05 3つの問い
魔王とやらに勇者の事を調べ上げろと命を受けた私は、魔術師に連れられて城内を歩いていた。
森ではよく見えなかった魔術師のフードの奥は白骨化した骸骨…というよりはその骨の中にまだ肉が蔓延ってぎょろぎょろとした赤い目が見えていた。
「コレを持っていけ」
魔王にメレディスと呼ばれていた魔術師は通路の机にあった何かを私に投げ渡した。
それは剣だった。白い鞘と白い柄のどこか神聖味すら感じるその剣はラスウェルの剣だった。
「お主と共に行動していた冒険者たちが持っていた武器だよ。何をするにしても丸腰では何かと不便だろう?
それは持っていくと良い。これからの詳しいことは余から指示する。メレディスと呼びたまえ」
「わ…分かりました」
「さて、これからお主を勇者がいると思わしき町の周辺へと転移させる。そこで可能であれば勇者に接触し、情報を得るんだ。いなければ街で勇者のことを調べろ」
「一人で…ですか?」
「本当ならば使い魔の1匹でも監視として付けたいところなんだけどねぇ。
そんなことをしてこちらの工作員だとバレては元も子もないだろう?3日おきにまた強制転移でここへと戻らせる。その時に我々に得た情報を提供せよ。
やり方はお主に一任するが、ろくな情報がなければあのカナという人間の腕が欠けようが、足がなくなろうが…余の知るところではないからねぇ」
生唾を飲み込む。
本当にできるのか?
そもそも私はこのゲームのことを知らない。妹が見つけてきたゲームで内容に関しては一切聞いていないし、勇者というのがどんな人間なのかも…。
「あ…」
…いや、待って、知ってる。
勇者はこの剣を持っていたラスウェルの妹だ。運がいいのか悪いのか、私はすでに勇者の血縁と知り合って…、私のせいでみんな死んだ。
急に剣が重くなった気がした。
この剣は私が持っていていいものなのだろうか?
運が悪かったわけじゃなかった。
魔王城の近くから始まったのも、ラスウェルたちが死んだのも全部私が原因なのだと今なら理解できる。
魔王や魔術師はラスウェルたちを襲ったんじゃない、私を連れ戻そうとして巻き込まれたんだ。
「なんだい?」
「い、いえ…なんでもないありません」
言うべきだったろう。あの時一緒にいた冒険者は勇者の兄であったと。
だが本当に今言うべきなのだろうか?
数少ない私が持つ情報だ。次の3日後に残しておくべきなのではないだろうか?
いやしかし…。
「それと、お主に施した不死の呪いについて」
「不死の呪い…?
あの、私ってつまり…」
「質問は後だ、まずはこちらの話を聞け。
お主の魂はもう一人のあの人間の魂と繋いでいる。お前は肉体が滅びるとそれによって魂がここへと戻って来ることになり、私が肉体を再び創造することとなるだろう。
当然その時にも情報を提供してもらうが、当然ながら死んだ人間がまた同じ町や、会った人間に再び会ったらどうなるか分かるだろう?死はお主を救済するものではなくここへと縛り付けるための呪いだ、それを忘れてはいけないよ」
そう言うと、メレディスは立ち止まって黒い羽を私に渡した。
「これも渡しておく、強制的な転移ではお主が町から突然に消えることになるだろう?
それでは今後に支障が出る。お前が任意で3日以内の都合のいい時に、人のいない場所でその羽を使ってここへ戻って来るんだ」
「この羽を使えば、ここに転移することができるんですか?」
「そう言っているだろう」
「…どうやって使うんです?」
「…お主は異世界の人間だったな。それを手に持って、目を閉じる。そしてそのアイテムを心で使いたいと想像すればたいていのアイテムは使用できよう」
「目を閉じて…この羽を思い浮かべる…」
「待て!今やるんじゃない!」
メレディスの制止も間に合わず、私はつい言われた通りのことを行ってしまった。
ぶわりと大きな風が私を包んだかと思うと、全身が引っ張られるような感覚がした。まずいと思って目を開けると知らない部屋の宙に浮かんでいて、私はそのまま盛大にそのまま固い床に叩きつけられた。
やばい…やらかした。
ここどこ?
