19 致命的な見解の相違
「役に立たぬ死に損ないが…」
魔王の落胆した言葉がアヤへと向けられる。闇のように黒い剣が腕と脚を貫き、侵食するように四肢を腐らせていく。
今にも痛みで気が狂いそうになりながらアヤは絶望していた。ずっと勘違いをしていたことを理解した。
「お前はまだ次の機会があると思っているから、そのように悠長な言い訳を並べているのだろう?
あと3日だ。
次の報告までに勇者を殺してこい。
それができなければ貴様もこの人間も、燃やし尽くしてくれる…!」
アシュレの諜報は上手く進んでいるものだと思っていた。情報は確かに集まっていたし、だんだんと信頼も得られていると信じていた。
だが、魔王にとってはそうではなかった。
火の神殿を踏破して町に戻った次の日の深夜。前回の報告から3日目でもあり、一度魔王城へと報告に戻った。
そしてアヤの元へと来たメレディスは本来この情報はお前には伝える義理はないが説明すると述べて、語ったのはイフリートとゴーレムのことだった。
数ある魔王軍のボス候補を見たが、その中でもイフリートとゴーレムはトップ5に入る精鋭であった。火の神殿が踏破されたことはすでに魔王城でも伝達されており、それはイフリートとゴーレムを失い、魂喰いの指輪が勇者の手にあることを意味していた。
「あの指輪は装備した者を含め生命力を奪う凶悪な魔道具。だが、それを装備したまま何かの命を奪うとその生命力を根こそぎ吸収し、生命力の回復と力の増幅をもたらす遺物だ」
それは魔王軍は大きく勢力を削がれ、物量によって勇者を攻めるということも難しくなったことを示唆していた。半端なモンスターはもう役に立たないどころか勇者を回復させてしまうのだから安易に勇者へ向かわすことができなくなった。
魔王は心中穏やかではないことを事前にアヤに知らせてくれていた。警戒しているつもりであった。それでもどんな言葉を選んでも容赦なく剣が飛び、アヤの言葉を遮って魔王は理不尽を並び立てた。
八つ当たりだと、分かっていた。気を付けるまでもなくすでに魔王はアヤを見限っていた。何を言おうともこうするつもりだった。
だが、それでも殺してこいというのはあまりにも理不尽ではないだろうか?
その魔王軍のトップ5を2分あまりで屠る勇者をあと3日で殺してこいというのは無理だ。任務は勇者の調査、諜報であって自分が戦うものではなかったはずだ。
だが異議を唱える間も、権利も持ち合わせてはおらず、どうにか状況を変えるべく思考した。
どうにかしないと…。
このままでは…。
それは思考といえるものではなかった。唐突に告げられた終わりにただいっぱいいっぱいで、ただ言い訳を並べるような言葉しか出てこなかった。
アシュレがドラゴンを召喚できるなんて知らなかった。
ゴーレムはアシュレに岩のような物理耐性が高いモンスターに対して戦う手段がないという見立てであって実際、アシュレはドラゴンを召喚できるのは短時間かつ連続して出すには魔力の消耗が大きくできないらしいと遺跡を出た後に聞いた。
爆弾がなければゴーレムが有用なのは間違っていなかった。あんなにたくさんの爆弾を持ち込んでいなければ状況は違った。
核が露出する前に爆弾がなくなっていたらあんな簡単にはいかなかったはずなんだ。
まるでダンジョンに入る前からアシュレは何がいるのか知っていたかのように爆弾を大量に購入していた。
あの時からアシュレはどこか変だった。
アレが偶然ではなかったとしたら?
ダンジョンに対して有用なスキルがあるわけではなく、もしかして本当に知っていた?
