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20/21

20 勇者ではない日

時間は何時だろうか。魔王に殺されて甦るのにどれほどの時間を要しただろうか?

勇者はアヤがどれくらい部屋を空けていたことを知っているのだろうか。トイレに行っていたなどという嘘は通じない気がした。


「アシュレ…どうしてこんな時間に?」


下手なことは言えない。アヤは先にアシュレの言葉を引き出すことにした。


「それはアヤもですね…眠れませんでしたか?」

「えぇ…少し風に当たりたくて…」


ただ心配しているだけなのだろうか?

だが何かを疑われているのではないかと、不安が消えず言葉は濁ったままだった。

アヤに残されたのはもう勇者との信頼しかなかった。怪しまれるわけにはいかなかった。


「妹さんのことですか…?」

「え…?」

「思い詰めた顔をしてます。捜索願いのクエストにも何の報告もなかったのですよね」

「そうですね…でも世界は広いです。すぐに見つかるとは思っていません。ですが…」


なんとか勇者に合わせて言葉を探す。


「今こうしている間にも妹が大変な目に合っているんじゃないかってどしても不安になってしまって…」


どこかで聞いたような台詞を並べる。


「すみません、今日も早いですよね?もう眠ろうと思います」


このままではボロが出そうだと思い、アヤは逃げるようにして自分の部屋の扉に手をかけた。


「アヤ、明日はお昼前に出かけます。それまでには起きて出れるようにしておいてくださいです」

「…わかりました」


扉を閉める。たぶん、何かを疑われているわけではないのだろう。

アヤはベッドに腰かけて考え込んだ。


3日なんてあっという間だろう。

その間に確実に勇者の息の根を止める方法を考えなければいけない。

そんな方法が簡単にあるのならとっくに実行しているが、予知の力があるというならそもそも方法があっても実行したら回避されてしまうのではないだろうか?

いや、おそらくは予知は万能ではない。制限や条件があると思うがそれを検証する時間も調べている時間もアヤには残っているか怪しかった。

それでもありとあやゆる可能性や、予知の力を暴く方法などを模索した。結果としていえばいい方法は浮かばず、アヤはその日ほとんど眠ることができなかった。

勇者が今日は出かけると言っていたが、どこへ行くのだろうか?せめてそれだけでも聞いておくべきだったと思いつつもアヤはいつしか眠ってしまっていた。





「おはようです、アヤ」


勇者の声で目が覚める。寝ている場合ではなかったとアヤは勢い良く飛び起きた。甦った疲れもあったのか、思ったよりも寝込んでいた気がする。時間は正午だった。


「急がなくて大丈夫です。外に出る準備が終わったら一階に来てください」

「待ってください、アシュレ。どこへ出かけるのかまだ聞いていなかったです」

「町に出かけるだけなのです。…そうですね、観光といったところです」


()()

近辺のドラゴンにまた力を授かりに行くでもなく、次の遺物のある神殿の町へ向かう準備をするでもなくて?

勇者がそんなことを言うとは思っておらず、何と答えていいか分からずポカンと口をあけてしまった。


「…そ、そんなことを、していていいのですか?」


勇者として。世界を救うために、魔王を倒すために立場上そんなことをしていていいのだろうか?

だがそれよりもアヤには時間があるわけではなかった。どこか危険な場所に赴くならあわよくば勇者の隙を突く機会も伺えたかもしれない。その貴重な1日を町を観光して潰そうというのは都合がよくなかった。


そんな身勝手な理由もあり、アヤは勇者の顔を見ることができずに俯いていた。勇者はそんなアヤの頭を撫でた。


「アヤならそう言うかもしれないと思いましたです」


勇者は微笑んでいた。なんとなくその優しさを見てアヤは察してしまった。どうしてこんな提案をしたのかを…。


「アヤも疲れています、ここ最近あまり元気がありません。

それに私も勇者になってからずっと戦っていました。これほどの大きな町は次にいつまた訪れるかは分かりませんし、今日1日くらいはゆっくりしても罰は当たらないと思います。

