04 そして私は転生する
どれほどの間、意識を失っていたのだろう…?
底なしの沼の中をゆっくり死んでいくような気分。
だけど、目の前に妹がいるような気がして私は目を開く。
何も考えられない。なんでこんなとこにいるのかという疑問すら湧かず、ただなんとなく前を眺める。
そのぼんやりとした視界の中に、暗黒から妹が歩いてきた。
『カナ…?』
思わず駆け寄ろうとしたが、足がどこにあるのか分からない。
手を伸ばそうとしても手がどこにあるのか分からない。
ていうか…身体がどこにあるのか分からない。
名前を呼ぼうとしても声が出ない。
妹は私の2歩手前で立ち止まって、とても悲しそうな目で私を見る。
泣きそうな、申し訳なさそうな顔で、口を震わせて、私に別れを告げるみたいに。
「ごめんね…」
たっだそれだけの一言を残して、妹はまた闇に溶けていくように消失した。
どこにいくの…?
なんで謝ったの…?
どういうこと?
妹を追いかけようとして、そこから抜け出そうとして、だんだんと意識が明確になっていく。
沼は一瞬にして水になって、身体が沈みこむ。私は溺れてしまわないように上かどうかもも分からないままそれに抗って抜け出そうとした。
目が覚める。
光が見える。
そのぼやけた光はぐるぐると回るようにして、私に強烈な吐き気を誘発する。
自分の身体ではないような、拒絶にも似た不調和が私に嘔吐を繰り返させる。
内臓が全て飛び出してしまったんじゃないかと思うほどに強制的に逆流した身体は疲労と眩暈でとてもじゃないが立ち上がる力が出なかった。
生きている…?
「起きろ、哀れな人間よ」
ここはどこだろうと、思考が状況を理解しようとした矢先、人の口から出たとは思えない重低音の声が響いた。
未だに歪む視界に移ったのは鎧を来た騎士が取り囲むようにして並び、森で襲ってきた魔術師と…大きな蜘蛛の脚みたいなのが何本も見えた。
「起きろと言ったのが聞こえなかったのかい?魔王様の御前であるぞ!」
魔術師からそう言われたかと思うと、影が私の身体を無理やり引っ張り上げた。ダラリとした首の正面に移った視界にはムカデのような巨大な足を持ち、翼が服のように体を覆い、頭部は巨大な髑髏の存在がいた。
魔王…?
髑髏の左目の奥には光る炎のような目が私を見据えて佇んでいた。
「ようこそ、我が城へ。気分はどうかの?」
どういうわけか、私はまだ生き永らえているようだ。
同時にこのタチの悪い悪趣味な夢がまだ終わっていないことだけはこの朦朧とした意識の中でも理解した。
だが、私を吊るし上げる影は身体を捻じりあげるようにして力を強め、痛みが私の朦朧とした意識をだんだんと呼び覚ましていく。
「う゛…あぁ゛ッ…!!」
「魔王様が質問しているのが聞こえないのかい?人間」
なに?なにを答えろって?
なんか言ってた気はするけど、上手く思い出すことができない。
私は思わず笑った。いやこれを笑っていると言っていいのか分からないほどに歪な笑み。
別に楽しくないし、なんで笑ったのか自分ですら理解できないが、ただただ小さい渇いた声が口から出た。
「壊れたかのぅ?無理もあるまい。
貴様は死から蘇り、もはや人間ではなくなったのだからのぅ。
だが、これを見るがいい」
魔王がそう言うと、巨大な水晶のようなものがゆっくりと空中で上下しており、少し光ったような気がした。
だんだんと光は消え、その水晶の中に何かが入っているのが分かった。
「カナ…?」
断片的なパーツからそれが人であると理解できた時、最悪な結果を想像が浮かび、それがゲームを始めた時の2人目のキャラであることを理解した。
つまりそれは私の妹である。
「カナ…!」
私はその時ようやく身体がつながった気がした。ただ動こうとしても影に抑えつけられていて身動きができない。
その滑稽な様子を見て、魔王がカタカタと顎の骨を叩き、笑った。
「よい表情になったのではないかのぅ?
死んだ貴様を我々が何故蘇らせたか分かるか?
それはのう、この娘が望んだからじゃ。自分の命を差し出すとな」
……カナが?
ここに先に居た?
状況を受け入れられなかったが、私は確かに死の淵で妹と会った気がした。
「ごめんね…」と謝って消えていく光景がフラッシュバックする。
「話をしようではないか、人間。
我々は貴様らがこの世界の人間でないことを理解している。何故なら貴様らをこの世界に召喚したのは他でもない我々なのだからのぅ」
「なんで…?」
「だぁがのぅ、少々手違いがあった。
本来は二人ともここへ召喚するはずがどうやら貴様だけ位置がズレて森に落ちてしまったようだの。
本来であれば片方を人質に貴様らにはあることをやってもらう算段だったが、それに関してもまた問題が発生した。
のぅ、そうだろう?メレディス!」
怒鳴られるようにして名前を呼ばれたのは魔術師だった。
「お主らの世界の人間というのはこちらの人間とはどうやら少し構造が違ったのだ。魔力がないわけではないようだが、非常に微細であり、魔力による保護も治癒もこの世界の人間とは明らかに劣るものだった。
まさか取り押さえようとした狼の拘束で命を落とすとは思わなんだ…」
「だから都合が良かったのだ。我々はこの娘の命を使って貴様の魂を呼び戻し、死ねぬ体を作り替えたのだ!
人間よ、我が言いたいことが分かるかのぅ?」
「何をすれば…妹は助かるのですか…?」
私がそう答えると魔王はまたしても笑った。
「そうだ人間よ、こっちの娘もまだ死んでいるわけではおらぬ!我が望みを叶えれば貴様らを生かして元の世界に帰してやろうではないか!」
「望みとはなんですか?」
「我が望みは"勇者の死"じゃ」
それもそうか、と素直に納得した。
ご大層な準備でわざわざ異世界から人間を召喚したとはいえ、結局はここは魔王や勇者が存在する世界。
その魔王の存在する意味を考えれば、確かにそれ以外ない。
「勇者を殺せ…と?」
だが、どう考えてもそれは無理ではなかろうか?
もう良く分かっただろう?
私は特殊な能力なんてないし、稀有なスキルも種族でもない。
それどころかまともに戦うこともできない異世界の脆弱な人間だ。あなたたちも今そう言ったではないか。
それが勇者をどうにか倒すなど、できると思うのはあまりに無茶が過ぎませんか?
「もちろん、そこまでの期待はしておらんのぅ。想像以上のあまりの脆弱さでそんな気も起きぬよ。
別世界から呼んだとはいえ、貴様はただの人間じゃ。元より戦力として考えてはおらん。
わざわざその"人間"を召喚したのは、貴様らに勇者のことを探ってもらうためだの」
「探る…?」
「名前、性別、血統、使う武器や得意な魔法。勇者としての勇者たる特別な力。何でもよい。
調べ上げて我らに報告するのだ、それが分かれば弱点も分かるじゃろう。
貴様の働きで"結果として勇者が倒されれば"問題はない。その時は解放してやろう」
魔王は私にそう告げた。
こうして異世界に来て最初の死を迎えた私はどうにか不死人として蘇ることにはなったが、魔王軍の一人として勇者のことを探る工作員として、妹を救わなければいけなくなったのだった。
ここまででタイトルの意味や、この話がどこへ向かうのかが分かると思います。
次の投稿は後日になりますが少しづつ続けていきたいと思います