「予知…」
アヤは思わず口に出した。何かがしっくり来るような、そんな感覚があった。
アシュレはゴーレムが魔法生物であり核が存在することは知らなかった。でもゴーレムがいることは知っていて大量に爆弾を持ち込んでいた。
未来を垣間見る力があるというなら妙な感の良さがありながら、知らないことやグリフォンに襲われたのも納得できる。
「勇者には未来を知る力があると思われます…それなら!」
アヤはどうにか状況を変えるべく言葉を続けたが、目の前には黒い剣が浮かんでいた。
「おそらく、たぶん、思う…貴様が持ってくる情報はいつもそればかりだ」
黒い剣はアヤの頭を貫いた。
意識が戻る。
ぼやけた光はぐるぐると回るようにして、私に強烈な吐き気を誘発する。
また自分の身体ではないような拒絶にも似た不調和による嫌悪感。
どうやらまた死んで、生き返ったのだろう。
ワープして戻って来る魔王城の部屋だった。
メレディスが私を眺めている。フードから覗く骸骨の表情は分からない。
「最後の3日…」
メレディスは静かにそう告げた。
甦ったばかりなせいか記憶も少し抜け落ちたような、上手く働かない頭で思い返す。
考えれば考えるほど状況は最悪であった。何もできなかった。残り3日でアシュレを殺す。その絶望的な無理難題を遂げられなくては全てが終わる。
「何か聞いておくことはあるかい?」
メレディスはただそう言った。逆に何が私は分かっているのか、それすらもう良く分からない。
これからどうすればいいのか。
どうしてこんなことになってしまったのか。
「メレディスがもし私の状況だったらどうする…?」
こんなことになって出来ることがあるなら逆に聞いてみたいものだ。皮肉まじりに私はそう問いかけることにした。
「お主では勝てないだろうねえ。だが前にも言ったように首を落とすだけならあるいは…。
お主の言う信頼とやらが勇者と築けているならその機会を作るなり、伺うしかあるまいよ。
食事に毒を盛り、そういった状況を作ってもいいんだよ」
一緒の時もあるが宿の部屋は別だし、料理はできないことはないけど食べてくれるのだろうか?そんな機会がこの3日で訪れるかは運次第になってしまう。
だが、それよりもアヤはメレディスの様子が気になった。いつもの敵意を感じない、素直な返答だった。以前ならこんな聞き方をしてもまともな回答はしなかったように思う。
「メレディスは…まだ私を見捨てないでくれているんですか?」
もはや残り3日を惨めに足掻いて死ねと、そう魔王に告げられたに等しい自分に何故あのメレディスがまだ会話をしてくれるのか不思議だった。遠からず死ぬ、この異世界の脆く、役に立たぬ人間に同情するなんてこともないだろうに。
だが、その返事はアヤの思ってたものとは大きく異なっていた。
「お主をこの世界に呼んだのは余だからねぇ。放り出すようなことをするつもりはないよ」
「そうだったんですか?」
「異世界からの召喚には膨大な魔力が必要でね、召喚の魔法は余と魔王様の力だ。
だが、そもそも異世界の人間を召喚することを提案したのは余だ」
メレディスは魔王が例年よりも早く復活したために歴代の魔王に比べ力が弱いこと、今までのやり方では勇者に勝てないことを憂いていた。
何かを賭さねば何も変わらなく魔王が倒されるのだと。その賭けの一つが異世界からの召喚であった。
「これは早計な判断だね。魔王様にはもう一度、お主の必要性を話そうと思うが…魔王様が意見を変えることは期待はできないねぇ。
だが、余にできることは力を貸そう。それがお主をここへ召喚した余のせめてもの務めだ」
魔王は勇者を恐れている。察しているのだろう、歴代より復活が早く回復しきれていない自分ではまた倒されるのだと。だから余裕がない。視野が狭く、性急な結果ばかり求めている。
そして人間たちが勇者が選ばれて勝利を確信しているのと同じように、魔物たちもまた勇者に敗北する未来を拭えずにいるのだろう。
アヤもそれは同じだった。
勇者の力がなんであれ、アシュレは間違いなくこれからも強くなりいずれは魔王を倒すのだろうと思ってしまっていた。
それほどまでにどこか得たいの知れない、底の見えない恐ろしさにも似た不気味な力をアシュレから感じた。
魔王よりもよっぽど幹部の方が状況を理解していて、自分がやっていたことが少しは間違っていなかったのだと思えた。
状況は何も変わっていないし、おそらくはメレディスが進言しても視野が狭く、自尊心だけが高いあの魔王は意見を変えることはないのだろう。
絶望している時間すらアヤには残っていない。アシュレを殺す。その覚悟を決めることしかできることはなかった。
先程までの焦燥や不安が少しづつ消えて、ただ心を閉じていく。アヤは魔方陣へと進んだ。
勇者の元に戻らなければいけない。
「魔王様はああ言っていたが、お主が何も成せないのであれば余らはまた勇者に倒されることになるであろう。
お主に期待している、などとは立場上言えぬが…やれるだけのことをやってみせろ」
メレディスなりの激励なのか良く分からない、彼らしくない言葉。だからこそ逆に本心で告げているのだとなんとなく思った。
アヤは感謝の言葉を返しそうになったが、それを飲み込んだ。代わりにメレディスを見て固く頷いた。
夜更けのまだ日も上らぬ暗闇にアヤはワープで戻った。今日からあと3日。猶予はない。
勇者に怪しまれるわけにもいかない。アヤは足早に宿へと戻って今後のことを考えねばならなかった。
けれどいつもそういう時に限って物事は上手く進まないものだ。
宿の二階へと昇ると、アヤの隣の部屋の前で勇者が待っていたようにこちらを見ていた。