どうか、付き合ってくれませんか?」


おそらくは嘘ではないのだろう。だが、やはり勇者らしからぬ提案はアヤを心配してのこともあって。この都合の悪い状態をまた自分のせいで招いてしまっていることに嫌気が差した。


「私を心配してのことでしたら…何も問題ありません!私のせいでアシュレの…勇者としての…」


ビシィっと、デコピンをされた。

あとからじわじわと痛みがするくらいのそこそこ強めのデコピンだった。


「ダメです!命令です。

もう決めたことです!今日は遊ぶのです!

遊びたいのです!」


少しむくれたようにして勇者はそう言うと、早く準備して一階に来るようにと言ってアヤが駄々をこねる前にと逃げるようにして部屋を出ていってしまった。


ずるい…。

もうどうやっても今日は観光でつぶれてしまう気がした。そんなことをしている場合ではないのに。

勇者から心配される資格もなければ、優しさを与えられるだけこちらは辛くなるだけの毒にしかならないというのに。


こうなった以上、考え方を変えるしかないだろう。見方を変えればダンジョンなどの戦闘もなく勇者に改めて情報を引き出す機会ではある。

もうあとがないこの状況になったからこそ、予知能力を持っているのか、直接探りを入れてもいいだろうし、旅をするのとはまた違った隙を狙う機会もあるかもしれない。

なんなら勇者とはどういう存在なのか直接聞くことも出来るかもしれない。こんな時でなければなかなかできない話だろう。


アヤはいつもの支度を済ませて、一階へと降りた。宿の一階は酒場になっていてカウンターに勇者と思わしき金髪の女性がいた。

一瞬だけそれを勇者だと認識できなかったのは服装がいつもと違ったからだろう。鎧を来ているわけでも革の服を着ているわけでもない。青い帽子と青いワンピースの一人の少女がそこにはいた。


「あー、やっぱりです!観光だって言いましたのに剣まで持ってきたのですね」


言われてからハッとアヤも気付いた。この世界に来てからはずっと身に付けていた剣。考え事をしながら準備していたこともあって何の不思議には思わなかった。


「でもまた盗賊に襲われることもあるかもしれません」


この剣を身に付けた初めての日に盗賊に奪われたこともあったせいか、ないと不安になるほどであった。


「ふふ、確かにそんなこともありましたね」


勇者は少し笑うとアヤの手をひいて宿を出た。


「私の格好はどうですか?」


そう言って勇者はくるりと回った。金色の髪との青をメインにした可憐な少女であったが、むしろ似合いすぎていてコスプレのような非現実味を感じた。


「帽子はない方がいいかもしれませんね」


いつもの勇者と違いすぎるせいもあったのかもしれないがどうにも慣れなかった。


「やっぱりですか…」


せっかくの上機嫌に見せつけていた勇者であったが、意外にも頷きながらアヤの感想を受け入れていた。


「帽子は少し顔を隠したかったのです。やっぱり一部の人には見つかってしまうと何か言われてしまいそうでね」


勇者はそう答えながらアヤに近寄る。


「まずは食事にしましょう。なかなか起きてこられないのでお腹が空きましたよ」


からかうようにして勇者はそう言ってアヤを引っ張って行く。勇者が言う観光したいというのは建前で、私を心配して気遣っているのが本音だと思っていた。

けれど、こうして嬉しそうにはしゃぐ勇者を見ているとそれも建前だけではなかったかのように思えてくる。私が男の人だったなら、まるでデートをしているように見えたかもしれないほど、勇者は一人の女の子だった。


