21 届かぬ幻と燻る亡霊
「なんですか…ここ?」
「なんてもこの町の人気のアトラクションらしいです。
特別にいつでも入場できるチケットを持っていますので待ち時間なく行けます。せっかくなので遊んでみます」
そう言って勇者はアヤの手を引いて店の中へと入っていった。
薄暗いエントランスはまるでホラーゲームのように蝋の火が揺らめき、ゆらりと仮面をつけた魔女がお辞儀をしつつ出迎えた。
「ヨウコソ!夢と楽園の館へ!
ココはミラーワールドのアトラクションが楽しめる場所デス!」
その風貌からは想像できないほどの道化のような高い声がオーバーなジェスチャーと共に案内を続けた。
「ミラー…アトラクションって、鏡の迷宮みたいな?」
「オー!ご存じナノデスネー?
では説明はパパっとしますので
ササッ!これを飲んで!」
怪しく光るピンクの液体入ったビンを渡して魔女がそれを飲むように言う。とてもじゃないけど怪しすぎて躊躇ったが、勇者はそれを口へと運んだ。
ままよ、覚悟を決めてアヤもそれを飲んだ。少し甘いようなねっとりとしたものが胃へと流し込まれていく。
「あなたたちこれから眠る!そして魔法と不思議なパワーであなたたちの記憶から夢の世界へと大冒険できま~す!
中で何が起きようと自己責任ですが、現実の肉体には影響しないから安心ネー!
夢の世界の果てにはゴールがあるから目が覚めるまでに辿り着いたら豪華商品もアルよ!
夢の世界で楽しむもヨシ!ゴール目指して挑戦してみてもヨシ!
じゃあレッツゴーね!」
道化のような魔女が捲し立てるように施設のアトラクション内容を説明する。ゲーム的に考えるならゲームの中のミニゲーム的なスコアで何か貰えたりする感じの…そんな思考をしつつもだんだんと睡魔が思考を鈍らせていく。
アヤも勇者も立っていられなくなり、膝を着きながら目を擦った。視界が歪むようにしてだんだんとまだ立っているのか浮いているのかも分からなくなっていきながらも魔女の言葉を思い返していた。
記憶から夢の世界を作る…?
それは私の過去のことなどが勇者にバレる…ということでは?
アヤはもしそこに魔王などが現れでもしたらマズイことになると焦ったが抵抗むなしくそのまま眠りに落ちた。
廃墟を歩いていた。
至る場所に蔦が伸びて建物を覆い、床は少し浸水し、苔が溶け込んでいるのかほんのりと緑の水がゆらゆらと日を鈍く反射させていた。
きれいな場所だなと思いはしたが、どうして、なんでここに来たのか目的を忘れてしまった。
ダンジョン?勇者はどこに…?
辺りを見渡しているとどこからか水が跳ねる音がした。そこには見慣れた妹の後ろ姿があって廃墟の奥へと歩いていってしまう。
「カナ…!」
アヤは驚いてそれを追いかけた。とても飲めたような水場ではなかったが気にかけることもなく、水が足や顔に跳ねようとも走った。
通路は下り階段になっていてだんだんと薄暗くなっていて、先ほどとは逆に不気味さが濃くなっている。
水も階段の下へと流れていて、足を滑らせないように階段を降りた。階段の先はパイプが多く配置してある狭い通路だった。
歩く度に足音はパイプと共鳴して通路に響き渡らせながら、おそるおそる進んでいく。どこへ行ったのか、足元に注意を向けながら顔をあげると見落としていたのか、急に先ほどまで居なかった通路の先に妹の姿があった。
「カナ、待って!」
目が合って呼び止めたはずの妹はまた後ろを向いて通路の奥へと軽やかに走っていく。
それこそスロー再生でも見ているかのような宙を不自然に跳ぶようにして暗く狭い通路をあっという間に闇へと溶けていく。
アヤはバシャバシャと水場に足をとられながらも追いかけようとしたが、今度は自分の足音とは別の水の音がして振り返った。
「追いかけてどうするつもりなの?」
そこに居たのは弓矢を携え、長い耳と青白い目をしたエルフ…アクリスだった。
どうしてここにいるのか、いやそもそもここはどこで何故クリスタルに封印されている妹がここにいるのか。
恐怖にも似た違和感がやっとここが普通の場所ではないという考えをアヤに与え、それを確信させるかのようにまた後ろから声がした。
「アレは幻だよ、本当のあなたの妹ではない」
大剣を携えた赤い髪をなびかせたメイヤーが悲しそうな目をしてアヤを眺めていた。二人とも死んでいるはずだった。
こんな場所にいるはすがない。ここは現実ではない。
「うるさい!幻なのはあなたたちも同じでしょ…!」
アヤは二人から離れようとメイヤーを飛び越えて通路を逃げるように走った。カナを追いかけないといけない。あんな亡霊に構っている暇なんてない。
通路を越えるとひらけた部屋に出た。大きな大木が天井を貫き木漏れ日を部屋へと運んでいる。その光に煌めくように根本に結晶がアヤの目に止まった。
知っていた。
分かっていた。
ここは現実ではないのだと、本当の妹はこうなっているのだと痛感させられるようにその結晶の中にカナは眠っていた。
ここは夢だ。
アヤの記憶から作り出された最低な夢の世界の中だ。
