
兵士たちはその少女を見て敬礼をして、慌ただしく盗賊を拘束して連れて行く。
少女は私の方に歩いてきた。
その優雅な歩みにサイドで結った金髪が日に煌めき、薄い翠眼の瞳が私の姿を映し出す。その姿に私はある人を思い浮かべた。
「あなたは?なぜ兄の剣を持っているのですか?」
「……勇者…?」
それが私と勇者アシュレとの出会いだった。