町の中心部の広場へ出るとお店や個人の露店が並び、観光地のように食べ歩きが出来そうな串ものなんかが売られていて、食欲を誘う匂いが漂った。


「食べ物はけっこう私の世界で見るものも多いですね」

「アヤは料理が得意ですか?」

「得意…というほどではないですが、母がいなくなってからは妹を手伝って一緒に作ってましたね」

「いいですね。私はほとんど料理を自分で作ることがなかったので旅をしてから少し困ったものです」

「そうなんですか?」


たいていは宿などで食事をとり、長くそとに出るときは保存の利く携帯食を買って自分で作ることにならないようにしているのだと語った。


「小さい頃から剣の稽古ばかりしていて、あまりそういうことには興味が出なかったのです」

「そんなに小さい頃から騎士を目指していたのですか?」

「うーん…そういうわけではなかったかもしれません」


勇者は頭を傾けながら唸った。


「兄が剣の稽古をして、父に誉められているのが羨ましかったのかもしれません。剣の稽古が好きというよりは兄に負けたくなかった。

私はとても負けず嫌いだったのです」

「ラスウェルたちから聞いたことがあります、勇者を選出する大会ではラスウェルが勝ったと…」

「うん、勝てなかったのです。でもラスウェル兄さんと久しぶりに本気で戦えました。あの頃が一番楽しかったように思います」


勇者は少し寂しそうな顔で笑った。アヤは喉をごくりと鳴らしながら意を決して一歩踏み込むことにした。


「気になっていたんですが、なぜ優勝したラスウェルではなくアシュレが勇者に選ばれたのでしょうか?」


当然の疑問だ。ラスウェルの仲間だったメイヤーですらそのことには納得がいかないと憤慨していた。

この話が出たのだからそこを聞いても不自然な流れではないはず。それでも勇者のことを探ろうとするのは後ろめたくもあり、アヤに緊張が走った。


「うーん、アヤはたとえば勇者になるためにこれが必要って思うことはある?」


だが、返ってきたアシュレの言葉は私への問いであった。アヤは考える。

真っ先に浮かぶのは力だった。強さがなければ魔王には勝てない。だが、それならばやはりラスウェルが勇者になっていなければ辻褄が合わない。

おそらくは別の何かがあるということなのだろう。

王道なら勇者というのだから勇気だとか…。でもやっぱ安直すぎるかな?

そうは思ったが、兄であれ恐れず立ち向かって戦ったからこそ、勝敗に関係なくアシュレが勇者に選ばれた…というなら府に落ちるような気がした。


「強大な敵にたいしても怯まない勇敢さ…でしょうか?」


それを聞いて勇者は数度頷くようにしてなるほどと呟いた。


「確かにそれもとても大事な要素です。勇者が戦うのは魔王という人智を越えた異形の怪物なのですからね」

「本当の理由は違うという言い方ですね」

「いえ、なかなか良い答えだったと思います。でもごめんなさい。勇者の選考の基準に関しては偉い人たちから誰にも()()()()()()だと言われているのです」


勇者は内緒といわんばかりに口に人差し指を当てた。言ってはダメだと言われたと答えるようではこれ以上は食い下がっても答えてはくれなさそうだ。

だが選考理由が確かに漏洩すれば大会を開いたところでこれを判断するのが難しくなる要因と基準があるのだろう。ならば確かに答えるわけにはいかないのだろう。


アヤと勇者は露店で気になった軽食を食べ歩きながら昼食を済ませてそんな他愛ない話を続けていた。

勇者が気になる施設があるといい、たどり着いたのは紫色の屋根の苔が生えた魔女でも住んでいそうな陰鬱とした館だった。

物語で言うなら神殿の一つ目をクリアした、という具合ですが

19話で魔王に言われたようにアヤに時間は残されておらず、このあと2個目の神殿、3個目の神殿とお話が長く続くわけではありません。

もう間もなく大きな分岐点があり、そこから物語はクライマックスに向けて進み始めることでしょう。

だんだんと勇者が勇者たる所以や力がなんとなく感づいてる方もいるのでしょうか…?

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