アヤは結晶に触れながらそれを認識していると、前から歩いてきたのは勇者だった。
「アシュレ…」
最悪な場面を見られてしまった。だというのに不思議と心は乱れなかった。夢の中だからだろうか、どうにも現実味を感じられずにいた。
「あらら…見られてしまったようですね」
「もう殺すしかないね」
亡霊たちはそこに音もなく現れてアヤにそう声をかけた。だが急に現れたアクリスとメイヤーに対しても勇者がなんの反応もせず、何も言わずに静かに剣を抜いた。
あれも本物の勇者ではない。
ここは私が恐れる見られたくない、知られたくないという想いが生んだ幻想だ。
何も言わず剣を構えるような人間ではなかった。そもそも彼女は着替えていたはずだ。
恐れてはいけない。恐れればさらに幻想は強さを増してしまいかねない。現実ではないという確証を得る度に冷静さを取り戻していった。
だが幻想であれ、相手は武器を構えてアヤを狙い始めている。アヤも戦う覚悟を決めると、それに答えるかのように目の前に突如として白い剣が落ちてきた。
アヤはそれを手にして鞘から引き抜こうとすると、それを拒むように何者かが腕を掴んだ。
「その私の剣で誰を斬るつもりなんだ…?」
アヤは驚くと共にエアルマを唱え、腕を振りほどいて飛び退いた。腕を掴んでいたのはアヤと同じ剣を腰に差したラスウェルだった。
直後に、時空が揺らぐのを感じて即座にアヤはジャストガードをほぼ無意識で発動する。
何をされたかすら理解する前に叩き落としたのはアクリスが放った弓矢だった。その足の止まったアヤへとメイヤーが攻撃を仕掛けてくる。
以前にラスウェルたちに守られている時には彼らが何をしているのかすら理解できなかった頃とは違う。アヤはメイヤーの剣をジャストガードして受ける。
だが刀身は赤く熱を帯びるとそのまま爆発するようにして炎が爆ぜる。炎こそガードしたが爆風で後方へと吹き飛び、炎は床の浸水した水を霧へと変えて視界が塞がっていく。
アヤは嫌な予感がして、さらに後ろへと下がった。案の定その霧からラスウェルが飛び出して光のような斬撃が放たれた。ラスウェルの連撃を全てガードできるとは思えなかった。
初撃だけをガードして思い切り距離をとった。
戦えない…ということはない。日々のモンスターとの戦闘。エアルマによる強化と勇者との稽古。
まだ日が浅くともそれは確かにアヤの力となっていた。
それでも相手は4人。このまま絶え間なく攻撃されては防戦一方になってしまう。アヤは目を閉じた。こういった夢の中での戦闘という展開は何度か作品を見たことがあった。
恐れるから、勇者やラスウェルが出てきたようにここがアヤの夢の中だというなら強く想えばそれはここに具現するはずである。
ある作品では自身の強化をしていただろうか?だが、アヤは今以上の強い自分というものをいまいち具体的に想像することができなかった。
またある作品では仲間を想像していただろうか?敵も多数で攻撃してきているのだからこちらも同じように対抗すればいい。
アニメでの強い主人公か、はたまたゲームで連れ歩いたモンスターの仲間か。だがどれも具現するほどの現実味を帯びていなかった。
霧からラスウェルたちがその間にも攻撃をしかけようと飛び出してきた時、それでもアヤに応えた存在がいた。視界の端に映った氷の剣は敵へと先端を構えると地面から無数の氷のトゲとなりラスウェルたちの動きを止める。
実際に見て認識していた想像の容易い強者として具現したのは他でもないメレディスだった。そして、震動と共に巨大な足がアヤの横に振り落とされて思わず倒れながら見上げるとアヤの後ろから守護するように黒い鎧のような鱗のドラゴンが現れていた。
紛れもなくそれは勇者が使役していたドラゴンであった。夢であるとはいえ、呼び出せることに驚きつつもアヤはこれならば勝てると笑った。
「アイツらの相手をして」
アヤがそう告げると、ドラゴンは咆哮して霧を掻き消した。メレディスは詠唱を始め、地面に闇を生んでいき、影のモンスターを召喚していく。
骸骨の魔術師と黒衣のドラゴンを従えて笑うとても人間とは思えぬ存在がそこにはいた。なんだかその立場にいる自分自身というのは、良くないものであると拒んでいたはすなのに、案外しっくりくるものなのだと思った。
元より自分は善人ではないし、妹のためといい、全てを偽って暗躍している。受け入れてしまえばなんていうことはない。自分は悪役なのだ。
霧が晴れた先には勇者がアヤを見ていた。ラスウェルたちが襲ってくる中で彼女は依然として動かずに立ち尽くしていた。その不自然さが逆に本当に偽物なのか?という不安を過らせた。
全部夢だ。こんなものは目を閉じていれば終わる。全て消える。
そう願ってアヤが俯くと次第になにも聞こえなくなっていき、水の流れる音だけが目蓋の中に残った。
「もう大丈夫だよ」
ふと声が聞こえてアヤは目を開いた。優しく声をかけて、アヤの肩に手を置いていたのはカナだった。