使うつもりはなかったが、つい指示に従って使用してしまった。持っていた羽は一回使うと失われるようで、炭のようにほろほろと崩れて霧散した。
内装的に魔王城のどこかではあるっぽい。
机に本。しばらく使われてなさそうなツボや樽が乱雑に置いてあり、埃をかぶっている。部屋の外に通じる道には鉄格子の戸が設けられていた。
そのさらに奥は2重扉になっているようで鍵を開ける音が聞こえた。
「お主という人間は…」
出てきたのは他でもないメレディスだ。
また影で罰せられるくらいの覚悟はしていたが、メレディスは「まあ、いい…」と言って話を続けた。
「今のようにそのアイテムを使えばここへと戻って来る。
では人間の街へと転送する、足元にある魔法陣の中心に立て」
そう言われて足元の床を見ると黒いススのようなもので陣が構成されていた。
「待ってください、メレディス」
「…なんだ?」
「この世界の事を私は何も知りません、転移する前にできるだけ情報が欲しく思います」
「…いいだろう。だが私は暇ではない。
3つだ。お前の問いに答えてやろう。他の事は転送された先で調べるなりするんだねぇ」
3つだけ?
そう言われると急に何を聞くべきか逆に分からなくなってしまった。だが一つはまず聞くべきことがある。
「勇者のことを教えてください」
「…お前は自分の仕事を理解していないのかい?
それはお前が調べるべきことだろう?」
「だからこそです。勇者を探すのに少しでも情報があった方がいいはずです。”勇者がいると思わしき町に送る”と言うくらいなのですから本当に勇者の情報が何もないわけではないのでしょう?」
「…はぁ。答えると言ってしまったからねぇ。確かに情報がないわけではない。
勇者は神殿を回っているよ。そこに歴代勇者たちの遺物があり、回収しているのだ。そこへ向かわせたモンスターの生き残りもいる。だが言葉が交わせるモンスターというのは多くはなくてねぇ…勇者を見た者はいるが、あまり要領を得ていない。
そして2日前に2つ目の神殿が突破されたのだ」
「これから転送するという町とはつまり…」
「その神殿から一番近い町というわけだねぇ」
聞きながら二つ目の問いを考える。
この先この世界で自分が生きぬくために…、装備?魔法?スキル?何か戦うための力を得る情報を聞き出したい…。
「戦闘力に関して教えて」
「戦闘力…?」
「攻撃力とか素早さとか…あ、STRとか…?」
「…おそらくそれはお主の世界での言葉ではないか?」
「えっと…力の強さを数値化したものとか、成長度を示す数値が知りたいのです」
「…お主の世界ではそれが数値化されているものなのか?
だとしたら戦う前に相手の強さが分かるということになるだろう。それでは戦う意味などない。
数値が高い方が勝つ、ということになってしまうではないか…。この世界ではそのようなものを認識する人間はおらんよ」
ここはゲームの中の世界ではないのだろうか…?
いや、でもFPS系ならダメージが数値化されてなかったり、HPなんかは皆が同じでレベルなんかも存在しない。
だけど、それはオンラインですべての”プレイヤー”が同じ条件で戦う必要があるからであって、こういうファンタジーゲームで敵の強さが数値化されてないものは基本的にないはず…。
ゲームの”中から”は認識が出来ないのだろうか?
「次が最後の問だ」
「え?あ…うーん…」
前の質問を深く考える時間も与えてくれない。悠長にしていたら、もう答えてくれないかもしれない。
他の転生者はこういう時どんなことを聞いていたっけ?
「どうして私たち異世界の人間を召喚する必要があったの?」
分からないことばかりだ。
世界のことも、自分にできることも、なぜそもそもそんな勝手の分からない異世界の人間にこんなことをさせる必要があったのか。
考えれば考えるほどにその疑問が付きまとった。
「勇者のことを調べるのに人間が必要だったというのは分かるけど、異世界の人間である理由は?」
「…………」
その時初めてメレディスも答えに迷ったような気がした。
「その方が都合がよいと考えた。条件としてまず人質となると強い関係である2人だ。
こちらの世界の人間でそれを探すのは、捕らえる手間も、諜報にも向かぬ。どこからか連れて来れば、家族が、友人がそれを疑うかもしれぬ。
その点お主たちは街のどこからか消えたのではなく、身寄りも友人も存在せぬ。そしてなによりも裏切りや、人質を見捨てての逃走や放棄の懸念がお主ら異世界の人間は少ないからだねぇ。
なぜならお主たちにとって現実とはあの娘だけだ。そうであろう?」
メレディスは私に近付いて、見下すようにそう言った。
こうして少しの殺気を向けられるだけで、森で初めて対峙したときの異様な魔力による精神へのトラウマが必要以上に私を委縮させる。
「そう…です。
この世界がどうなろうが、勇者が死のうが、私には関係ありません。妹を助ける、それだけが私の望みです」
おそらくメレディスが望むであろう回答。
怖くなるとそれを誤魔化すように、あるいは飲み込まれないようにするためか、どこか強気な自分を演じてしまうことがある。
「それでいい。
勇者を倒すというのは間接的であれ人を殺すということだ。だがお前にとってこの世界のことは全て夢のようなものであり、情が移ったなどといいためらう必要すらないからねぇ。
それを忘れぬように」
「…はい」
自分の身体ではないせいだろうか。
恐怖によって狂ってきているのだろうか?
この魔術師と話していると不思議と感情が死んでいくような心地がした。
本意で応えたはずの言葉であるが、胸が少しだけ痛んだのは、森で見ず知らずの私を守ろうとした3人の冒険者が死んだ時、本当に私はなんとも思わなかっただろうか?
ラスウェルの剣を持つ手が震えるのを、手で抑え込む。自分に言い聞かせるように。ここは異世界のゲームの中のことであるのだと。
通路で話すか迷ったラスウェルが勇者の兄であることは、やっぱり今ここで話しておくべきだろう。
「メレディス、話があります」
「質問はもう終わりだ」
「質問ではありません。
勇者の情報です、この剣を持っていた男は勇者の兄でした」
「…なんだと?」
「勇者選抜の大会において優勝した、この世界でも相当な実力者であり、勇者を支援するため、あの森に偵察に来ていたのです」
メレディスは、それを最初は懐疑的に聞いていたが、私が嘘をついているようには見えないと思ったのか、少しの間考え込んだ。
「続けろ」
「聞けた話は多くはありませんが、少なくとも人間の兄を持った妹が勇者です。名前は…」
ラスウェルが名前を言っていた気がする、のだが思い出すことができない。
「たしか…アシュリー…と呼んでいたような」
「他には?」
「ちょうどその話をしていた時に襲われたので、聞けていません。
ですが、あなたはあの冒険者を殺すべきではなかった。私のように甦らされば得られる情報もあるかもしれません…」
ドクンと心臓が高鳴る。一歩踏み込んだ言葉。
だが、この返答はやはり想像通りであった。
「それはできぬ」
「何故ですか?私は生き返っているのに」
「やつらの魂はすでに消滅した」
砕けて霧散する彼らの姿を思い返す。
瀕死からしばらくしてもおそらくポーションなどでヒットポイントが回復できれば生き返れるが、瀕死後しばらくして肉体が霧散すると、もう生き返ることができない。
彼らはもうこの世界に戻って来ることはできない…。
だが同時にそれは、勇者が死んだあとにアイテムや教会で復活が難しいということでもある。たしかに方法次第では勇者を倒すというのは難しいことではないのかもしれない…。
「まあ、よい。このことは魔王様にも報告しておく。お前は魔方陣の上に立て」
「…分かりました」
重要な情報も得た。多少なりともメレディスの信用も得られたと思う。私は街へと転移する魔方陣の上へと歩いた。
少しづつ投稿していきたいと思いつつも…勇者に会うところくらいまでは早めに投稿していきたく思います




